宇宙髭
赤川凌我
第1話 宇宙髭
『宇宙髭』
性欲生命体
とある生命体がいる。人々の性欲が生命線となっている生命体が。彼はここソーマ帝国に生きており世界から文化遺産扱いをされている。ここソーマ帝国では近頃少子高齢化が叫ばれており若者の性欲もなくなってきている。それ故性欲生命体は日増しに生命力を失っていった。これではいかんとの事で国家事業ということで外国から性欲旺盛な美形の民を移民として大々的に認める事をソーマ帝国の上層部は発表した。そしてソーマ帝国ではポルノ雑誌やポルノビデオの公衆の面前での閲覧、販売が可能になった。帝国の国民の男はよく勃起していた。そしてその勃起を隠すテクノロジーもあったので実際事業は大成功で、帝国の出生率は加速度的に増大した。
性欲生命体は人型をしていた。しかもグラマー美女だ。彼女は自分の性的充足によっても生命力を得たりしたので、よく野外で彼女は輪姦されていた。彼女はセックスを享楽しているらしくいつも気持ち良さそうに笑いながら性行為に耽っていた。彼女は妊娠しない。彼女は無性生殖によってアメーバの如く体細胞分裂をする事が出来る。無論その分裂には10万人程度の妊娠に必要な性欲がいるという研究機関からの調査が出ている。なにやら彼女の体は量子的に非常に複雑な構造をしており、しかも高度な解析力学的アプローチによって彼女の神秘性は十二分に研究者達によって論証された。
ポルノコンテンツには「性欲生命体を救え」なんて広告が淫乱な画像を伴ってよくネットに現れたりした。性欲を汚いものだと思っている人間はそういった世の中の性欲生命体を保護するという名目で自分たちの性欲を自由に開放する事に業を煮やしていた。性欲生命体は非常に性格が良かった。それ故男たちからは好かれたし、レズの女性からも好かれた。彼女は太古から生きていたので知性は豊富である。また知能指数も相当高いらしく、その淫猥な生命秩序からは乖離しているかの如き問題解決能力や思考力を示した。
彼女は運動をかかさなかった。グラマーな体型を維持するためには苦心惨憺な努力が必要なのだ。そして彼女は読書を好んだ。谷崎潤一郎の官能小説が特に好みだった。また彼女は性欲生命体ではあるが、性欲以外の欲求もある。
巷の連中は臆面もなく、淫猥な言葉をよく口にするようになった。性欲生命体がいるとは言え、このままでは帝国の公序良俗は瓦解すると帝国の為政者たちは思っていた。実際この帝国には21世紀の先進国の一つであるソーマ帝国の定めだろうか、段々性欲を隠すような文化が出来ていた。性的少数派への理解から性に関する既存の体系の変革もソーマ帝国の為政者によってなされようとしていた。
フロイトは人間の内部にはリビドーと言われる源がある事を示した。そして性的なものに対する開放性が図らずも帝国の経済に余波が及んだ。ソーマ帝国は世界の覇権国家に躍り出た。帝国を航空機を経由して訪れた海外の青年たちはフリーセックスという事で性欲生命体と交わっていた。なんの遠慮もあったものではない。公然たるセックスはこの性欲生命体を眼前に合法なものとなっていた。ソーマ帝国はずっとこの性欲生命体を保護する政策を取ってきた。
「性欲生命体をうちの国にも寄越してくれないか」各国の首脳からソーマ帝国の為政者にそのような事を言われたりもした。ソーマ帝国の皇帝は君臨はするものの、統治はしなかった。したがって政治や経済、司法、商業などに長けた多くのソーマ帝国の国民が各分野を担っているのである。しかし最終的な決定権、それも重要な決定権は皇帝が持っていた。皇帝は世界の人類の繁栄のためには分裂した性欲生命体の一部を各国に譲渡すべきか。しかし性欲生命体は経済や国力、国家の威信などにも多大な影響を与える。皇帝は様々な専門家たちの意見を聞いて、考えていた。しかし中々決心がつかなかった。そうしている内に性欲生命体を極秘に入手して海外に売りさばこうとする連中が現れた。彼らはアメリカや日本、イスラエル、ドイツなどにその一部を分け与えた。そうするとそれが大問題になった。性欲生命体を販売した連中はソーマ帝国の皇帝の意向により大逆罪で死刑になった。皇帝は立腹していた。
世界において皇帝はソーマ帝国の皇帝ただ一人である。したがって各国の首脳はその稀少さから皇帝をたいへん重宝した。彼の逆鱗に触れるような事は皆自粛していた。
性欲生命体は世界中のどの美女よりも美女であった。彼女はもはや人類文明の宝となっていた。性欲が人類の発展と平和に必要不可欠であることは人々は存分に理解していた。期せずして、性欲生命体の死亡を防ぐための試みが人類全体の存在意義を考える事に直結した。
海外へと販売された性欲生命体は各国の陰謀で秘密裏に保管される事になっているのが通例である。書く国家はそれをひた隠しにした。文書や記録を偽造する事も平然と行われていた。しかしGDPを見れば性欲生命体が渡ったとされる国家はかなり経済的に好調であったから、これはソーマ帝国の労働者達にとって疑義を抱かずにはいられない事柄であった。
世界各国では性欲生命体の美貌や生態系をテーマにした芸術作品も生まれるようになった。性欲生命体は娯楽を通して、世界各国で一般的な存在となった。特に日本では性欲生命体を萌え化したり、デフォルメさせたりしたものを漫画やアニメ、イラストなどで生まれたりもした。日本人は今も昔も非常にガラパゴス的というか、特異な民族性であったため、世界各国からは奇妙な国扱いをされていた。
「あなたにとって性欲生命体とは?」ソーマ帝国の国民が面白そうに日本に行った時に日本国民に質問したりした。日本語は現在において世界で二番目に話されている言語であり、経済的には世界第二位の超大国であった。ソーマ帝国の国民は日本が好きであったし、日本語の習得は義務教育では必須科目の一部となっているのである。「彼女は女神だよ、いや既存の言葉では表現できないね。今や世界中の文化の基盤になっている。それは日本だって例外ではない。非常に人類の発展に寄与する生物だと思うよ。聞くところによると宇宙生物だって話だし、非常に浮世離れした生物だよ。うちの家内も性欲生命体をもし購入できるのなら買いたいと言っているよ。多分今や日本人の文化に密接に結びついているんじゃないかな。俺はそう思うよ」
「彼女は俺が付き合ってきたどの元カノよりも可愛くて美人だ。俺も彼女が欲しいよ。俺の周囲には彼女の大ファンがたくさんいるよ。それに今じゃ、日本人女性の憧れや羨望の的になっているらしいね。彼女のような美貌を保つために台頭した化粧品業界や美容業界があるくらいだからな。彼女って性欲が一定以上供給されれれば不老不死なんだろ?本当にすごいよ」
「私、彼女のオタクなの。彼女の創作グッズは全部持ってるわ。それに彼女は美しいよね。数年前までは日本人の目指すべき女性は韓国人女性のようなものだったけど、彼女は天然で美人だからね。それにニートや落伍者とは違って彼女は彼女なりに社会貢献している。日本のニートたちは見習ってほしいわ」
今や性欲生命体は人類の象徴である。そして世界の男どもを興奮させ、性交をさせたい気持ちを隆起させる、魔性の女である。また性欲生命体は女型の個体しかいないらしかった。性欲生命体は知能が高く、今や世界90か国の腫瘍国家の言葉を話せるらしい。
ノリ弁
日本の東北の方にN地区という地区がある。ここの地区の日本国民は常にハイテンションである。そのハイテンションぶりは不謹慎だが葬式でも冗談を言わずにはいられない気質にあらわれている。ここの地区の国民が他所に移動したら頻繁に移動先の人々からひんしゅくを買う。関西圏の人間よりユーモアのセンスがあり、非常に陽気で友好的な人たちだ。空気の読めないところもあるが、その素直な国民性は海外の人間から人気である。彼らが何故常軌を逸したテンションなのかと問われればそれは彼らの生育環境が影響している。
N地区には新種の機会が西暦2030年から導入されている。その機会とはゴミの燃焼エネルギーをあるハイテク機器で変換して、陽気を生み出し、リモートでN地区の全国民に供給しているといった按配である。何やらゴミを燃焼する時に微細な粒子を活用しているらしく、この機械は実験的にN地区に導入された。図らずもN地区の住民はこの国家プロジェクトの陰謀の犠牲者となっているのだ。何とも悲しい話である。リモートで転送できるのは住民ナンバーで遺伝子レベルで記録されている地域データベースに登録している人間だけであり、つまりN地区の住民だけである。21世紀には日本に度重なる災害、異常気象が相次いで起こった。中国や韓国の一部の半日派は日本に不幸なニュースが起こる度に狂喜乱舞していた。日本人はそんな連中に嫌気がさしており、政治的経済的には有効な素振りを見せておきながら大抵の国民は中国や韓国を嫌忌していた。そういった日本の状況の中でもN地区の住民は気にしなかった。彼らは非常に自己中心的な性格へと変転していた。性格の機会による大幅な改善により、N地区の住民には通底する性格があった。それが自己中心性であった。
今や日本の政府にはN地区の人間がトップに君臨していた。彼はツイッターで炎上させたりしていたが非常に鋭敏な頭脳の持ち主であったので上手く振舞っていた。彼はずっと高貴なポストで職務を全うしていた。多くの彼の同僚は彼の事を非常に気に入っていた。彼のような人間こそこれからの日本に必要だとも思っていた。彼は政治家でもあった。非常に大胆な政策、そして正鵠を射るような慧眼に基づいた的確で常識的な対応で、最初は日本国民は彼の事を非常識な人間だと捕捉していたものの、段々と彼の能力や人柄を信頼するようになっていた。そしてその流れに伴ってN地区の人間は日本の経済活動に必須な存在となっていた。
N地区の住民は自分たちの性格の特異性をフォローするつもりで、多くの勉強を行う取り組みが地区全体で行われていた。今では一般にN地区の国民のハインテンションな弁舌をノリの良い弁舌、略してノリ弁と言われていた。彼らの両親の教育方針が功を奏し、N地区は東京都内の有名進学校よりも多くの東大合格者を叩きだしていた。
N地区の住民の言葉のイントネーションは標準語をベースとしている。しかしその病的なハイテンションにより、他の地域の人間の言葉とは明白な相違があった。N地区の国民は22世紀に入って、日本の中枢を担う改革者となっていた。彼らの肖像は総じて笑顔である。無論彼らにも神妙な表情は出来たのだが、そうするとかなり具合が悪くなるのだ。自分の意に反する行動を取れば異常な程具合が悪くなるのも彼らの特質だった。無論、誰でも自分の意に反する行動をとれば多少精神や身体にも不調が生じる事は多い。しかしN地区の住民はその基準を圧倒的に超越しているのだ。
22世紀にもなると、N地区の国民の中には国際的な学問の賞を多数受賞する事になった。これが事の発端となった性格矯正機械のおかげだと思った日本国民は全体的に例の機会を欲した。機械は500万円ほどしたが、それによって得られる利潤を思えば大した損失ではない。その事はN地区の住民が如実に物語っている。またN地区の住民は機械の影響からか、非常に端整な顔立ちの国民が多かった。日本国民は彼らの美容からも例の機械を欲しがった。そしてその機械は全国津々浦々に分布するようになった。その機会のメンテナンス省のようなものも国内で発足されたようで、日中問わず、その職員が全国各地に常駐するようになった。この機械の存在は既に22世紀には世界中に知れ渡っていたが、国策としてこの技術の流出を未然に防ぐために、優秀なプログラマーなどのIT技術者が多く招聘された。国家の検閲によって例の機械の流出を厳正に取り扱う事も22世紀の日本では常識となっていた。このノリ弁発生機のメカニズムについては既に日本国内の研究者名義で論文が海外に流出している。そのおかげでその発見者および発明者はノーベル化学賞を受賞したらしい。我々素人には分からないが彼の功績は化学分野のそれであったのだろう。
22世紀の中ごろには日本は世界の覇権国家に君臨するようになった。依然として日本中の研究者にはノリ弁発生器の緘口令が敷かれていた。海外にも日本国家のノリ弁発生機の流出を防ぐためにいつも常駐している。世界100か国以上でそういった職員が常駐しているらしい。しかし元となる論文があるのだから、ノリ弁発生器が開発機が発明されていてもおかしくないのだが、日本の国家事業のおかげだろうか、依然として日本以外の国ではノリ弁発生機が製造されていないらしい。
日本国民はノリ弁発生機械のおかげで世界中での日本人のイメージが変わった。またこの機械は日本人の文化的生活や、独自の国民性を変えたようで、日本の至るところでは何やら斬新かつ壮大な機械やオブジェ、建築物などが立ち並ぶようになっていた。それらの物体のおかげで日本は観光業も非常に盛んとなっていた。普通観光で多く稼いでいる国は観光以外では超大国とは言えない事が21世紀までは通例だったのだが日本は経済においても圧倒的な力量を世界中に知らしていた。21世紀には西側諸国の脅威とされていた中国も22世紀にはかなり衰退していた。また日本の衰退を報じる団体の嘘がN地区の国民によって暴露された事で日本国民のメディアに対するリテラシーが指数関数的に高まったので、今や日本人のネットに対する意識は非常に精密かつ知的なものとなっている。日本人のネットへのスタンスというものは22世紀の今現在、多くの国で学ばれ、導入されている。
今は日本人はかなりノリノリな国民となった。そして世界でも控えめな日本人で有名だったのだが、例の機械の全国的な普及によって日本人はアクティブになった。恥という概念の過剰な村長もなくなり、日本人は良い意味で性格的に成長した。今や歴史上のN地区の雄姿を見習って多くの日本国民が学習や研究への意欲を滾らせている。10代で世界を変える大理論を提唱した数学者も日本には現れた。日本には江戸時代から和算などで数学への親しみが文化レベルであったのは確かで、その影響からか日本人の潜在能力は数学で発揮された。また世界的な文学や科学の業績もアメリカやユダヤ人のそれを遥かに凌ぐ規模になっていった。21世紀には日本の終末が盛んに叫ばれていたが、この国家を形作る国民の変化により日本政府は大きく変化した。ノリ弁発生機のない日本地区はもはやなくなった。今やノリ弁発生器はユネスコによって世界文化遺産になっているという。その先駆者となった、機械の原理の発見者、そして機械の発明の技術者にはただただ日本人は敬服するしかなかった。
回転狂い
この世界は回転を中心に生きている。いかなる生物も回転を必要とし、いつも回っている。自転する事もあれば公転する事もある。初めからこうなっていた訳ではない。何やら1000年前にこの世界に神が降臨して、この宇宙の秩序の中枢に回転を据える、と言ったのが事の発端である。18世紀にレオンハルトオイラーという数学者が考えた剛体の理論、特にその中の回転運動にまつわる理論を神はひどく愛好しており、今でもその神にこびへつらう存在は回転しながら彼の前に参上するようだ。とにかく、スピードは様々であれ、この宇宙では回転が鉄則となっており、二次的にニュートンの万有引力やらアインシュタインの電磁的慣性やらが伴うというのだ。神は人間界に降り立った時、人間界の血液型占いなどの通俗心理学や、既存の学問の学説を否定した。全知全能の神が言うのならそうだろうという事で、神が否定したものは人間たちによって軽んじられるようになり、徐々に衰微していった。飛行機などの航空機はユーフォ―のように回転しながら飛ぶようになったし、回転を中心にした新たな力学体系も生まれた。その論文は製作者が回転しながら学会に提出したという。また回転を利用した料理も生まれ、回転を利用した日本文化も生まれた。回転の情とかいうやつだ。この日本文化はもう結構長く続いているし、宇宙の法則が変わらない限り廃れることはないだろう。宇宙の法則が書き換わった事により宇宙に生息する現存生物は全て回転しても嘔吐しないメカニズムに変更された。外科手術も回転しながら受けられるものへと転換した。
