強運 ~ヒロトはなぜチャラくなったのか~
三宅 蘭二朗
第1話 ヒロト
夏休み明け、ヒロトは急にチャラくなった。
無造作すぎる天然パーマの髪はサラサラの茶パツに変わっていた。それだけではない。時代錯誤も甚だしいティアドロップ型の黒縁眼鏡はコンタクトに変わっていたし、首にはチョーカー、指にはリングとシルバーアクセサリーをこれ見よがしに輝かせている。おまけにフレミングばりの妙な手つきで「YOYO」とばかりに横揺れしながら喋っている。あいつはヒップホップのヒの字も知らなかったはずなのに。
「急にどうした、ヒロト」
僕は問いかけずにはいられなかった。
「は? 何が?」
ヒロトは僕にメンフクロウを思わせる表情を向けた。僕がいきなり大雑把な質問をしたことを訝しがるように……。
僕たちは青心学園高等学校に通う高校二年生だ。いつも4人でつるんでいる、いわゆるイケてないグループと呼ばれるやつで、僕たち4人は、4人ともが違う分野のヲタクだった。
丸眼鏡のテツはアニメヲタクで、マンガやゲームにも造詣が深い。2次元至上主義者を公言し、ミケランジェロが絵画は彫刻に近づくほど良いと言ったように、3次元の女性も2次元に近づくほど良いと大袈裟に語るが、ロリ巨乳こそ至高と言ってはばからないただのエロいやつだ。
ぽっちゃり系のジュンはサッカーヲタクだ。どんな事柄も全部サッカーに例えて話す。スポーツ観戦は全般的に好きだと言うが、野球も格闘技も何かとサッカーに例えるので、話がいつもイレギュラーにバウンドしている。本人は運動音痴でサッカーもフットサルも未経験。もちろんサッカーのことはフットボールとしか言わない。
ヒロトはアイドルヲタクで、かつては著名なアイドルグループを追っていたが、ある日、初期とは方向性が変わって来て正直コレじゃない感とか言い出して、急にニッチな地下アイドルに熱を入れ始めた。推しを変えた時期とアイドルグループがブレイクした時期が重なっているのは偶然ではない。
僕ことマーシーは特撮ヲタクで、ハリウッドのヒーローものも大好きだ。怪獣映画には興味がないが、それを知られるとコアな特ヲタから袋叩きにされそうなので、気付かれないよう静かに生きている。
「なぁ、ヒロトよ。まさかドルヲタから卒業したなんて言わないよな?」
僕は恐る恐る問いかけた。ヒロトはまるで殺人を疑われた善良な市民のような目で僕を見返した。
「何を馬鹿なことを! 夏休み中、可能な限りエンジェリック・フォーを追いかけていた俺がヲタク活動を卒業するわけがないじゃないか! あ、それでエンジェリック・フォーなんだけど、実は夏の終わりとともに重大発表がありましてな……」
見た目こそ変わってしまったヒロトだが、地下アイドルについて熱っぽく語る様子は今までと同じだった。むしろ、休み中に語る相手が乏しかったのか、壊れたダムのように止めどなく熱い思いを口にするほどだった。
僕たちは安堵した。だが、それも休み明けの実力テストの結果が出るまでの話だった。なぜだかヒロトの成績は飛躍的に向上していて、校内十傑に名を連ねたのだ。四人の中では学力的にもっともアホだったヒロトがだ。
何かがおかしい。
ある日の放課後、僕たちはヒロトを除く3人で喫茶店に寄って話し込んだ。この店の息子は僕の小学校時代の同級生で、マスターも顔馴染みだ。この日も僕たちがやって来ると、マスターはいつもどおり、店の隅の席に通してくれた。1杯のアイスコーヒーで長時間居座っても、嫌な顔ひとつしない優しいおじさんだ。
店の天井からぶら下げてあるテレビモニターには、いつものように夕方のニュース番組が映っていた。国の主導で行っているというアメリカのネットワーク技術開発のニュースだ。専門家が技術的な問題点を挙げてコメントしている。難しい内容でピンと来ない。そんなことより、今の僕たちにはもっと身近な問題があるのだ。ヒロトの問題だ。今日は用事があるからと言って僕たちの誘いを断ってそそくさと帰っていったチャラい友人の問題だ。
「諸兄らにも意見をうかがいたい。ヒロト氏、どうもおかしくありませんか?」
皆の思いを最初に口にしたのはテツだった。テツはしばしば空気を読まないことのある男だが、そのおかげで皆が遠慮して口にできないことを真っ先に言ってくれることも少なくない。
「確かにさ、前半と後半で別のチームみたいなことはフットボールでもあるけどさ。おいおい、ハーフタイムに一体何があったよ的なかんじだよね」
サッカーにちなんだジュンのコメントが、ゴールマウスに飛んでいない気がするのはいつものことだった。
「チャラくなって成績下がるならわかるけど、成績上がるって一体どうしたんだって話だよなぁ」
僕も素直な意見を言葉にした。これはチャラ男に対しての偏見かも知れないが、ひと夏でチャラくなりながら成績を上げるなんてアクロバットを許せるほど、僕は人間ができていない。
「小生にはあの恰好がカッコイイとは到底思えませんがねぇ。茶パツといい、謎のシルバーアクセといい……」
口調からしても表情からしても、テツはヒロトの容貌にうんざりしているようだった。
「急にファッションに興味を持ち始めました感が否めないよね。馴染んでないというか」
僕は同意して頷いた。テツの不満は止まらなかった。
「あと、あのラッパーかぶれみたいな動きは一体なんなんでしょうか。B系ですか。クネクネして気持ち悪い。小生、あれこそがネットロアで有名なくねくねかと思って戦慄しましたよ」
僕たちは唸って同時にストローをすすった。
「今日も忙しいって言って帰ったけど、今までそんなことあった?」
僕は他のふたりに問いかけた。
「俺、聞いたけどはぐらかされたよ。アイドル関係じゃなさそうだったし、何だろうね。1点リードしてる状況でそんなにリスタート急ぐかっていうね」
ヒロトがそそくさと帰った理由をジュンは知らなかった。テツも首を振った。
「ヒロト氏本人はしらばっくれてるみたいですが、実際、休み中に何かがあったことは間違いない、と小生は睨んでおります」
このテツの断言には同意以外になかった。僕も続けて口を開いた。
「この際、茶パツはどうだっていいんだよ。僕が気になるのは、そんだけ遊び惚けた風体なのに、成績を爆上げした勉強法だよ。一体どうやったらあんなに成績が上がるんだ?」
テツもジュンもどうやら同じことを思っていたようで、ふたりとも首がもげるかと思うくらい頷いた。
「あの、小生に考えがあるのですが……」
そう言ったテツに僕とジュンが目を向ける。
「尾行してみるんですよ」
テツが小声で言い出した。僕たちはまるで秘密の会話でも始めるかのように、自然と前のめりになり顔を近づけ合った。
「今度、またこうやってヒロト氏が誘いを断ることがあったらば、そのとき氏のあとをつけてみませんか?」
テツが提案した。
「尾行しただけで何かわかるかな?」
「予備校に行っているのかもしれませんし、まっすぐ帰宅するようなら家庭教師を雇っているのかもしれません。もし家庭教師なら、家の付近で張ってたら姿を現すでしょう」
「そんなの直接ヒロト本人に聞けばよくね?」
「じゃあ、マーシー氏が聞いてみて下さいよ。それで答えるならこの話はナシです。でももし、はぐらかしでもしたら、そのときは尾行待ったなしですよ」
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