第2話 尾行待ったなし
結局、ヒロトは僕が爆上がりした成績のことを尋ねても話をはぐらかした。
それから1週間後、同じようにヒロトが誘いを断った日、下校を始めたヒロトを尾行するミッションが開始された。
ヒロトは急ぐ様子で学校を出ると、自宅のある方向へは進まず、駅の方へと向かっていった。
「帰らないんだ。やっぱり予備校か?」
僕は先頭に立ち、曲がり角の影からヒロトの後ろ姿を目で追った。テツとジュンが僕の後ろから顔を覗かせて、同じようにヒロトの動向をうかがう。ヒロトは尾行されていることなど全く気付いていないようだ。かばんを漁って何かを取り出し、頭にはめた。骨伝導イヤホンだ。
「あれ? ヒロトってあんなもん持ってたっけ?」
僕はふたりに振り返った。オーディオに詳しいのはテツだ。アニメソングを愛するテツとアイドルソングを愛するヒロトは、よくふたりで最新のオーディオ機器の話をしていた。
「欲しいとは言っておりましたね。メーカーページを見ながら、買うならハイエンドモデルとも言っておりました。量販店で視聴してみると、エントリーモデルと比べて音の良さが格段に違うのだとか」
「骨伝導イヤホンって結構するの?」
「ええ。ハイエンドモデルだとゆうに
指を2本立てながら、急にギョーカイ用語風の言い回しをするテツ。
「どこにそんな金があったんだ? ヒロトのやつ」
「休み中アルバイトでもしてたんじゃない? とすると、チャラ男になりながら勉強して、バイトもしてたってことになるよね。まるでリーグ戦と国内カップ戦とチャンピオンズリーグを並行して戦うヨーロッパの強豪クラブなんだが」
謎は解けるどころか深まるばかりだった。僕たちはその深まっていく謎を解き明かすために、そのままヒロトの後を追った。
駅までやってくると、ヒロトは改札をくぐらず、そのまま構内を突っ切って駅の反対側へと向かった。
「電車には乗らないのか」
買い物帰りの主婦や、外回りのサラリーマンたちに紛れながら、導かれるように僕たちも駅の反対側へと進んでいく。
僕らの町の最寄り駅はそれほど大きな駅ではないが、駅を挟んで北側にはちょっとした繁華街があった。ヒロトが向かったのはそちらの方だ。そこにはスーパーマーケットや専門店が軒を連ねており、ゲームセンターや喫茶店、少人数制の予備校も存在している。
「となるとやっぱり予備校あたりが正解か?」
謎の答えとしては、僕にはそれが最有力に思えた。
「まぁ、小生は家庭教師よりそちらを歓迎しますね」
テツはそう口にして、僕たちがなぜと聞く前に自ら理由を付け足した。
「巨乳の美人家庭教師が、ヒロト氏の家に出入りしてるとか考えたくありませんからな!」
「家庭教師はみんな巨乳で美人なわけじゃないぞ。おまけにロリでもない」
ターゲットの背中を見守っていると、ヒロトは
「まさかの和スイーツ!」
僕は思わず声を上げた。しかも京橋屋瑞雲と言えば、少し値の張る商品ばかりというこの界隈では高級店として認識されているお店だ。
「夏休み中にスイーツ男子に目覚めたとでも? ドルヲタでチャラ男でスイーツ男子。なんとポリバレントなプレーヤーか!」
「いやいや。ここは単純に推しメンへの貢ぎ物を購入しているだけかもしれません。京橋屋瑞雲といえば、小生の母上が進物用でしか買わぬとのたまっておるようなお店ですからな。これから現場なのかもしれませんよ」
テツはそう言ったが、アイドルのライブへ出かけるときのヒロトは、必ず嬉しそうに現場に向かうことを宣言していたはずだ。用事があるという曖昧な理由で僕たちの誘いを断ったりはしないだろう。
「僕は現場用じゃないと思うんだよな……」
そうこうしている間に買い物を済ませたヒロトが店から出て来た。僕たちははす向かいのクリーニング店の角からこっそりと観察した。ヒロトは手に紙箱をぶら下げている。箱の大きさからして大福か饅頭を6つほど購入したとみえる。
「差し入れでないとしたら、ご自宅用でしょうかね。ヒロト氏が少々高級とも言える京橋屋瑞雲をごひいきにしているなんて話は、小生ただの一度も聞いたことがありませんけど」
自宅用だとすればこのままヒロトは帰路につくはずだ。まさか和菓子を持って予備校へ通うということはあるまい。しかし、予想に反してヒロトはそのまま繁華街の中を歩いて行き、あろうことかカフェの中へと入って行った。比較的最近できたシャレオツと呼んで差し支えない新しいお店だ。
