第6話 頭が回らん小僧のやけっぱち

 いっつつ。

 脇腹を押さえながら、なんとかあの路地まで戻って来られた。

 あいつ、委員長を傷つけたら絶対に許さねぇ。早く戦場に戻って加勢しないと。


 委員長が勝てれば問題ないが、そうであるとは思えない。何故なら、勝てる見込みがあるのに引き止める理由がないからだ。ビルで黒猫が委員長に、今は勝てないから一度逃げるようにと説得していた。つまりはそういうことなのだろう。このまま見過ごしても勝算は低い。


 何かあった時の為に持っていた包帯で簡易的な止血はやったが、所詮は男がやる荒療治。それはもう血で滲みきってしまっていて基からその色だったかのように赤く染まっていた。頭も少し呆然としているし、意識を保てる時間もそう長くはなさそうだ。

 ・・・・・・眠い。


 幸いなことに、置いていった鞄はそのままそこに落ちてくれていた。万が一にでも誰かに拾われていれば面倒くさい事になっていただろう。

 中身的に交番に持って行かれても受け取りに行けないし、盗られたなら盗った糞野郎を探さし出さなければならない。そんなことしていたら、先に俺が限界を向かえてぶっ倒れていた。


 鞄を前に笑みが綻んだ俺の背後で、大きな爆発が起こる。

 ボヤけた頭にも傷にも響く爆音だ。うるさい。


 さっきまで居た場所では今現在、非現実的な世界の住人達魔法少女と吸血鬼による激しい戦闘が行われている。

 既にここ周辺の地域一体は戦場だ。ビルは崩壊し、駆けつけたパトカーが宙を舞っている。

 空に投げ出されたそれは、まるで投げつけられた空き缶のように壊れる。そんなパトカーを見ていると夢でも見ている気分になってきた。だってスクリーンの中の光景じゃん?これ。大規模に街が破壊されて、警察は太刀打ち出来ない。どんなアクション映画だってんだこの野郎。


 逃げ惑う人々の悲鳴が痛い程胸に突き刺さってくる。普通ならそこで、自分も早く逃げないと。という焦りが生じるのだろうけど、俺の場合はいち早くこの騒動の原因を何とかしないといけないという感情の方が大きかった。旧校舎事件の経験から、こういう手合いを前に逃げても意味がないことを身体が知っているからだ。

 逃げ始めた街の人々の群れで道路がごった返す。進めずに乗り捨てられた車が幾つも戦場に取り残されていった。


 部外者達異世界人の闘争。

 武器を持たない者達日本人は、ただ悲鳴を上げて逃げ惑うことしか出来ない。この国では武器の所持を許されてはいない。攻撃的な相手に対するそれなりの対抗手段を市民は有していないのだ。

 そもそも、今の日本人は暴力的であれば凶器など持っていなくとも逃げ出す。命の危機を感じさせる相手を前に、立ち向かう意思を見せるような人間はこの国ではもはや少ないのだ。全員で押さえ込めば勝てるとかそういう攻撃的な発想には先ず至らない。警察や係委員に任せて、自分は少しでも痛いのが嫌だから逃げておけと思うものだ。これが敗戦国の一つの結末。戦意を失った優しい人間だらけの世界。平和の形。


 だから逆に、こうしてどうやってそれを止めようかを考えている俺はこの国では異常者の部類に含まれるのだろう。


 まあ、例え日本人にまだ戦う意志を持つような人が居たとして、この怪物達の騒乱に真面目に突っ込んで行っても無意味に終わるだろうけど。

 跳んで来たパトカーが凡人我々の無力さを物語っている。勿論俺だって例外なんかじゃない。寧ろなんでまだ生きてられているのかが不思議なくらいだ。


 鞄の中身を覗く。

 左手首用のアンカー発射装置にS&W M568拳銃、自作の連射式擲弾発射機グレネードランチャー6発分、投げナイフが2本入っていた。到底学生鞄に入っていて良い代物ではない。

 所持しているだけでも法を反してしまっているだろう。だが、こんな者違法物でも持っていないと怪物達奴らには抗えない。自分が悪いことをしている自覚はある。正義か悪かで言えば悪で、法を犯している立派な悪党だ。だから、俺は既に普通の一般人なんかじゃい。死んでも誰も悲しまない。つまり、人柱になるのには丁度良い存在だってことだ。


