マヨナカ異世界妖怪ラジオ

掃除屋さん

第1話 河神ヒメのグッナイRADIO

 黄泉比良坂―――

 日本神話において黄泉の国と現世の境界に存在する坂として語り継がれている。


 もし、この神話の原因が異世界転生に関わる女神のせいだとしたら…。

 この国を跋扈する魑魅魍魎が異世界から送られた存在だとしたら…。



――――――

(ドウシテ私ココニイルノ?)

 廃墟と化したホテル。

(風ガ澱ンデイル…)

 雲の隙間から少し見える星を眺めるも、星の並びは見たこともないものだった。

(アノ人ハ何ヲ考エテ…)


――――――


(プッ、プッ、ポーン)


「時刻は深夜2時になりました。皆さんいかがお過ごしですか?今宵も始まりました、河神ヒメの『グッナイRADIO』本日もメールたくさん届いています。まずはラジオネーム……」


 たくさんと言いつつ数少ないメール内容が印刷された紙を、声のトーンとは真逆の仏頂面で読み上げる河神ヒメ。ラジオブースの外で椅子に座りながら雑誌を読んでいる大柄の男は時折、欠伸をしながら手を上にあげ背中を伸ばす。


 この『グッナイRADIO』は、月曜から木曜の深夜放送にもかかわらずカルト的人気を誇っている。理由の一つは『河神ヒメの歌を聴くとなぜか眠たくなる』というもの。もう一つは『超常現象や妖怪等のオカルト投稿』がコアなファンに受けているというものである。


 今日は大したメールもなく、最後に河神ヒメがランダムに選んだリスナーからのリクエストメールの曲を歌って終了。


「お疲れ様〜、ヒメ今から反省会(という名の飲み会)するけど来る?」

「すんません、ちょっと洗濯物溜まってるんで…」

「え〜明日やれば?」

「みんなと酒飲むと夕方まで起きれなくなるんっすよ。んじゃ」


 逃げるように椅子に置いてあったリュックを担ぎ建物を飛び出して、停めてある愛用の自転車に跨った。夜中とも朝とも言えない空を見上げながら、6月の湿気混じりの空気の中、車の走っていない道路を独り占めする様に家へと帰る。

 テラスハウスタイプのアパートの一番端が河神ヒメの住居だ。

 リュックを弄り玄関の鍵を探す。指先に鍵につけたキーホルダーが当たる。キーホルダーを引っ張り出して玄関を開ける。シューズラックの棚の上に置かれた小さな籠に、無造作に鍵を投げ込む。

 リュックをリビングに置いて、まずは冷蔵庫から缶ビールを取り出す。缶を開けた時のプシュッという音は何度聴いても良いものだ。まずは半分ほど飲むと、飲み掛けを冷蔵庫に入れて部屋の隅に溜まった衣類を洗濯機にぶち込む。次に脱衣所に設置されたカゴの中の下着類を洗濯ネットに入れて洗濯機に入れる。

 幸い隣には誰も住んでおらず、夜中に洗濯機を回しても苦情がくることはない。

 洗濯機を回している間にシャワー浴びる。冬以外はシャワーですませる主義だ。

 シャワーが終わると冷蔵庫から先程のビールの続きを嗜む。

 撮り溜めたバラエティを流しながら、ツマミのピーナッツを口に放り込む。


 こんな時ふと考えてしまう。なぜこんな事になってしまったのだろうかと。



 河神ヒメーーー本名は鈴木沙恵。彼女は転生者であった。かつての世界ではセイレーンとして生きており、ひょんな事から転生する権利を得た。彼女は望んだ、生まれ変わるなら平和な世界がいいと。今のように命を狙われる事の無い世界がいいと。

 そして彼女は日本という国へ生まれる事となる。

 幼少期は問題なく育った。問題が出始めたのは小学校に入ってからだ。

 歌を歌うと周りの子に寝てしまう子が出始めた。幼稚園の頃は自分の歌で精一杯でみんな他人の歌を聴くことは無かった。たまに聴いて寝てしまっても、この歳頃の子は急に寝てしまうこともあるから気にされなかった。お遊戯会の発表では、恥ずかしがり屋の一面を見せ大人の前で歌う事が出来なかった。

 しかし小学校に入るとそうもいかなかった。自分が他の人と違う事に気付く。人と違うという事はいじめに繋がった。それでも負けなかった。何と言われようと歌が嫌いになれなかったからだ。だがその自尊感情は、それは自分の親までもが気味悪がった事で脆くも崩れ去る。


