幕間1

第7話 異世界からのインベーダー

 戦場に華など無い。敵味方関係無く混じり合う悲鳴に耳も精神もぶっ壊れる。

 真っ赤に燃え上がった世界を見て、自分がやってきたことは本当に正しかったのかを疑いたくなった。


 仕掛けたのは魔族此方だ。世界を地獄絵図に変えたのは我々だと言っても良い。だが、それは種の存続の為には必要なことだった。人族は必要以上に同胞魔族達を殺し過ぎたのだ。顔馴染みが居た村が、一つまた一つと消えていった。らなければ絶滅する。そうなってしまうところまで我々を追い込み、焦燥感と憎しみを与えたのは人族彼らの方なのだ。


 歴史で見ても魔族と人族との争いは続いていたらしいが、そんな話を始めてもしょうがない。どっちが悪い論争に終わりなどきっと来ないのだ。どっちも悪い。最も、歴史など関係無く私は奴らを憎んだ。実際にルトインバットワタシの村を人間が焼き払った時から、歴史など関係なくその種全員を恨んでいる。

 両親の死体は、各所が良い素材になるとして人族の住処に持ち帰られた。洞窟の小さな隙間。家族や友人なにもかもが生きたまま、助けてと泣き叫びながら素材として体を剥がれ、人間が満足するまで生かされてから殺された姿を、隠れた隙間から覗いていたことを今でもはっきりと思い出せる。

 家族がはなばなれになる瞬間。抵抗もせずに蹲っていることしか出来なかった幼い自分に、ワタシは今でも心底苛ついている。弱かったことにではない。家族が殺されていても助けようと動けなかったことにだ。あの時、その為だけに行動出来ていれば、一緒に死ねていれば、どんなに良かったことか。


 燃やした人族の王国に転がるどちらの種族のものとも分からない死体達。激しい戦争で生まれた被害を見ながら、クツクツと壊れたように笑う。


「は。ははは。ははははははは。」


 故郷が潰されて数十年。私は復讐の為に死ぬほど努力をした。血反吐など当然のように毎日吐き出して、毎日死の間際のすれすれまで自分を強くする為に追い込んだ。絶対に殺すと、その怨念だけを背負って執念深く鍛え上げた。気が付けば、人族を滅ぼすことを目的とした組織、魔王軍に誘われ、その中でも1、2を争えるくらいの強さになっていた。

 魔王軍での初陣で人族の小国を滅ぼした俺は、今度は同じことをやり返してやった。人間の部位なんて使いものにはならないが、同じ恐怖を植え付ける為だけに子供の前で親をじっくりと殺した。それはそれは気分が良かった。やっと果たせた復讐に満足感を得たのだ。私は、私が怯えた連中を殺し徹底的に虐げたことで、あいつらと同じ強者になったことを心の底から実感してよろこべた。悦べた、筈だった。

 後になって思うと、奴らと同じになって良かったのかという疑問が浮かぶ。でもそれだと、過去の自分がどうしたら良かったのかが分からない。故郷の人達の復讐。その行為自体は間違っていない筈だ。そうだ。


 それからは自分を偽りながら動いた。これで正しい。人間は嫌いだ。その姿を見ただけでも吐き気がする。あれは、魔族を残酷に滅ぼす物だ。と、微かな疑念を、私と同じようにタンスの中に隠れて震えていた人の●●を殺した記憶に蓋をした。復讐の為に成り上がった魔王軍の下で、私はもう二度と同じ間違いだけは犯さない。新しく出来た友を。魔王軍家族を守る。その為には、どうしても戦い続ける必要があった。


 魔族私達が幸せな日々を過ごす為に一番厄介だったのは伝説の魔法少女とやらだった。彼女達は確かに強く、その5だけで魔族我々を滅ぼしえる力を有していた。一人一人が魔王様に匹敵する力。そんなのとどう戦うべきかは死ぬほど会議した。


 魔法少女に勝った時には、全勢力で押しかけた我々の軍隊の一割も残っていなかった。守りたいと願った仲間達の死体が、無数に転がっているのを見て、私は自分が何の為に戦ってきたのかが分からなくなった。

 幸せな未来を送れるのは、生き残ってしまった者と非戦闘員のみ。私の知人の中でも特に親しかった連中は皆いなくなった。もうこの場所に、八つ当たりを出来るような人間はいない。死体しか、ない。


「あとは、まかせたぞ。」

 魔王様は、私の腕の中でそんな最後の言葉を残して死んだ。魔法少女との相打ちだった。だが彼はやり遂げた。人族との戦争は我々の勝利で終わったのだ。その功績のおかげで、我々は絶滅の危機に打ち勝てた。これからは、魔族我々が中心の世界になる。害敵に恐怖することなく安全に暮らせるようになって。これ以上の犠牲はもう出ない。


「おい!誰か逃げるぞ!」

「まだ生き残りがいる!!」

「殺せ!!!」

 それは、一匹の猫族だった。奴は、どうやってか出現させた謎の空間の穴の中へと逃げていく。

「まずい。一人でも生き残っていれば報復される!!」

 幼い頃の恐怖と、自分がやったことのしっぺ返しが来ることを恐れた。私がそう出来てしまったように、きっと敵陣営の存在が一人でも残ったのなら、同じことをするだろう。そうなってしまえば、歴史は繰り返されてしまう。魔王が勝ち取った未来が無駄になってしまう。それだけは、あってはならない。焦るようにそれを追って私は別の世界に紛れ込んだ。八つ当たりが出来る人族が支配する、知らない世界へと。


 人族と魔族のこの戦争は、我々の代で終わらせる。それは、親友魔王との約束だ。仲間達の死体の山の上に立つのは、私達で最後にしなければ。因縁はここで断つ。



 “ああ。そうだ。”


 “私は”


 “約束を果たさないと”


 バチバチと炎が燃えた。世界を燃やすこの炎の中で戦果を上げ、仲間が死んだ。

 戦場跡ここに転がるのは、いつだって誰かの死体のみ。

 幸せなどここにはない。


 私はただ。この先の未来を歩く。誰かの為に、こうして。必死に。


 同じ炎の中に佇む、独りぼっちの誰かの姿が見えた。には右腕がない。私と同じ様な人生を辿ってしまった奴かもしれない。彼もまた、私が腕の中で魔王様の最後を看取ったように。

「あいつを、殺して。」

 後ろから女の声に囁かれた瞬間、景色が一変して何処か暗い場所に変わる。

 そこで、異変に気が付いた。自分は今、現実世界で起きていない。

 夢の中で、誰かにこの光景を見せられている。先程までは自らの記憶を辿った。でも、今度は違う。何処とも知れない暗い部屋の中で、人間の女の子が下着姿で木製の椅子に縛り付けられていた。目には、黒い目隠しが着けられていて、彼女は怯えている。


「ほ、本当に、こんなことをしても良いんですかね。先輩。」

「だ~い丈夫だよ。室月。こんなのはただの、子供のお遊びだ。まあ、バレることも無いけどな。」

 少女を囲む無数の男達は、下卑た笑みを浮かべている。好気と快楽に胸を弾ませた気持ち悪い笑顔だ。

 そこに、何の違和感も感じることは無かった。人間は、同族同士でも痛めつけ殺し合う。かつて燃やした小国城の地下からは、大量の女の残骸による腐臭がいていた。愚かな種族だ。私が知る魔族とは違って、こいつらは自分の欲望に忠実過ぎる。こいつら基本、自分さえ良ければそれでいいのだ。それによって誰が傷つくのかなど考えない。皆で幸せになろうなんて考えない。何故なら、奴らは既に食物連鎖のトップにいて、外敵からの脅威がないからだ。その頂きまで上り詰めた彼らは、今度は同種の中での順序付けを行い始めた。その結果の貴族社会だ。私は、人族のこういうところが嫌いだ。


 私はただその光景を傍観する。仲間内で傷つけあってくれるのなら願ったり叶ったりだ。どっちにしろ、人間は全員殺す。ここで彼女を庇うことに意味なんてない。

 その汚い手が女に伸びたとき。背後にあった高い位置にある窓が激しく突き破られた。

「な、なんだ!」

 同様した連中が、音のした方に肩を跳ねて驚きながら振り返る。だが遅い。侵入者は既にそこにはいない。落ちてきた者は、見上げる彼らとは違い、既に地面に着地している。


 姿が捉えられる前に、その人物は幾つかの人間に薄い手裏剣のようなものを投げて感電させた。低い位置から足を回し、何人かを転ばせ、そいつらが立ち上がる前に他の数人をたった一発ずつの拳や蹴りで沈めていく。脳震盪だろう。そいつは積極的に人体の弱点ばかりを相手が死なない程度についていた。複数人の男共をノックダウンで沈めた彼の顔には見覚えがある。私は、つい先程までこいつと戦っていた。


