GRASS HUNTER ─草を“狩”る者─ PRELUDE

王叡知舞奈須

─ 始動 ─


 空がまだ暗黒に包まれている頃。

 ある施設のヘリポートに一機の輸送用ヘリコプターが降り立った。

 〈CH-47AG チヌーク対草抗たいそうこう仕様型〉──最初期のモデルが生産されてから100年余り経てもなお現役で運用されている大型輸送ヘリ〈CH-47チヌーク〉の、特殊装甲仕様モデル。

 誘導員の灯火に導かれて着陸したそれのハッチが開き、一人、また一人とそこから人員が降りていく。


 黒の水玉模様が無数に描かれた緋色のノースリーブジャケットを着た、長身で筋肉粒々とした体格の良い若い男。

 ツンと逆立った金髪を風で揺らしながら、短靴型の安全靴を履いた足で歩みを進めていく。


 白と淡い緑色で彩られた衣服を纏った、幼子にしか見えない様な低身長の人物。

 風で揺れるボブカットの白い髪が映えるその容姿は少女の様にさえ見える。

 タラップからぴょんっと飛び出し、可愛らしいスニーカーを履いたその足がふわりと着地する。


 丈が長い黒いコートに身を包む少年。

 降りてから被っていたフードを脱いで辺りを見回すその姿には、まだ垢抜けてない印象があった。

 ほぼ新品らしいローファータイプの革靴を地に着けると、先に出た二人に付いていく。


 所属する組織の制服らしい、左胸に山羊頭の悪魔バフォメットの紋章を象るカーキー色の上着を羽織った人物。

 黒い軍用長靴コンバットブーツが地面を踏みしめる。

 背中の半ばまで長く伸ばし襟の後ろで束ねている黒鹿毛色の髪。女性的にも見える顔立ちに、右が蒼色・左が紅色という虹彩異色の瞳オッドアイを浮かべている。その表情は、どこか気だるそうにも見えていた。


 一見するとまるで統一感のない四人。

 その全員が、同じような形状をした機械的な腕輪を左腕に装着し、さらに背中に何らかの機械の様なものを懸架していた。




「これは一体どういうことですかな、深山ミヤマさん」

『どういう、とは。何かお気に召されませんでしたかねぇ、司令官殿? それともうちの者が何かご無礼を働いてしまったとか』

 ヘリポートの光景を監視カメラ用のモニターで確認しながら、施設の主が通信を行っていた相手に苦言を呈した。深山と呼ばれた通信相手の女性は、それでもなおどこか余裕のある態度を示している。

「我々の作戦のことは貴殿方あなたがたにはしかと伝えているはずですな。我々は相応の人員、戦力を求めていた筈です。

しかし。いざ迎えてみれば増援は四名のみ、しかもうち三人は成人すらしていない子供じゃあありませんか」

『あぁ。それについては申し訳ありません』

 一言断りを入れてから、彼女は答える。


『今回の任務、本来ならば六名を送る予定だったのですがね……諸事情により二名ほど欠員になってしまいまして』


「たった二人程度がなんだと言うのですか!!!」

『まぁまぁ。落ち着いてくださいよ』

 司令官が声を荒げたのに対し、深山はあくまでも余裕を崩さずにやんわりと宥める。

「我々が救援として求めていたものは機甲部隊一個大隊分の兵士と兵器一式だったはずです!!!

それが実際に受け入れてみれば!!! たった四名の兵員と、その人数分の携行兵装のみ、ですと!!?」

 それでもなお司令官は食って掛かった。

 あえて言うなら、無茶な注文をした自覚は彼にもあった。だが、作戦にはそれだけの戦力が必要であったのも事実だった。

 そんな彼を、諭すように深山は答えていく。

『確かに彼らはまだ若いかもしれませんが、皆優秀な者達です。初陣の者も居ますがね。例え全員単騎でも、あなた方の求めた機甲部隊一個大隊に相当する戦力と自負しております』

「……随分と彼らを高く評価するのですね」

 落ち着きを取り戻してきた司令官が、ふと呟く。

 クスッ、と。嗤うような雑音が入ったのを彼は感じ取った。

『当然ではありませんか』

 そう切り出す深山。

『何せ私はバフォメット――山羊頭の悪魔と契約した魔女ですから』

 彼女は自らをそう評する。

 かつて呼ばれた『魔女』という蔑称を、彼女は何時からか自称する様になっていた。

 そしてもう一つ。バフォメット――それは彼女の運営する会社の名にもなっていた。

 そんな彼女が、改めて高らかに宣言する。

『その私が産み落とした最強の戦闘兵士にして最高傑作の決戦兵器。


 それが彼ら────〈草を“狩”る者グラスハンター〉ですので』







 そんな通話がされているとは露知らず、四人の兵士は部隊に迎え入れられていた。

貴殿方あなたがたが第三新東京区の増援部隊の方々ですね! お待ちして居りました!」

「あー、はい。そうッス」

 先頭にいた袖のないジャケットから筋肉が隆々したご立派な上腕をさらす青年が、出迎えた部隊員に応える。

 現地の者達は一応、直前に送られてきた資料で全員の顔・名前・略歴程度は把握している。


「俺、じゃねぇや……自分が二重谷星太陽ニジュウヤホシ タイヨウッス」


 続けて名乗ったその青年。

 ジャケットの下に着ているのは黒いタンクトップ。黒い作業ズボンを穿き編み上げのブーツを履いている。

 21歳という若さながら、到着した四人の中では最年長であるばかりか唯一成人している。

 特記事項に書かれた本作戦への志願理由が『報酬カネが欲しい』であったことから現地部隊員の印象はあまり良くない。


「どもどもー、刃衣青葉ハゴロモ アオバでーすっ。本日はよろしくおねがいしまーす」


 続いてそう自己紹介したのはこの中で一番背が低い白い髪の人物。

 他の四人より一段と身長が低い上に童顔であり、フリルが付いた服装もあり女子の様に見えるが事前情報の性別欄が空白であり不明。年齢も一応書かれてはいるのだが、その容姿からだとこの半分程度ではないかとさえ思えていた。



