第16話 至高のスナイプ

「「…………!?」」


 少年と少女が疑問のうめきを漏らすのは全く同時だった。

 少女は硬い感触の跳ね返る拳を眺め。

 男は未練がましく痛みを伝達する鳩尾みぞおちさすっていた。


「解けたの? 透過の具象式を体内に維持するのは限界だった……?」


『当たった……』


 ゆらりと執行者は立ち上がる。

 今度こそ、世界へ包み隠さず、2本の足で踏みしめるように。

 その挙措が、彼と再開したばかりに――


(あの日の、煙……!)


『サカリィ! 避けろ!』


「ッッッ‼」


禁忌装填アウマニル――此の光条は銀を護りてベルフ・エイリオール!!」


 またその軌跡は、や――


「くッ‼」


 ――りと化して、理想を捨てられなかった男を現実へと引き戻す。

 まともなスナイプではない。

 複雑すぎる軌道で乱れ飛び、右腕と左腕を同時に消し飛ばした。



 そうなってしまえば後ははやい。

 息を完璧に合わせたコンビが一方的に怪物を屠る。

 左足を弓のようにしならせ、そのままの姿勢でまとの背後に降り立つ。


(、……)


「ハァ‼」


 南極には存在しないが、まるで鎌のように足の甲がコラゾンの側頭部を刈り取る。

 為すすべもなく収穫される稲穂のように、彼は体を棒状にしたまま冷たい地面へと倒れた。


「どういうことだ⁉」


「その気になればオレの射程はスナイパーを超えるが……印南を殺すわけにはいかないからな」


「負け惜しみでしょうが……ッ」


 今度こそ立ち上がってこないな、と思ったのが間違いだった。

 コラゾンは腹ばいになり、半径7センチまで縮小した円――式を、その体と地面の間に潜ませていた。

 話をして時間を稼ぎ、舞い散る光を溶かしながら回転させていく。


「お前は別だ。

 サカリィ・ヤコン。ここで死ね」


 3発の弾丸を装填し、素早く右手首へとブレスレットのように移動させる。


 キュイィィィィ、という音が鳴ったのを耳にした。

 サカリィはあくまで動くのがはやいだけ。

 神経伝達速度インパルスは常人と変わらず、よって不意を突かれたときは何もできない。


『――――!』


 再び。

 南極にいては知ることのない、よって言語化のできない灼音が槍のように噴出した。

 中性粒子の焦げ付きが紛うことなき狙撃銃として機能し、無防備な少女を仕留めにかかる。




「ふえ


 反応することすらままならなかった。

 網膜が必死に脅威を訴えてきたときには、もうすべてが終わっていた。



 そう。



 熱線の残骸、その軌跡を、サカリィは走りながら眺めていた。


 しかし。


「その戦略――穴だらけだぜ?」


「――ッ⁉」


 彼女が目にしたのは、コラゾンの手前の虚空から出現した無数の狙撃銃。

 空間は波のようにゆらぎ、そして引き金に指をかけていた。


 電気的な束縛を無視する中性粒子の焦げ付き。

 速度と温度で相手を圧倒する光線。


 ……3桁に上る光条が、じっと彼女を見つめていた。


 視覚の一部を共有した相手が危機を察知し、全力で吠える。


『逃げろ、サカリィ――!』


 空中では自分が狙い打たれる。

 地上や海上ではもう一度同じ座標に戻ってこれる自信がない。……つまり、印南を見捨てることになる。

 ……どうする?


『全部撃ち落としてやる!!』


「無理向こうのが威力は高い!!」


『じゃあどう――』


「座標を伝える!!」





「穴だらけにしてやるよ」


 凝視を続ける眼球から、まばゆい蒼光が解き放たれる。

 ……始まる。


「熔けろ」


 まず最初に、百の狙撃銃がすべて弾けた。

 そして中性粒子の連なりが南極の大地を蹂躙じゅうりんし、『地獄の門』の召喚式すらも剥がしていく。


「!」


「空中……⁉ おいおい、冗談はよせって!!」


 照準を変えるだけ。

 一秒後に少女は焦げたナニカになっている。

 少なくともコラゾンにはそのビジョンが明確に見えていた。


「さよならだ――」




 そのはず、だった。




 無防備な少女を狙い、

 繰り返すがサカリィの反射神経は常人のそれである。

 つまり……2人の心理が完全にシンクロしていない限り、こんな連携は成立し得ない……っ!


「ウソ、だろ……」


 迫ってきた鈾弾を蹴り飛ばし、その反動で再び透過――天体移動を始める。


(!! 脚が、砕けた……けどっ!!)


 反応などできるはずもなかった。

 ステゴロスナイパーは熱線スナイパーの真後ろに降り立ち――


『馬鹿野郎!! 一発、反対向きだ!!』


「……っ⁉」


 百一発目の中性粒子。

 銃口は明確に少女の脳天を狙っていた。


『くそっ!』


「ふっ。彼女だけでも始末させてもらう」


 放たれた後ではもう止められない。


 少女は移動できる大勢になく、引き伸ばされた時間の中で呆然と光線を眺めていた。


『――!』


 少女のサングラスが髪の毛と同じ色に光り……そして、光線は貧弱な肉体を置き去りにした。


(⁉ 何にしろ……今が! 最後のチャンス!)


『バカ! 体が砕けるぞ!!』


 サングラスに刻印された透過式と競合したためか。

 Lv.αレベルアルファの透過はサカリィの体に作用しなくなっていた。


「ここを逃したら――」


『それでもだよ。止まれ!!』


(いや! 速度は限界まで絞る。腕の筋繊維さえ残っていれば――!)


「これで仕留める‼」


 ビュウッ‼ という旋風が突き抜けた。

 慣性が体を破滅させ、重力に耐える脚の骨格をグチャグチャにする。


「はァァァ――」


 振り返ったコラゾンはただ呆けていた。

 吹き上がる突風に顔を打たれて。





「――――ふッッッ‼」






 人の体……いや死体がなんべんも回転しつつび、まともに頭を水の骨に打ち付けた。




「……もう、いいか……」


「……?」


「サカリィ。強くなったな……お前がすぐに死なないとすれば、『門』の向こう側を超える苦痛がお前を襲うはずだ。

 でも……諦めるなよ。セドナに道はきっとある。オレはそれを見つけられなかったけど……お前なら。それでいつか、あのクソッタレな門を閉じてくれ……」


 瀕死のハエより息も絶え絶えに彼は言った。

 いや、死んでいるのだから実際そうなのだろう。


「ええ……」


「あと、印南に頼む……。君の不幸は君のせいじゃない。それから……長い間、って……」


「私からもいい? 印南があの人の話をしてた。洛雪慧ルオシュフュイ。彼女は――――」


「…………」


「…………」


「……! そうか……」


 コラゾンは言葉を自分の中に抱えたままで、いまいちその感想を伝えようともしない。

 そんなぶっきらぼうなところが、否が応でも彼女に認識させてしまう。

 目の前に横たわる死体は、紛れもなくあの男なのだと。


「……それで。どうして、なの?」


「さぁな……多分、肩の力が抜けたんだ。死んでからは身の上話なんてできなかったから……」


 微動ではない。

 喝と掌を開き、けれど弱々しくそれを自身の瞳へ向けた。

 そのちっぽけなこと――サカリィには、彼が苦笑したように思えた。


「じゃあ」


「……っ、確認取るよ?」


「?」


「話してくれたことは……っぜんぶ、ほんとうなんだって……っ」


「ああ。約束する」




 ぱんっ、と。

 氷の大地にもう一本、新たな条線が引き描かれた。

 もう二度と増えないことを悲しむように、「炉」からは黒い煙が上がった。



 この感情は決して風化しない。

 滴った後も空気へ溶けず、雪に包まれ、永遠にその熱を残す。



 やがて吹雪になった。

 一人の英雄はもう震えることなく、少女としての嗚咽おえつを漏らした。

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メモセピア 雨間 京_あまい けい @omiotuke1

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