「マジで⁉ こんなオシャンティ極まりない店にヒロトなんかが入っていいのか?」
僕は驚きの声を我慢できなかった。
「小生、オシャレカフェにドレスコードがないことを今はじめて知りましたよ」
「場違い感パネェってかんじだよね。レアル・マドリーにはルックスがいい選手しかいらないっていうのに」
軒先に掲げられた看板には、筆記体のような流麗なアルファベットで店名が書いてある。どうやらプレミアータと読むらしく、イタリアをイメージしたカフェのようだ。
「何しにいったんだと思う? あの顔でティラミスでも食って帰るのかな」
「和菓子を買ったあとにですか? 甘いものが欲しいなら、さっさと和菓子屋で済ませば良いじゃありませんか。苺ショートでももったいない」
「待ち合わせかもよ」
呟くように言ったジュンに、僕とテツは鋭い視線を向けた。
「誰と」
僕とテツが声を重ね、とりわけテツが怒りを湛えたような険しい表情を向けたことに、ジュンはうろたえ、視線を泳がした。
「なんか……親戚とか……」
親戚と会うのにこんなオサレな店をチョイスする必要があるだろうか。こういう店を選ぶ場合、待ち合わせるのは……と考えたところで僕は自らのおぞましい想像に口を覆った。
「まさか……カノ……」
「マーシー氏! その発想は許されませんぞ!」
テツが僕の肩を乱暴に掴んだ。テツも同じ想像をしていたことは明白だった。僕たちはみな彼女いない歴がイコール実年齢のチェリーボーイズだ。ただひとりが一足先に大人の階段を上ろうとしていることなど、誰も許しはしないだろう。
「落ち着けってテツ! 冗談だよ、冗談! ヒロトは決して女子と待ち合わせをしているわけじゃない。だけど、まぁ、一応確認だけはさせていただこう。一応な」
僕は先陣を切って店へ近寄った。中のヒロトの様子がわかる場所を探り、小洒落た外観に一役買っている植栽の脇へ身を潜める。中から気付かれないようにそっと樹の脇から顔を出した。テツとジュンがそれに続く。ヒロトは窓際の席でアイスコーヒーをたのみ、音楽雑誌を開いている。アイドル系の情報に強い雑誌だ。表紙を飾るのは先日セレスティアルを卒業してソロになったばかりの
ヒロトを見守っている間も、お客さんは途切れることなく出入りしていた。こういうお店に相応しい人たちだ。特に女子大生と思しき人たちが多い。
高校生である僕たちがそんなちょっと年上のお姉さんたちに見惚れていたときだ。だしぬけにヒロトが顔を上げ、雑誌を閉じて上げたばかりの頭を垂れた。僕たちは我が目を疑った。ヒロトの前には清楚な眼鏡の女性が立っていた。
「え」
僕たち3人は声を揃えた。女性は僕たちがリケジョと聞いて想像するイメージそのまんまの知的美人だった。白いブラウスに紺のロングスカートという派手さのない服装が、チェリーボーイの目には逆に眩しく映る。
その美人はヒロトに親しそうな笑顔を浮かべて、対面の椅子に腰を下ろした。ヒロトもどこか照れた様子ながら親しげに会話をしている。ヒロトは思い出したように和菓子の入った紙箱を美人に差し出した。美人がそれを嬉しそうに受け取った。
「ヒロトは……遠くに行ってしまったんだ。もはやJ2で残留争いをするようなチームにいていいやつじゃない。あいつにはプレミアリーグがお似合いなんだ」
ジュンは魂の抜けたような表情をしていた。絶望を垣間見たとばかりに、ふらふらとした足取りでその場を離れて行く。
「お、おい。待てって! まだ彼女が何者なのかわかったわけじゃない!」
引き留めようとする僕の肩を強くテツが掴む。
「いえ。もう、見苦しい悪あがきはよしましょう。マーシー氏。ヒロト氏は……ヒロト氏はあのおまんじゅうと引き換えにあの眼鏡美女のおまんじゅうを貪っとるのです!」
強い口調で言い放ったテツは、奇声を上げながら繁華街を駆け抜けていった。さすがに外でこんな騒がしい音がしたらヒロトも気付くのではないだろうか。ヒロトに姿が見つかる前にと、僕も逃げるようにその場を後にした。
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