─ 草狩 ─
『Zodiac of Abnormalized graSS Organs(草本類を起源とする異常な生態系群)』──〈ザッソウ〉
それが現れたのは果たして、傲慢にも自らの母なる星を汚した人類への罰なのだろうか。
2040年代の終わり頃に出現したそれの侵略により、人類は絶滅の危機に瀕していた。
最初期のそれらはただ異常に巨大化しただけの草だった。
それが急速に進化、或いは学習により発達していったとでも言おうか。根や花、葉などの器官を形態変化させることで近付いた動物に対して硬質化や形態変化による防御反応や攻撃反応を起こす様な個体が現れ始めた。その頃から奴らは現在の名で呼ばれる様になった。
程なくして、さらに異常な発達を遂げたそいつらは。まるで血肉の味を覚えたかの如く、あろうことか
出現からわずか数年程度で、草は被食者から捕食者へと姿を変えたのだ。
現在 2072年
〈ザッソウ〉の侵略によりほとんどの国家は崩壊し、辛うじて生き延びた人類は各地に支部を設けていた国連による統治下に置かれることとなった。
穴だらけになった世界でなお、人類が生き永らえる事ができるのか。それは〈ザッソウ〉の体組織を解析して開発された〈
装甲の表面に〈ザッソウ〉の生体素材から抽出した特定の植物ホルモンを蒸着させることで〈ザッソウ〉に近寄らせない様にするというものだ。
多少はマシになった。本当に、多少は。
実質的に塗料であるホルモンは最良条件でこそ数ヶ月持つとされるが、気候などの条件次第で寿命は著しく短くなり、また季節や〈ザッソウ〉の種類に応じて対応する成分が異なる場合がある。そのため定期的に張り替えねばならず、同時に生産には〈ザッソウ〉を倒して亡骸を回収しなければならない。
〈ザッソウ〉は年々進化していき、人類は徐々に疲弊していく。そうして継戦能力を完全に失った共同体から順に淘汰されていくのだ。
その結果、人類は。じわりじわりと、真綿で首を締める様に。終末へと追い詰められているところだった。
第四新東京区
国連防疫軍の管理下に置かれたその都市が、今まさにそんな理由で壊滅の危機に陥っていた。
無数の砲火が絶え間なく放たれる。
都市の外周に建造された防壁の対草抗装甲はとうに効力を失っており、破壊された区画から〈ザッソウ〉の大群が押し寄せてきていた。
猫じゃらし状の部位を蓄えたエノコログサ型、ヒメシバ型、その他様々な種類の植物が進化した様な獣達の軍勢。
多数の歩兵が各自装備したAKやM4などの多種多様な火器を発砲し、応戦する。携行型無反動砲や設置砲も砲撃を繰り出している。
だが、前者はほぼ火力が足らずに弾かれてしまい、後者は当たれば小型の個体ならば倒せたがまぐれにしか当たらず、大型の個体には火力不足であった。
前線を張るべく全高8m程の巨大な人型の機動兵器が複数機現れる。
〈
搭載した70.0mm滑腔砲が火を噴き、飛翔した砲弾が8m級の個体を破壊する。
長剣を携えた機体が6m級の個体へと斬り掛かる。緑色の体液を吹き出しながら絶命する個体。だが、そこに別の個体が突っ込んできた。
ただでさえ過重で操縦者に負担を掛けないギリギリの性能で鈍重な機体が、反応に追い付かずに組伏せられる。そのままコクピットのある胸部に噛みつかれ、食い潰されたことでその機体は沈黙してしまった。
空いた穴を抜ける様に、エノコログサ型の3m級個体の群れが防衛する歩兵部隊に襲い掛かる。
「うわぁぁぁぁ!!!」
「やめろぉぉぉぉ!!!」
喰い千切られ蹂躙されていく部隊員。
効かないと分かっていても抗い火器を放っていく。
「狼狽えるな!!! 戦え!!! 脱出まで絶対に死守せよ!!!」
隊長格の兵士が鼓舞する。だが、小型種の大群が眼前に迫った頃にはその戦意を失っていた。
「――やぁだぁぁぁぁぁぁ!!!」
絶叫しながら逃げ出す隊長。しかしすぐさまに捕まってしまう。
「やめてぇぇぇぇぇぇ!!!」
肩口に噛みつかれる。そこに何体もの〈ザッソウ〉が殺到していく。
「いやあああああああ」
絶叫を断末魔に、それが絶えるまで生きたまま解体されていった。
「ウッヒョーッ!!! すげぇぜこりゃあ……!!!」
その光景に興奮気味に叫び出す太陽。
前線からは約10kmは離れている作戦本部がある建物に居た彼らは、その屋上から前線の方を確認していた。
「あいつらぜーんぶブッ倒せばたーんまり金貰えんぜ!!!」
その太陽はといえば、そんなまるで緊張感のないことを言い出していた。
「えぇ……」
「太陽ってばホントお金の話ばっかりだよね」
「俺もう今月ピンチなんだよな~。報酬幾らになっかな~」
「給料使いきるのホント才能だと思うよ」
青葉にも呆れられていた。が、彼はどこ吹く風とばかりに開き直っているようだった。
戦線の方を見やる灯里。
「お金にしては凶暴過ぎませんかね……」
直後である。ガコン、と、何か重いものが落ちる音が響いた。
「――え、ちょっ……
終始無言でいた揚羽が背中に担いでいた機械の柄を手に取り、鞘の様に覆っていた拘束具を解いたのだ。