「……。糞ガキ。」

「彼の名前は勇樹ゆうき世鬽つぐみ。あなたの嫌いな人族。でもね。彼、普段は人を殺したりはしないのよ。」

 実体の掴めない女が、湯気のように薄い存在感で揺らめく。

 その女の言う通り、彼はこの場で倒した人間達を殺しなどしなかった。全員地面から立ち上がることが出来ないくらいの傷は負わされているが、命に別状はない。私の時は、本気で殺しに来ていたのにも関わらず。


「この偽善者は、普段は決して人なんて殺さない。死なない程度に痛めつけて、後は反省を促すだけなのよ。」

 殺さず、生かして反省させる。そうか。そういうやり方もあったのか。

 椅子に縛り付けられた女の子を解放し、泣き崩れているのを宥めながら優しく微笑もうとする彼の姿を見ながら、自分が選べなかった可能性を知る。

 開けた視界に映る光景と、男性に対する植え付けられた恐怖心で乱心し泣き喚く女に差しのばした手が払いのけられている。


「なのにどうして、貴方と戦った時だけはそうしなかったのか分かる?」

 サイレンの音から逃げるように姿を消す少年の後ろ姿を見つめる私に、その少女は語り掛け続ける。視界の世界はまた移り変わり、勇樹の戦闘シーンばかりが流され始める。


「それは、貴方が“吸血鬼魔族”だからよ。」


 その言葉を聞いた途端、胸の辺りから黒い感情が渦巻いた。

 私が魔族だから。その言葉が一番嫌いだ。妬み、憎しみ、恨み。何でもいいが、とにかく良い気はしないし純粋な殺意が湧く。

人族と魔族あなた達は決して分かり合えない。分かり合う気すらない。同族にある温情も、別種族に対しては持ち合わせない。それは、こちらの世界でも一緒なの。そっちの世界にもいるんでしょ?悪霊祓いエクソシストとか陰陽師、巫女勇者みたいな、魔族を狩る人達。こっちの世界にもそんな面倒臭い連中がいるわ。だから貴方の気持ちは分かる。私達の方も、随分と数を減らしてしまっているから。ねえ。だから協力しない?敵の敵は味方って奴。どうせ、私達はどちらか片方だけが全滅させられるまで」

「殺し合うしかない。言いたいことは大体分かった。もう良い。そうか。この世界も同じだったか。ならば木挽さんお前と私は同士だ。一時いっときの時間ではあるが、あの小僧共を殺すまでは手を取り合おう。」

 そんな返事を得て、女は吸血鬼には見えない位置で笑った。魔族のくせに、騎士のようなことを言うなと。彼女にとって、同族の死などどうでも良かったが、こう話した方が上手くことが進むと分かって居たからそのように口にした。彼女にとっては、ただ勇樹世鬽が死ぬように仕向けらればそれで良かったのだ。


 ゆっくりと煙に巻かれながら、吸血鬼の見る視界が変わる。それは、あくまでも想像上の風景。そこは仲間の死体の山の上で、頭上には一際眩しく輝く希望の光があった。だがその前に二人。邪魔な人間がいる。


「この屍の上にある、貴方の戦いのゴール。魔法少女と勇樹世鬽彼らは、その最後の障害。そう。これが最後なの。仲間の死に報いる為にも、貴方は貴方なりの全力で最後の勤めを果たしなさい。」

 黒い少女の影は、そう言い残して消えた。


 言われなくとも分かって居る。これが、私の最後の戦いだ。

 人族は全員ころして、魔族我々だけの幸せな世界を作る。


 その為には奴らを殺すしかない。

 黒い女が与えた恩恵か、頭の中に私が知らないこの世界の知識と、勇樹世鬽という男の情報が流れ込んで来た。私はその情報を静かに分析し、今度こそあの男を殺す為の算段を立てていく。今度はもう油断などしない。痛めつけてから殺すなんて贅沢なことも言わない。たった一撃で、確実に地獄へと葬ってやる。



 こうして、元々は黒猫を殺して輝石ダイヤモンドの回収をするだけで済んだかもしれなかった戦いは、勇樹達彼らとは全く関係のない世界の人間が背負った罪を背負わされると共に、私怨の渦へと呑み込まれていく。


 全ては、木挽こびき琴里ことりの思うがままに。


「それにしても。折角入り口を変えてあげたのに。どうしてここに来ちゃったのかな。あの黒猫ちゃんは。」

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ガゲン The Birth of a New Hero 十六夜 つくし @menkouhugainotama

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