 学校の4階、空き教室の窓を開け下を覗く。頭から落ちれば十分逝ける。そう考えた彼女は外に背中を向け窓枠に座った。

「いちにのさん!」

 体を後ろに傾け、死に直面した瞬間―――


 セイレーンであった記憶を思い出す。転生されるまでの記憶が全て甦る。

 咄嗟に横の窓枠と窓ガラスを掴む。幸い体重も軽かったおかげか窓が外れることもなく無事生還できた。


 記憶が戻ってからは吹っ切れたように日常を過ごした。あの頃に比べれば今のイジメなど可愛いものだ。親にも感謝した。自分の子供がこの世界では異質な能力を持って産まれたら、気味悪がるのは仕方のない事だと割り切れた。

 なので高校まではなるべく他人と関わらず、能力も発揮しないよう、そして親に対して良き子供を演じてきた。

 さて、この先就職か大学かという分かれ道に差し掛かった頃、深夜ラジオと出会う。別段面白かったというわけではないが、BGM代わりに聞いていると『グッナイRADIO』の名物コーナーであるオカルト投稿が流れてきた。

 明らかに創作のようなものから、まるで本当にあったかのような力作まで様々で聴いていて楽しかった。鈴木沙恵はこの時、ここでなら自分の体験を話してもフィクションとして処理してくれるだろうし、何よりラジオで読まれたら嬉しいなぁという軽い気持ちで投稿してみた。



 月曜日。

『それではコチラのコーナー参りましょう』

 さぁ始まった。多分無理だろうけど読んでくれたら嬉しい。沙恵は祈るようにラジオの前で固唾を飲む。なにせノンフィクションの話だ。ラジオ局の人の審美眼が確かなら採用されてもおかしくない。


『ラジオネーム、冴えない沙恵さんからの投稿です』

「読まれた!」

 この際センスのないラジオネームには目を瞑ってほしい。思春期にはありがちなのだから。

 

 翌日は朝から気分が良かった。ラジオで読まれるのがこんなにも嬉しいとは。自分という存在が少し認められた気がして、周りの景色がいつもとは違って見えた。

 高校からの帰り、授業に疲れて歩道のアスファルトを節目がちに見ながら歩いていると前方に男女の二人組が立ち塞がった。

「あなたが沙恵さん?」

 聞き慣れた声に顔を上げると、沙恵は驚きの声をあげた。

「し、白野さん⁉︎」

『グッナイRADIO』パーソナリティの白野陽子がそこに立っていた。隣に立っている強面の男は見た事は無い。

 驚き立ちすくむ沙恵に白野は微笑んで話しかける。

「突然ごめんね、この前は番組にメールありがとう。それで、ちょっとお話したくなって来ちゃった!」

 番組同様、白野陽子の明るいキャラクターは普段も同じらしい。

「ちょっとそこでお茶でもどう?」

「あ、あ…是非!」

 

 喫茶店に入り一番奥の席に座る。白野と男はアイスコーヒーを、沙恵はカフェオレを注文した。

「沙恵ちゃん、早速だけど…」

 会って間もないのにもう『ちゃん』付けで呼ばれるが嫌な気はしない。むしろ嬉しいくらいだ。

「送ってくれたメールの件。あれは本当の事でいいのよね?」

 沙恵はスーッと血の気がひいた。頭の中を色々な考えが駆け巡る。変な事書いたかな?怒られるのかな?言い訳は?嘘の方がいいのか?嘘はダメだったか?隣の人もしかして警察?事情聴取ってやつ?逃げたら捕まる?そもそも…


 俯いてしまった沙恵の反応を見て、白野と男は顔を見合わせ頷いた。

「沙恵ちゃんごめんごめん!話を急ぎ過ぎたわ!ほらちょうど飲み物も来たし、一旦落ち着きましょ」


 カフェオレを飲みながら、いったいどういう状況なのだろうと沙恵は考えていた。

「えーっと、まずは自己紹介しなきゃだね。私は白野陽子。知ってると思うけど『グッナイRADIO』の看板娘です!」

 そう言って目の辺りで横ピースをする。若く見られようと無理をしている感は否めない。きっと場を和ませようとしてくれているのだろう。

「それでこの見た目怖そうなオジサンが番組のプロデューサー兼ディレクターの…」

「鬼塚剛志だ。よろしく」

 表情を変えず渋い声で挨拶する鬼塚。すると白野が沙恵に内緒話するように話しかけてくる。

「この人、本当はもうちょっと明るいんだけど今日は二日酔いで感情失ってるからゴメンね」

 沙恵の顔に少しだけ笑顔が戻る。

「それで、私達がなぜここに来たかっていうとね」

 それを聞きたかった。白野さんは個人的に有名人だったので誘われるがままについて行ってしまったが、本来なら宗教勧誘やマルチの営業の可能性もある。少し気を引き締めないといけないと沙恵は思いながらカフェオレを飲む。

