エピローグ

 走り慣れた海沿いの道。波はこの時期らしく穏やかだった。愛美は黒川を乗せた車で十二月の寒い夜明けの中を走っていた。


昨日の夜の激情はおさまっていたが、代わりに怠惰な感情が愛美を包んでいた。

おそらく自分はもう、普通の人間としては生きていけないのだろう。叔父が目の前で倒れたあの時、自分の中の何が目覚めたのかは分からないが、私が死ぬか囚えられるかするまでこの行為は止められないのだと思った。四人もの男性を殺害した今、確信にも似た感覚でそれはあった。


そして黒川とドライブをしたことや、居酒屋でのひとときを思い出した。居酒屋に一緒に行ったのは薬を飲ませる目的もあったが、黒川との最後の時間を惜しむ為でもあった。この先はそれらの思い出を頼りに生きていこうと思った。犯罪者がそんな憐れっぽい心情をするなんて滑稽かもしれないが、普通に生きていくことができない身としてはそれくらいは許されて欲しい。


 水面に朝日が反射してキラキラと輝いている。それを横目で見ながら、愛美は最初で最後の想い人を乗せて海へと走る。


黒川は崖から突き落とすのではなく、海辺まで行って狭い箱から開放し、静かに波に流そうと思っていた。冬の田舎の海であればきっと人が居ない海辺があるだろう。


少し休もうと思い、車を路肩に寄せると溜息をつき目を閉じた。瞼の裏には黒川の大人びた笑顔や横顔が浮かんでくる。今の彼はもう笑うことができない。勿論そうしてしまったのは他でもない愛美だった。


目をつむった彼女に朝日が差し込んでその顔を照らす。その顔は苦しみから解き放たれたようでもあり、何かに祈りを捧げているようでもあった。片手をハンドルに添えたまましばらくそうしていた。やがて一筋だけ涙が流れ落ち、続けて流れ出るように思われたがとうとうそれっきりだった。

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悪魔の憂色 深茜 了 @ryo_naoi

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