第5話 ヒロトはなぜチャラくなったのか
ヒロトはすぐさま両手を頭にやった。そこになくてはならない髪の毛を探して指先が宙を掻く。ヒロトは怯えるような目で僕の手に残った茶パツを見詰めていた。
一方、僕たちは髪の毛のなくなったヒロトの頭部を凝視していた。僕たちが釘付けになったのは、何も髪の毛がまるまる取れてしまったからではなかった。偽りの茶パツの下にあった完全なスキンヘッドを見たからだった。それはただのスキンヘッドではなかった。そのつるつるの頭には編み目状になった金属ワイヤーが被されていたのだ。見た目はまるでメロンパンで、ワイヤーの交点には小さなセンサーのようなものが付いていた。
「ど、ど、ど、どうしたんだ、ヒロト! その頭!」
先ほどのヒロトに極限まで動揺した人間の姿を見たが、そのわずか後に、まさか自分が餌を待つ鯉になるとは思わなかった。
ヒロトは僕の手から茶パツを奪い取り、雑に頭に乗せてから駆け出して行った。
放課後、逃げるように帰ろうとするヒロトを捕まえ、僕たちは屋上で詳しく話を聞くことにした。最初は逃げ出そうとしていたヒロトも、もはや隠し事は不可能と観念した様子だった。
「隠し事をしていたというか、これは誰にも言っちゃいけないってことになっていたんだ」
ヒロトはそう言って茶パツの髪を頭から外した。
「それ、一体何なんだ?」
僕はスキンヘッドをメロンパンのように見せる金属ワイヤーを指差した。
「実はこれはネットに繋がるためのハードウェアなんだ」
僕はジュンとテツとで何度も顔を見合わせた。
「順を追って話をさせて欲しい」
そう言ってヒロトはなぜ急にチャラくなったのかの経緯を話し出した。それは僕たちの想像をはるかに超えた内容だった。結論から言えば、そもそもヒロトはチャラくなんてなっていなかった。
「今、生身の状態でインターネットに繋がるためのハードウェアの開発がアメリカで進められているんだ。将来的には人体にインプラントして使用することを目指しているんだけど、今の段階ではまだまだ外部に装着して使用できるものしか開発されてないんだけどさ」
それがこれだ、とヒロトは自分のメロンパンを指差した。
「この技術が日本でも研究開発されていくことになったっていうんで、その被験者が募集されたんだ。主導しているのがニューロニクスジャパンっていう会社ね」
ニューロニクスジャパン。あのテナントビルに入っていた会社だ。
「募集の話は一部ネットワークテクノロジー関係に携わっている人たちしか知らない話でさ。俺の場合は父親がその関係の仕事をしてたんで知ってたんだ。倍率はめちゃくちゃ高かったんだけど、俺は幸運にも抽選でその被験者のひとりに選ばれたんだよ」
それはヒロトが強運を発揮したという話だった。一部の人間しか知り得ない情報を知る環境にいて、さらに高倍率を勝ち抜くことができたという強運だ。そこには宇宙幸運開発センターなんてものの力は存在していない。勘違いし3万円弱のパワーストーンを購入したジュンの哀れさたるや、まさに深宇宙レベルだった。
「今、頭に被ってるのがセンサーになってるんだよ。脳波だか電気信号だかを検知することで、マウスやタッチパッドを使うことなく、考えるだけでインターフェースを操作できるようになってるんだ」
ヒロトがワイヤーの交点にあるセンサーを指先で優しく触れた。
「と言っても、到底うまく扱えないので、このアシスタントコントローラーがあるんだ」
ヒロトはそう言って、ラッパーめいた「YOYO」動きを披露した。どうやら指にはまったシルバーアクセに見えていたものが、そのアシスタントコントローラーらしい。つまりこのエセヒップホップアクションはインターフェースを操作している動きだったわけだ。
慣れればもっと自然な動きで操作できるらしいが、ヒロトはまだまだおかしな動きが抜けないらしい。
「実際のウェブ画面はこのコンタクトレンズ型のモニターに映るんだ。今も実は、俺の視界の中には、現実の景色に重なってウェブブラウザが見えてる。あと、チョーカーに見えるのは単なるデータストレージだから」
ひととおりの説明を終え、ヒロトは何だかスッキリしたような表情を浮かべていた。仲のいい友人たちに明かしてはいけない秘密をずっと抱えているのは気持ち悪かったらしい。
「でも、今の話は本当に他人に言っちゃいけないことになってるんで、絶対誰にも言わないでよ」
ヒロトはそう慌てて付け足した。
「すげーな。説明自体は納得できたけど、内容が近未来過ぎてちょっと理解がついていくのに時間がかかるわ……」
僕は率直な感想を口にした。一方、いまだに納得顔を浮かべていないのはテツだ。
