第4話 マーシーの推理

 週明け、ジュンは急にスピリチュアルになった。

 両腕に数珠めいたパワーストーンのブレスレットが巻き付いている。頭にも似たようなものが巻き付いているが、ヘアバンドをしたサッカー選手を茶化しているようにしか見えなかった。サッカーマニアのジュンには皮肉としか言いようがない。


「カノジョの存在が羨ましかったんだ! 俺だってカノジョが欲しかった! どんなフットボールクラブだってメッシが欲しいんだ!」


 パワーストーンについて詰問されたジュンは、さながら動機を吐露する容疑者だった。どうやら宇宙幸運開発センターでその3点セットを購入させられたらしい。

 単独で凸るとはなんという勇者かと感心した僕だったが、どうやらジュンはヒロトの秘密を暴きたかったわけではなく、ヒロトと同じようになりたかっただけのようだった。


「ジュン氏、一体、それをいくらで購入されたのですか?」


 テツが質問する。


「3点セットで2万8千円」


「たっか! ジュン氏! 骨伝導イヤホン買えますぞ! 騙されておるんじゃありませんか!?」

「そんなことはない! これでも割引価格なんだぞ! 本来なら3点で3万はする代物なんだから! 移籍金がかからないように契約満了まで待ってから選手を獲得するのと同じことなんだ!」

「例えが意味不明ですし、大して安くなってないではありませんか! 目を覚まして下さい!」


 テツとジュンのやり取りを傍で見ていて、ジュンはもう秘密を探るエージェントとしては使い物にならないと僕は悟った。

 ひとつ気になるのは、ヒロトが宇宙幸運開発センターに傾倒していたとしたら、なぜジュンと同じようにスピリチュアルになっていないのかということだ。ジュンはシルバーアクセを身に着けこそすれ、数珠めいたパワーストーンなど何ひとつ身に着けていないのだ。


「なぁ、テツ。ヒロトは宇宙幸運開発センターとは関係ないんじゃないか?」


 テツは驚いたような目を僕に向けた。


「それは一体どういう根拠で?」

「いや、単純に考えて、ヒロトはジュンのようにスピリチュアルじゃない。ジュンですらあんなにスピリチュアルになっちゃうんだぞ。ヒロトの変わり様からすれば、何かしらのパワーを開発したと見ていいんだ。だったらジュンなんかよりはるかにスピリチュアルじゃなきゃおかしいだろうよ」

「確かにマーシー氏のおっしゃるとおりですね。ジュン氏ですらブレスレットを身に着けております。ヒロト氏の実績を鑑みれば、リュックの変わりに壺を背負っていていいレベルです。しかしながらヒロト氏は、大宇宙の神秘パワーが云々などと寝言をほざく真似はいたしておりませんな」

「待ってよ! ヒロトは宇宙的パワーを得てカノジョを作ったんだろ⁉ 俺だって世界的ストライカーを得てリーグ制覇を成し遂げたいと思ったのに!」

「イエローカード! ジュン氏は話の腰が折れるので黙っておいて下さいませんか!」


 テツが強引にジュンを黙らせる。ジュンは憤慨しながらも大人しくなった。


「となると、あのビルには何をしに行ったのか」

「まさかの法律相談事務所ですか? 法律が絡む話なんて我々がうかつに聞いていいレベルの話じゃありませんぞ」

「じゃあ、他の会社かな」

「昨日、ネットで検索してみましたが、羊光舎はウールを取り扱う会社のようでした。ニューロニクスジャパンはネットワーク関係の会社のようです。ジオデザインは建築事務所でした。どれもヒロト氏には到底結びつくようなものではありません」

「それでもビルに用事があったのは事実みたいだし。でも、それはチャラくなって成績爆上がりとは全くの別件かも知れないなぁ」


 結局、何もわからずじまいだった。それどころか知ろうとすればするほど謎が深まっていく。夏休みにヒロトに一体何があったのだろう。

 悶々とする僕たちの前に、陽気に片手を挙げながらヒロトが姿を現した。僕たちが抱えている疑問など知る由もないだろう。いつものようにアイドルのことを熱っぽく語りながらも、心の中ではあの知的眼鏡美人のことを考えているに違いない。あいつはイケてないグループの中に属していながら、ひとりだけリア充の仲間入りを果たしたのだ。そう思いながら無邪気に笑うヒロトを見ていると、こそこそと周りを嗅ぎまわっていたことが急に馬鹿らしくなってきた。