姿を見せたのは――無数の刃を鎖状に連ねて備えた、いわばチェーンソーの様な姿の大剣。
抜刀するなり、グリップガード部に備えられた
一回、二回、三回。
直後、点火されたその得物は猛々しく咆哮を上げた。
「まだ交戦許可は……ってか、ヘリもまだ準備中だよ!!?」
制しようとする灯里。そんな彼を目に掛けることもなく、揚羽は。
「────ハハハハハ!!!」
高笑いを上げながら、跳び降りる。
10階程あるこの建物から落下し、着地するなり戦線の方へと走り出していった。
「おうおう、勇ましいねェあっちの新入りは」
「だねー」
呑気そうな反応をしながら見送る太陽と青葉。
丁度そのタイミングで、腕輪に届いたメールから交戦許可が下された。
「ボク、あの子となら仲良くなれそうだよ」
「そりゃ良かったよ────んじゃあ!!!」
ニコニコと上機嫌に言う青葉を他所に、音頭を取る様に背部の機材を取り出す太陽。それに合わせて青葉と灯里もそれぞれ背負った機材を構えると、カバーを外していった。
拘束を解かれ本来の姿を晒した彼らの得物。青葉のモノは大鎌、太陽のモノは草刈り機の姿をしており、灯里のモノは長大な狙撃銃の様な形状をしていた。
〈
第零・第一と世代を経て生み出された第二世代とされる彼らのモノは特に、常気性小型相転移炉を搭載しており、莫大な出力を発揮するに至った。
反面、一機毎の重量が平均でも300kgを超す。されど、その重量をものともすることなく、彼らは自らの得物を抜いては各々
「
彼ら
飛び降りた揚羽は着地するなり、クレーターを生み出す程の脚力でアスファルトを蹴り疾走する。
たまに跳躍し建物の壁を蹴り加速しながら僅か5、6分程度で最前線に躍り出た。
「────ゥおら、よォッ!!!」
凄まじい騒音を上げながら出力するチェーンソー型の剣を振るい、獲物の頭部へと叩きつけた。
〈チェインブレード〉──彼の得物はソーチェインの刃1ブロック毎が高周波振動刃となっており、高い斬れ味を誇っている。その上、動力の相転移炉が生み出す圧倒的な出力と得物自体の質量もありその斬撃は凄まじいまでの威力を帯びていた。
頭部から上半身をまるごと引き裂かれ絶命する個体。その亡骸を踏みつけ、揚羽は再び跳躍すると、流れる様に別の個体へと襲い掛かり今度は胴体から真っ二つに斬り裂いて絶命させる。
ワニの様な頭部とゴリラの腕の様な巨大な前脚をしたヒメシバ型の8m級個体が突っ込んでくる。右の前脚を繰り出して殴打してくるのを〈チェインブレード〉の刃で受け止めると、足元にクレーターが形成されるのもお構いなしに揚羽は得物の出力を最大まで引き絞った。
餓狼の咆哮にも似た凄まじいまでの駆動音と共にゴリゴリとその剛腕を真正面から喰い千切る。
雄叫びを上げながら振り抜くなり、返しに放った一閃で胸部の甲殻を破壊する。
「────くたばれェッッ!!!」
勢いのままに揚羽は吠えながら得物をその中心部へと突き立てた。
〈ザッソウ〉には
その根核ごと胴体を貫通され、絶命したその〈ザッソウ〉が蹴り飛ばされて横たわる。
無造作に得物を引き抜くと、揚羽は再び高笑いを上げながら次の得物へと駆けていった。
「────何なんだ、アレは……本当に、同じ人間なのか……?」
一人の兵士が震える様な声で呟いていた。
彼に限らず、第三新東京区部隊の一連の活躍を視界にいれていた防衛部隊の隊員は、ほぼ例外なくあまりの光景に絶句していた。
「奴らを同じ人間と思わない方が良い」
狼狽えていたところで、隣の兵士に嗜められる。
「奴らは
そう言う彼の主張は概ね正しかった。強いて間違いを正すなら、薬品ではなく特殊なナノマシンと二種類の流体金属であったが。
体内に注入されたそれぞれの流体金属がナノマシンの作用により神経系と骨格に浸透して融合する。ナノマシン自体も体内を巡る中で骨髄やリンパ系等と融合して体組織に溶け込む。
融合し再構築された身体組織は純粋に強度が上がるだけでなく、体内電気や生体電磁波を増幅できる様になる。全身の組織を活性化させ回復力や筋力を飛躍的に向上させる他、生体電磁波を体外で物理干渉可能な程に増幅させて斥力場を発生させたり、体組織の生命活動を維持しながら位相転移を発生させあらゆる攻撃を無効化させるなど、一種の異能じみた能力を発現させるのだ。
「普通の人間なら木っ端微塵になる様な衝撃も奴らはかすり傷一つ付かない。筋力も常人の何十倍もあるんだろうさ、あんな重たいモノ持っててあれだけ走り回れるんだからな。そんなバケモノが同じ人間であるもんかよ」
人体改造という禁忌を犯し、同程度の存在に成り果てた者。
その偏見的な認識故に毛嫌いされていた。
彼らが来たという第三新東京区。そこは現状で唯一〈グラスハンター〉を正規軍部隊に取り入れた統治地区であった。
同僚の歯に衣着せぬ言い分に兵士は、その彼らに守られていなければならない自分の非力さに何も言えなくなっていた。
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