「もう嫌になるわ。こんな現実、さっさと死んでしまいたい」回転する小娘はそう自分の恋人に言った。この小娘のように回転を要する世界で病む人物も生まれてきた。彼らはネットで「こんな生活、頭が狂いそうになる」と言っている事が多いらしい。この小娘も例外ではない。「やまない雨はない。きっと慣れてくるよ」宇宙の秩序が急速に変わったのだが、それまで生存していた連中の過去は変わらない。先ほど私は宇宙の法則の変化に伴って生物のメカニズムも変わったと言ったが、以前の生活を引きずるものも多かった。そういった連中は大抵自殺したりしていた。そして現在22世紀では大多数の旧型人間が死滅し、回転法則に不平不満を抱くものはひっそりと消えていった。それでも前世の因縁だろうか、何らかの因果だろうか、この小娘のような自殺志願者が出る事もあったのである。
「だっておかしいじゃない。私たち、回ってばかりで落ち着く時間がない。日本文化の禅でさえ回りながら精神を安定させる事を念頭に置かれているから真の意味で安らぐ事はない。生きづらい世界よ、こんな世界は」彼女のような人間は注意喚起・静謐性障害と現代医学では呼ばれている。これは22世紀以降、精神医学会がつくった精神医学マニュアルに新たに付け加えられた障害である。これは発達障害の一種である。この障害を持つ人間は現代において非常に生きづらさを感じていた。この障害を持っている人間は当人が星人を過ぎている場合、生活保護が自動的に支給される。これは器質的な異常で、神によると多くの創造の中では奇形も生まれる、との事であった。確かに遺伝異常で生まれる貴兄の生物が生まれるのは自然の摂理だ、一見理にかなっているように思える。しかしその言葉を聞いた時、日本人の一部は神に不信感を抱くようになったのである。この神は現在宇宙の秩序を司っている神ではあるが、最初に生命を想像して、DNAや塩基配列、素粒子を創った神ではない。神の中では新参者とされている神である。その神は世襲制によって現在の地位に上り詰めたようだ。
流石に山などの風景は回転する事はなかった。したがって、人間は自らで製造した回転用のカメラでこの慌ただしい世界における風光明媚を写真に収める事がもはや文化の一部となっていた。この宇宙の秩序が変わって以来、世界では皆が仲良くする事にした。紛争やら戦争やらの諍いや齟齬は現在の目下の問題を解決してから、との事らしかった。世界回転機関は国連加入の全ての国家が参加している。この機関の本部は常に回転している。どうやら下にコマの先端のようなものがついているらしい。この宇宙の万物は決して回転しながら倒れる事はない。ずっと回転可能であるように、その軸の部分には絶対的に覆されない原理が作用しているのである。
この軸の力を応用させて多くの国には新たな発電機関が開発されたらしい。世界各国の技術者と研究者が徒党を組んで、その中心にいるらしい。とにかく、神の降臨依頼、世界は一丸となるようになった。これは日本人の内向的な政治概念を根本から覆す原因にもなったのである。かくして世界は多様な人種や文化があれど仲良く過ごせるようになった。内心では憎くてしょうがない相手であれど、協力しない限りは自分の子孫や関係者などの生活や、最悪生命さえも危うくなる事を彼らは危惧したのだ。
人類の危機は協力によって実現された。この世界情勢はまるで日本人が災害に相対した時に一丸となって対処する様相と似ていた。
回転が結束を生む、とは皮肉な事である。車などの両輪のように回転の中心部に集わないと遠心力で吹き飛ばされてしまうのだ。神の降臨と、その神の変態的な理論への愛から宇宙の秩序は変わった。
「でも、なんとかしないといけないな。回転に抗する発達障害を遺伝子の面から解決できないだろうか。現在その障害に苦しんでいる人にも何か機械や人などのサポートでストレスフリーに生きられないだろうか」「遺伝子のレベルでは既に世界生物学機構の研究者たちが研究しています。回転に関わる、新たな元素トリトンと回素の長期間にわたる患者への投与が有効であるとの研究結果が既に報告されています。これを多くの人間に適用するには国民の税金を使うしかないと思うのですが」会議の列席者である彼らは真剣に、今後の人類の事を考えていた。これまで科学が飛躍的に進んだのは事実である。特に21世紀のネオ産業革命とネオ科学革命は人類文明に長足の進歩をもたらした。新たな元素、トリトンと回素も発見されたのち、万物を記述する方程式もとある数学者兼自然科学者によって発見されていた。
22世紀2月某日、遂に回転に関する発達障害への治療薬が生まれた。これは製薬業界と、あらゆるホワイトな団体たちがタッグを組んで実現した前人未到の快挙であった。そして例の新発達障害者は激減し、2162年には遂にその発達障害者の数が統計上ではゼロ人になったらしい。これは人類にとっては大きな一歩であった。人類はこの秩序の改定に伴い、それまでよりも遥かに協力の大切さや人類一般に花開いた新たな文化を養う事になったのである。
「この話はね、ノンフィクションなんだよ」鷹揚そうな恰幅の良い男性がそう言った。無論回転している事は言うまでもない。「我々は絶えず回転する事で新たな次元の運動を獲得したのだ。本当に人類にとって大きな一歩に違いない」「今私たちが太平無事に済午後しているのもそういった先駆者や闘士がいたからなのね」「そうさ、だから昔の人がどれだけ原始的に見えても彼らの泥臭い努力がないと、後の未来もない。わしらは、そういった人たちに感謝しないといけないんだよ。この墓場に埋葬されている回転黎明期や回転以前を生きた旧人類にも感謝の念を捧げよう」墓場に墓参りに来た一同は合掌した。
恐怖専門学校
この恐怖専門学校は日本のとある地に鎮座している。この学校では殺人フィルム、俗にいうスナッフフィルムや犯罪心理学、奇形、グロ、汚物などによって生み出される恐怖について学ばれている学校である。そのような異常な勉強ではあるものの、教師や学生は非常に良識がある。彼らは「当然自分たちが関わっている学びが世間的に嫌忌されるものである事は百も承知です。我々は大衆を恐怖させるノウハウを学ぶのではなく、恐怖を利用した詐欺などの対策を学ぶのです」と異口同音に言う。学生たちには健全な精神状態と善人の指向性が求められており、入学の際の筆記試験から学校での毎朝のホームルームで学生のメンテナンスが学校の教師によって行われている。恐怖学と呼ばれる学問が彼らの勉強、研究領域である。
少しでも学生や教師に異常な動向が見られれば即座に対応策が職員会議で寝られ、犯罪を未然に防ぐ事が職員たちによって実施されるのである。またこの学校に関わる人間のネット活動などのあらゆる行動が既に22世紀に出来た監視生活カメラによって点検されている。無論入浴や睡眠などの人に見せられないところは撮影免除の権利が彼らには保障されている。彼らにも当然それに即した覚悟が出来ているのである。彼らは菩薩のような精神を持っている。そしてキリストのような善の魂を持っており、入学の前段階には宗教学の知識や知恵も試験される。恐怖専門学校の倍率は日本の最右学府、東大のなんと10倍との事である。まだまだこの学校の特異性から他の日本人からの偏見も多い。固定観念もある。しかしそのような夾雑物を払拭すべく、毎日この学校の広報職員やら、とにかくスケールの大きい集団が血眼になって、多くの活動を行っている。彼らの努力が功を奏したのか、世間では恐怖専門学校に対して良い印象を持つ人間も増えてきた。
聞くところによると恐怖学の学校が設立されたのは世界初、そして日本初であるようだ。この学校のメンツはそういった事もプライドとしていた。彼らは自分たちが第一印象はもしかしたら良くないかも知れないけれども、自分たちが世界の先頭を進んでいる事に内心責任や自信も感じていた。この学校は設立から10年も経たない内に多くのギフテッド達や発達障害達、精神疾患者達が入学したり、OBとして社会で活躍したりしていた。狂気が狂人を引き寄せるのだろうか、そのような偏狭な説を唱える輩もいたが、いまだその原理は解明されていない。今後の研究に期待である。
この学校のおかげで、日本人は多くのものを物怖じしなくなった。この学校の研究成果は恐怖学における燦然たる勃興期となった。いつの間にか多くの海外の交流員がこの学校を訪れるようになっていた。海外では恐怖専門学校のような学校を創ろうという運動が各地で行われているらしく、特にアメリカでは財団がその学校設立のために設立運動に多額の資金を投入しているらしい。「日本の恐怖専門学校のような学校が必要である。性的倒錯者や犯罪者、犯罪者予備軍を、入学の際、科学的に排除する構造、そして学校そのものの新開拓的な活動も非常にリスペクトに値する」というのが恐怖学の学校を設立する為に孤軍奮闘する人間の常套句であった。恐怖学は成立してからまだ歴史が浅い。それにこの学問を学ぶにはどんなショッキングなものにも動じない強靭なメンタルをひつようとするのである。
私は日本の一般人にインタビューをしてみた。次がその記録である。私はある20代の男の若者にインタビューをした。「あの学校は天才たちの秘境だよ、巣窟だよ」「何故そう思うのですか?」「なんでも入学の際には心理検査が行われて、IQが145以上の人間で、かつ精神的に屈強さが示されれば入学されるらしいね」どこからそのような情報を得たのだろう。精神的な屈強さの試験はあるがIQについての事は聞かない。しかしそれほどまでにこの学校の在学者、卒業者たちが日本社会において様々な方面で活動しているのは事実である。彼らの知見や能力は恐怖学とは一見無縁に感じる部分でも多分に応用されており、その素養は一般人のそれと違って圧倒的にエリート然、天才然としている。入学の際のIQテストはないが、実際入学者、在学者、卒業者のIQは調査によると大抵150代であり、145未満では絶対に無いようである。また彼らは海外の有名大学への3年次での編入学が公式に認められており、恐怖専門学校の卒業者は皆歴史上の偉人のような風格や能力を持ち合わせているらしい。
ある中年の男に私はインタビューをした。「多くの技術があの学校の関係者によって考案、発明されているらしいね。現代人は孤独で怖がりな人が多くて、それは閉塞した社会や環境にも責任の一端はある訳だけれど。本当に彼らは日本の一般人にとっては雲の上のような存在だよ。世界的な注目度や実績で言えば日本のどの大学よりも傑出しているらしいし」「でも肩書は専門学校らしいですね」「それもかりそめのものさ。実際恐怖専門学校は大学よりも上の超大学のような名称が必要だと思うね。まだまだ世間では恐怖によって搾取され、支配されている不憫な人間が多い。そういう現実的な観点から見れば彼らのような存在はこれからの世の中、絶対に必要な善なる存在だと思う」「恐怖学を学ぶ学生、或いは学んだ学生を善だとするのは何か違和感を感じませんか?」「確かに字面から言えば皮肉かもな。でも事実として彼らが今の日本や世界を変えてる。彼らの社会人としての平均年収は9000万だって統計もあるぜ」
