第4話(後) ロケット鉛筆ってそーゆーことじゃない
「念の為に聞いて置くが、今
「無論だ。
回復を終え、蘇ったゾンビのように揺らめいた吸血鬼は、額の血管を激しく浮き出させながら俺を睨みつけた。
これ以上の会話は不要だ。直ぐにでも戦闘は再開される。
お互いが、同時にその一歩を踏み出した。
吸血鬼の周りに浮かぶ無数の魔力で練られた弾丸。
稲妻を走らせながら漂うそれを引き連れた敵を前に、俺は一直線に突っ込んでいく。
最早相手に油断の色はない。此方がどう動こうが、全力でそれに対応して叩き潰しに来るだろう。
射出される弾丸。
正常に機能した俺の感覚を元に、死ぬ気でそれらの弾を避ける。多少のかすり傷や、致命傷にならない程度のものは見逃すしかない。
避ける動作に合わせて、制服に潜ませたカッターの幾つかを連続で
このまま直接的に対峙したところで敵わないのは分かって居る。だかこそ、俺は投擲したそれを使って天井と床の全てを爆破させた。
此方に届ききる前に足場が消える。頭上からの瓦礫が俺達を襲う。
「
しかして空を飛ぶことが出来る吸血鬼は体勢を崩すことなくその場に鎮座し、上からの瓦礫にも迎撃を持って対処する。
落下する瓦礫に気を取られ、俺から視線を逸らした吸血鬼。
それを、腕時計型のワイヤーアクション装置を
ご丁寧に、心臓の位置を変えてやがる。
懐から取り出したハサミを握り締めながら、彼の鼓動に耳を澄ませる。
偶然にも、自分はそこに一番攻撃しやすい位置に潜めていた。
これはチャンスだ。
アンカーを射出し、陰に潜みながら一気接近する。
「甘いわ!小僧!!」
しかし、刃物が刺さるギリギリのところで振り返った吸血鬼の爆撃魔法に腹部をやられ、そのまま二つ三つ先のビルにまで爆炎に飲まれながら弾き飛ばされた。
この状態でも俺が生き残れたのは、一重に黒猫からの加護があったからだろう。
自分では正直もう死んだと思っていた。
弾かれた先のビルで悲鳴があがる。
血に濡れた俺の体は、黒猫の魔法に守られていたとはいえ、再び傷口を開くはめになってしまっていた。
「ぐぅ。ごぶっ。」
血を吐く俺の前に、吸血鬼はひらひらと空を舞いながら近づいて来た。
それはまるで圧倒的な神の力を前に敗れた人のように、俺は地面に転がったまま血反吐を吐いて敵を見上げる。
「危機察知魔法だ。私が目で見えているかいないかに関わらず、
は?しらねぇよ。そんなの。
どんな世界から来やがったんだってんだこの野郎。
そんなラノベみたいな世界観なんてこの世界には――。
……。待て。どういうことだ。
こいつら、この世界の存在ではないのか?
魔法という存在は確かにこの世界にも根付いた。それでも、俺の世界に冒険者の出るダンジョンなんて物は存在しないし、そもそも“魔法は魔法少女が使う物で一般的な人間が使うものではない。”特別な存在じゃない人間にとって、魔法に初歩的も何もないのだ。
「はっ。チート野郎め。」
何とか出せたのはそれくらいの言葉で、俺は頭を垂れるようにして手を床に突き立てた。しんどい。それでも、立つためには必要なことだ。
「立て。ガキ。この程度で済むと思うなよ。」
「言われ、なくとも。」
ふらふらと立ち上がった俺の顔面に強烈な拳が刺さる。
脳が大きく揺れ、一瞬にして意識が飛びかけた。
続く拳も腹に決まり、俺は大きく血を吐き出した。
「そう簡単には死なせん。痛みもなく一瞬で死なせてやらせる程の慈悲をお前には与えない。とことん苦しんで、それから死ね。」
何も無い所から現われた鎖が、俺の体を絡み取り拘束しようとする。
捕まれば終わる。これで死ぬ訳でもない、死の直感は使えない。
死ぬ気で体を酷使する。もう一度、憐憫に動く。それが出来ないと終わる。
目を必死に動かし、周辺視野の情報まで入れて、死ぬ気で拘束されないように建物内を疾走しながら躱していく。
「鎖にばかり気を取られると死ぬぞ?」
脇腹を追撃の魔弾が襲う。やはり、全ては回避仕切れない。
俺は周囲を確認する。逃げ遅れた人はもういない。腕時計を見ると、前後二階分のフロアの非難が完了した知らせが。
それを確認してから、俺は制服内から大量の手榴光弾を取り出してばら撒く。逃げ回るだけの時間稼ぎは終わりだ。早く、この可能性を試してみたい。激しい光と大量の煙がその場を覆い、視界を遮る。
それでも尚、鎖による追走と魔弾による攻撃は止らない。視界を潰したところで、此方の居場所は向こうにバレている。そんなことは百も承知だ。
「無駄だと言っているだろう。
嘲るように、吸血鬼は笑う。
俺はその声に苛立ちを覚えながらもこのフロアを全力で
簡易設置型小砲台 ロケット鉛筆。
名前の通り、設置箇所からロケットのようにほぼ真っ直ぐに発射され、対象の体に突き刺さってから爆発する改良文房具兵器。敵の体に穴を空けて突き刺さるそれは、肉体の内側から大爆発を引き起こす。
俺はそれを、煙に紛れながら滑走した各所に仕込んでいく。
「そっちこそ。一撃で殺さないとは舐めた奴め。そもそも、俺に追いついた時点で殺せていただろうに。その慢心こそが自分が殺された要因だということにまだ気づかないのか?」
「馬鹿め。これは慢心ではない。私は本気だ。本気で
吸血鬼から飛んで来た魔弾を躱し、追いついた鎖を蹴り飛ばしてから握った発射ボタンの紐を引いた。
「だから、それが甘いと言っているんだよ。糞野郎。」
「なっ!!!」
吸血鬼は、体の各所を突ぬかれた痛みを感じた。
何処からか飛んで来たソレは、彼の腕や足、胴体を突き破って深く刺さっている。
発言から察するに、おそらく
ダンジョンがあり、魔法が主流の世界。つまり、テンプレ異世界物の常識で考えれば、剣と魔法だけの科学の存在しない世界。
こちらがそうであるように、向こうだって存在しない常識に対する対策は初見では出来ない筈だ。
敵の危機察知魔法が、生物及び魔法の付与された害敵を察知するものであると仮定するのなら、エンジンで飛ぶ無機物までは捉えられない。だってそれは向こうの世界には存在していない、対処する必要のないものだからだ。
二次元の常識が当てはまるかどうかは正直賭けでしかなかったが、どうやらこの博打は上手く行ったらしい。
俺は、作戦が上手く行った喜びを味わいながら起爆ボタンを押す。
成功した証拠に、体の大体が吹き飛ばされた吸血鬼の醜い叫び声が辺りに撒き散らされた。爆発に呑まれ、このビルの数フロアが倒壊する。
「どうやら。お前の危機察知魔法に、俺の武器は引っかからなかったようだな。もしかして、そっちでは魔法の掛けられてない飛び道具は飛んでこないのか?」
追走する鎖が消え、やっとのことで俺はその行動を制限する縛りから解放される。
落下する空間の中で、半身が吹き飛び、残った体の全てが焼き爛れてしまった吸血鬼の哀れな姿が映った。
まだ、生きている。
そこに向かって十本のカッターナイフを投擲。逃げ場を塞ぎ、確実にその
迷いも無く吸血鬼の奥にアンカーを突き刺し、殺す為に距離を詰める。
しかし
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
その叫びは、彼を守る魔法だった。声に込められた
チッ。そんなことも出来るのかよ。
今の俺に、これを上からねじ伏せるような火力はない。
どうすることも出来ずに、俺はまた別の何処かのビルへと吹き飛ばされた。
一日にこう何度も窓を突き破って転げ回ることがあるだろうか。
くそ。最高の機会を逃した。そうやすやすとは死んでくれないってか?
