マスターにドラゴンカーセッ…を強いらているんだ

銅鑼加瀬

俺はドラゴンだ。……ドラゴンだ!?!?

「マスターにドラゴンカーセックスを強いられているんだ。助けてくれ」

「なんて?」


 意味がわからないよ、という顔をしている少年。

 すまない、俺もわからないんだ。

 でも本当なんだ。俺はマスター……契約主から馬車とのやんごとなき遊戯、すなわち性行為を強いられている哀れなドラゴン。

 ……ドラゴン? エッ俺、ドラゴン……エッッッ!!!!


 その時溢れ出した、存在しない── いやバリバリ存在する記憶。

 俺の名はシュヴァイデン。ドラゴン。雄。

 西の大陸に存在する活火山を縄張りにする、齢200歳ほどの若きドラゴン……なのだが、つい今し方、前世の記憶を思い出したところだ。

 ……ど〜して今!! 思い出すかな〜〜!?!?

 こういうのは普通、転生した時に記憶を思い出す! っていうか引き継ぐのがテンプレじゃないのか?

 女神だか神だかと会話して転生先決めたりするんじゃないのか? なんで記憶なしで転生して200年経過してんだ。

 これまでの200年、無害なドラゴンとして長らく人間と契約を結んじゃったぞ俺。

 特に冒険に出たりすることもなく、孵った山でそのまま育っちゃったわ。

 同族に『人間に飼い慣らされた軟弱者め……』とか会うたびに言われてたけど、そういや俺はなんでフッツーにテイムされてんだろ。

 思い出した。なんか人間とは仲良くなっとこ、って閃いたからだ。多分記憶はなくても人間だったことを魂が覚えてたのかもしれん。

 そういうことにしとこ。そういうことにしないと、ただのドラゴンだった俺が警戒心皆無野郎ってことになっちゃう。


「あの、西のドラゴン……」

「ん? あ、ああ。そういうことで少年。俺と契約してほしいのだが」

「は、え、ええ!? オレと!? 正気かアンタ、じゃなくて正気でいらっしゃいますか西のドラゴン!」


 言葉がちょっとおかしいぞ少年。

 でも動揺するのもわかる。

 少し前に人間だった記憶を思い出したので、今の自分の立ち位置を客観的に見れるようになったのだが、それを思えば仕方ない。

 改めて自己紹介しよう。俺は西の大陸に存在する活火山を縄張りにする……さっきも同じこと言った?

 えーっと、俺の名はシュヴァイデンなんだが、これはいわゆる『真名』と呼ばれるもので、歴代の契約者にすら名乗ったことはなかった。

 ので、俺は一般的には『西のドラゴン』という通称で知られている。

 由来はシンプル。西の大陸にある活火山を縄張りにしているドラゴンだから。

 西の大陸に住んでるドラゴンが元々俺だけなのもあって、西のドラゴン=俺である。

 そんでこの世に生を受けて200年。ここを離れたことは一度もなく、そして長らくこの大陸の王族と契約を交わしてきた。

『西のドラゴンは王族とのみ契約する』

 市井の民ですら知っていることだから、俺が現在の契約者であるドラゴンカーセックス性癖王女殿下から逃げた先、たまたまいた少年も当然のように知っていた。


「……あれ、でも、今の契約者とまだ契約が」

「そうだな。大変残念なことに、ああ、大変残念なことにまだ契約続行中だ」

「すごい! 感情こもってる!」


 ぶっちゃけ、人間との契約はこちらがだいぶ譲歩しているのだ。

 力も何もかも俺の方が上だしな。だからこそ、契約時に一定の制約を設けた。

 パワーバランスが極端に偏らないよう、原初の契約── 一番最初に契約した人間と約束をした。

 

『契約を結ぶ相手はドラゴンが選ぶ。しかし、契約破棄は契約した人間、またはその人間より高位の魔道士のみができるものとする』


 これによって俺から破棄することが不可能な今、取れる選択肢は二つ。

 ・ドラゴンカーセックス性癖王女殿下が破棄してくれるのを待つ。

 ・ドラゴンカーセックス性癖王女殿下よりも高位の魔道士を新しい契約者に選ぶ。

 実質選択肢は一つだ。つまり後者である。


「少年の魔力量は十分にある。……ドラカセ王女殿下は現王国随一の魔力量だけど」


 で、でも! でもでも少年はまだ少年だし、修行すれば更なる魔力量の向上も狙えるはずだ!

