─ 化物 ─

 戦闘は時を追う毎に激化していった。

 防衛部隊の最前衛であった〈PRパワードロイド〉が一機、また一機と撃墜されていく。その様も相討ちに持っていければよくて、何機かは複数体に寄って集られて一方的に蹂躙されてしまっていた。

 人型であるが故に高い汎用性が特徴とも言える〈PR〉であったが、それでもその戦闘力は歩兵よりはマシといえる程度だった。パイロットの練度不足、〈ザッソウ〉の個体辺りの成長速度と繁殖力から来る物量差も理由の一つではあるが。整備性や生産コストなどの技術者側の問題や、何よりあまり性能を上げてしまうと操縦の反動にパイロットの肉体が耐えられないからという理由で、あまり運動性能が良くない。その為に射撃武器の弾薬が底を付き接近戦を強いられると運動性能の差で〈ザッソウ〉に狩られてしまうのだ。

 今にもやられそうになっていたとある機体のコクピット。

 自機より一回り大きい個体に組み敷かれ、絶叫の命乞いをしていたところに、高速で飛来した何かが眼前の〈ザッソウ〉を穿ち抜いたことで事なきを得た。

『────一般兵と〈PR〉部隊は下がってくださいッッ!!!』

 機体のパイロットへと通信越しに若い声が届く。夜套灯里の声だ。

 乗機のモニターが拡大表示したウインドウに、作戦本部の屋上で自らの得物を構える彼の姿が映っていた。

 あんな距離から、そう思ってたその時。彼の得物〈スナイブレード〉が閃光を吐き出した。

出力収束エネルギーチャージ最大圧縮フルドロー────射出リリースッッ!!!』

 銃身の下部がそのまま刀身となっている狙撃銃の口径は50.0mm。〈PR〉用の武器と比べれば小口径だが常識的に歩兵が立射していい様な代物ではない。

 搭載する相転移炉が生み出す莫大な出力と、インナーバレルに仕込まれた電磁加速機構が、最大まで出力を高めたことで光速の約0.01%秒速約30 km相当まで弾体を加速して投射する。

 撃ち出された砲弾は表面が大気との間に発生する摩擦と圧力で小規模ながら核融合反応を引き起こし、ほとんど一瞬で約10kmもの距離を駆け抜け着弾し、同時に盛大な爆炎を上げた。

 爆発に巻き込まれそうになりながらもどうにか堪える〈PR〉部隊と一般兵達。着弾したのは一際の巨体を誇った20m級の個体。爆風が収まるとそれは下半身を残した骸と化して出来たてのクレーターに横たわった。


 それでもなお止まることを知らずに進撃する群れに、駆けていく者が居た。

 草刈り機型の〈草狩機〉──〈アラハバキ〉を携えた二重谷星太陽であった。

「オメェら大人しく下がってろ!!! 稼ぎの邪魔なんだよ!!!」

 捕縛され今にも喰われそうになっていた歩兵隊員を、その個体の背面から根核を貫き破壊することで救援すると、また別の〈ザッソウ〉へと刃を振るっていく。

 第一世代からの転換として開発された初期型の第二世代機。比較的量産性に優れて安く仕入れられ、個人での修理や手入れも容易というのが売りの得物。

 それを彼は吠えながら振るう。長いフレームの先端で吼える回転鋸が〈ザッソウ〉を纏めて数体食い破っていく。

「クソ安い雑魚共でも数殺せりゃイイ稼ぎになるぜェ!!!」

 吼えながら得物を振るい獣共を屠っていく。

 彼を突き動かすのは金である。

 生体素材を剥ぎ取り回収するのもそうだが。通信端末になっている〈グラスハンター〉の腕輪には〈ザッソウ〉を討伐した回数を記録する機能があり、倒した数とその脅威度の記録からでも十分に報酬が獲得できる。

