第206話 「神代のことを説明する」
ぴょこんっとソファから飛び降りた小娘は、キョロキョロと周囲を見回すと、何が気に入らなかったのかソファの上に上がり直し、座るのではなく仁王立ちして話し始めた。
……誰かお立ち台を用意してやってくれ。
「秘密結社クロノスフィアと【封神四家】の秘密を説明するには、そもそも神代のことを説明する必要がある。【邪神】とは何なのか、【神】とはどういう存在なのか、神代と呼ばれる時代の成り立ちなどを」
何事もなく話が始められ、全員の視線がソファの上に立つ小娘に集中する。
「そして神代のことを説明するにあたって、わたしより適任はいない。なぜなら、わたしは神代に生きていた存在だから」
「「「――!?」」」
ギルド長をはじめ、探索者ギルドの面々が目を見開いて唖然としていた。しかしその一方で、四家の者たちは誰も驚いてはいない。
おそらく、事前に知っていた情報だからだと思うが……だとすると、「神代に生きていた」という眉唾すぎる小娘の発言を、四家が認めていることになる。
そしてその割には、キルケーに仕えているはずのガロンも驚いているのは、どういうことなのか。表向きには隠されていた、四家内では以前から有名な存在――というわけでもなさそうだ。
一方、小娘は周囲の驚きも何のその、淡々と話を続ける。
「わたしの名前は、ルシア・アロン」
ルシア・アロン……。やはり、アロン家の人間なのか?
「かつて神代において、【邪神】に肉体を奪われた、アロン家の始祖」
「「「――!?」」」
ざわりと、先ほどよりもさらに大きな驚愕の波が広がる。ただし、やはり驚いているのは、四家以外の面々だけだ。
話が荒唐無稽すぎて理解が追いつかない。だが、ルシアは周囲の理解を待つつもりはないようだった。
「つまり、わたしの元々の肉体は、今の世にいう【神骸】になっている。ここにいるわたしは、別人の肉体に間借りしているだけの存在……と、いえる」
「……肉体と精神は別人……って、言いたいのか?」
怪談じみた内容に、思わず口を挟んでしまった。
それに小娘――いや、ルシアは隣に座る俺に目を合わせ、こくりと頷く。
「その理解でいい。ただし、今のわたしはこの体の記憶の影響を強くうけている。そういう意味では、すでに元のルシア・アロンとも異なる人格……と、いえる」
「…………」
「この肉体の持ち主の名前は、アイクル。アイクル・アロン。秘密結社クロノスフィアに利用されて、クロエ・カドゥケウスの姿でアーロン、あなたを殺そうとしたこともある」
「――ふぇっ!?」
話を聞いていたクロエが声をあげて驚いていた。そしてこの話にはクロエだけでなく、他の四家の面々も微かに驚いた様子を見せていることから、初耳であったらしい。
かく言う俺も、正直驚いていた。
ルシアの体の持ち主が、偽クロエ――だとしたなら、だが……と、俺は【神殿】でのことを思い出す。あの時、俺を刺した偽フィオナは偽クロエとは別人だったのだろうか、と思ったのだ。
しかし、その考えはすぐに否定された。
「そして、地下の【神殿】であなたを刺した偽者のフィオナも、アイクル。アイクルは条件を満たした人物に、『変身』することができる特別な能力があった」
ルシアの説明に、フィオナが表情を硬くしたのが見えた。
地下の偽フィオナもルシアの体の持ち主――つまりアイクルだとしたら、それを殺したのはフィオナということになる。死んだはずなのになぜ生きているのかは不明だが、自分が殺した相手が実は隣にいたと知れば、驚くのも無理はないだろう。
そんなフィオナの心情を察してか、ルシアはフィオナの方を振り向いて告げた。
「フィオナ、あなたが罪悪感を抱く必要はない。……実質的に、アイクルに選択肢はなかったとはいえ、この子がアーロンを刺し、他にも色々としていたことは事実。この子も、アーロンを刺したことは後悔していたし、あなたを恨んでもいない。だから、気にしなくていい」
「……そう」
フィオナは複雑そうな顔で頷き、そして沈黙した。まあ、気にするなと言われても気にするよな、こいつなら。
そんなフィオナに代わり、俺は口を開く。
「というか、その体が地下の偽フィオナだとしたら、何で生きてんだよ? 子供の姿になってるのはどういうわけだ? 真っ二つになってたはずだろ?」
体を間借りするとかいう意味分からん状態にしても、死体でもそれができるのか? という疑問に、ルシアが答える。
「この体はわたしが乗り移った際に、両断されたアイクルの上半身を再構築したもの。この子本来の年齢は七歳くらいだったから、それに合わせて肉体年齢も調整した。……体重も半分くらいに減ってたし。だから、この姿こそアイクル本来の姿といえる」
「…………」
もはや何から突っ込めば良いのか分からん状態だ。上半身を再構築とか、神代の人間は皆そんなことができたのか? っていうかそれ、本当に人間か?