 あー。

 駄目だ。頭が上手く回っていない。

 思考がしっちゃかめっちゃかだ。

 ブツを取りに来たのは良い物の、この武器でどうやって戦況を詰めていくべきか。

 黒猫が貼ってくれていた防御魔法ももう解けてしまっていることだろう。気絶するであろう時間までのタイムリミットも迫っている。かといって、見捨てておける現状でもない。


 何処からともなく突き出て来た魔法攻撃ビームが無造作にビルを破壊し、倒壊させる。戦いの余波で街が赤く燃え始める。相変わらず聞こえ続ける悲鳴は小さくなっていく。

 目の前の街が。世界がどうしようもなく崩れていく様子を目に、俺は拳を強く握った。


「んなああああ!!!あったま回らねぇ!考えても何も思い浮かびやしない!!時間を掛けても状況は悪化していくだけだし。くっそ!仕方がねえ!こうなったら・・・・・・。行き当たりばったりに賭けてみるか。」

 結果、震えながら俺はヤケクソになることを選択した。大丈夫。根性さえあればきっと何とかなる。それに、実際に敵と相対するからこそ生まれる計画もあるだろうし。

 そう思いながら武器を装備した。


 魔法少女達の戦闘で生まれた流れ弾で直ぐ近くのビルが倒壊し始める。

 瓦礫が降りすすぐ街の中。そのビルの前にプレゼント包装を持った女の子が立ち尽くしていた。その瞳には涙が浮かび始めている。

 俺は直ぐさまアンカーをまだ残る建物に突き刺して跳躍し、路地から抜け出して人混みを上から横断する。

「くっそ!間に合ええええええええええええええええええええええ!!」


「……さん。」

 少女は何か呟いたようだが、その声が誰かの耳に入ることはなかった。


 その子の直ぐ側に降り立ち、気合いで走って女の子を抱えては直ぐさま別の箇所にアンカーを射出してビルに潰されるギリギリのところで脱出する。


「あっぶねぇ。」

 少女は、俺に抱きしめられたまま腕の中で震えた手で服を掴んで泣いていた。

 こんな子供まで巻き込んで、怖い思をさせて。

 気づかず、強く拳を握った。今回の件は、旧校舎あの時以上に人を巻き込んでいる。早くどうにかしないと、もっと沢山の人が死ぬ。


根音ねねちゃん!!」

 彼女の知り合いと思わる女性警官が直ぐ側に駆け寄って来る。

「どうして、こんなところに。」

 彼女はそう言葉にしたが、話しを聞いているような状況ではなかった。


「すみません。警官さん。この子を安全なところへ。」

 そう言って俺は助けた少女を警官の女性に預ける。


「ええ。承りました。この子を助けてくれてありがとうございます。それより貴方、それは。」

 彼女は子供を受け取った後、俺の腰に付いたグレネードランチャーに目を向けた。


「ああ。すみません。今は見逃してくれませんか?これでやつけないといけない奴が居まして。」

 そう言って上で破壊の限りを尽くす化け物達を見上げた。それに対して女性警官は何かをいったが、近くで起きた何かが壊れる音でそれは掻き消された。

「あなたは早く子供を!」

 武器を装備してあるベルトを締め直しながらそう残し、俺はまだ残っているビルの一部にアンカーを射出した。そして戦禍の中へと突っ込んでいく。


 上に来て、より辺りを見渡せるようになって絶句した。

 崩落するビル達に潰されそうになっているのは何もあの女の子だけじゃなかったのだ。


「―――――っ!!」

 S&W M568拳銃で瓦礫の軌道を変えさせ、時には体当たりで瓦礫の軌道を修正しながら、出来る限りの命を救っていく。あからさまに軌道を逸らすことは出来なくても、潰されないギリギリの位置に瓦礫の落下地点をズラすことくらいは出来た。

 替え弾を壁を走りながら装填し、次の被害を減らすべく発砲する。


 そうして出来る限り被害を抑えられるように対処していると、一台のトラックが淡い光の壁を轢きながら眼前の空を通り過ぎていった。


 黒猫がそこで戦っている。しかし劣勢としてみて良いだろう。

 直ぐにでも加勢しに行こうと思ったが、体が痛んでそれを阻害される。無茶な体勢で救助活動を行った為か、痛みが再び後を引く。

 射出してあったアンカーに引かれるがままにビルの側面へと着地。それを刺したまま壁面に留まり、崩壊する戦場を眺める。悲鳴は上がり、泣き叫ぶ誰かの声が木霊している。

 早くなんとかしなければ、犠牲者は増える一方だ。


 救助に使ったせいでS&W M568拳銃の残弾もあと二発しかない。

 大型トラックに投げナイフが通用するとも思えないし、るならグレネードランチャーこいつくらいか。だが、空を自由に動く相手にどう弾を当てるべきか。

 グレネードランチャーの残弾数は6発しかない。

 何発打ち込めば勝てるかなんて分からないし想像も付かない。流石に全弾ブチ込めば何とかはなるだろうか。


 現状は絶望的だ。


 そうこう考えながら、この地獄のような風景を眺めていると吸血鬼本命を捕捉する。

 一部分が倒壊してあるビルの一階層。

 魔法少女委員長は劣勢で、首を絞め付けられているかのように苦しそうに浮かんでいた。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 向けられた殺気。上げられた怒号に視線が奪われる。

 怪物トラックが、真っ直ぐに俺を捉えていた。


「ちっ!!もう見つかったか!!」

 せっかく委員長を見つけたというのに、助け出す算段を整えている時間は与えてはくれないようだ。

 急発進し、俺を轢き殺す為に真っ直ぐに突進してくる怪物トラック。


 アンカーを射出し、別のビル壁へと移動しながら破壊される足場だった場所を見る。

「あんなの!生身でまともに喰らったら生きてられねぇってんだ!!」

 まだ宙を横断している最中だったが、直ぐさまS&W M568拳銃の銃口を仮面トラックへと向ける。

 こいつで狙った獲物は絶対に外さない。迷い無く引き金を引く。当然のように弾は当たったが、大したダメージを与えることは出来なかった。

「おいおい。あのトラック。どんな強度を持ってやがるんだよ!!」

 壁面に着地しながら足を曲げる。実弾はトラックの装甲を貫通することすらなかった。

 チッ。勝つためににはどうすれば良い。この戦いを終わらせる為には……。


「あー!もう!やるしかないってか!!」

 再び向けられる視線。降り注ぐ殺気。

 俺はそれに、全力で跳び上がりながら真っ直ぐに接敵した。仮面トラックの方も、何の迷いも躊躇も無く俺を轢き殺しに突進して迫る。正面から打つかりあっては先ず俺に勝ち目はないだろう。だが。


 そのまま来い!受けて立ってやる!!真っ直ぐ来やがれ!


 俺は懐にしまってあった投げナイフに手を当て、ギリギリのところに来るまで敵の視界からそれを隠す。

 勝負は一回。

 この一撃に全てを賭ける。


 車にはどうしても衝突を避けられない距離が存在する。自動車は急には止まれないから飛び出しには注意しようなんてよく聞く注意文句だ。だから今回はそれを利用する。相手が絶対に止まれない、避けられない位置で攻撃を。

 がんがんと近づいてくるトラックに真っ正面から突っ込んでいくのはやっぱり怖かった。命の危険なら感じている。今すぐにでも逃げ出したいが、そういう訳にもいかない。

 ギリギリまで引きつけて……今!!

 俺は引き抜いたナイフを、驚愕する怪物トラックの眼球に突き刺した。


「ぐっ!!!!!うっ!!!!!!!」

 しかしその代わり、トラックとの衝突は免れられなかった。トラックと衝突した痛みを全身に受ける。

 当然のことだ。一定の距離に迫ることで相手の逃げる選択を潰したが、それは俺が避ける選択も殺していることと相違ない。

 始めから玉砕覚悟。轢かれること前提に動いたのだ。骨が軋む音が生々しく鳴った。

 だがそれで良い。少しでも勝ち筋を見出せるのなら。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 怪物の悲鳴が上がる。視界が潰され、突然多い尽くされた暗闇に恐怖している。

 うるせえ!俺だって悲鳴を上げたいわ!この糞野郎が!!


