第4話(前) 机一つ分の距離
いじめっ子バスター。
それは元々、独りぼっちの不安を消し去るために始めたことだった。
自分のクラスの中で起きた“いじめ”。
それを偽善で解決した俺に、頼れる友人や挨拶を交わせる仲の人間はいなかった。
「おはよう!ぁ……」
朝の挨拶は、誰にも届かない。挙げた手は、行き場を失う。
目は合わせられない。俺が近づくと、集団が移動する。机で出来た列、一列分。たったそれだけの距離が埋まらない。
守った人には裏切られ、周囲には干渉すること自体を恐れられた。俺のように被害者と関われば次は自分が。そんな思いがクラスには充満していた。
必然、俺の周りから人はいなくなった。
誰かを救った代償に、俺は孤独と化すことになったのだ。
なんでそうなるのか、俺には分からなかった。
良いことをした筈なのに。良いことをした俺にご褒美なんてなくて。どころか、以前よりも悪い状況に陥り続けていた。見返りは求めるものではないというが、それにしてもあんまりだ。
いつしか、自分自身の存在意義はいじめられていることにしかないと思うようになった。
そこにしか、人と関われる要素がなかったからだ。家族も知らない俺は、虐められている時でしか人の温もりを感じられなかった。
それは、ある種の洗脳のように。俺には、ここしかないと思い込むようになって堕ちていく。
だから、木挽さんからのいじめが無くなった時、俺は本当の意味での孤独を知った。
誰にも相手にされず、声を掛けても避けられ、嫌煙される。俺は、まるで臭い空気かのように扱われた。地雷源でしか無かった俺なんかには、誰も近づきたがらない。
いったい、俺が何をしたっていうんだ。
気がつけば、いじめられるという行為に依存していた。
誰かと繋がっている為に、いじめを求めた。
それで各校のいじめを引き受けていって得たのが、この“いじめっ子バスター”という欲しくもない
「なんで殴られて笑ってやがる。気持ち悪い奴め。」
「調子乗ってんじゃねえよ。その顔、覚えたからな。いつか絶対殺してやる。」
「やめだやめ。お前をボコボコにしたところで拉致があかねぇ。もうあいつはいじめねぇよ。それで満足だろ?俺達はあいつに関わらねぇから、お前ももう俺達に関わって来るな。」
「はは。馬鹿が。こんなことしたところで、誰もお前を相手にしない。せいぜいその偽善に酔って潰れやがれ。一人よがりのヒーロー気取り野郎。」
なのに、どれだけ人と関わろうとしても、このやり方では誰も相手にしてくれなくて。
寧ろ、どんどんと人が遠のいていく。
殴られることも、いじめられることも。少ししたら直ぐに飽きられ、それを求めようとする俺を誰もが気持ち悪がり、怖がった。
手を伸ばして求めたものは、いつまで経っても届かないままで。
「ひっ!嫌……」
「助けて欲しいなんて誰も言ってない!この偽善者!」
「どうせお前も、僕をひ弱で何も出来ない奴だと思っているんだ。お前も、親も、あいつらも。皆皆嫌いだ。どこまでも僕を見下して嘗め腐りやがって。いつか痛い目を見せてやる。復讐してやる。覚悟しておけ。お前ら全員、一人残らずぶっ殺してやる。」
「こっちに来るな!化け物!」
「あんた、狂ってるね。」
俺は、どれだけ藻掻いても独りぼっちの寂しい時間を
まるで、そういう呪いにでも罹っているように。見えない釘に俺は打ちつけられて。どうしようもない
“総前高校のドMで狂った偽善者いじめっ子バスター。”
そいつは結局、自分が欲しい物は何も手に入れることが出来なかった。
孤独の雨に何度も打たれながら、暗雲を見上げていたのを覚えている。
何度も雨が頬を伝った。
どうして。
そんな疑問に苛まれながら。
そして、旧校舎事件が起こる。
死にかけた時に願った、戻りたいと夢見た日常が俺にはなかったことを、愚かにも事件が終わった後に目覚めた病室で気が付いた。
俺にそれはなかった。
生きる意味なんてものは、元々持っていなかったのだ。
「ハ。ハハハ。アハ。アハハハハハ!なんだよ……ソレ。」
もう何も分からなくなって壊れた俺は、俺以外の誰も見ることが出来ないもう一人の自分。あの日初めて出逢うことになった、内なる
「君が、守ったもの。」
ある時、その幻影は始めて俺に意志を見せる。
彼が指を向けた先、病院の先生が連れて来てくれた少女には見覚えがあって。
「は、初めまして。いや、えっと。お久しぶり?です。あなたが、いじめっ子バスターさん?あの、私のこと覚えていますか?」
