第15話 帝都ヘブリッジ~港湾都市ハンプール 1
1日目
とうとう帝都ヘブリッジ出立の日がやって来た。身支度をし、朝食をとる為食堂へと向かう。今の時刻は6時半。食堂にはそれなりに人がいた。空いているテーブル席に着く。10分位経った頃、キャサリンがやって来た。大きなバックパックを背負い、ウエストポーチを腰に巻き、帯剣した姿だ。手には朝食引き換え用の木札を持っている。
「おはようございます。遅くなって申し訳ないです。」
「いや、俺らが早いだけさ。」
「そうそう。」
「では朝食を食べながら、今後の予定を話そう。」
ウェイトレスを呼び木札を渡す。やがて朝食が運ばれてきた。食べている合間に宏と俊充が話す。
東大陸に渡る為、港湾都市ハンプールを目指していると言う事。
ハンプールまでの旅程は26~28日の約1か月近くを予定していると言う事。(距離にして約1300km)
途中セントハム村で牛乳を仕入れに行く事。
それ以外の町や村は必要が無い限りそのまま通過する事。
道中の安全情報を調べた結果、モンスターや野盗と遭遇する可能性があるが、帝国軍が治安維持のために出動している事等を話し、仲間内での情報共有を図った。
また、警戒魔法を使える為、余程の事が無い限り事前に敵を察知出来る事を話し、基本全員が馬車に乗って移動する事を告げた。つまり今まで通りである。
「所で、キャサリンは御者が出来るのか?」
「はい。傭兵として活動していた時に、傭兵団を組んだ事があって、荷馬車の御者を交代で行っていました。一通り出来ますよ。ちなみに馬にも乗れます。」
「馬に乗れるのか。場合によっては俺達も馬で移動する事があるかもしれない。その時は教えてくれ。」
「ええ。傭兵団を組んでいた時に、新入りに教えていた事もあったので大丈夫だと思います。」
話をしているうちに、やがて朝食を食べ終えたので、席を立ち受付へと向かう。荷物はバックパックだけなので、既に手元にあり、部屋の鍵も施錠しているので、後はチェックアウトするだけだ。
チェックアウトが終わり、馬車を出す。俊充はシラス12年のコピーに挑みたいと言い、サンプルを渡したら車内に入っていった。なので、今日の御者はキャサリンにやってもらう事になった。
東広場に着き、東門から出る。周りには果樹園や麦畑等が見える。畑の果てには草原があり、その只中を真っすぐ走る太い街道が地平線の果てまで伸びている。ここをひたすら進む事になるのだ。
「この馬車での御者には慣れたか?」
「はい。特に道を曲がる時には驚きました。とてもスムーズに曲がれて小回りも利くのですね。今まで乗ってきた馬車だと、曲がる際は中々曲がらなくて一苦労でした。」
「まあ、俺達だけの特別な馬車だからな。」
「これだけの馬車、相当値段が張ったのではないのですか?」
「これに関わる詳しい事はおいおい話すかもしれないが、実は元手はかかっていない。俺達が材料集めから始めて作ったからだ。かかったのは馬代位だな。」
「本当ですか!ヒロ達は魔法使いと言うだけでなく、馬車職人でもあったのですか?」
「俺達はある意味 職人(エンジニア)と言えると思うが、馬車職人と言う訳では無いよ。まあ、成り行きで作る事になったからな。」
「成り行きでこれ程の物が作れるのですか…。でもこれがあれば旅の快適さも格段に違ったのに。」
「まあ、今すぐでは無いにしろ、いずれ快適な馬車も作られてくるだろう。その時を気長に待つしかないな。所で、目的地であるハンプールへは行った事があるのか?」
「いいえ。故郷のターポートから船便が出ていますが、乗った事はありません。傭兵活動をしていた時はターポートから帝都までの範囲内で仕事をしていましたし。」
「そうか。じゃあ俺達と同じく初めて通る道なんだな。」
「ええ。これまでの仕事柄、初めては少し緊張しますが、同時に見た事が無いものを見れる事も楽しみだと思います。」
と気丈に言う彼女に宏は好感を覚えた。
街道沿いに草を刈られた小さな休憩場所があったのでそこに馬車を停める。時間は17時位。まだ夕暮れにはなっていないが余裕をもって野営の準備をする事にした。
「今日はこの辺りで野営しよう。」
と宏が言う。馬車を停めて貰い、タープを広げテーブル類を出し、買ったばかりの魔道具ランプをタープの柱に取り付ける。作業台、コンロを用意し木炭で火を熾す。すると、車内から俊充が出て来て宏に言う。
「宏、シラス12年のコピーが終わったよ。パチシラス12の完成だ。必要な素材諸共転送するから瓶詰めまでやってくれないかな?」
「任せてくれ。」
と宏が言う。
「その代わり、今日の晩飯は僕に任せてよ。折角だからビフテキにしよう。サーロインを10日分促進熟成させてから、こっちのアイテムボックスに移してくれる?あと牛脂も。」
「ああ。今移したぞ。」
転送された真空パックの肉をバックパック(アイテムボックス)から取り出し三人分厚めに切り、残りは直ぐに仕舞う。
肉と脂身の境目に刃を入れて筋切りし、常温に馴染ませてから塩胡椒を振りかけ、数分置く。
それから、フライパンに牛脂を小さく切ったものを乗せ加熱し、脂を出し広げる。十分に広がった後、肉を乗せるとジュウゥゥーっという小気味良い音と共に表面が焼けていく。さっと両面を焼き、側面の色が変わった後、皿に移して余熱で火を通す。
再び肉を同じように焼きつつ、並行して付け合わせの温野菜を別のフライパンでそれぞれ炒めていく。色どりを考えて、さやいんげん、人参、薄切り玉葱だ。炒め終わってから肉の側に添える。最後に肉を焼いたフライパンで薄切りにしたニンニクを炒め、カリカリにしてから肉の上に乗せる。これで主菜の完成だ。
後は栄養を考え、薄切りにしたライ麦パンを籠に盛り、デザートとして苺を小皿に盛った。
「出来たよー。」
と二人を呼ぶ。ついでに宏に、ワイングラスと適度に冷やした赤ワイン“ユニコ”を出してよと頼む。ワインを出し、グラスに注ぎ、夕餉の支度が完全に整った。
「それでは食べるとしよう。」
早速肉にナイフを入れる。現代の肉と比べるとやや手応えがあるように感じるが、俺としてはまあ柔らかい範疇に収まるだろう。断面を見るとミディアムレアに焼けている。早速口に入れて咀嚼する。焼き加減も良いし、味も十分。時代背景を考えると最高級肉と言うのもあながち嘘ではないようだ。流石に現代の和牛をはじめとしたプレミアムビーフ程では無いが。
俊充も同じように感じているのか、特に驚くことなく淡々と食べている。
一方でキャサリンは目を丸くしながら食べていた。
「こんなに柔らかい肉は食べたことがありません!胡椒もふんだんに使われていますし、とても贅沢な味です。これ牛肉ですよね?」
「うん。帝都で帝室御用達と言う店で買った黒毛牛と言うものだよ。運良く入荷したらしいから買ったんだ。」
「黒毛牛って…!噂に聞く最高級肉じゃないですか!こんなの野営の夕食じゃないですよ!」
と力みながら言う。それと同時にワインを口に含んだ。何度か飲ませているからか、美味しそうに飲んでいるものの、酒ではあまり驚かなくなったようだ。ちょっとつまらんな。
「まあまあ。色々な部位を仕入れているし、それに応じた料理も出来るから今後も楽しみにしていてよ。」
「全く…。品数こそ絞られている物の、この一皿は宮廷料理で出て来てもおかしくないですよ。」
と言いつつも嬉しそうな表情で食が進んでいるようだから結構な事だ。ふと彼女が不思議そうな顔をして言う。
「ちょっと不思議に思ったのですが、何故パンはライ麦パンなのですか?いつも上等な白パンを食べていたのに。」
「僕もうっかりしていたんだけど、小麦の白パンって柔らかくて食べやすいけど、実はあまり体には良くないんだ。ライ麦パンのほうが体に良いから、これからは積極的に出すつもりだよ。」
「初めて知りました。そんな理由があったのですね。傭兵業をしていたので色々なパンを食べました。このライ麦パンはそのままで十分食べられますから、体に良いなら歓迎です。」
「そう言ってもらえて良かったよ。」
「それといつも思うのですが、新鮮なフルーツも1日に1回は付いてきますよね。私は好きなので、有難いのですが。」
「これも健康と体を維持する為に必要な事だからさ。フルーツも含めて、可能な時は出来るだけ新鮮な食べ物をとるよう心掛けたほうが良いよ。」
「分かりました。心に留めておきます。でもご一緒している際はお世話になりっぱなしですね。」
と恐縮そうにしながらも、微笑んでいた。
会話が進むうちに全員が食べ終わる。それから1時間位その場でゆっくりし、腹がこなれるのを待った。
「さて、そろそろ後片付けしようか。片付けは僕がやっておくから、宏はパチシラス12をお願い。」
「ゆっくりしている内に、1本出来たぞ。後で飲もう。」
「これで、片付ける気力が益々湧いてきたよ。」
「私にも、片付けで手伝える事は無いですか?」
「僕たちは浄化魔法とマジックバッグをフル活用しているからね。あまりお願いする事が無いんだ。あ、そうだ。ならテーブルと椅子を畳んでその場に置いておいてよ。終わったら車内に入っていいから。」
「分かりました。…終わりました。」
彼女は少し申し訳なさそうにしながら車内に入っていった。
俊充が片付けを終えて、車内に入って来る。すると、既に食後酒の準備が終えられていた。テーブルの上にはモルトグラスが各人2個ずつと、チェイサーの水が入ったコップが1つずつ。そして、パチキョウ21と緑の瓶が特徴的なパチシラス12が置かれていた。木の折り畳み椅子が空いていたから、今日の僕の席はここらしいのでそこに座る。
「まずはパチシラス12から飲もう。」
各人のグラスに少しずつ注いでいく。
「では乾杯。」
「「「乾杯」」」
少し口に含んでじっくり味わう。やはり本物との違いが分からない。満足する出来だ。
「キャサリン、味のほうはどうだ?」
「何と言うか、前に飲ませてもらったパチキョウ21と比べると、やや荒々しい感じがしますね。ですが、それと同時に何だか燻された香ばしさのようなものも感じて面白いです。」
パチシラス12の特徴の一端をしっかり感じ取っているらしい。結構な事だ。
「パチキョウ21とパチシラス12とどちらが好みだ?」
「私は飲みやすさと、フルーティー感がより感じられるパチキョウ21のほうが好みですね。」
やはりか。だったら残りのザキヤマ18年も、きっと気に入るだろう。
少し時間が経ってから、宏が切り出す。
「俊充、今のうちにこの前の野盗の話を改めてしておきたいと思う。」
「早いほうが良いからね。僕も賛成だよ。」
俺達が持つスキルの一端を説明し、その索敵能力で野盗のアジトは掴めていた事。戦力不足であるばかりか対人戦の経験が無く、通常戦力だけでは無謀な事。魔法を使用した場合、捕虜を巻き込まずに救出する事が困難だった事。旅の目的を遂行する事が最優先で、魔法やスキルに関わる様々な厄介事に巻き込まれる事を嫌い、半ば見捨てるような形になった事。それでは罪悪感があるので、せめてヒースターの町の帝国駐留騎士団には野盗の被害があった場所と状況について説明し、出来るだけ早く対処してもらえるようにした事等をキャサリンに伝えた。その上で納得出来なければ一旦帝都まで戻って別れてもいいとも伝えた。
キャサリンは真剣な表情で答えた。
「それでも私の意思は変わりません。命を助けていただいた恩を返せていませんし、ヒロ達の置かれた状況を鑑みるとやむを得ない事も分かりました。正直心の中で葛藤する気持ちもありますが、時間が解決してくれる事を待つしかありません。改めて、これからもご一緒させて下さい。」
と少し泣きそうな顔で答えていた。
これを見て、宏達は旅の目的の遂行を最優先としながらも、可能な状況ならキャサリンの気持ちに沿った行動を心がけようと思った。
それから、暗くなった場を収めるために、追加で少し酒を飲み、気を紛らわせてから早めに寝る事にした。
2日目
朝の支度を終え、馬車を走らせる。今日も御者はキャサリンが、警戒並びにナビは俺がやる事になった。俊充はと言うと、昨日のパチシラス12のコピーの成功に気を良くしたのか、今度はザキヤマ18年のコピーに挑戦するそうだ。これで暫く暇しないで済むよと喜んでいた。まあ、俺にも十分嬉しい事だから良いのだけれど。
時刻は11時頃、目的地の一つであるセントハム村が見えてきた。牧草の生い茂った、なだらかな小さな丘が見え、柵の中で放し飼いにされた乳牛たちが思い思いに草を食んでいる。丘の麓に村があり、入り口には自警団員が一人立っていた。
「ここはセントハム村だ。乳牛しかいない村に何か用事か?」
「ああ。牛乳を仕入れたいと思ってね。帝都の商業ギルドでこの村から仕入れると良いと言われたんだ。」
「牛乳!?そんなものが欲しいのか?加工しないとすぐ悪くなるし、飲んだら腹を下すし、チーズやバターの材料だぞ。チーズやバターはうちの村の特産品だから、それが欲しいんだよな。」
「いや、牛乳そのものだ。」
「変わった奴だな。腹壊しても知らないぞ。欲しいなら村長に相談してくれ。村長の家はあっちにある。」
と村長の家を指さした。村長の家らしく、やはり村の中では一番立派だ。村長の家へと向かう。着いてから、宏が馬車から降りて家のドアをノックする。すると家政婦と思しき女性がドアを開けた。
「ここは村長の家だけど、何か御用?」
「牛乳が欲しくて村長さんと交渉しにやって来た。村長さんに取り次いでもらえないか?」
「ちょっと待っててね。」
と家の中に戻る。すると村長がやって来た。
「旅人のヒロだ。牛乳が欲しくてここまでやって来た。」
「儂は村長のジェフリーだ。牛乳が欲しいとは変わっているな。加工しないとすぐ悪くなるし、そのまま飲んだら腹を下すぞ。」
「牛乳そのものがどうしても欲しくてこの村まで来たんだ。何とか買わせてもらえないか?」
「そこまで言うのなら良いだろう。して、どれ位欲しいのか?」
宏がバックパックから、ステンレス製で両取っ手付きの牛乳輸送缶20Lを3本取り出した。
「これに入る分だけ欲しい。」
「マジックバックか!それに、見たことの無い立派な入れ物だな。変わり者のお貴族様の使いか何かか?」
「まあ、そんな所だ。この入れ物3本分で幾らだ?」
「そうだなあ。1銀貨80銅貨でどうだ?」
「折角だし、いきなり来て迷惑をかけたから2銀貨出そう。早速売ってくれ。」
と2銀貨差し出し、村長がホクホク顔で受け取った。
「朝搾った牛乳はもう加工に回しておる。待ってもらう事になるが、夕方にもう一度搾る。新鮮な搾りたてが手に入るぞ。それに夕方のほうが濃厚だ。」
「それは楽しみだ。入れ物は置いておくから、何時取りにくればいい?」
「日が沈んだ頃に来てくれ。但しあまり遅いと寝てしまうがな。」
「分かった。それから、取りに行くまで待っていたいんだが、馬車を停められる広くてあまり人気の無い場所は無いか?」
「それなら、村の入り口から入って少しした所に大きな空き地があるだろ?そこに停めると良い。」
「助かるよ。ではまた。」
空き地に行き、馬車を停め、タープを広げ、テーブル類を出す。時間も12時半位なので、丁度昼飯時だ。さて、何を食おうか?
少々考えた結果、熱燻製された鮭があった事を思い出した。これの薄切りと玉ねぎのピクルスの薄切りをライ麦パンで挟んだサンドイッチにしようと思い立ち、調理に取り掛かる。サンドイッチが出来てから、チーズを皿に出し、ステンレスのジョッキに冷えた辛口サイダーを注ぐ。これで昼食の準備が整った。二人を呼ぶ。
「サンドイッチか。丁度良いね。」
「鮭の燻製のサンドイッチですか。鮭も上等なものですね。食べるのが楽しみです。」
「それから、真昼間だからサイダーは一杯だけだぞ。」
三人とも席に座って食事を始めた。
「ちょっと塩辛いけど、玉ねぎのピクルスと相まって美味しいね。」
「そうですね。ターポートで食べた時の事を思い出します。」
「自分で作っておきながら、なかなかの味だな。」
今日の昼食は好評だった。車外の片づけをし、馬の世話をした後、車内に入ってベッドに寝そべって昼寝をしたり、ソファーに座って寛いだり、雑談をして時間をつぶしていた。時間を持て余し気味だったが、外の牧場で牛が草を食んでいるさまを眺めながら過ごしていると、やがて日が落ちてきた。
約束通り、村長の家へと赴く。
「ジェフリーさん、牛乳は搾り終えたか?」
「ああ、そこに3本並べておるよ。」
ズシリと重くなった牛乳輸送缶をバックパック(アイテムボックス)に仕舞う。
「所で、時間も遅くなったので、今夜はこの村で野営したいのだが、許可をくれないか?」
「良いだろう。場所は先程まで待ってもらっていた村の入り口近くの空き地なら大丈夫だ。もし、自警団員に尋ねられたら村長から許可を貰ったと言えばいい。」
「助かるよ。ありがとう。」
礼を言い、家を出る。そして、野営場所へと着く。今の時刻は19時。今日の晩飯は車内で弁当にする事にした。
メニューは、鰈のフィレのバター焼きニンニク香草風味と温野菜と豆、ライ麦パン、チーズ、そして白ワインだ。ターポートの“赤ひげ酒場”に無理を言って作ってもらっただけの事はあり、旬であることも含め実に旨かった。俊充も満足げだったし、キャサリンは明らかに喜んで食べていた。
食べ終わり、後片付けをし、腹もこなれてきたので、今日はもう寝る事にした。
男二人で征く異世界漫遊記 HYA @HYA2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。男二人で征く異世界漫遊記の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます