第5話 独白 魔法少女の志藤委員長

「お父様が殉職なされました。」

 始まりは、一本の電話からだった。

 それを聞いたお母さんは泣き崩れて、私はただ現実が信じられずに立ち尽くしていることしか出来なかった。お父さんの体は帰って来ることはなく、殉職した時にそのまま全部くなってしまったらしい。


 二週間後。お母さんがお父さんの後を追って高いところから揺れていた。

 お父さんが居なくなって、私の為に始めた仕事の職場が良くなかったらしい。

 私は遠方のお婆ちゃんに引き取られることになった。


 数日後、四国地方が消えた。

 突如現われた40mを優に越えた巨大な怪獣が四国の街を蹂躙したらしい。その映像はニュースでも報じられていたが、映画を観ているのかと思うくらい信じられない光景だった。

 この事件で、東京から四国へ助けに向かった魔法少女は消息を絶ったらしい。

 そこから何があったのかは知らないが、今はもうあの地方はない。私の友達だった子達も多分全員死んだ。


 1ヶ月後。空から■■■■が降って来る。

 私達の逃げ場はもうない。


 ●月■日。

 逃げ込んだ樹海の奥で、一匹の黒猫と出会う。

 彼女は私に話を持ちかけて来た。


 ねぇ。人生をやり直してみない?この結末を変えてみない?と。


***   ***   ***


 私、志藤結香が勇樹世鬽カレに関わったのは、端的に言って彼がお父さんを殺した可能性があると疑っていたからだ。


 だが、わざわざ過去に戻って来たのにも関わらず、黒猫ココは肝心の何が起きてこの世界が滅亡する道筋を辿ったのかを知らなかった。なんでも、樹海で私と出会ったことですら、この世界に来てまだ一日しか経っていないことだったらしい。

 ただ彼女は、現代兵器が通じなかった40m越えの怪獣について、彼女ココの世界の仇敵である可能性があるとして、魔法少女の活動がそのままこの世界の救済に繋がるのではないかという考えを聞かせてくれた。


「実際にあなたが魔法少女に変身出来るようになるのは2ヶ月後よ。時間の逆行なんてことをしたのだから、今は力が無いの。」

 だが、与えられた力は2ヶ月間使うことは出来なかった。力が使えるようになるその2ヶ月後が、丁度父が殉職した日だったというのに。それまで何も出来ないことにイライラすることしか出来なかった。同じ日常をまた繰り返そうとすることに、不安を覚えた。

 だから、魔法少女の力が無くても、お父さんの死因を潰す為の行動を取った。魔法少女の敵以外の可能性を探った。そうなった時、一番可能性があるのが“いじめっ子バスター”だったのだ。


 それは、私が少しでもお父さんの生存確率を上げる為に一歩も引かずに本人を問い詰めた時のこと。

「分かった。正直に話すよ。でもここから俺が話すことは、決して周りには話さないで欲しい。あまり気分の良いことではないんだ。……。実は最近、“いじめっ子バスター”て奴と関わっている。そいつが関わってる事件は……。到底、口に出すことも憚られるものが多い。世間に漏れ出ることはないだろうが、それでもこの徳香市の将来を大きく左右するような事件ばかりだ。最近疲れているのはそのせいだろうな。人の悪意に触れすぎた。でも、本当に命の危険は無いんだ。それだけは信じて欲しい。」

 お父さんは、自分が死ぬ一番心辺りのある事件として“いじめっ子バスター”の名前を取り上げたのだ。いつ来るかも予測出来ない異世界の怪獣、せめて変身して力試しが出来るようになるまでは、私は魔法少女関連の要因には口だしが出来ない。なのでその間、私は彼を徹底的にマークし、調べることで少しでも未来を少しでも良い方向へと変える為の努力をした。そうでもしていなければ、焦りで気が動転してどうにかなってしまいそうだったからだ。