どれだけ頑丈なんだよ、あいつ。
頭を振ってすぐに次の為の思考を回す。が。
下から激しい光と共に轟音が鳴り響いた。嫌な予感がして、全身に鳥肌が立つ。
目の前の破れた硝子の奥で、嫌に巨大な影が横切った。
「は。ははは。」
宙を飛ぶ大型トラック。
それには、大きく黒い翼が生えていて、不気味な
いかにも、魔法少女の雑魚敵って感じの見た目をしている。
人型ではないそれに、俺はどう立ち向かっていけば良いのか。
今の俺は、魔法少女とは違って防御面でしか強化されていない。
つまるところ、攻撃面だけで言ってしまえば只の重機トラック対人間の構図と相違ないわけで、俺の攻撃が通るイメージは湧かなかった。何せ、大型トラックと戦ったことなんてない。
対人の構えは心得ている。そんな資料は現実世界にもありふれているし、“いじめっ子バスター”の活動で死ぬほど経験してきた。
でもトラックと戦うなんて非現実的な知識は何処にも転がっていないし、そもそも戦おうなんてことは誰も思わない。対策が、立てられない。
「はっ。僕は死にませんとでも言えってか?」
「死ね。ガキ。」
怪物トラックの上で憤る吸血鬼。
焼き爛れた顔のそいつは、最早語彙力という物が無くなっていた。
怒りで頭がおかしくなってしまっている。俺は思わず嫌な表情を浮かべた。
ざわつく周囲。
そうだ。ここはもう別のビルだ。
スーツ姿の社会人がまだ残っていてもおかしくはない。
そもそも、非難警報は発令されているのか?まだ出ていないなら逃げ遅れたのではなく、ただ働いていただけという可能性だって有り得る。
ひょっとすれば、警察はまだ現状確認中なのかもしれない。
くっそ。突発性のある事件はこれだから。
「皆逃げろ!!ここは危な」
刺した影。振り向き対処するまでもなく、俺は空を走る奇怪なトラックに上から轢き潰されてしまう。
真っ直ぐな突進。
身体が捻れそうになり、何度も建物の床とトラックの間とで圧迫死させられてしまいそうになる。
ある意味での終着点。
これ以上下のない地面との狭間まで事故った時。
俺は赤く染まっていた。
俺自身の血もそうなのだが、戦いに誰かが巻き込まれ、犠牲になった人の分まで付着してしまっている。彼らは、俺
その事実が、酷く重く心に響いた。
様々なモノを巻き込んで轢いていったトラックは、魔法で守られている俺を除いてその殆どを殺したり重傷を負わせたりしていた。
視界の隅に転がった誰かの腕。俺はそれを、意図的に視界から外した。受け止めきれないと思ったからだ。
自分が傷つくのは良い。でも誰かが傷つく姿は見たくはない。
自分がやっていることの重大性を再認識する。
身体から離れる重機。何とか立ち上がろうとするも、上手くバランスが取れずに膝をついてしまう。
ダメージがデカ過ぎる。正直、もう限界だ。これ以上は本当に身体がもたない。
怒りながら迫る吸血鬼が視界に映る。
くっそ。これで、終わりなのか。
そう覚悟した俺の目の前で、吸血鬼の顔面に拳が打ち込まれた。それがねじ込まれる瞬間が、えらくスローモーションに見えた。
「やっぱり、我慢なんて出来ない!」
それは、委員長だった。彼女はそのまま吸血鬼を殴り飛ばし、俺の前で着地する。
「ここで友達を見捨てて逃げてるようじゃ、私は私じゃなくなる。」
彼女は、魔法少女衣装に完全に着替えている訳では無かった。
吸血鬼を殴ったその拳だけが、器用に異彩を放つ装備へと変換されている。
「くっ!邪魔をするな!俺はその糞ガキを殺す!!」
大量の魔力を吸血鬼が練り上げる。風向きは変わり、巨大な魔力の弾丸は流風の渦の中心となって旋風を巻き起こす。
敵の思考は怒りで正常じゃない。後のことなど考えていない。感情のまま、馬鹿でかい魔法の渦を作り上げていく。
それが生み出すであろう威力を肌で感じ、直感に危機を知らせられる。
委員長を助けないと。そう思うも、この体は使い物にはならなかった。
動けない。脳の命令が、体の隅々にまで届いていない。鈍すぎる。
「委員長!逃げろ!あれはヤバ」
「嫌よ!!」
「なっ!」
俺の静止を無視して、彼女は迫り来る弾丸の元へと突っ込んだ。
「馬鹿!死ぬぞ!委員長!!!!」
「うおおおおおおおおおおお!!」
彼女を巻き込んだ爆発から出た爆風に体を煽られ、俺の体は一転する。
もの凄い威力の衝撃が空気を震撼させた。
「―――っ!いいん、ちょう。」
―――――また、何も出来なかった。
俺はただ、誰かが死にゆく姿をこうして見ているしかなかった。
あの頃から、何も変わってない。
俺は……。俺は……。
不意に、涙が零れた。
この後悔だけは、もう絶対にしたくはなかったのに。
ズキリと、ひび割れるように頭が痛む。
あの日見た悪夢が、再び脳裏に流入し始め、絶望が……
「嫌なの。」
その声が、俺の心が完全に沈み込む前に現実に引き戻した。
爆煙の中から、死んだと思った人物が姿を現す。
「いいん、ちょう……。」
「誰かが傷つくのも、悲しい顔をするのも。私の為に犠牲になるなんてもってのほか!!そんな顔をさせないのが私!そうさせないのが私!!それが、私の正義!!それより怖いもんなんてない!また誰かを失いそうになるのは、もう嫌だ!!」
「っ!戯言を!!」
渾身の一撃を受けても無傷で立った少女に困惑しながらも、同等規模の出力の攻撃を吸血鬼は続けて発射する。もとより、今の彼に出力を抑える冷静さなどない。
ただの人間に一度殺され、その上二度目の死の恐怖まで与えられた。その感情は、既に一人の男によってぐちゃぐちゃに掻き乱されている。
「逃げても何も解決なんてしない!怖くない!私なら出来る!見て見ぬ振りをして生きて行くくらいなら、死んだ方がまし!!」
強大な攻撃の全てを、彼女は真っ向から相殺した。
防ぐ為に行った攻撃。その数を重ねる程、彼女の体は魔法少女の姿へと移り変わっていく。
「全部守る。全部助ける。ここで勇樹君を助けて。未来も救う。それが、魔法少女としての私の役目なんだ。」
「……凄い。これが、魔法少女の力。」
正直、俺はこの攻防に付いていけるとは思わなかった。
あんな攻撃を相殺してしまうなんて、イカレてる。人間技じゃない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
完全に魔法少女となった彼女が、黒猫と共に吸血鬼との戦闘を開始する。
飛び立ち、戦場へと向かう彼女の背中を見ながら、俺は脱力するように壁にもたれ掛かる。
否、そうせざるを得なかった。今の俺では、もう戦えない。立ち上がることすら許されない。もう身体に力が入らない。
クッソ。悔しくて、悔しくて。
不吉なカラスの鳴き声が、耳をつんざいた。
立っている。誰も居ない道端の上に、
その幻影は、たった一回の瞬きの間に姿を見せては消えた。
不吉な予感が全身を襲う。
「このままじゃ彼女、死んじゃうよ。」
耳元で
「はっ。舐めてんのかよ。これだけじゃ少なすぎる。まあ、まだ戦えるなら何でも良いか。」
唇を噛み血を出しながら嗤う。与えられた力を、身体の奥底から無理矢理引き出してくる。壁を頼りにしながら、ゆっくりと立ち上がった。
安心なんてするな。俺
でも、今のままじゃ邪魔になってしまうだけだ。
せめて、あれさえ使えれば……。
俺は、近くの建物に寄りかかりながら歩いていく。
襲撃時に落した、
待ってろ。直ぐに戻る。
君を一人になんか、絶対にしないし、
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