関西の中年女性に私はインタビューをした。「あの学校の人物は皆良い子やよ。ほんまに優しい子が多くてね。常識もあるし、恐怖学なんて字面が何だか怖いけど、それも皆恐怖を利用した詐欺や陰謀やプロパガンダの研究を行って、その研究結果も日本でも世界でも生かされてる。最初は恐怖学の学生ってどうなの?って思ったけど蓋を開けてみれば恐怖学を専攻する学生こそが本当に優れた人格と能力の持ち主であることは疑いの余地ないわ」「あなたの職場にあの学校の卒業生がいますか?」「おるよ。中には中退者もおるけど、その中退者でさえ、教養も深いし、良識も持ってる。ちゃんとした自分の哲学や意見、スタンスも持っている。あの学校の関係者はほんまに優秀な人らや、ほんまに彼らは日本を代表する豪傑やわ」「私もあの学校の卒業者ですよ」「やっぱりね、どこかそうだろうなとは思ってたわ。君、本当に頭よさそうやし」
皆恐怖専門学校の事を大絶賛であった。この学校の卒業生は医師免許や司法試験に合格した人物も相当いるようだ。今や彼らは大袈裟ではなく、多くの日本人の羨望の的になっている。恐怖専門学校の入学のための塾や精神修養学校のようなものもあるらしい。指導者は恐怖専門学校の関係者であり、その学校の事を良く知っている。学校の大きさはかなり巨大になって広さは2つのキャンパスを合わせて東京ドーム5個分である。ほとんど海外の大型公園を彷彿とさせる大きさである。
「恐怖は悪用するものではない。恐怖そのものは立派な研究対象である。世の中の悪辣な連中はこの生物の本能に訴えかける恐怖産業の影響を被っている。それに対して私たちなりに画期的ないしは有効なアプローチをやっていけたら良いなと私たちは思ってます」
即席メンヘラ
前川凌也は統合失調症患者である。彼は周囲の陰謀によって統合失調症になった、いわば作られた統合失調症である。彼は高校時代、深刻ないじめを受けていた。彼を救うものは誰一人としていなかった。また周囲の凌也に対するヘイトが高まった末、彼を精神病にしようという陰謀が提起された。彼のような脆弱な精神を持つ人間は即席的にメンヘラに出来ると周囲は捉えていた。彼が障害に喘ぐ様を想像するのは嗜虐的ないじめっ子達にとってはメシウマであった。まず彼らは彼が悪口を言われるよう、彼の誹謗中傷を行った。そしてありもしない捏造写真をでっちあげ、彼は醜いルックスであると言いふらして回った。彼らは彼に対して日常的に「きもい」「死ね」などと言っていた。彼が弱っていくのは目に見えて明らかであった。その事が彼らにとっては勉強で好成績を取るより愉快でたまらなかった。彼らを非難する人物もいた。しかし彼らは凌也への迫害を辞める事はなかった。
ある日彼が心療内科に通っている事を彼らが知った時、天にも昇るような気持だった。あの憎き凌也が精神を病んだと思えば、どんな苦労も一瞬で吹き飛んだ。彼らは特に凌也に何かされたわけではない。ただ言動や端整な彼のルックスが癪に触っていたのである。 彼はある日を境に高校に来なくなった。彼らは表向きにはただの優等生であり、自らの論理的思考能力には自信を抱いていた。彼らは凌也のいない学校が非常に心地よかった。いっその事、男女ともに人気だった彼の人生がめちゃくちゃになっていく過程を見たい気持ちだった。彼らは邪悪であった。そして凌也に言った悪口を彼がこれは幻聴だ、これは被害妄想だ、と合理化して曲解するのを見るのは彼らにとっては甚だ悦楽であった。
凌也は高校を退学する事を視野に入れていた。友達と思っていた人物からはこっぴどく突き放され、癒されるどころか、さらにその友達からも罵詈雑言を言われていたのである。踏んだり蹴ったりである。凌也は頭が良かったからそのいじめが表面化するまでの間は学校でもトップクラスの優等生であった。
彼をいじめている連中の中には自分の好きな男子生徒が凌也の事を好きだという事を知っていて、その事に非常に腹を立てていた。彼の一種独特の眩しさが彼のいじめっ子達の反骨精神や迫害意欲を多分に燃焼させていた。彼は高校教師に自分のいじめを訴えたが、診断名として統合失調症という病気がついている以上それが現実かどうかは一切分からなかった。またいじめの更なる燃料投下を防ぐべく、彼はあまり大掛かりな経穴方法を試みなかったし、唯々諾々と教師の大胆不敵ないじめ対策に賛同する事はなかった。彼はいつも辛気臭い顔をしていた。そんな顔をして校内を歩いていると、あの顔で女子をつっているのだ、と馬鹿みたいな類推を男子生徒からされたりもしていた。
凌也は向精神薬でイケメンからかなり太った。彼はほぼほぼ中背であったが体重が増えた事によりデブ扱いされる事も少なくなかった。彼へのいじめはいじめっ子達が飽きたのか、はたまた彼の目立つまいとする意識のおかげか、ややましになった。しかし一度出来た彼の心の傷は中々癒えなかった。彼の性格は極めて内向的になり、いつもぼそぼそと喋るようになったのである。もはや誰も彼に近づかなくなった。その事は元いじめっ子達にとっては会話の肴になっていたのである。
凌也の精神的不調は大学時代にも尾を引いていた。彼はずっと嫌な思い出、迫害やいじめの思い出のフラッシュバックに懊悩していた。当然アルバイトや勉強なんて手につかなかった。それでも彼は元々知能が高かったので何とか四年間で大学を卒業できた。統合失調症の大学生は休学したり、退学したり、何年もかかって卒業する事も全然珍しい事ではないのに、凌也は懸命に頑張り、自分の実力をつけて卒業した。凌也は学校の勉強は嫌いで不振だったが独学は他の追随を許さないずば抜けた才能を開花させた。彼は数学と自然科学の研究をした。そして後の世紀に偉大な発見とみなされる事になる大発見を7つもした。彼は即席メンヘラであったが、その障害に屈することなく自分の仕事について功績をあげた。大仕事である。