 だから、私は彼に付け入った。を振りかざし、彼の正義に無理矢理介入出来る余地を生み出した。友人の恋を利用した。より彼に近づいて、未来を変える為に全力を尽くした。

 私を度が過ぎた良い人だと本気で信じて、本当の友達として接してくれた勇樹君には罪悪感しかなかった。彼の人間性を知れば知るほど、その罪悪感はより大きくなった。未来を変える為とはいえ、人の優しさに漬け込んだ自分の行為には吐き気がする。


 実際、勇樹君はお父さんの死因と何も関係が無かった訳だし……。


 未来で父が死んだ日。私は念の為に立石たていし君に無理を言って勇樹君の一日の予定を強引に潰して貰った。立石君に遊びに誘わせたのだ。彼と関わって、父を殺すような人ではないと分かってはいたが、私は私と過ごした彼を信じ切ることが出来なかった。彼には、もう一人別の側面があるんじゃないかと疑った。


 私自身は初の魔法少女として変身をしての任務を熟さないといけなかった。

 そしてお父さんの死は、魔法少女の物語こちらとだけ関係していた。


 今でも思い出せる。

 血まみれで瀕死の姿になった父の首を掴み持ち上げるあの吸血鬼ルトインバットの姿を。

 場所は、徳香市警察署本部。

 業火に呑まれた建物の中で、無数の警官達が無惨に倒れ死んでいた。


 私は、魔法少女として吸血鬼を倒すことに失敗した。

 見るも無惨にボコボコに敗北し、地面にひれ伏せさせられた。


 かの敵は、その死体の山の上で父を掴む。

 部下達の死体の上で、涙を浮かべ弱い自分を嘆く父を。

 私はそこで、始めて完璧だった父にも出来ないことがあることを知った。

 強い父が泣くことを知った。

 吸血鬼は下卑た笑みを浮かべ、甲高く弱者を嘲笑って自らの力に酔いしれていた。


 私は傷だらけで、体の至るところが良からぬ向きに折れていた。全身はボロボロで、もう何処がどう痛いのかも分からなくなっていた。それでも、魔法少女だからという理由で生かされていた。私は、手に入れた力のせいで死ねないでいたのだ。


 今でも覚えている。暴力に震える私の髪を掴み上げながら、あいつは言った。

「おいおい。こんなもんじゃねぇぞ。俺達魔族がお前達人族に与えられた苦しみはよ。どうせ、変身が解ければその怪我ケガも元に戻るんだろ?いいぜ。許してやるから解けよ。変身。何度でも壊してやるから。」

 そして私はこの日、徹底的に心を折られた。

 どうして私がこの事件を生き延びることが出来たのかは、よく覚えていない。

 黒猫ココが言うには、誰かが助けてくれたらしいのだが。



***   ***   ***


 お父さんが殉職することはなかった。

 目が覚めたら私は病室で眠っていて、お父さんは意識不明の重体で沢山の管に繋がれながらも生還していた。

 私達は、名も知れぬ誰かのおかげで生き延びることが出来てしまったのだ。私達を助けてくれた人は、もう死んでいる可能性が高い。いや、あんな化け物を相手したのだ。死んでいるに違い無い。実際、あの吸血鬼はまだ生存している。それが何よりの証拠だった。


 私は、自分の力では未来を変えられなかった。いや、実際に未来は変わったのだから、そこに居ただけでも何かの影響はあったのだろう。私の行動は決して無駄では無かったのかもしれない。前回とは違う何かが影響して今の結果に至っている訳だ。だけど……。