 倒した全てを喰らわずとも、ある程度上質なものからだけ素材を回収し、雑魚は斬り捨てる。それだけで効率良く稼げるのだ。

 故に彼は狩り続ける。報酬を得る為に。



 もう一人分、その戦場を駆けていく影があった。

 物凄く小柄な、少年にも少女にも見える人物――刃衣青葉。

「そーらよいしょっ!!!」

 彼とも彼女とも呼び難いその人物は得物たる大鎌を振るう。

 その刃が閃く度に〈ザッソウ〉が文字通り『刈り取られ』ていった。

 一撃が入ると根核を切断され絶命し、また別の個体に死をもたらした。

 もう何体も異形のかばねが討ち捨てられていた時だ。

「おっと!!! やっちゃったぁ!!?」

 声を荒げる青葉。

 偶然にも反撃を受けて得物が弾き飛ばされてしまったのだ。

「わーっ、たんまたんま!!!」

 先程までの威勢は何処へやら。命乞いをする青葉。

 その努力も空しく迫る顎。それが青葉を捉える、直前で。

「なーんって、ねッッッ!!!」

 後ろ向きに倒れる勢いで、身体をしならせることで青葉は宙返りしながら下から相手の胴体部を蹴り上げた。

 着地するなりすぐに地面を蹴り、落下してくる相手を背負い投げの要領で地面に叩き付けてやる。

「そーれッッ!」

 そしてその胸部に手刀にした右腕を突き立てた。位相転移反応で皮膚を硬質化させているが故の芸当であった。そのまま根核を鷲掴みにして引きずり出す。

「ねぇねぇ今どんな気持ち? 今食べようとしたやつに命掴まれてるのってどんな気持ち?」

 〈グラスハンター〉特有の怪力で握られ、ボウリング球程度の大きさの根核はミシミシと音を立てて指が食い込んでいく。

「あっははー♪ いっぱい出たねー! ネチャネチャしたきったないモノがドバドバ溢れだしてるよ!」

 溢れてくる体液は動物性タンパク質を溶解させる性質があったが、織り込み済みだった青葉は皮膚表面の形質を位相転移で変更することで無効化していた。

 最期の抵抗も空しく、本体を握り潰されてその個体は絶命した。

「次こうなりたいのは誰かなぁ!!!」

 得物を拾い上げ、再び舞う青葉。

 可変狩鎌〈マイグレックヒェン〉――それが青葉の得物。

 ドイツ語で『スズラン』を意味する、草花の名を銘に冠された草狩機。

 『純粋』の花言葉は、何よりも潔い暴力という形で刃に宿っていた。




 砲撃をしながらも戦場を見渡す灯里。

 銃爪ヒキガネを引くタイミングで背面に斥力場を発生させることで反動を軽減していたとはいえ、足元がボロボロに成りかけていた。

 その為に度々位置を変更して狙撃していたのだが。

「まさかあれが住民の脱出手段?」

 何らかの信号弾が上がると同時に施設の一部が崩壊し、その中から何かが出てくるという光景を拝むことになった。

 それは車輌というより最早艦艇だった。

 目測ではあるが全長約130m・全幅約15m。さながら地上を航行する装甲艦。

 物資不足からか効かないものと開き直ってなのか外部からは武装している様には見えなかった。

「もう出発するのか!!!」

 それが向かう方向を確認し、行先を察すると彼はその車輌ハコブネを追跡していった。




 揚羽が〈チェインブレード〉を振るい、仕留める。彼の撃破数は三桁目に到達しようとしていた。

 三個から四個小隊に相当する無数の〈PR〉が破壊され擱座している中で高らかに吼える推定15m級の〈ザッソウ〉。

 それは翼を生やしており鳥に似た印象を与えていた。

「ホウセンカ、か……まぁいい」

 花弁状の組織と甲殻である葉の形状からその個体の性質を推察していた。

 首にある無数の突起物を乾いた音を鳴らして弾けさせ、無数の黒い物体を投射する。

 そして翼を広げ二・三度羽撃はばたいた。

 その風を受ける。ムワッと甘ったるい匂いが感じられると、揚羽は舌打ちして毒突いた。

「面倒な……!!!」

 翼から放たれた甘い匂いは特殊な植物ホルモンの混ざった呼気であり、地面に突き刺さった十数個もの物体――種子がそれを浴びることで芽吹き始めたのだ。

 この方法で芽吹いた新芽はそんなに強くない。何だったら通常火器でも倒せる程度であり、無理矢理成長させられた反動からか寿命が短い傾向すらある。

 それでも大型個体の目の前でこんな大群を召喚されれば不利になりかねない。

「……ハハっ」

 その状況に揚羽はどう判断したか。

「こういうのは先に頭潰すんだよオラァァッ!!!」

 とりあえずゴリ押しで通ることにした。


 成長途中の幼体には見向きもせず親個体に接近すると、その無駄にでかい胴体部に目掛けて袈裟斬りを放つ。右脚の付け根から肩口まで引き裂いた。根核には命中しなかったものの傷口から露出させることはできた。

