第207話 「サイコネット」
大戦により、人類は半数が死に絶え、文明は衰退した。
しかし、人類が滅んだわけではない。戦争世代の人々は自分たちの愚かさを悔い、国際連合での会議を経て、二度と戦争が起こらないように一つの国家の下に纏まることを決定した。
そうして人類史上初めての世界統一国家たる「パンゲア」が樹立され、人類は復興への歩みを開始する。
その際、破壊されたコンピューターネットワークを再建するにあたり、人々はサーバーやコンピューターが破壊され尽くしても、あるいは通信基地局が破壊されても、決して消滅せず機能が停止しない、そんな夢のような次世代ネットワークシステムを求めた。
それはそれまでの科学文明においてはあまりにも馬鹿げた夢想だったが、魔法の発見と統一国家による人類の意思統一によって、実現可能となっていた。
――サイコネットワーク・システム。
人の精神は、その奥深い場所で他者と繋がっている。それはさながら、かつてのコンピューターネットワークがそうだったように、相互に接続することでメッシュネットワーク構造を作り出していた。
脳内の量子的活動によって発生した精神という現象、あるいは存在は、「事象改変エネルギー」――すなわち魔力の発見により、すでに疑似科学ではなく科学の分野に落とし込まれていた。
それは人間の脳を一つのコンピューターに見立てた、新たなるネットワーク・システムだ。
――いや。
サイコネットワークは、人類が自覚していないだけで、すでに自然発生的に構築されていた。ただ、これまで人類は、このネットワークを自覚的に利用できなかっただけだ。その存在を、学者たちは「深層無意識集積領域」と定義する。人類の無意識が集積された、巨大な精神場だ。
ゆえに、その時代の人類が行ったのは、新たなるネットワークの構築ではない。
いわば、すでに存在したネットワーク上に、自分たちが扱いやすいようソフトウェアやアプリケーションなどを構築する作業だった。
問題は如何にしてサイコネットへ干渉し、それらのシステムを構築するのか?
人類は「ナノマシン」と呼ばれる極小の機械群を体内に投与し、頭蓋内で薄いシート状の構造を構築。電気的刺激によって脳神経活動を制御する装置を開発した。
これをブレイン・サポート・デバイスと呼び、これによってデバイスから脳へ、脳から精神場への間接的な干渉を可能とする。
人類はブレイン・サポート・デバイスを利用することで、元々存在した巨大な精神場に、ソフトウェアを、オペレーティングシステムを、そして多種多様なアプリケーション・ソフトウェアを構築していく。
そうして構築された数多のシステムは、一つの仮想空間上で管理、運用されることになった。
サイコネット上に構築されたその仮想空間を、その頃の人類は「エデン」と名付けた。
サイコネットを形成するのは分散するコンピューター機器やサーバーなどではなく、人類そのものだ。ゆえに人間が滅びない限り、「エデン」もまた消滅することはない。そして精神場に構築されているからこそ、「エデン」の機能は機械的、あるいは物質的な実体を必要としなかった。
すなわち、世界大戦後に人類が望んだ、決して失われることのない新たなるネットワーク・システムとなったのだ。
人類が存続する限りにおいて、たとえ文明が滅ぼうとも永遠に失われることのない、知識と技術の保管場所としての機能を有する、不滅のネットワーク・システム。
システムにある種の操作を加えるためにはブレイン・サポート・デバイスの補助が必要不可欠ではあったが、「エデン」に構築された自律稼働する幾つものシステムは、デバイスを持たない者にもサイコネットの繋がりを介して、その恩恵を分け隔てなく届けることを可能とした。
そして人類は、エデンの管理やシステムの修復、維持をするために、管理用の人工知能たちを作り出す。
人類が共有構築する精神場上に生み出されたその人工知能は、全ての人類の集合意識、その発露に他ならない。より簡易な表現をすれば、「集合意識の擬人化」と言ったところか。
これらは「元型知性」――「アーキタイプ・インテリジェンス」と名付けられた。それは真に公平な価値観を有する、全く新たなる人工知能――いや、人間を遥かに超越する大いなる知性だった。
それゆえに、「アーキタイプ・インテリジェンス」は時代が下るにつれ、単なる人工知性ではなく、【神】と呼ばれるようになっていく。俗称から通称となり、通称が正式名称へと変化していったのだ。
そしてこれと同時に、「エデン」も【神界】と呼ばれるようになっていった。
【神界】と【神】――いや、サイコネットという新世代のネットワーク・システムは、単なる通信インフラに留まらない、とてつもない機能を有していた。
実際、サイコネット上に構築された【神界】と【神】たちは、世界大戦前の人類よりも、さらに万能な力をもたらすことになる。
それはサイコネットを利用した全人類の魔力共有化である。
個人の範疇を遥かに超えた莫大な魔力を自由に使用できるようになった時、人類は世界大戦前の文明をも容易に超越する力を手にすることになった。
神器、あるいは万能なる魔導機械――「テラフォーマー」シリーズを開発、運用できるようになったのだ。
●◯●
ソファーの前に置かれていたローテーブル。
その上に用意されていたピッチャーからリンゴジュースをコップに注ぎ、コクコクと喉を鳴らしながら一気に飲み干して、ルシアはぷはぁっと息を吐き出した。
それから室内をぐるりと見回し、
「――ここまでは、良い?」
と、確認する。
「「「…………」」」
それに対し、四家も含めた全員が、あまりに壮大な話の内容に神妙な表情を浮かべていた。
何という話だ……。まさに驚天動地の真実だろう……。今の世に言う【神々】が、そんな経緯で生まれた存在だったとは……な。俺たちが難しげな表情を浮かべてしまうのも、無理はない。
「「「…………」」」
恐ろしいほどの沈黙。そして耳に痛いほどの静寂。
誰も、言葉を発しない。
その中で、最初に口を開いたのは、俺だ。
静かな室内で、敢えて呟くように、言う。
「なるほど……な。そういうことだった……か」
「「「ッ!!?」」」
途端、ざわりっと空気が震えた。全員の視線が俺に集中するのが分かる。
しかし、俺はもうそれ以上、口を開かない。ルシアの話の全てを理解したという表情で、話の内容に思いを馳せるように、静かに虚空を見つめる。
一方で、俺に何か、疑問を呈する奴はいなかった。全員、理解しているのだろう。この場で不用意に突っ込めば、自分にそれが跳ね返ってくる可能性があることに。
「「「…………」」」
お互いの反応を窺うような、沈黙。
そんな中、二番目に口を開いたのは、フィオナだった。
「何となく、予想はしていたけれど……ね」
「「「ッ!?!?」」」
なんっ……だとッ!?
ざわりっと、全員の視線がフィオナに集中した。
それは俺も例外ではなかった。いや、イオでさえ驚愕に目を剥き、戦慄したように視線を向けている。対するフィオナは足を組み、腕を組み、多少顔を俯けた状態で、何かに思いを馳せるような神妙な顔を崩さない。
――おいおいおい、嘘だろ!?
俺もフィオナが馬鹿だと言うつもりはないが、それでも今の話は絶対理解してないよな!?
全力でそう突っ込みたいが、ここは我慢だ。万が一、いや、億が一、フィオナが理解していたらどうする。何かルシアと奇妙に通じ合っているような雰囲気もあるし、絶対に理解していないと断言することもできない……。
単なる強がりなら、俺に見抜けないはずはないのだが……どういうことだ? どうも演技の表情ではないような気がする。
イオも、
「バカな……ッ!?」
とか小声で呟いているし。
……くそっ。真相は完全に闇の中だな……。
だが、このまま知ったかぶりを続けるのも、それはそれで危険。
俺はちらりと、イオに視線を向けた。するとガロンも、おまけにグレンもイオに視線を向ける。俺たちの心は一つだ。不思議と幻聴まで聞こえるような気がする。なるほど、これがルシアの言う、「人類の精神は繋がっている」ということかもしれねぇな。
――どうせクラメンたちに説明するのは、お前(イオさん)なんだが?
という、無言の圧力。
イオはとんでもなく迷惑そうな顔をしてから、ごほんっと咳払いし、口を開いた。
「ルシア嬢……と呼んでも、構わないかね?」
「……むふぅーっ!! たしかに、今のわたしは、永遠の美少女。嬢、と呼ぶことを許す。……ルシアちゃん、でも可」
何かが心の琴線に触れたらしい。急に機嫌良さそうにルシアは言った。
「そ、そうか、ありがとう。いや、ちゃんはやめておこう。……それでは、ルシア嬢。ここまでの話、私はおおむね理解できたが、まだ理解しきれないところもある。ウチのクランの連中では、余計に理解できない者も多いだろう。手間かと思うが、できる限り分かりやすく、ここまでの話を纏めてくれると助かるのだが?」
「……そういうと、思ってた」
ルシアはどことなく呆れたような顔になり、こくりと頷く。
「なら、ここまでの話を簡単にまとめる」
「ああ、お願いする」
「……戦争後、統一国家パンゲアが爆誕した。
その後、みんなの心の中――人類の精神世界に【神界】と【神】さまたちを作った。
【神界】と【神】さまたちは、みんなの魔力を共有化し、
莫大な魔力で、ちょーすごい魔導機械を使えるようにした。
世界はとんでもなく便利になった。
……いまここ」
「ふむ……」
と、イオが熟考する。
俺たちも今の話を反芻していた。心の中に【神界】と【神】を作ったというくだりはちょっと訳が分からんが、要するに、全人類の魔力を集めて何かすごい魔道具を使えるようになり、結果便利になったってことか?
そんなふうに考えを纏めていると、イオが顔をあげてルシアに質問した。
「一つ、確認したいことがある。我々には信じがたいことなのだが……【神】というのは、太古の人間たちが作った存在、という理解で間違いないのかね?」
「……厳密には違うけど、そういう理解でかまわない。人は人類の集合意識に、自我と役割をあたえた。それが【神】」
「なるほど……飽くまで【神】というのは我々の意識上の存在であり、肉体などの実体は存在しない、と?」
「そう。物質的な肉体はもたない。あるのはサイコネット上に記述された情報であり、それこそが【神】の実体ともいえる。……情報生命体、という概念が一番近い」
「情報生命体か……聞いたことのない概念だが……なるほど。何となくは理解できてきたな……」
何か腑に落ちたというように、何度も頷くイオ。
どうやら見栄を張っているわけじゃあ、なさそうだな……ふむ。
「なるほどな……」
ここで、俺も頷いておいた。さいこねっと。じょーほーせーめーたい。そして何かすごい魔道具。……すべて、りかいした。
そんな俺に、ルシアは頷く。
「アーロンは、あとでイオに教えてもらうといい。……話を続ける」
ふむ……。
★★★あとがき★★★
み、皆さん……!! す、すごいおしらせがあります……!!
な、何とこの話を投稿した段階で、「極剣のスラッシュ」は100万字を超えてしまいました……!! いつの間にやらこんな文量になるなんて……これも皆様の応援のおかげでございます!! ありがとうございます!m(_ _)m
さんっ!!
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