 生きてはいるが死にかけていることには変わり無い父に、勝つことが出来ない吸血鬼トラウマ

 未来が変わったとはいえ、とても人類の滅亡を回避出来る程の事とは思えなかった。

 それに、私はもう二度とあの吸血鬼とは戦いたくない。

 今こそ変身を解いて無傷な姿に戻れてはいるが、刻まれた心の傷は、恐怖は。そう簡単には癒えるものではなかった。


 戦意はとうに消失し、黒猫ココにはもう戦えないと自分の身体を抱きしめて、痛みを思い出して泣き崩れながら伝えた。

 退院出来ても、部屋で布団に包まって家から一歩も出られなくなった日々を過ごした。

 母親も友人も拒絶して引き籠もった。

 警察署の惨劇を思い出しては嘔吐し、吸血鬼アレともう一度向き合わないといけないと自覚するだけで嫌だと涙が溢れた。

 もう立ち直れそうにないくらいに、私は憔悴しきっていた。


 そんな私を、助けてくれた親友がいた。

 文香は、学校に来なくなった私を心配して毎日家に来てくれた。扉の向こう側で、とりとめの無い話を私に聞かせ続けてくれた。

 そうして、怯えるだけの時間は過ぎていった。


 私は、皮肉にも前回の私には無かったものに、利用した友人の助力によって元気を取り戻すことになった。


 例えこの先、私が死ぬ事になろうとも。世界が壊れて無くなってしまいそうになろうとも。

 それでも最後まで抗おうと思えた。私は、私の周りにいる皆の笑顔を守る。お父さんが居て。お母さんが居て。文香がいて、勇樹君と立石君が居る。そんな世界を、私は守るんだ。


 最後くらい、“私らしく”。


 そう決意して外に出た日に、吸血鬼アイツは再び私の目の前に現われてしまう。


「え、な、どうして……。」

 足が震えた。

 恐怖がぶり返した。

 え?なんで?どうして?

 そんな疑問が私の中に蔓延した。


 なんで。なんで動いてくれないの!?私の足!!

 皆を守るんだって、決意した。ばかりなのに。


 吸血鬼トラウマに視線で射られた私の身体は、蛇に睨まれた蛙のように動かなくなった。

 恐怖に支配されて全身が痺れている。だんだんと、自分が今何を考えているのかすら分からなくなった。言いようもない恐怖が足下から侵食してきているのが分かった。直ぐに声すら上げられなくなった。


 そこに、勇樹君の背中が映った。

 私を庇うように、吸血鬼の視線を私から遮るように彼は割り込んで来てくれた。その力強い背中が、私を張り詰めた緊張感から解放してくれた。

 恐怖はまだ残っているが、それでも先程までじゃない。大きく深呼吸をしながら、頭の中の情報を整理する。


 私の処刑人がやって来た。

 いつかその瞬間が訪れること自体はなんとなく理解していた。

 私は恐らく今日、ここで死ぬ。

 こんなことなら、引き籠もっていないでもっと早くから外に出て来れば良かった。まだ家族にも友人達にも言い残したことが沢山ある。いや、きっともっと早くに外に出ていたところで、結局はこの刑期が早まっただけ。


 結果として、吸血鬼はまた私の前に現われた。なら、考えるべきことは“今”のことで。私が最後に出来ることは何か。だった。


 “せめて、最後くらいは私らしく”


「―――っ」

 そうして考えついたのが、出来るだけ犠牲を出さないように私だけが静かにあの吸血鬼に殺されるように誘導することだった。私では勝てない。なら、勝てないなりの最善策を。

 手は震えている。でもやるしかない。私がやらないと、目の前でこの温かい日常が壊される。

 私の前だ。あの吸血鬼は必要以上に勇樹君をぐちゃぐちゃにしてしまうだろう。実際、お父さんの部下達はそうして殺された。泣き喚いて、助けを求めさせて。そして、助けを求められた人物の前で殺す。

 警部であり、部下からの信頼も暑かったお父さんを嘲笑うように。その絶望を楽しむように。

 今回もきっと…………

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。それだけは、嫌だ。

 だから頑張ろうとしたのに。怖くても、何とかしなきゃいけなかったのに。


 だというのに、勇樹世鬽あの男は―――――。





 終幕は、意外にも早く訪れた。

 私を守る為に戦って傷ついた彼。その戦う姿を間近で見て。

 あの日、私の中で消えてしまった筈の炎がまた燃え上がった。自分の“正義”に火が付いた。友達を見捨てていいのかと、自分に問われた気がした。

 最後まで抗いたい。せめて、彼が逃げ切るまでの時間稼ぎくらい。

 彼が上手く逃げられたのなら。例えこのまま死ぬ事になろうと、後悔はなかった。


 私は今、吸血鬼の魔法なのか、見えない手で首を締め付けられている。

 どこかのビルの壁際。

 吸血鬼事態は私から少し離れた場所で腕を伸ばし空を掴んでいる。

 感覚的には、遠隔で掴まれているようだった。


 私は善戦した方だと思う。以前よりも圧倒的に戦えていた。

 それだけ相手が見た目以上に弱っていたのだ。

 それはきっと、彼が戦ってくれたからで。

 彼が敵をここまで弱らせてくれたからこそ、私は最後に良い戦いが出来た。倒し切れてしまいそうなくらいに、相手もダメージを受けていてボロボロだ。


 それでも、やっぱり私ではこの吸血鬼には勝てなかった。

 黒猫ココは私の直ぐ近く、瓦礫に埋もれて気を失っている。彼女はトラックの怪物を相手にしていた筈だ。でも、もう立ち上がれない。

 私の人生は、もう直終わる。


 こうなることは分かっていた。黒猫ココが言っていたことは。勇樹君が私を逃がそうとしてくれていたことは正しい。きっとそれが、未来を見据えた上でのではあった。ここで無理に再戦などせず、勇樹君を犠牲に生き残り、しっかりと対策を立ててから挑むのが未来の世界を救う為だけになら一番良かった。未熟な私はそうするしかない。それは分かっていた。……でも。それだけは嫌だった。前の世界と同じだ。私だけが生き残っても意味は無い。


 勇樹世鬽はもう遠くに逃げられただろうか。

 私は最後に、私を救ってくれようとした人の力になれたのかな。

 大切な日々を、守れたのかな。

 ギリギリと絞められる首に意識がだんだんと遠のいていく。

 こんな事件さえなければ。


 吸血鬼コイツさえ来なければ。

 私はまだ、幸せでいられたのかな。

 走馬灯のように流れる日常。

 本当の笑顔でと笑い合う。そんな、あったかもしれない未来を見て。心から友達になれた夢を見て、私の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。


 そうだ。彼にはまだ本当のことを話して謝っていない。

 その好意を利用して、私は私の事情の為だけに彼との偽りの友人関係を築いてしまったままだ。

 ちゃんと彼に謝って。ごめんなさいをして。

 そしてもう一度。今度は、本当の友達に……。


 全てを悟り、死を受け入れる。

 それを否定するように、その爆発は起きた。


「なんだ。何が起こって。」

 勝ちを確信していた吸血鬼の顔が歪む。

 吸血鬼の背後で怒った爆発は、このビルを巻き込んで弾ける。

 その影響でビルの半分が瓦礫となって吹き飛び、消滅する。

 吸血鬼やつの居る場所の直ぐ後ろの床までがなくなった。

 爆風に押され、困惑する吸血鬼。

 その視線が上に上がった時、怪物は天敵を視認する。


「なぜ、お前が。」

 瓦礫に紛れ、笑う人影。

 それは、確かに飛散する瓦礫の中に逆さになって立っていた。


 その姿を見た私は、一体どんな表情をしていたのだろうか。

 なんで逃げていないの?

 あんなにボロボロになって。

 痛いはずなのに。逃げ出したくなる筈なのに。

 魔法少女とは違う、普通の人間の筈なのに。

 どうして貴方はまだ、戦場ここに立っていられるの?

 なんで戻って来ちゃうのよ。バカ。


 彼の手に握られている拳銃ハンドガン

 放たれた弾は、吸血鬼を撃ち抜いて。


 首は苦しみから解放された。

 弱々しく床に崩れ落ちてしまう。

 求めていた空気を、肺が必死になって吸い込む。


 まだ生きろ。と彼が言ってくれている。

 どうやら、まだ私の物語人生は終わってはくれないらしい。


 でも何故か、もう悲しくなんてなかった。

 何故か、生きなければいけない衝動に駆られた。

 あれだけ終わらせたかったはずなのに、おかしいよね。

 きっと、彼ならその答えを教えてくれるかもしれない。


 心の中が、じんわりと温かくなった気がした。


 多分、私は魅入られちゃったんだ。

 空に浮かぶ。

 あの馬鹿で阿呆な、最後の希望ヒーローに。

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