第3話 ULDC宇宙幸運開発センター
翌日、ヒロトはよりチャラくなった。
サラサラだった茶パツがオシャレパーマに変わっていて、指にはまったシルバーアクセもよりゴツいものに変わっていた。
あの後ふたりの間に何があったのか僕たちは知らない。だが、少なくとも僕たちは、謎の知的美人がヒロトに何らかの影響を与えていることを確信していた。ヒロトは自分からカノジョの存在をほのめかすことはしなかった。できれば信じたくなかった僕たちも、ヒロトにカノジョの話を切り出すことはなかった。
見た目と成績こそ変わってしまったヒロトだが、その中身は相変わらずのドルヲタだった。見た目を気にせず、ちらつくカノジョの影さえ忘れてしまえば、今までどおりの付き合いができる。変わり果てたヒロトにも、僕たちは自然と慣れていった。
そんなある日の休日、僕はヲタク活動のために少しばかり遠出しようと最寄り駅へ赴いた。
階段を上がってホームに辿り着くと、見慣れた背中が目に付いた。リュックを背負ったヒロトだ。僕と同じようにどこかに出かけるらしい。僕とは反対方向に向かう電車を待っている。ヒロトは耳の上に例の骨伝導イヤホンをはめ、たまにラッパーのように手を振る。独特のノリ方はイラつくが、音楽に集中しているようで、こちらには全く気付く様子がない。
ヒロトはどこへ向かおうとしているのだろう。僕はふと3人で尾行をしたときのことを思い出した。結局、僕たちはヒロトがチャラくなりながらも成績を爆上げした秘密を暴くことはできていなかった。カノジョの存在に気付いたところで僕たちは打ちひしがれ、あそこで立ち止まったままになっていたのだ。
僕は急遽予定を変更して、ヒロトがどこへ向かおうとしているのか確かめることにした。ホームの自販機の影からヒロトの様子をうかがい、ヒロトが電車に乗り込むと、他の乗客の影に隠れながら同じ車両に滑り込んだ。
車中のヒロトはドア付近で棒立ちになってずっと外を眺めている。スマホも見ない。ただ右手のフレミングは揺れていた。
1回の乗り継ぎを経て、ヒロトが降車したのは巨大なターミナル駅だった。ドアから溢れ出る乗客の奔流にいるヒロトを見失わないよう、僕もその人波に乗った。
混雑する改札を抜けても、駅の外は人でごった返していた。さすがは休日のターミナル駅だ。ヒロトはそんな人々の群れの中を、縫うようにすり抜けて行く。雑踏の中を進むのは大変だが、人に紛れるのは簡単で尾行は容易い。木を隠すなら森とはよく言ったものだ。
大通りからふたつ、みっつ脇道へ入り、人通りが減った辺りで、ヒロトはとあるビルへと吸い込まれていった。向かいのビルの角から僕はその様子を観察する。青みがかったグレータイルを外装に使った、九階建てのテナントビルだった。
安全を喫し、自動ドアがヒロトを飲み込んでからしばらくして僕はビルに近づいた。正面玄関にはアルミ製のテナント案内が立っていた。その表記によれば、1階は玄関ホールと多目的スペース、2階は
僕は眉をひそめた。鬼宿法律相談事務所は読んで字のごとくとして、他のほとんどは何かしらの企業だろう。気になるのは3階から5階までを占めるULDC宇宙幸運開発センターという団体だ。
僕は一旦、テナント案内をスマホで撮影し、メッセージアプリでテツとジュンと画像を共有した。
すぐさまふたりからの返信が来た。おおむね僕の予想どおりの反応だ。ふたりともULDC宇宙幸運開発センターが気になったようで、その他の企業には全く無関心だった。
果たしてヒロトはこのビルのどこの階へ向かったのだろう。ドルヲタ高校生のヒロトをこのテナントのいずれかと結びつけるのは容易ではない。だが、逆にそれがヒロトの謎に繋がっているような気がしてくる。
ビルの脇で僕は逡巡した。目の前に謎の手がかりがある気がしても、何の用意もなく飛び込むような勇気が持てない。裏さびれた通り特有の生ぬるい風が吹き抜ける。その拍子に僕の足を何かが叩いた。地面に視線を落とすと、それが捨てられた週刊誌であることに気付いた。
風にあおられて、その裏表紙がひらりとめくれた。内側には如何わしい広告がデカデカと載っている。こういう雑誌にありがちな、パワーストーンをあしらった悪趣味なアクセサリーの広告だ。札束を握った裸の男が両脇にけばけばしい女性を侍らせて、品のない笑みを浮かべている。
僕は偶然目に入ったその広告を見てはっと息を飲んだ。広告にはどぎついカラーとフォントの文字が躍っていた。
「強運! パワーストーンの力で成績アップ! 金運上昇! 女の子にもモテモテで彼女もできちゃう!」
僕の中でパズルのピースがピタリとはまっていく気がした。夏休みに突如成績を大幅にアップさせたヒロト。いつの間にか骨伝導イヤホンという最新オーディオツールを手にし、学校帰りに軽く手土産を購入するほど羽振りも良くなった。しかも、それを渡す相手が女子大生風の知的美人で、これがどうにもカノジョのような気がしてならない。髪を茶色に染め、眼鏡を捨て去り、シルバーアクセで己を飾っているのは、カノジョにかっこよく見られたいからだろう。
そう思って改めてテナント案内を見ると、ULDC宇宙幸運開発センターの文字が痛いくらいに目に飛び込んでくる。まさかヒロトはこの謎の団体の力によって、人生を大成功のベクトルへ向けたのだろうか。
気付いたら僕はビルから足早に遠ざかっていた。僕はどちらかというと占いや神秘的パワーというものは信じない性質だ。そういうものに仲の良い友人が傾倒していくことが本能的に耐えられなかった。しかも、ヒロトは本当にその神秘的な力を発揮しているのだ。僕は得体の知れない強力なパワーを恐れ、逃げるように駅へ戻っていた。
その日の夜、メッセージアプリにジュンからのメッセージが届いた。
「今日のビルの場所教えて。明日、俺、凸ってみるわ」
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