 この世界はラノベにありがちな修行すればなんやかんやで強くなれる世界! 少年が王国一番どころか大陸一番の魔道士になる確率だってある。

 貴族の方が魔力が多いこの世界で、庶民── ボロい服装的に庶民っぽい少年は、本当に珍しく魔力が高いのだ。

 庶民なのに貴族並みに魔力量がある少年とか、ラノベ的には王道主人公だろ? だからいける。修行すればいける!

 あと少し、ほんの少しだけ魔力を高めることができれば、契約破棄、この場合は上書きと呼ぶ方が正しいが、それで消費される魔力も十全に補えるだろう。

 ほれ少年、早く腕を出せ。まずは仮契約するぞ。……何? 仮契約方法がわからない?


「お恥ずかしながら、契約に成功したことはおろか、仮契約すら一度もなくて……」

「なんと。その制服は学園生だろう? テイムの授業もあるはずだが」

「それが……誰も、オレの呼びかけに応えてくれなくて……すみません」


 ふむ、こんなに魔力量があるのに仮契約すらできないとは不思議だ。

 いや、逆説的に言って魔力量がありすぎるのが問題なのだろう。

 俺が学園と呼んでいる、ラノベにありがちな魔道士育成学校がこの世界にはあるのだが、そこで授業の一環として用意されている魔獣たちは、いずれも低級の者たちだ。

 テイム── この国では魔獣と契約すること全般をテイムと呼ぶのだが、仮契約を経てから本契約をするのが正しい手順とされている。

 だが過ぎたる魔力は魔獣には毒。それゆえに誰も召喚に応じず、仮契約すらままならなかったのだろう。

 だが今はそんなことは問題ではない。何故かって? 俺が目の前にいるからだ。


「俺が良いと言ってるんだ。早く仮契約を結ぼう、少年。早くしないと、俺がいないことに気づいた殿下によって召喚されてしまう……!」


 そんでドラゴンカーセックスをまた強いられてしまうんだ!!!!

 俺はヤだって言ってるのに……頑丈な馬車を用意しましたわ〜! とか言って……!!

 思い出すだけで怖い。

 俺は200年童貞を貫いたレジェンド・オブ・ドラゴン。

 どうせ卒業するなら頑丈な馬車じゃ嫌だ!

 だから早く、早く俺と仮契約してくれ少年!!!!

 そして修行を始めよう! 目指せ大陸一番の魔道士!!

 西のドラゴンをドラカセ王女殿下から救う物語の始まりだ!!!!


「そ、その、ドラゴンカー、なんちゃらってのはわからないけど! オレと、オレと契約してるっていうなら……よろしくお願いします……っ!」

 

 俺の悲痛さが伝わったのか、覚悟を決めたような顔つきの少年が召喚の呪文を唱える。

 少年から漏れ出る魔力を道標に、彼が開いた召喚陣の上に陣取った。

 来い、来い、来い、仮契約の糸、来い!!!!


 そうして手繰り寄せた細い糸をしっかり掴み、俺と少年の仮契約が完了した。


「少年、ここからだ! ここからだぞ! 早くおっきくなって俺を助けてくれよ!!」

「ハァ……ハァ……ッまさか、本当に、ドラゴンと、ハァ……ハァ……、ドラゴンと、契約、できるなんて……ッ!」


 歓喜に打ち震えてるっぽいところ申し訳ないが、これ、仮契約だからな。

 少年がドラカセ王女殿下の魔力量を上回ってからが本番……ダメだな、なんか目がキマってる。

 まあいいや。初契約だって言うし舞い上がってんだろ。

 こっから地獄の修行パートだからな、最初くらいはキャッキャッしてても良い。

 それより少年、お前の名前を教えてくれよ。聞き忘れちゃったし。

 そう言うと、地面に這いつくばっていた少年が顔を上げた。


「オレ、は……オレの、名前は……── アルセル。アルセル・カー」


 ほお、アルセル。アルセルね。アルセル、いい名だ。いいね、ファーストネーム素敵だ。

 

 ……カー!?!? お前、車かよお!!!!



 この物語は、マスターにドラゴンカーセックスを強いられている俺と、何も持てなかったはずの少年の、冒険譚である。……と、思いたい。

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