彼の恐るべき、畏敬すべき才能や知能に比べれば、精神障害なんてものはほんの軽薄な、即席のものである。誰しもこういった即席のメンヘラになる危険性を抱えている。しかし人間はいつでも自分自身を偽り、その大部分は周囲に平気な顔を見せている。
凌也はよく体調を崩した。職場もその体調不良で休職した事もある。しかしそれでも彼は生きる事を辞めなかった。まだ彼に恋人は出来た事がない。彼は若く、美形の顔つきに戻っていた。しかし彼はかつて統合失調症を発症するまでの高校までで受けたような称賛を異性からもらうことはなかった。勿論これは単に凌也が他人と関係を持ちたがらず、どのようなネットワークからも隔絶された生活を送っているからであった。人間は取得する情報を選ぶ権利がある。彼もその御多分に漏れなかった。彼は天才であったが自分の見たいものだけを見ていたのである。彼は客観的に見れば孤高だった。精神病の持病を考慮しても孤高な人物であった。むしろ統合失調症である事が彼自身の濃いキャラクターを演出させるための布石になっている事も否めない。
即席メンヘラ、彼はいじめなどの複合的なトリガーによって統合失調症を発症した。しかしこの病気は100人に1人あたりがなる非常にポピュラーな病気である。誰しもなる可能性はある。いじめっ子達のあては外れた。当然凌也は凋落し、生活すらもままならなくなり、自滅していくだろうといじめっ子達は思っていた。しかし某日いじめっ子達の一人は現在の凌也の状況を知って、凌也が凡人である自分たちを遥かに超越した天才となった事を妬んだ。彼らは今でも凌也のあることないことを饒舌に吹聴して回っている。しかし彼の言葉の奔流はそのようないじめの体験ですら昇華させている。大局的に見ればいじめっ子達は負けたのである。負けたどころか、彼らは自分が凌也のいじめっ子であったという事が有志の調査によって発覚し、今現在糾弾されている。彼らは臆病なのでSNSのアカウントを削除したり、出来るだけ目立たないようにして現在生活をしている。かつて凌也が体験した屈辱を彼らは追体験しているようであった。
皮肉な事である、自分のした悪い事が偉大な存在の前では全て自分に罰としてふりかかっている。今や彼らは高学歴ではあるものの、一筋縄ではいかない世の中のうねりに負け、ニートに近い生活を送っている者も少なくはない。そして彼らの一人は精神疾患になった。奇しくも診断名は統合失調症であった。自分勝手な都合で他人を攻撃したり、誹謗中傷したりすることの愚かさはここに極まれり。
凌也は今、元気に生活を送っている。統合失調症の後遺症で人と関わる事が非常に疲れるし、視覚過敏でサングラスをしないと生きてはいけないが、それでも何とか生活が出来ている。凌也は最近ダイエットと食費節約のため夕飯には豆腐と卵焼きを食べている。昼も少ない量である。人間の精神は彼の食する絹ごし豆腐のように気づ尽きやすく繊細である。どのようないじめっ子にもその根本には心の弱さがある。心に弱さのない者に悪事は出来ないのである。
未来しか写せないカメラ
そのカメラは非常に高性能なカメラだった。それは未来のみを写すカメラで四次元の位相幾何学的効果を機械内部の像に浮かび上がらせるのがこのカメラんの原理である。この一風変わったカメラは日本各地で普及した。そして様々な場所に行ってはその未来を写し、撮影する人々が現れた。例えば、大学構内だとか、道路だとか、駅だとか、肉眼で確認できるものとは違った世界が人々によって確認されていた。無論未来と言ったって数秒後、数分後などではなく何年後とかのスパンである。また美人やイケメンの顔面もそのカメラで撮影して「美女やイケメンであれど、数年後の姿はこれか。美女は年増だし、イケメンはデブの禿だな。栄枯盛衰、盛者必衰、爽快な事この上ない」と見るからに陰湿そうなチビの少年が言っている事も珍しくなく、ネットではそういった活動が殊更顕著であった。このカメラは瞬く間に世界中に普及した。このカメラを使用してその活動は様々な技術開発や占い、国勢調査、選挙などの糧となっていた。本来は国民の娯楽のために開発されたこのカメラであったが、その応用力の高さから現代では仕事に使用される事が多くなった。またこのカメラの悪用可能性に気づいた連中は豊臣秀吉の刀狩のようにカメラを回収するようになった。
このカメラの発明は日本の技術者によってなされていた。今やその発明家はノーベル級の莫大な資産を取得するに至っていた。このカメラの成立はこの世界において未来を変更させる可能性が現れた事を意味する。人々は恣意的に未来を変える事が出来るのだ。人々はもはや失敗などは犯さなくなった。そのカメラの余地があるからだ。このカメラは最大100年後まで見渡せるようでその時代に即した革新性はロバートフックの顕微鏡並みのものであった。この機械はたちまち小型軽量化され、民衆の手に渡りやすいよう製造、販売されたのである。しかし前述したように未来カメラ狩りのようなものの政府の取り決めがあって、今現在は一家に2台以上持つ事は許されなかったのである。