「なぁ、ヒロト。あの眼鏡の美人って誰なんだ?」


 僕は気付いたらそう口走っていた。皆の驚いた目が僕に集まる。ヒロトは言わずもがなだが、ジュンもテツもまさか僕が、直接ヒロトにあのときカフェの影から目撃した眼鏡美人のことを尋ねるとは、夢にも思わなかったのだろう。


「え?」


 ヒロトが聞き返した。聞こえてはいるはずだった。聞き返したのは、まさか聞かれるとは思っていなかった内容の質問だったからだろう。


「僕、前に偶然見かけちゃってさ。駅前のカフェで何か女の人と会ってなかった?」


 ヒロトは瞳を泳がせながら口をパクパクしている。どう答えていいのかわからないという様子で。人は極限まで動揺すると餌を待つ鯉になるのだということを僕は知った。


「み、み、み、見間違いだろ?」


 ヒロトは三流役者の演技のようにあからさまにどもりだした。こんなにわかりやすく狼狽するとは思わなかった。ヒロトのその様子が、隠し事があったことを物語っている。


「見間違いなわけがない! お前! 夏休み中にカノジョができたのに、僕たちに黙っていたろ!」

「ち、違う! 違うんだ!」


 ヒロトは猛烈な勢いで首を振る。カノジョの話になると大人しくしていたジュンが唐突にいきり立ってヒロトに詰め寄った。


「抜け駆けはズルいぞ! 南米特有のマリーシアとでも言いたいのか! これは明らかにファウルだ! レッドだ! VARだ!」

「本当に違うって!」


 ヒロトは後ずさった。だが僕も詰問の手を緩めなかった。


「いーや、違わない! お前は明らかに夏休みを経て変わった! 僕たちはお前に何があったのかずっと疑問だった。だが、僕はひとつの答えに辿り着いたんだ!」


 僕は子供の体を持った名探偵のように、ヒロトに指先を向けた。ジュンとテツもはっとした顔で僕を見やる。


「お前は夏休み中にバイトを始めたんだ。動機はおそらくアイドル関係につぎ込む資金を稼ぐためだろう。バイト先にはあの眼鏡美人がいて、お前は何の幸運かその子と付き合うようになった。お金もできたから髪を茶パツにして、眼鏡を捨て、シルバーアクセを身に着けるようになったんだ。イヤホンなんかも新調したりしてな。彼女は同い年なのか年上なのか知らないが、彼女のいる学校、あるいは志望している学校に行こうと思ってお前は猛勉強した。だから成績も爆上がりした。そうだろう?」


 ヒロトが僕に向ける目からは困惑が見てとれる。無理もない。突然に秘密が暴かれたのだ。


「マーシー氏、見事な推理ですが、では、あのテナントビルの件は一体……?」


 テツがヒロトに聞こえないように耳打ちする。確かにテナントビルにヒロトが向かっていったのはなぜなのかという疑問は残っている。だが、それにも僕は自分なりの答えがあった。


「あれはミスリードを誘うためのギミックだ。カノジョとは関係ない」

「いやいや、そりゃ、何のためですか」


 僕がテツと小声でやり取りしていると、その隙をついてヒロトが逃げ出した。


「待て!」


 僕はヒロトの片腕を掴んだ。しかし、ヒロトは乱暴にそれを振り払って逃げ去ろうとする。僕はそれでも逃がすまいと、あの憎たらしいウェービーな茶パツを乱暴に掴んだ。髪は強引には振り払えないだろう。

 すると、次の瞬間、衝撃的なことが起こった。僕がぐいと髪を引っ張ると、あろうことかヒロトの茶パツがまるまる全部頭部から取れてしまったのだ。


「え⁉」


 僕とテツとジュンの声が揃った。はっとして振り向いたヒロトの表情は、浮気現場を目撃された気弱な夫のそれに酷似していた。僕はその顔を一生忘れないだろう。

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