ターニングポイント

その夜、弥姫は不思議な夢を見た。

揺り籠の中にいるような、波間に揺蕩たゆたっているような、母の腕に抱かれているような、温かい世界にいる自分。


『疲れた……。

眠い』


夢の中で眠いとはこれ如何に?

だが、眠いものは眠い。


『あったかい。

ずっと、ここにいたいなぁ』


弥姫がそう思った時、何かが彼女の首にゆるりと巻き付く。


『○▲☓☆?!』


声にならない悲鳴を上げ、飛び起きる弥姫。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァァァ」


激しい息切れと暴れるような動悸、全身から冷たい汗が噴き出している。


『何?

何なの?

気持ち悪い』


吐き気が込み上げ、咄嗟に口を押えた。


「ウグッ、ウゥゥゥゥゥ、ブェッ!!」


口の中に酸っぱい物が広がり、思わずそれを吐き出す。

黄色く、ドロッとした液体が床に落ちた。


『胃液………、昨日から何にも食べてないからなぁ』


おもりが付いたような体、湧かない食欲、嫌でも死を意識する。


『怖い………。

死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない』


気が付くと、頬に温かい涙が伝っていた。





異変が起きたのは翌日の早朝だ。

急に食欲が湧き、食べても食べても止まらない。

何かに急き立てられるように家中の食料を食べ尽くし、次いでベッドに沈む。

空腹に起こされ、コンビニで大量の食料を買い込み、それを食べ尽くしたらベッドに沈む。

どこまでも怠惰で、どこまでも自堕落な生活。

期せずして成功したダイエットはリバウンドを招き、あっと言う間に3kgも太った。

現実はいつも残酷である。





四日後、これはおかしいと確信した弥姫は市内の中央病院に駆け込んだ。

すぐに血液検査を受け、その結果を見てひっくり返りかける茉莉。


『何じゃこりゃ。

ALLが内服薬だけで寛解って、漫画かよっ!

数値は正常、食欲も体重も戻ってる。

結果だけ見れば完全寛解と言っていい。

検体が入れ替わったとか?

マルク次第だけど、これがホントなら医師会も医学界もひっくり返るわ』


弥姫を蝕んでいた病魔、血液検査はそれが忽然こつぜんと消えた事を示している。

医学の、いや、科学の領域を超えた現象だ。

奇跡と言っても良い。


有り得ないと思う反面、奇跡を見てみたいとも思う茉莉。


『入院は明日の午後だし、検査には悪いけど、捩じ込むしかないね』


この病院が抱える臨床検査技師・通称検査は五人であり、平日は三人体制、休日は二人体制、夜間は一人体制である。

少なくはないが、多くもないので、骨髄検査には二〜三日かかる。

それを一日でしろとは、暴君、いや、パワハラだ。





検査の為にも、予定通り入院しましょうと言われ、弥姫は途方に暮れた。


「どうしよう、まだ雪枝さんにも朱染寺さんにも電話してない。

てか、今から電話してもどうにもならんよな。

食欲も、ありがたくない事に体重も戻ったし、歩いても苦しくならんし、検査結果は良かったし、これ、治ったって事だよね?

入院する必要ある?

先生はしろって言ったけど、何ともないもん、別に」


待合室へ向かいながら、ブツブツと呟く弥姫。


そんな時だった、あの女性に声をかけられたのは―


「ねぇ、あなた」


ターニングポイントという言葉がある。

分岐点、転換期、分かれ目ともいう。

これが正にそうだったと、後に弥姫は思う。








































































































































































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魔女の隠れ家 桜薔 蓮華 @omr3261

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