少女は以前、俺がいじめっ子バスターと呼ばれていた頃に偶然助けるような形になった人だった。彼女はお礼を言って話をしてくれて。俺は、久方ぶりにまともに誰かの言葉を聴いた。
それが心の支えになって、旧校舎事件の後に、もう一度“いじめっ子バスター”の活動を再開するきっかけになった。この時点で、この活動は目的のあるものからそれ自体を行うことが目的へと切り替わった。
確かに。俺に
しかし俺は、誰かの
その事実が、壊れていた心を回復させてくれた。
それからの俺は、誰かの日常を守ることで満足感を得るようになった。誰かの日常を守る為の人柱であれば良いと信じた。そうすることで、何とか自我を保たせようとしたのだ。
だから
「ありがとう。勇樹、君。」
もう一度、誰かから感謝の言葉を伝えられた時、本当に嬉しかった。
その姿が、今は会えないあの病院の少女と重なって。こんな人生も悪くないと思えるようになり始めた。
「まさか。また、君のような奴に会える日が来るなんてな。」
「え?今、なんか言ったか?」
「いや。気にしないでくれ。それより、お前は俺に話し掛けても平気なのか?」
「平気ってなんだよ。まさか、話し掛けたら呪い殺されたりするのか?」
首を傾げながら、その男は少しだけ怯えるように身を引いた。
そんなことが出来たらもう人間じゃなくないか?と思いながらも、俺は静かに疑問を呈す。何せ、いじめ問題の渦中以外で人と話すのは久し振りだった。
「いや……。別にそんなことはないけど。ただ、大体の奴は俺の活動を見て俺自身を怖がるからな。なんでお前が他の奴らとは違う反応をするのか、純粋に気になっただけだ。」
「なるほどな。まあ、確かに普通なら怖いかもな。でもまあ、俺は家柄が家柄だし。別にお前を怖くなんて思わねぇよ。強い奴にも弱いところがあるのは、よく知っている。そえにお前、俺を助けてくれたじゃん。だったら良い奴に違い無いと俺は思うよ。」
「はっ。なんだよ、それ。助けてくれたから優しい?てめぇはチョロインか何かですか?この野郎。」
助けられたから優しい人に違いないなんて妄想、本音で言っているならこの男、チョロ過ぎる。
二次元のヒロインならまだしも、現実の人間はここまでチョロくはない。
ちょっとした人間不信に陥っていた俺は、疑いの目を彼に向けた。
けれど、久し振りに向けられたその笑顔に、俺は居心地の良さも感じていた。
「……。礼はいらない。好きでやったことだ。それよりほら、早く戻れよ。お前の日常に。温かい
そういって、俺は彼の背後を指さした。久し振りに会話を楽しめたので名残惜しくはあったが、彼には彼の人生がある。怪物はここらで退散しなければならない。俺みたいな非日常がありふれたの世界の人間が長居していい場所ではないのだ。
「ああ。そうだな。……。なあ、良ければお前も、その日常に加わらないか?」
「……。は?」
「なんていうかさ。俺、こんな家柄だろ。だから友達とかいなくてさ。良かったら、お前がそうなってくれると嬉しい。」
少年は、ヤクザの息子だった。
だが、だからといって友達が少ない道理はない。
俺は差しのばされた手を疑ってかかった。が。
再び目の前に現われた
騙されたのなら、それはそれで良い。
騙されていたと分かる日まで、この関係を大切にしよう。
そう思うことで、諦めていた夢に、俺はもう一度手を伸ばす。
「改めて、俺の名前は
それが、親友との初めての出会いで。
後に、今度こそ絶対に失わないように大切にすることを誓った、俺の新しい日常の形だった。
その日から、俺の人生は信じられない程変化して、幸せな日々が始まった。
「はじめまして。あなたが、
「あんたって、だらしないけど良い奴よね。良いわ。手を組みましょう。一緒に、あの二人をくっつけるわよ。」
成井さんに委員長。
諒壱をきっかけに友達の輪は広がって、俺は今、やっと最高の人生を歩み始めている。
誰一人欠けさせない。
この
その為に必要ならば、俺は死んだっていい。
例え記憶を思い出せなかったとしても、俺はこいつらと一緒にいたい。
だから
「―――俺、“いじめっ子バスター”なんだ。」
俺は何度でも戦う。
使えるものは何でも全部使う。
何度でも、この
現在。吸血鬼に襲われて血に濡れた俺は、精一杯の笑顔で委員長に笑いかけた。
俺が笑っていられる場所を、無くさないために。
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