「ま、待って下さい、ヒロト氏! あなたがその最先端のテクノロジーを身に着けたという話は理解しました。ですが、では、あのカフェでお会いになっていた美女は一体何者なのですか! あれはやはりカノジョでございましょう!」
テツはヒロトが眼鏡の知的美人と仲良くしていたことを一番根に持っているようだった。
「いやいや! あの人はカノジョなんかじゃないよ! ニューロニクスジャパンの担当員だよ! 定期的な経過報告をリスニングしてくれたり、改良されたデバイスを届けてくれたりする人だよ。これは遊びでやってるわけじゃないんだから」
なるほど。つまり、京橋屋瑞雲の和菓子はお世話になっている担当員への進物だったのだ。
「遊びじゃないってことは、もしかしてバイト料とかも出るわけ?」
僕は訊ねた。バイト料が出るのであれば、急に羽振りがよくなった謎も解ける。
「ああ。もちろん、もちろん。ちょっとリアルな金額は言えないけど」
ヒロトが頷くと、ジュンが急に色めきだった。
「うそ! どれくらい? コンビニのバイトが日本代表のヨーロッパ組クラスだとして、どれくらいのプレーヤーのクラスになるの?」
僕は話がややこしくなるのでジュンには黙っていて欲しかった。ヒロトも表情でそうほのめかしている。
「それがここだけの話、かなり高額なんだ」
嬉しげな微笑みがヒロトの顔に浮かんだ。どうやら本当にわりのいいバイトらしい。
「理由はこれなんだけどね」
ヒロトがワイヤーの張ってあるスキンヘッドを撫でた。
「ハードウェアが正常に動くように、髪の毛を永久脱毛しなきゃいけないんだ。その分、高額のバイト料がもらえるってわけ」
「なるほど。それで金属ワイヤーを露出したまま生活することはできないから、茶パツのヅラを被ってたってことなのか」
「そういうこと」
ヒロトは頷いた。
「髪の毛って二度と生えないの?」
「永久脱毛だからね」
皆が怪訝そうな顔をした。ヒロトは自身の頭髪を犠牲にしてこのテクノロジーの被験者になったわけだ。確かに滅多とない経験だろうが、そこまでの覚悟が持てるものだろうか。全く、無茶しやがって。
「しかし、ヒロト氏! 最大の謎が明かされておりませんぞ! なぜ、あなたは急に成績が上がったのでございましょう!」
テツが切り出した。確かに様々な謎は明らかになっていったが、最大にして最後の問題、なぜ成績が爆上がりしたかの説明はまだ一切なされていなかった。テツの言葉を受けたヒロトは、言いにくそうに苦笑を浮かべ、渋々といった具合に答えた。
「いや、実は常にネットに繋がっているもんでさ。カンニングし放題で……」
僕らは唖然とした。ヒロトは成績が上がったわけではない。ただネットを覗いてカンニングしていただけだったのだ。最先端のテクノロジーについて語られた後の、最後の最後で明かされたカラクリは何ともお粗末なものだった。
だが、僕はそれを聞いてどこか安堵していた。ヒロトはアホなヒロトのままだったのだ。
「つまり、ヒロト。お前はバイト料で多少お金持ちになってはいるものの、学力も上がっていないし、カノジョも別にいないわけだ」
「確かにおまえらが言うように俺は少し見た目が変わってしまったかも知れない。でも、俺は一介のドルヲタのままさ。まぁ、授業中でも先生に悟られずにアイドルたちの情報を逐一検索できるって能力は身に着けたけどね」
こうして僕たち四人には今までと変わらない笑い声が戻った。
しかし、それから数日後のことである。アメリカで件のハードウェアの研究が一旦、凍結されるというニュースがネットを中心に駆け巡った。何でも、ハードウェアの使用によって脳に想定以上の負担がかかるということが研究機関によって明らかになったらしい。具体的には深刻な精神疾患に陥る可能性があるということだ。
それから数日も経たないうちに、ヒロトは急にスキンヘッドになった。茶パツでもメロンパンでもない。大豆だった。
アメリカの件を受け、日本でもしばらくこのハードウェアの研究は一時ストップしたとのことで、ヒロトは突然全てのデバイスを失ったのだ。
もちろん眼鏡に戻ったし、カンニングで疑似的に上がっていた成績も元どおり。ヒロトは今までどおりのヒロトに戻ってしまった。
夏休みに強運で未来的テクノロジーを手に入れたヒロト。今、彼は悲嘆に暮れている。元に戻っただけならまだよかったろう。だが、ヒロトは手に入れたはずの全てと一緒に、せっかくの頭髪さえも永遠に失ってしまったのだから。
強運 ~ヒロトはなぜチャラくなったのか~ 三宅 蘭二朗 @michelangelo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます