第4話(中) もう一度だけ立ち上がれる回復
現在。吸血鬼に襲われて血に濡れた俺は、精一杯の笑顔で委員長に笑いかけた。
俺が笑っていられる場所を、無くさないために。
「面白いわね。それ。乗った。」
チリンと鈴の音を鳴らしながら、一匹の黒猫が物陰から姿を現す。
……ん?今喋ったよな。この猫。
「ココ。」
委員長は唐突に現われた猫の方を向きながら、その名前と思われるものを口にした。
魔法少女に黒猫のお付き者って、定番過ぎるだろ。
「ココ。良かった。私、今ここで変身して戦かいた」
「馬鹿言わないで。あなたに一体何が出来るっていうの?今まで逃げてたくせに。今更覚悟を決めたって、もう遅いわよ。それより私は、彼に賭けてみたくなったわ。」
そう言って此方に歩いて来た黒猫は、その前足で俺の
「やってみなさい。少年。」
途端、この体が柔らかい光に包まれた。
「これは……。」
「あなたに防御力を上げる魔法を掛けたわ。少なくともこれで、一撃で殺されるなんてことはなくなる筈よ。」
「そうか。ありがとう。」
正直、今更なところはあると思った。
体はもう既にボロボロで、意識は朦朧とし始めている。
こんな状態で鎧のような
いや、無いよりかはましと考えるべきか。
「それと、貴方の傷、塞いでおいたから。応急処置でしかないけど、ずっと血を垂れ流し続けるよりかは良い筈よ。」
言われて気づく。
最早、擦り傷等の多少の痛みが引いたくらいで体の変化には気づけないが、魔弾に撃たれて空いた穴が塞がってくれているのは確かに有り難いことだった。
これがなければきっと、俺は後三分も持たなかっただろう。
あれは、それほどの重傷だった。
「ココ、聞いて。
「残念ね。どうであれ彼は一度あいつを殺している。今更私達がでしゃばった所で、素直に彼を逃がしてくれるとは思えない。少し、順番が変わるだけよ。」
「私達が勝てば問題な」
「本気?本気で貴方は、
目の前でくり始められた喧嘩。
俺は、それを静かに聞いていた。目を閉じ、静かに深呼吸をして少しでも体を休める。
「逃げていたことは悪いと思ってる。ごめんなさい。でも今は違うの。私は!」
「だったら、体勢を立て直す為にも一旦引くわよ。覚悟を決めたくらいで盤上をひっくり返せる程、現実は甘くないわ。」
「それじゃ意味がない!私は今、彼を……」
「あなた、ちょっと落ち着きなさい。よく考えてみて。ここで作戦も何も立てずに、ただ感情だけでヤケ糞に戦ってもまた負けるだけだわ。どの道、
「だったら。その為に、友達を見捨てろっていうの。」
委員長が、下を向いたまま震える拳を握っていた。
「……。そうよ。ここで負けて皆死ぬのと。勝って大勢を救うの。どっちの方が大事かなんて分かるでしょ。」
「そんなの間違ってる!!」
「なら。あなたは、あなたが来た未来を変えなくても良いっていうのね。」
「――――――――っ!!」
なんだ?未来?おいおい。なんだか凄い話になって来たぞ。
「あなたは、未来を変える為にここに来た。逆に言えば、あなたの選択次第で、また世界はあの未来を辿るのよ。ねぇ。未来がどうなったのかをあなたは知っているでしょ。実際に苦しんだ人も見たし、あなた自身も苦しんだ。もう一回、そうなってもいいの?」
「それ……は。」
悔しそうに唇を噛む委員長。
上手く丸め込められているようで、反論意見ももう無いようだった。
「ちょっと待った。心外だな。俺が負けること前提で話が進んでやがる。」
まあ、その確率が高いのは確かなんだけど。
「残念ながら、俺は負ける気なんて毛頭ないぜ。」
嘘だ。さっきの
「だから委員長。安心してここは俺に任せてくれ。あとで、手当てくらいはしてくれると助かる。」
そう言って俺は腕を上げた。そして今朝、電車の中でしたように。
「ほら。傷も塞がって。黒猫のおかげで俺はこんなにも元気だ。だから、大丈夫。」
それが嘘であることを、黒猫はよく理解していた。あの魔法は、文字通り傷を塞いだだけで。蓄積された疲労やダメージまでは拭えない。
「よし。じゃあ、取り敢えずこれは、君に渡しておくよ。」
思い出したように内ポケットから取り出した金庫のような頑丈な容器。
解錠の暗号を入力し、強引に委員長に取り帰されても、それを使わせることは無いように厳重に保管していた魔法石を取り出して黒猫へと手渡した。
「委員長を頼む。」
「……。ええ。任せておいて。」
何はともあれ、役割は決まった。
最悪、俺はここで犠牲になる。ただそれは、敗北による犠牲ではない。
長い目で見た時に得る、勝利の為に必要な犠牲だ。つまりこの戦いでの敗北は、結局委員長の死で。それさえ守り抜けば、俺の勝ちも同然なのだ。
「じゃあね、委員長。また明日。」
「―――っ!待ってよ。イヤだ。いかないで。」
世鬽がそれを嫌ったように、今の幸せな日常から誰かが消えてしまうのが嫌なのは、彼女も同じだった。
それに彼女は一度、未来で大切な物を多く失っている。
「お願い。皆、私の言うことを聞いてよ。私が頑張るから。絶対に何とかするから。だから……。だから、いなくならないで。」
困惑し、ぐちゃぐちゃな感情で歪んだ顔が縋るように俺を見る。
「大丈夫だよ、委員長。俺は負けない。いなくなんてならないよ。」
「嘘よ。あなたは人間で、相手は化け物なのよ?勝てる訳がない!あなたには、特別な力なんてないのよ。それを与えられたのは私。
「特別な力ならあるさ。」
俺は薄く微笑みながら、起爆効果のあるカッターを天井に突き刺して倒壊させる。
崩れ落ちた瓦礫が、委員長との間に明確な線を引いた。徹夜までして作り上げたこの武器達こそが、俺の力。努力の結晶。
「行って。委員長。その猫が言っていることは正しい。君が本当に魔法少女なら、ここで力尽きてちゃ駄目だ。奴に侵攻されたこの世界で、君は間違い無く希望の存在。人類にとって唯一の対抗手段だ。だから、もし仮に俺が駄目になった時、その時は頼んだよ。」
彼女に背を向け、敵を睨む。
相変わらず回復に集中している奴も、あと少しで完全に戦闘に復帰出来る状態にまではなるだろう。その周りを、綿密な魔方陣がバチバチと猛り、彼という存在を守護している。
回復中に襲撃するというアドバンテージは最早ないか。
まあ元より、黒猫がそうしなかった時点で、奴にもその弱点を埋める秘策があったのだろう。でなければ、むざむざと目の前で回復に時間を掛けたりしない。
あいつ自身が、俺達を罠に填める為の餌と見ても良いくらいだ。
「行くわよ。
黒猫が先導するように下の階へと向かう階段に逃げる。
「―――っ。ごめん。勇樹君。」
彼女は悔しそうに下を向いて、そして思いっきり自らの頬を叩いた。
「違う!!そうじゃ、ないよね。待ってて。勇樹君。絶対にココを説得して戻って来るから。それまで持ち堪えて。」
そう言って、少しはよくなった
まったく、まだ逃げないことを諦めていないのか。
強情な人だ。
それが委員長らしいといえばそうなのだが。
遠のいていく足音を聞きながら、俺は静かに苦笑した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます