第3話 戦火
誰かの声が聞こえる。遠い。どこか遠くから聞こえてくる。体が重い。なんでこんなに重いんだ。
「..イ....だ......か」
男の声が聞こえ、体にかかる重さが徐々になくなっていく。
「ロイ!!」
父の声だ。
「ん..父さん...母さん...」
「ロイ無事か」
「大丈夫ロイ?」
少しずつ意識が戻り、そこでようやく自分の状況が見えてきた。家の瓦礫に体を挟まれ、父と母が自分を救助しようと瓦礫をどかしている。
「もうすぐ出してやるからな」
その言葉通り、ロイはすぐに瓦礫から引きずり出されることになる。辺りは暗闇で包まれ、星がうっすらと見える夜中であった。自分の周りだけは見えるが村の状況は分からない。悲鳴が木霊し、魔法が飛び交っている。燃え始める家も出始め、辺りは混乱で満ちている。
「いたっ!」
引っ張り出されたロイが立ち上がろうとすると足に激痛が走り、ロイはその場に倒れ込む。
「ロイ!!」
「う...」
焼けるような痛み。ズキズキと頭にまで痛みが走る。ロイが足に手をやると真っ赤な血が手につく。木片と石が刺さり、血がゆっくりと流れている。倒れ込んでいるロイを父と母は抱え起こし三人は辺りを見渡す。村の入り口付近から火が上がり、夜の世界を明るく照らし始めた。
「父さんなんでこんなことに」
「分からん、気づいたらこんなことになってた」
ロイは痛みに耐えながら父に聞くが、父も焦っているような雰囲気だ。村の入り口の方は魔法での戦闘が続いている。水と火が入り混じり、流れ弾が村の中に火を放っている。
「とりあえず入り口から離れるぞ」
父と母の進む方向に連れられ、ロイ達は村の奥側に位置している村長の家を目指すことにした。
「待って、ミルは?ミルは!」
両脇を支えられているので後ろを見ることは出来ない。ミルの家は入り口から少しした所にある。もう被害があってもおかしくはない。見えない。どうなってるのか分からない。やや暴れ始めるロイを抑え父は言い渡す。
「その足で向かうのは無茶だ、俺が連れてくる。母さんと大人しくしているんだぞ」
父はそれだけ言うとロイから離れ、坂道を勢いよく下っていく。残されたロイと母は父の背中を少し眺めた後、また歩み始める。ミルの家の方向はまだ燃えていない..かもしれない。暗くてよく見えないがそう信じたかった。よたよたと頼りない母に支えられロイは坂を登っていく。
「ロイ、大丈夫?」
「うん...」
本当は気絶しそうなほど痛い。意識が飛びそうになるのをなんとか抑えて足を動かす。坂道の先、村の奥には一軒の民家が建っている。家庭菜園が出来るような小さな庭と少し大きめの家は、他の家より目立っている。ロイ達が近づくと家の前には二人の人物が立っているのが見えた。
「おぉロイ君」
「ロイ兄さん!」
村長とククルも家から出ていたようだ。足を引きずるロイを見て二人は駆け寄ってくる。村長は薄い頭をしているが足腰はしっかりとしている。ロイの肩を支え庭に置いてある長椅子へ運んでくれた。ククルは茶色っけのある黒髪と青い目でロイを見つめオロオロとしている。
「大丈夫かいロイ君」
「はい、大丈夫です。でも..村が...!」
悲惨な光景であった。燃えさかる家と人。時間が経つにつれて火の海が広がっている。遠目からでもその光景が分かるほど辺りは煌々と火に彩られていた。
「なんということじゃ..」
「そんな..」
皆燃えさかる炎に目を奪われていた。動けず、その間も炎は静かに建物を蝕み、人々に絶望を刻み込んでいた。母一人を除いて。
「村長、固まってる場合じゃないです!なんとか逃げる方法を探さないと!」
母に肩を叩かれ村長は正気を取り戻す。
「う..うむ」
ロイはその光景を眺め、足の痛さのせいで少し冷静であった。なんとかしないと。その「なんとか」とは?何をすれば逃げ出せる?何をすれば助かる?まだここまで被害は出ていない。だが、炎は着実にこちらに向かっている。悲鳴もまだたくさん続いている。ミルは?父さんは?もうどうすれば良いのか...。ロイの思考はぐるぐると回っている。村の入り口が塞がれている以上、選択肢は絞られてくる。船での脱出は、火のせいで無理か...。魔物との戦闘...相手の規模が分からない上にこちらの戦力が乏しい...。魔物にバレない場所に潜伏するか...、でも村が燃やし尽くされればすぐにバレるだろう。打つ手はないのだろうか。どれだけ考えても絶望的であった。
「そうじゃ、わしの倉庫に何かあるかもしれん。」
村長は手をふらふらと動かし、何かを思い出そうとしている。
「何か手があるんですか?」
母の語気が少し強まり、強い目が一層険しくなる。
「もしかしたらじゃがな...」
母の気迫からなのか、確証がないからなのか、村長の声はか細く自信がない。
「こっちじゃ」
「ロイ、ちょっと待っててね」
村長の案内で母とククルは家裏の倉庫に行ってしまった。ロイは動けず、椅子にもたれ掛かることしか出来なかった。一人だけ残されたまま自分の足を眺める。左右で明らかに大きさが違う、怪我をした足は潰れ、空中でプラプラと動いていた。古ぼけた倉庫の扉は立て付けが悪いようだ、ガタガタと大きな音がこちらまで聞こえてくる。白い長椅子でロイはやっと足を休めることが出来た。休めることは出来たが気分は落ち着かない。どれだけ目を逸らそうとパチパチと燃えさかる音から逃げることは出来ない。
「ミル..無事でいてくれ..」
もうミルの家は炎の中に埋もれていた。
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