「初めまして。夜套灯里ヨトウ アカリと申します」


 次に反応したのは黒いコートを着た人物。

 顔立ちにはまだ幼さが残っていたが声変わりは済んでいる様であった。そんな彼は敬礼を以て応じ、先の二人より生真面目な印象を与えた。

 14歳、それもまだ実戦経験のない新兵である。尤も、それは最後の一人にも言えたことであったが。


海波揚羽ミナミ アゲハ。……ぁ、です」


 最後に名乗った、カーキー色の上衣を着た虹彩異色オッドアイの少年。

 少し不機嫌そうにも見えた表情の薄い彼の容姿は、直前に名乗った灯里以上に中性的であった。背中まで伸びる長い髪も相まって、現地部隊員のほとんどが声を上げるまで男性だと気付けなかった程である。

 そんな彼は名前だけの簡素な紹介を、思い出したかの様に取って付けた様な敬語で補っていた。






「これよりブリーフィングを始める」

 施設の中に場所を移し、司令官の男性がそう切り出したことで会議が始まる。


 【 国際連合防疫軍極東支局関東方面軍 第四師団管轄

    第四新東京区 撤退戦      作戦要項   】


 配られ手元にある数枚の用紙で纏めた程度の簡単な資料にはそう書かれていた。


「我々は現居住区の放棄、並びに脱出を計画している。


 その際に“奴ら”を居住区跡に誘い込み、脱出前に予め仕掛けておいた気化爆弾を起動、一網打尽にする。


 貴官ら、第三新東京区部隊には人員の脱出が完了するまでの殿と、起爆するまで“奴ら”の陽動を行って貰う」


 そう告げて、司令官は四人の方を見る。右から青葉・揚羽・灯里・太陽と並んだ御一行は、背負い物故か部屋の壁際で直立して参加していた。

 灯里がしっかりと正面向きで確認する中、太陽は胸前で腕を組んで壁に寄りかかり、青葉は頭の後ろで腕を組んで口笛を吹くように唇を尖らせて何も吹かずにリラックスし、揚羽は端末として機能するらしい左腕の腕輪から空間投影画面ホロスクリーンを展開して何らかの作業を行っていた。

 前者二人は兎も角、揚羽は聞いていた作戦要項をメモ機能で保存していた訳だが、構図としては唯一灯里だけが真面目に聞いている様に見えてしまう。


「質問があるのですがよろしいでしょうか」

 そう切り出したのは灯里だった。

「脱出する人員の護衛は誰がやるのですか?」

「護衛は既に配置してある。心配は要らない」

「避難住民の移住先はどうするのですか? まさかですが、当てもなく彷徨う訳じゃないですよね?」

 そこまで聞いたところで、であった。隣から「あんま踏み込むなよ新入りィ」と小声で言う太陽に肘で小突かれる。

 反論しようとしたところで、司令官が灯里の質問へと答えを返した。

「それなら心配は要らない。既に第三新東京区の方々とは交渉を済ませている」

「ですが……」


「繰り返しになるが。『君らには“奴ら”の相手をしていただく』……我々から命じるのはそれだけだ」


「……了解、しました」

 言いたいことはあったであろうが、灯里はやむを得ずとばかりに了承した。

「他に何か質問はあるかな?」

 今度は司令官がそう聞き返してきた。

 一瞬だけ静まり返る。

「ぼくは良いよー」

 真っ先に応えたのは青葉だ。

よーは襲ってくる奴ら片っぱしからブッ殺してけばいんでしょー? いっつもやってんのと変わんないって」

 あっけらかんとそう言い放つ青葉。

「俺も金稼げんならなんでもいいッスよ」

 続けて太陽もそう答える。

 そんな二人に対して。何を言ってるんだこいつらは、とでも言いたげな、唖然としたような表情をこの場に居たほとんどの現地部隊員がしていた。

「お前も良いか、新入りその2」

 太陽にそう呼ばれた、揚羽は。

「別に構いませんよ、俺は」

 忙しなく動かしていた指を止め、画面を閉じてからそう答えた。


 その時だ。

 ハッと何かに気づいた様に、限りなく無表情だった揚羽の眼が開かれる。

「……ハハッ」

 突然短く笑い出す揚羽。

 その表情が、段々と歪んでいく。

 どうした、と太陽が聞こうとした丁度そのタイミングで。直後、遠巻きながら地割れの様な音と微かな振動が自分たちの居る施設を震わせた。


「────来た……!!!」

 ふと呟いた揚羽。


 それに反応して、警報とアナウンスが鳴り響いた。


『緊急連絡!!! 南区より〈ザッソウ〉の侵入を確認!!!

繰り返す、南区より〈ザッソウ〉の侵入を確認!!!

防衛部隊は直ぐ様これを迎撃してください!!!』


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