 堪らずに繰り出してきたであろう左脚の蹴りに、返しの刃で放った一閃で膝の辺りから切り落とした。

 逃げようとしたのか羽撃き滞空を始めるホウセンカ型。

「逃がすもんかよッッ!!!」

 それに対して揚羽は、一度跳躍し、踏み込みたい空間に発生させた斥力場を足場にして空中で再度跳躍。

 一閃で右翼を切り落とす。

 墜落するより先に、下へと踏み込みながら得物を振り下ろし左翼を引き裂いた。

「――ハハハハハ!!!」

 得物の騒音と共に高笑いを上げながら空中で踏み込み跳躍しながら回転して斬り上げる。頸が切り落とされ、そのまま地面に激突した。

 この程度では死なない。根核はまだ壊れていないからだ。

 失った部位を再生しようとする――そこへ落下しながら錐揉み回転して得物を振るい、揚羽は根核目掛けて叩き付けた。

 今度こそ絶命したところで、適当に何回か得物を振るいまだ成熟しきってない幼体達を刈り祓うと。揚羽は何機か擱座していた〈PR〉のうちの一機の元へ向かった。



 へしゃげたコクピットハッチを〈チェインブレード〉で破砕する。

 その中の光景に彼は一言呟いた。

「大丈夫……じゃなさそうだな」

 この機体にだけこんなことをしたのは、唯一生体反応が確認できていたからだった。

 だが。

「俺の、身体、どうな、って……」

 そう呻くパイロットの状態は、かなり酷かった。

「両腕が肘から先がない。腹が裂けて、内臓と肋骨が飛び出てる。グラスハンターでもここから治るとは思えない」

 ただ淡々と状況を伝えていく揚羽。目も利かなくなっている様に見えた。

「高熱で焼かれて血が塞がってて即死を免れた……ここまで致命傷だと逆に運が悪かったな」


 兵士のネームタグを確認する。

 巴音流煌Kou Hanenaga

 一瞬、名字の読み方が分からなかったが、英字表記で『ハネナガ』と理解した。


「介錯くらいはする。最期に何か言いたいことは」


 彼の腰にあった拳銃を取り出す。弾倉を確認して初弾を装填した。


「ああ……死にた、く……ない、なぁ……」

 弱々しく呟く兵士。喋る度に口元から血が垂れていく。

「イナ、コが……待って、る……んだ……」

 既に失われた右手が眼前に掲げられた。

「奥さんか誰か?」

「ひろ、った、子だ……」

 揚羽の問いに答えを返した。

「イナコは、俺が、育、てて、た……俺の、こと……兄、みたいに、慕って、くれて……妹が、できた、みたいで……」

 このご時世にはどこの世界でもある話だ。揚羽も元は孤児だった。

「あいつ、お……置いて、なん、て……逝け、ない……のに……避難、した、ら……向こ、うで……迎え、く、って……」

 喀血し嘔吐えずきながら答える。彼の生命反応が弱っていくのを腕輪に知らせられる。

「…………そっか」

 短く呟く揚羽。

 そんな彼は。

「アンタ、輪廻転生って信じる?」

 そう切り出す。

「俺は別に興味無いんだけどさ」

 言いながら拳銃を構える。狙いは彼の額。

「アンタが生まれ変わるまでに、奴らが居ない世界にしておくよ」

 その言葉に兵士は何かしら察した様で。

「あぁ……」

 短く感嘆する。

「ありが──」


 言い切る前に銃声が響いた。確実に逝かせる為に二発連射ダブルタップ


 腕輪を介して、兵士の生体反応の消失が確認された。




 弔った揚羽の表情が歪んでいく。


「…………ハハハ」


 そして。


「 ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ 」


 気が狂ったかというほどに溢れ出る笑い声。

 地獄の様なこの世界で天を仰ぐ少年からそれが奏でられた。


「 ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ――――オラァッッ!!!」


 笑いながらいきなり得物を背面に回してから正面向きに振るう。

 それはまるで予知していたかの様に正確無比に。

 〈ザッソウ〉を縦方向に真っ二つにした。


 ケラケラと笑いながら向き直る。


 幽鬼にも似た揺らめきをする双色の眼が目指す先には、無数の〈ザッソウ〉達が彼へと迫っていた。



「────来いッ!!!」


 〈チェインブレード〉を構える。

 そこから彼は既に稼働状態であるにも関わらず始動機構スターターのロープを引っ張った。

 〈追点火バースト〉と通称される使用方法。稼働中の〈草狩機〉に改めて点火することで一時的に出力を著しく跳ね上げるというのだ。

 それにより彼の得物は最大出力で一際激しく唸りを上げる。


り尽くしてやるよ雑草野郎クサヤロウ共がアアアアアアッッ!!!!」


 咆哮を上げながら、大群へと吶喊していった。



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