俺を含め、全員から唖然とした視線を向けられつつ、ルシアは「まあ、肉体をどうやって再構築したのかは、今は関係ないから割愛する」と続けた。
「まず、これからする話の前提知識として、神代の成り立ちから説明していく。黙って聞いて」
そうしてルシアは、遥か
●◯●
遥か古、神代と呼ばれる時代の、さらに昔。
その頃の人類は、高度な科学技術を持ち、本格的な宇宙開拓に参入しようとしていた。
そんな時代のある時、人類はその後の未来全てに影響を及ぼす、新エネルギーを発見してしまう。
――「事象改変エネルギー」
いや、それをエネルギーなどと呼んでも良いものか、定かではない。なぜならば、それは既存の物理法則を破壊する性質を持っていたからだ。
その名の通り、物理法則を無視して事象を改変してしまうという、存在してはいけない性質である。
それはある一定以上に高度な知性を有する生命体、その精神活動、あるいは代謝によって生産されるエネルギーであった。
それは元々、超能力や魔術などとも呼ばれていた、極々一部の人類に見られる特異的能力の研究によって発見されるに至る。高度な知性を有する生命体は、その精神活動により、物理法則を超越して事象を改変する超エネルギーを生み出していた。
それまで、個人の資質と能力によって限定的に利用されるだけだった「事象改変エネルギー」を、デバイスの補助や機械などによって、再現性のある形で利用できる技術が開発されていく。
「魔法」と「魔導機械」――いわゆる「魔法技術」の誕生である。
それは、それまでの科学技術のみの文明に、巨大な衝撃をもたらした。宇宙開拓にあたって解決困難とされていた全ての問題が、「魔法技術」によって一気に解決される兆しをみせたのだ。
宇宙放射線被曝、長期の無重力、低重力環境下における人体への影響、閉鎖空間での長期生活による精神への影響、開発物資打ち上げのコスト問題、光速を超えることのできない通信システムによる通信ラグの問題に加えて、距離的な障壁による社会の分断、他惑星テラフォーミングの諸問題、新経済圏の発展による旧経済圏との衝突、資源争奪戦争――本格的に宇宙開拓しようとすれば、その時代の科学技術だけでは、到底解決できない問題は幾らでもあった。
だが、それらの問題を片端から解決し得るポテンシャルを「魔法技術」は秘めていたのだ。
しかしながら、「事象改変エネルギー」はあまりにも万能すぎた。
ある時、些細な資源の奪い合いから発展した戦争が起きる。しかしながら、それまでとは決定的に違う戦争でもあった。
人類史上初めて、「魔導兵器」が戦争に使用されたのだ。
高度な科学技術とのハイブリットであった「魔導兵器」は、現代の魔道具とは桁違いの性能、破壊能力を持つ。
それは人類が理性によって制御できる範疇を超えていた。
あまりにも強力な破壊兵器は瞬く間に憎悪を伝播させ、戦争は他の国々をも巻き込んで、「魔導兵器」を用いた世界大戦へと発展していった。
――結果、惑星全土が戦火に包まれ、人類は世界人口の半分以上を失った。コンピューターネットワークに頼りきりになっていた情報通信網は寸断、破壊され、電子ネットワーク上に保管されていた多くの情報、知識、技術も失われることになった。
人類は産業革命以降、初めての文明衰退を経験した。
●◯●
「――ここまでは、良い?」
と、ルシアが室内を見回しながら確認する。
「「「…………」」」
誰も彼もが深刻そうな、あるいは真剣な顔で、異を唱える者は一人もいない。
もちろん、俺もここまでの話は当然のことながら理解していたが、あとでクランメンバーにも(イオが)説明する必要がある。
それを考えると、もっと優しい表現で説明してもらいたいところだ。
ゆえに、俺はルシアに要求した。
「当然、俺は理解してるんだが……あとでクランのバカどもにも説明しなきゃならん。だからここまでの説明を、もう少し……いや、できる限り、分かりやすく要点を纏めてくれないか……?」
「…………」
なぜか、こちらにじとーっとした視線を向けてから、ルシアは口を開いた。
「ちょー昔、人類は魔力を発見して魔法を使えるようになった。
だけど魔法を使った兵器は強力すぎた。
戦争で魔法兵器が使われると、人類は半分以上死んで、
文明が衰退した。やばい。
……いまここ」
「なるほどな……」
俺はこくりと頷いた。戦争で人類がやばい。これがここまでの話の要点のようだ。これだけ理解しておけば良いだろう、たぶん。
「いや、もちろん理解できてたが、ウチのクランのバカどもには、このくらい簡単な説明の方が分かりやすいだろう。助かったぜ」
「……そう。じゃあ、続ける」
ルシアは何か言いたげに口を開きかけたが、頭を緩く振ると――俺から視線を外して話を続けた。
★★★あとがき★★★
よんっ!!
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