「同志を探してるの」

 グラスを持ったまま、沙恵は聞き直す。

「同志?」

「そう、どちらかというと仲間と言った方が正しいのかしら。我々は別の世界から飛ばされた人を見つけて支援しているの」

 沙恵は白野の口から『別の世界』という言葉を聞いて少し緊張する。本気で言っているのか、鎌をかけられているのか。

「信じられないのも無理はないけど、私達は貴女が別の世界から来た事は感じ取れる。ほら、どう?私達は普通の人と違って何か力を感じない?」

 沙恵は二人から確かに常人とは違うオーラを感じ取っていた。それは芸能人オーラだと思っていたのだが、白野の話を信じるならコレは違うようだ。

「我々は送られてきた投稿を元に、こうして現場に行き真偽を確かめている。今回は『当たり』のようだな」

 と、言いながら鬼塚は胸ポケットからタバコ取り出す。すかさず白野がチョップでタバコを叩き落とす。すまんすまんと落としたタバコを再びポケットにしまい、改めて鬼塚が沙恵に話し始める。

「俺は元の世界ではオーガという種族だった。なんの因果か転生する事になってな。だが、転生係の女神が適当だったせいか、割とオーガ成分が残った状態で転生してな。人間離れしたパワーを持った俺はこの日本では『鬼』と呼ばれる存在だった」

 当たり前のように語るこの男は、果たして信じてよいものか。沙恵は疑いながらも耳を傾ける。

「そんなこんなで、こうやって同じ境遇の奴らを見つけて徒党を組んで、また新たな仲間を探しているんだが…」

 ここで言葉が詰まる。鬼塚はアイスコーヒーで一息つくと続きを話し始めた。

「最近、転生ではなくそのまま転移されてくる魔物が多くなって来たんだ。昔はそういう類は妖怪として認知されたが、この現代社会では段々と通用しなくなっている。事が大きくなる前に救い出してやりたいというのが我々の理念だ。まぁ金にはならんがな」

「最後のは余計です」

 白野が肘で鬼塚を叱る。

「白野さんも…別の世界から?」

「私はこの土地で生まれた、俗に言う妖怪ね。白狐って言うのかしら。妖狐?まぁそんな感じ。先祖がね、どうやら違う世界から来たらしいのよ。フェンリル…とかそんな名前。それで何代目かが私ってわけ」

 沙恵は迷った。とてもよく出来た話。信じてしまいたい気持ちと、怪しむ気持ちが天秤の上で揺れている。

「いきなり信じろってのも難しいわよね。よかったら一度ラジオブースにいらっしゃい。他にも合わせたい人達がいるし」

 

 この日、私の運命は大きく変わった。



 気付けば昼も近い時間。懐かしい夢を見ていた気がする。

「あ…洗濯物干してないわ…」



―――夜、ラジオブース―――


 今日もいつもの様に始まり、いつもの様にメールコーナーの時間となる。ウチのスタッフはメール選別をせず、ダイレクトにヒメの元へと来る。仕事をしろと悪態も付きたくなる。そんな中、笑わせようとするようなネタメールの中に、笑いの無い真面目な目撃情報メールが混ざっていた。


「え〜、ラジオネーム『のど飴牧場』さんからのメール。『この前、肝試しで友達と〇〇市の廃ホテルに行ったんです』マジ不法侵入だからな、皆やめとけよ」

 いちいちメールにツッコむのが河神ヒメ流である。もちろん賛否両論。しかしヒメは気にしない。

「んで、なになに『階段を上がって最上階に着くと廊下の先に何か居たんです。慌てて懐中電灯を向けると、そこに小さな少女が立っていてめちゃくちゃ驚いて懐中電灯を落としてしまったんです。すぐに拾おうとしたら屋内なのに急に風が吹いて思わず目を瞑ってしまいました。見かねた友人が懐中電灯を拾って廊下を照らすと、なんと少女が忽然と消えていたんです。まるで風のように…』」

 ヒメはブースの外にいる鬼塚に目配せする。鬼塚は頷くと重い腰をあげ、どこかに電話をし始めた。


 番組が終わりブースを出たヒメにミキサー担当の猫田が声を掛ける。

「お疲れ〜ヒメ!明日現場行くって鬼Pが言ってたよ」

「鬼さんどこ行ったん?」

「明日に備えて帰るってさ」

「これだから年寄りは…」

 ヒメと猫田は笑いながら片付けを始めた。


 明日は久々の現場仕事。と言っても給料は発生しないのでボランティア活動と言った方が正しい。情報が『当たり』である事を祈りながら愛車に跨り、風の無い街を走り帰路につく。

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