 轢き殺されそうになったことで身体に張り付いたトラックのフロント部分。

 そこから剥がれるように体勢を立て直すが、目を潰された痛みに暴徒化した怪物に直ぐに投げ出されそうになる。だが、今ここでコイツの体から放り出されるわけにはいかない。

 ここで離れたら、今度こそ俺の負けが確定してしまう。死を覚悟してまで掴んだチャンスを棒に振ってしまうことになる。


 俺は、なんとしてでもこの怪物から剥がれないでいる為に、その顔面にアンカーを打ち込んだ。暴走する怪物に振り回されて何度もボーンネットに体を打ち付けられた。体に着いた汚れを擦り落すようにビルに体当たりされる。

 それでも、何とか貼り付きながら、俺は背中に装備した連射式擲弾発射機グレネードランチャーをその口の中にねじ込んだ。

 これなら、全弾ブチ込める!!


「おらああああああああああああ!!!!!」

 連射式擲弾発射機グレネードランチャーから腕へと帰って来る反動。

 それが、全弾を体内へとブチ込んだ確かな感覚に思えた。


「っ!!ヤバい!!」

 直ぐに離れないと爆発する!!


 俺は適当な所にアンカーを射出して跳び退く。

 直ぐに怪物トラックは体から激しい光を漏れ出さし、大爆発の爆心地へと変貌した。それは想定よりも遙かに強い爆発の威力を見せ、俺はその爆風によって弾けた瓦礫群の中へと体を打ち付けられた。


 ――痛い。

 だが、まだ戦わなければ。


 飛散する瓦礫に混じる。

 その中から、確かにあの吸血鬼元凶が見えた。

 俺を目視したその顔が確かに歪む。それを見て、なんだか笑みが零れた。


 その表情かお、最高だ。


 懐のS&W M568相棒を取り出し、向ける。

 負ける選択肢はない。俺は迷わずその眉間を弾丸で穿った。


 敵だったものが力なく崩れ落ちていく。

 解放され、必死に空気を吸い込む委員長の姿が視界の隅に映った。間に合ったようでなによりだ。


 ただ、これで死んだ確証はない。心臓を潰したとて蘇生したような奴だ。頭を吹き飛ばしたくらいで簡単に落ちるとも思えない。

 吸血鬼を挟むように放つ二本のアンカー。

 それに引きつけられた俺が、両脚で蹴り飛ばすように吸血鬼の顔面へと着地する。

 床にめり込んだ顔面。拘束するように腕を足で押さえた俺は、迷わずその口の中に銃口を突っ込んだ。


「観念、しやがれ。」

 痛む頭を抑えながら、その場の雰囲気と状況に流されて格好良いことを言えたのは良かったのが、内心は冷や汗ダッラダラだった。頼むからこれで終わってくれとは思うものの、その傷穴は、確かに戻り始めている。


「こいつ!!」

 焦って引き金を引く。しかし、そこから弾は撃ち出されない。S&W M568相棒は、もう残弾を残してはいなかった。いくら頭が上手く回ってはいないといえ、このミスは大き過ぎる。連射式擲弾発射機グレネードランチャーも投げナイフももうない。

 ここからどうやって吸血鬼こいつに勝てと!?

 ――やらかした。ああ駄目だ。終わった。俺の人生。

 嫌な汗が流れ落ちた。


「アヒャ♪」

 耳にした音に、全身の鳥肌が逆立ち、危険信号と嫌悪感に血管が浮き上がった。

 嫌な予感がすると同時に、まるで誰かに後ろ襟首を引っ張られるような感覚で本能的に吸血鬼から飛び退かされる。


 

 ゴププ。その泥は、まるで意識でもあるかのように獲物に絡みついていき、ルトインバットそれを捕食するように沼の中へと引き摺り込んでいく。

 ビクリと体が痙攣し、吸血鬼の胸から泥手が飛び出した。それが一体の人型人形の形へと象っていく。その姿は―――。

「―――嘘。木挽、さん?」

 俺の背後で、委員長が驚愕の声を漏らした。


「アヒャ♪ア、アアア。アヒャ♪バ、バババ!!ビ!」

 その首が、壊れた機械ようにガチガチと不規則に回り、目が輝いた。


「―――っ!!」

 それは、ただの勘だった。俺は咄嗟に委員長の方に走り、彼女を庇う。


 途端、熱い衝撃に襲われた。耐えきれず、意識が飛ぶ。


 たった一撃で全身の感覚は失われ、意識は暗闇の中へと放り出された。


 消えゆく意識の中。誰かが必死に自分の名前を呼んでくれているような気がした。


 死んじゃ駄目と叫ぶ声が、遠く、遠くに。


 いん、ちょ?



***   ***   ***


 こうして、彼の魔法少女委員長に関する事件は一先ずの休息を得る。

 県警警察署本部を含めた連日の事件はニュースで大きく報道され、この地四国地方での魔法少女の存在も世間に露呈した。

 けれども、彼女と共に戦った少年の話はメディアに一欠片の片鱗も見せなかった。何処かのいじめっ子バスターと同じで、この地の隠れた都市伝説染みた話となっている。彼が活躍したのは、騒動が広まる前と最後の一瞬だった為、それも仕方ないだろう。

 いじめっ子バスターの話と違うのは、一部の都市伝説MeTuberが面白可笑しく取り上げている為、少しだけその話を知っている人が多いことくらい。


 崩壊した街の中での救助活動は1週間も掛らなかった。

 倒れた少年は、委員長の助けによって病院に運ばれ、暫くは目を覚まさなかった。

 そう、だ。


 病室の床に落ちる花束。

 お見舞いに来た少女は、目の前の状況に困惑した。

 空っぽになった部屋の中。

 開けられた窓から入った風は、カーテンをひらりとなびかせた。



***   ***   ***


 厄介なことになった。


 いつぶりかも分からない地下室の階段を降りていく。

 正直、もうこんな所に来るつもりはなかっただけに、虚しい気持ちになってきた。

 結局俺は、ここを頼らざるを得ないのか。

 巻かれた包帯。頭のそれだけを外しながら、俺はその階段の先にある扉を開けた。


 ここにあるのは、アイツが再現した家族との思い出。

 いつの日にかあったとされる研究所ラボ


 部屋の電気と共に、幾つかの機械が点灯していく。俺は、部屋のど真ん中にあるドデカいモニターに嫌な視線を向けた。


「久し振りだね。嫌いなんじゃ無かったの?ここ。」

「……煩せぇ。」

 画面に映し出されるのは、どことも分からない薄暗い教会の聖堂。そのど真ん中の通路の先で、上手く陰で顔を隠した少年が古びたパイプ椅子の上に座っている。

 それは、過去に死んだ記憶の残滓、或いは影から作り出されたもの。

 あいつを素体として作り上げたものに変化が加えられたもの。らしい。

 そいつは、黒髪で長髪の日本人形みたいな姿に改良されていた。あいつの面影はそのままに、中性的な声をしている。


 いつまでも複製AIと呼ぶのも面倒臭いから、俺はこいつのことをニセと呼んでいる。言葉通り、偽物という意味とある意味二世的存在だと思ったからそう名付けた。

 ニセは本物を参考に作られてはいるが、完全なコピー体ではない。あいつ個人の持つ重要な情報など持っておらず、外見も性格もいじられてしまっている為、もう殆ど別物だ。

 いじめっ子バスターの活動をする上での手助けをして貰っている。


「なあ、今回の件は、やっぱりあいつとは関係ないのか?」

「そんなこと知らないよ。でもまあ、木挽さんがそれを手に入れてしまった以上、もう関係なくはないんじゃないかな。それよりさ、面白いものを手に入れたね。情報ソレ。」

 興味津々と指を指す彼に、俺は一つのケースを取り出した。

 それは、金庫のような容器。あの魔法石ダイヤモンドを匿っていた容器だ。


「まあな。なんたってこれは、未知のエネルギー物質。そのコピーだ。」

 大型の機械と容器との配線を結合させ、この情報をニセにも送ってやる。


「これは・・・・・・ほうほう。」

 彼が与えられた情報を頭に流し込んで確認する。それを尻目に、俺は立体ホログラム化されたその情報を容器から取り出した。

 本当、研究室ここの設備は便利で有能な物ばかり。立体ホログラムこんなもの、俺が自分で作った上の倉庫簡易ラボには置いていない。

 ダイヤモンドの大きさに収縮させられたその情報を、腕を広げる動作で一気に拡大させる。

 四方八方に広がる未知の原子情報。それを見た俺は、神妙な顔で微笑んだ。


「なあニセ。これ、。」


 物語は、まだまだ始まったばかりである。

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