第4話 対面
「いやぁぁぁぁ!!」
飛び散る血。途絶える悲鳴。火の海で繰り返される惨劇から逃れることは出来ない。次々と倒れていく村人を魔物達はあざ笑うように鳴いている。
「キシャアア」
魔物達は人間を赤く染め、楽しそうに武器を振り回している。頭を一突きし、捻りながら引き抜いていく。ガクガクと震えながら村人は倒れ、ピクリとも動かない。顔は崩壊し、内臓が飛び出、地面が血で滲んでいる。魔物は非情に命を奪い続けていく。血が見れれば誰でも良いのだろう。大人、子供、老人、無差別にその命を消していく。人間と同等もしくはそれよりも小さい魔物達。非力に見えるが数が多い。一対一であるならば抵抗できるだろうが、数匹が群れて一人ずつなぶり殺している。
「来るな!!くるなぁぁぁ」
「ギァァァァ」
「魔物風情が!!」
武器と呼ぶにはあまりに貧相な物で立ち向かう村人もいた。背後から大振りで魔物の後頭部を襲う。
「ギシャ...」
「はぁ...はぁ...」
目一杯の力で叩き込まれた魔物は大きく吹き飛び動かなくなった。村人はその死体に笑みを浮かべるが自分に向けられた殺気に振り返る。
「あ...」
数十匹に及ぶ魔物がこちらを見ている。赤く光る目が辺りに広がり、その恐怖に村人の手が震え始める。仲間の死体に目をやり彼らの狙いは定まった。
「やめろ!!やめろぉぉぉ!!!」
「ギシャアア」
子供のように小さな魔物が一斉に村人の下半身に突撃し、呆気なく村人は地に伏せられる。手をバタバタと動かして抵抗するが腕を掴まれ、顔を殴られ、わらわらと群がってくる。
「あぁぁ!!!あぁぁぁぁぁ...!」
グチュ
ビキッ
石で出来た鈍器で足を潰し、槍で肩を貫く、剣は腸を引きずり出していく。村人の悲鳴が恐怖で染まり、次第に消えていく。子供がおもちゃを壊すように、魔物達は無邪気だった。元は人間だとは思えないほどバラバラにされた死体を眺め、魔物達はゲラゲラと笑っている。
「やだ!やだぁぁ」
「ママ..ママ..」
火が回り逃げ場なんてない。動かぬ死体に声をかける子供。必死に抵抗するも返り討ちにあう者。よってたかってなぶり殺され。火の中に投げ飛ばされ。生きたまま捕食されていく。
ミルはそんな地獄の中にいた。
「なに..なんで..?」
歯がカチカチとなる。恐怖で、震えで。今何が起きているのか分からない。無残に人が死んでいくのをミルは傍観していた。あぁあの人は勇敢に立ち向かったな。あの人はあんなに怯えていたのにな。泣いても、子供でも行き着くのは悲惨な死。
「やだ..」
ミルはその場にへたり込み、動くことが出来ない。炎に囲まれ逃げることも出来ないが..。
「ミル!大丈夫?」
空から振り注ぐ無数の水柱。
「ギシャアァ..」
ボン、パシャ。水魔法は正確に魔物の頭が吹き飛ばしていく。攻撃の時は激しい水音、しかし敵を殲滅するとそれはただの水になって辺りに流れている。
「お..おかあ..さん」
もう泣きそうだった。ミルは目に涙を浮かべ母を見上げる。
「ミル..」
静かに抱き寄せられミルの涙が溢れ出す。火の熱さとは違う暖かさがミルを包み、安心感で満たされていく。柔らかな抱擁にいつまでも身を預けていたかった。
「ミル、魔物を片付けるから安全な所で待っててくれる?」
目を合わせ、ミルは頷く。母は優しい笑顔を浮かべ、ミルの頭を撫でる。ミルは頷いたけど、出来るかは分からなかった。大人だって死んでいた。子供だからって容赦はなかった。隠れて見つかったらどうしよう。私一人で出来るの?一人で..。ミルの顔は明らかに恐怖に捕らわれていた。
「大丈夫、ロイ君もいるでしょ。ミルも強いんだから、信じて待ってて?」
母はミルの鼻をツンと触り、そう言った。ミルはハッとした表情で我に返る。
そうだ..一人なんかじゃない..。ミルはもう一度頷く。今度はしっかりと。
「よし」
ミルの顔は先ほどまでの恐怖から逃げ出し、しっかりと前を向いていた。母はその表情を見て安心したようだった。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
!?
「ミルちゃん!無事かぁあ」
突如として大声と共にロイの父が火を突っ切って現れる。火を。燃えている火の中を勢いよく突破し着地した。着地後は衣服を叩いて火の粉を消している。目を丸くする二人に近づいてくるロイの父は、火のダメージなんか微塵も感じていなさそうだった。
「二人ともここは危険だ。村長の家まで逃げるぞ」
「ロイは、ロイは無事ですか?」
ミルは真っ先にロイの安否を聞き出す。
「ロイは無事だぞ、足を負傷してるけどな」
「そうですか..良かった」
拭った涙がまた溢れそうだった。ロイが無事ならやるしかない。諦めてたまるか。ミルの目から涙はなくなり強く拳を握る。
「すみませんがミルを安全な所へお願いいたします。私は魔物を殲滅してきます。」
「分かった、任せてくれ」
<水魔法:深海(アクア)の槍撃(ジャベリン)>
ミルの母は呪文を唱えず会話の途中で魔法を使い始める。母の周りから槍のようなものが飛び、道を塞ぐ炎をかき消した。あれだけ激しく燃えていたのに一瞬で、しかも見ることもなく。
「これで安全に通れるはずです」
「おぉ!助かります!」
凄い、やっぱりお母さん凄い。元総司令の力はやはり本物だ。ミルは母の魔法に見惚れてしまう。
「さぁ、ミルちゃん行こ.........!!」
ガッ
バキッキキキ!!!!!
一緒に歩き出した瞬間であった。目の前にいたロイの父は、いきなり横に吹き飛ばされ、鎮火された家屋に突っ込んでいく。真っ黒に燃え尽きた木造建築が音を立てて崩れ、ロイの父は姿を消す。
「えっ..?!」
家屋に視線を向け、ミルはすぐに前方の人物に向き直る。全身を白い鎧に包み、赤い目を光らせている。手には黒く禍々しい槍を持ち、長い銀髪が揺れている。そこまで分かった瞬間、女性がミルへ槍を突き刺す。咄嗟のことにミルは目を閉じてしまう。しかし、いつまで経っても衝撃は来ない。
ギリギリギリ
<水魔法:深海(ネー)障壁(レウス)>
気がつくと目の前に黒い槍が留まっていた。ミルの前には薄く青い障壁(バリア)が張られ、槍を阻んでいる。
「ほう..障壁を作れるとはなかなか馬鹿に出来ないな..」
女性騎士は重々しい鎧を鳴らし、槍を引く。冷徹な声に感情はなく、ミルを冷たく見下している。黒い槍は禍々しく生気を吸い取るような見た目に変わっていた。
<水魔法:深海(アクア)の砲撃(ノヴァ)>
キィィィ、バン!!
「..フン!」
ミルの後方から巨大な水の塊が騎士を襲う。捻れながら空気を巻き込み、轟音と共に女性騎士を吹き飛ばす。まだ燃えている家屋に突っ込み、水がはじけ飛ぶ。
「ミル!早く逃げなさい!!」
母の声は大きく、ミルに緊張が走る。ビクッと体を震わせ目を見開いた。燃えている家屋で何かが動いたのが見えたからだ。吹き飛ばされた騎士は、瓦礫から勢いよく突進する。炎を纏い、周囲を燃やしながらミルを通り過ぎていく。あまりにも一瞬、早すぎてミルは目で追うことも出なかった。
「くっ..」
遅れて振り返ると母は、障壁で槍をなんとか受け止めていた。騎士の力が強いのか母はズルズルと後ろへ後退させられている。
「お母さん..」
「早く行きなさい!!」
その声にミルはもう一度体を震わせ、ゆっくりと立ち上がる。そのまま少し後退し、母に視線を送る。
<水魔法:深海(アクア)の槍撃(ジャベリン)>
女性騎士は槍で魔法を弾き、持ち手で障壁ごと母を吹き飛ばす。数メートル飛ばされ母は着地した。着地後すぐに魔法を詠唱し、追撃に備える。
「邪魔をするな」
女性騎士は槍を振りかざし、勢いをつけ魔法ごと叩き斬っていく。突進が止まらず母は防戦一方になっている。障壁ガ崩れることはないが大きく後方に吹き飛ばされ、燃えさかる家屋に突っ込む。ガラガラと音を立て、火が激しく燃え上がる。
あ...!
ミルが驚いた瞬間、隣を追い抜く人影が見えた。その人影は一瞬で騎士の背後に飛びつき拳を当てる。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
先ほど吹き飛ばされたロイの父がそこにはあった。鍛えられた腕が空気を切りながら騎士を殴り飛ばす。
「くっ!」
ロイの父は逃がさない、飛ばされた方向に飛び追撃を開始する。
<闘魂(とうこん):三撃乱>
一撃目、重心を極限まで下げ、下段から腹部へ拳を滑らせる。
二撃目、腹部に当てた手を引き抜き、顎へ目掛けて昇拳を放つ。
三撃目、浮き上がった直後、渾身の回し蹴りを叩き付け遙か後方へ吹き飛ばす。
一連の動作はあまりにも速く、滑らかであった。騎士は空中で身を翻し、受け身を取る。それほど効いていない、澄ました顔をしている。
バシュッ
ミルの母が突っ込んだ家屋が一瞬で鎮火される。水が溢れ出し、蒸発した煙が静かに上がっている。ゆっくりと母は歩み、騎士の前に立つ。ロイの父も隣に立ち、三人は睨み合う。
ミルは二人の実力と騎士の恐怖に言葉を無くし、立ち尽くしていた。三人の攻防を見て、今の自分には入る余地がないことを痛感した。ミルは大人しく村長の家を目指すことにした。
「二人とも頑張ってください..」
祈ることしか出来なかった。二人の攻防を背にミルは走り出した。
BLACK CAT(人類VS魔族) 黒星リウ @riu_riura
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