その後 の お話 その1
*カモミール*
カヴァルーンに嫁いできて、すぐに冬がやってきた。
……もともと、来年の春に嫁ぐ予定を今年の秋にしたのだから、当然なのだけど。
不慣れな人間にとっては長い長い冬なのだろう。
でも……。わたしにとっては外に出られないだけで、実家に居た頃よりも遙かに色々出来る事があって、『暇とは?』と言いたいくらいだ。
「あ、でも、コズミックは暇なのかな?」
「何かご用ですか? 予定は奥様に合わせますが」
思わず声に出してたらしい。側に控えていたコズミックが声をかけてくる。
「ああ、違うの。よく、皆に退屈してませんか? って言われるじゃない? わたしはあそこに居た時よりも自由が増えて退屈なんて感じないけど、コズミックはもしかして、そう感じるのかな、って」
「いいえ。感じてませんよ」
「ホント? なら良かった」
「堂々と奥様の世話が焼けますしね」
そんな言葉と共に紅茶の香りがしてきた。
手元を見る。
刺繍はもうちょっと進めれば休憩をいれるには丁度良いところだ。
そこまでせっせと刺して休憩を取る。
「明後日には仕上がるかな?」
「一冬いっぱいかけてもよろしいと思いますよ」
紅茶を置きながらそんな事をいうカモミールにわたしは向かいに座るよう合図を送りながら笑う。
「一冬って、どれだけの大作を作ったんだって言われそうじゃない」
お世話になってる旦那様にプレゼントするためにハンカチーフに刺繍を刺して三枚目。
一つはイニシャル。一つはカヴァルーン領のシンボルとイニシャル。そして三枚目で今やっているのは、紋章と名前である。
紋章、大変。でも。
「喜んでくれるといいなぁ……」
政略結婚だし、必要だった鉱山も手に入ったんだから、もうわたしに優しくする必要なんてないのに、それでも妻として優しく接してくれる旦那様。
感謝の気持ち、くらいは返したい。
……わたしの刺繍で感謝の気持ちになるかは分からないけど。
「では、明後日までに箱を用意しておきますね」
「え? 箱?」
「贈り物ならばラッピングは必要ではありませんか?」
「……ラッピング……」
「はい」
言われて、そうだった。とその存在を思い直した。
わたしは、そのまま渡すつもりだったのだ。良ければ使ってくださいっと。
「ら、ラッピングする程のものではないと思うのだけど……」
「『感謝の気持ち』なのですよね?」
「……そうね、そうよね。感謝の気持ちとして渡すものなのだから……そのまま渡すのも失礼よね……」
「紙箱にしますか? 包装紙にしますか? 木箱とかいう手もありますが」
「……コズミック」
「はい、奥様」
「明後日までには終わらないから、一先ず良いわ。それよりも、もう少し凝った物を作るから。完成が近づいたらまた声をかけるわね」
「はい。かしこまりました」
にこやかな笑顔で頷くコズミックに、わたしもほっとして頷く。
とりあえず、男性だしシンプルな物が良いだろうと思ったけど、せめてもう少し装飾を多くしなくては。箱に負けてしまう……。
善く善く考えなくても、旦那様は侯爵家当主。
侯爵家の当主が使うのに相応しいハンカチーフでなければ、渡されても旦那様が困るだろう。
「……本当に一冬かけようかしら……」
思わず、そう呟くくらいには、ちょっとくじけそうになった。
* コズミック *
うんうん唸ってる奥様。
正直言えば、奥様の悩みは無用な悩みだ。
旦那様は、一番シンプルなイニシャルだけのやつをそのまま渡されても、喜ぶだろう。
奥様が自発的に「感謝の気持ち」をお渡ししたいと言い出したのだから。
奥様の事がちょっと気になり始めてる旦那様からすれば、喜ぶ事はあっても、嫌がることはない。
奥様がラッピングの事を意識しなかったのはそれこそ、気易い仲になったからだろう。
奥様、駄目ですよ。そんな簡単に絆されては。
奥様が、旦那様に愛情を持つというのであれば、先に旦那様の方が奥様に愛情を持って貰って貰わなくては。
じゃないと奥様は自分の幸せよりも、旦那様の幸せを優先しちゃうでしょう?
さて、奥様がもうちょっと時間をかけるつもりになったようなので……。
私はそれとなく、メイド長か執事長に話をして、旦那様をやきもきさせようかしらね。
その後しばらくして、奥様が刺繍のモチーフに可愛らしい花が載った図鑑探しているのですが、とでも言えば、「私のでは無かったのか!」と落胆してくれるでしょう。
上げて、下げて、また上げる。
吊り橋効果……じゃないわね。小悪魔テクの方かしら?
旦那様には悪いけど、私は奥様の幸せ優先なので。
最終的には夫婦円満なわけだし。
安心して、一喜一憂してくださいな。
虐められた令嬢は、虐めたメイドと共に嫁ぐ事になりました。 夏木 @blue_b_natuki
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