家族旅行の記念写真で集合写真にこのカメラを使うと稀に祖父母がいなくなっているという事態に発展する事も多く、それ故死さえも例刻に映し出す悪魔のような機械と言って、多くの人々に忌避され、またスピリチュアル関連の仕事を行うものもこの機械のおかげで専売特許であった未知なる世界の地平が明瞭に指し示されたせいで自分たちの収入が激減する事もあった。
子供の成長度合いを見る意味でもこのカメラは使われた。このカメラは外見は普通のカメラと大差はない。それ故、普通のカメラと称して使用する事も可能である。子供たちの20代になった時の身長をこのカメラで見る大人たちは低身長で細いパッとしない男の子も20代の頃には屈強な長身になっている事を確認し、人間の発達の素晴らしさを彼らはしみじみと考えるようになったのである。この発明はとにかく画期的だったのだ。このカメラの製造に使われる技術は人類の様々な機械に転化、応用されることとなった。
22世紀、世界中の多くの国が先進国から多くの技術を導入した。そして多種多様な事が可能となった。交通インフラもほぼ全ての国で21世紀の日本並みの充実度を持つようになったのである。もはや22世紀のこの世界において、事実とは言えど先進国、後進国という呼称も撤廃された。22世紀にはほぼ全ての国が21世紀に様々な権利整備がなされた事、そして科学技術の長足の進歩により人々の生活多く変動した。もし中世や近世の人々が今の私たちの姿を見ればきっと驚いて絶句する事不可避に違いない。
未来カメラの開発において、その研究に携わった人々は「閃きが私の五臓六腑を駆け巡り、次の瞬間に私は多くの景色を明瞭に俯瞰できるようになった。同僚の研究者も私の研究を聞いて、これは素晴らしい結果を生むぞ、思った。しかし同時にこの技術は使い方次第では第三次世界大戦になりかねない、と思った」と日本の雑誌のインタビューで答えている。この製造過程を発見するにあたった技術者とこのカメラの原理を発見した研究者とは別の人間である。このインタビューは製品製造の技術者ではなく、この原理を発見した佐川という研究者が答えたものである。このカメラの未来予知度を表す指標は佐川という単位が使用されている。したがって1佐川とか2佐川とか言われる訳である。
文学にもこのカメラの存在は大きく貢献した。文学者はSF小説と称して各地を転々とし、小説の材料を現実の物体を未来カメラで写し出す事によって得る事となったのである。
そして未来へのフォーカスは現在という時制の軽視へとつながった。人間たちは未来は現在の努力の末でなりたつと考えていたが、人間の怠惰性が人間そのものを支配するようになり、今では完全に未来の事であっても、未来カメラ任せに行動するようになった。今や未来カメラは携帯に次ぐ、人類を依存させ、猿にさせる物体となったのである。
人間失格。人間は現在においてもはや七転八倒する事もなくなった。そして努力もなければ成長もない。多くの子供は甚だしく未熟な状態で社会に放たれるようになった。彼ら子供は傲岸不遜で、気宇壮大な大人になった。年功序列が支配的な日本人はニューじぇんレーションの物言いが癪にさわっていた。多くの人間は若い世代を嫌うようになった。若い世代は何を考えているか分からない、短絡的だ、との声も日本社会や世界ではよく言及されるようになった。
国民総猿化現象、専門家やネット社会では人類の現在の有様を見てそう言う声が非常に猛々しく勃興し始めた。人類の中には農耕生活に戻ろう、便利な機械や科学技術に頼るのではなく、人間は一旦自然に帰る事で本来あった煌めきを取り戻す事が出来る、と主張するネオプリミティズム思想などが生まれるようになった。また21世紀以降から急激に成長した日本の哲学思想はこの22世紀の未来カメラを筆頭とした科学技術によってもたらされたパラダイムシフトへと向けられ、発達していった。
恐怖や不安さえも人間は予知しだすようになった。彼らは超能力を持っている訳ではないが、異常な程の発達を遂げた科学技術はもはや超能力のそれと大差がない。今や人類は地球の生物的序列の頂点に君臨し、悠々自適な生活を送るようになってきた。科学技術を活用し、独自に仕事を始めて成功する者もまばらに出てくるようになった。
「おい、お嬢さん」ある男が繁華街を歩く長身の美女、凌奈に話しかけた。「何かしら?」「あんた巷で有名な未来カメラの社長令嬢だろ?次のあんたの父親の会社の製品はどういうものか教えてくれまいか」「企業秘密なのでそれは無理だわ。でもただ朧げに教えておくと、きっと衝撃を受けるような、人類の生活を一変してしまうような製品が目下製造中よ」凌奈は男に向かってウインクした。男は忽ち赤面した。凌奈は現代日本を行く奔馬のような存在であり、親の七光と言わせまいとする彼女の強い意志により、彼女は大人になる頃には学業優秀、品行方正、聖人君子の女性となっていた。
「まさか科学技術にここまでの力が秘められているとはね。文系の連中は悔しがっている事でしょうね、この理系の大発明を見て。しかしこれからの社会、理系と文系が互いに手を取り合って弁証法的に自分たちの世界を創っていかなければならない筈よ」彼女はよく彼女の友達にそう話していたという。
猛禽人間
出口綾乃は猛禽を彷彿とさせる少女である。彼女の目は聡明でいつも燦然と輝いており、のみならず小柄な体躯で多くの鑑賞者を恍惚とした感じに至らせる事も多かった。彼女の両親は長身である。彼女は14歳だというのに初潮もまだ来ておらず、女性らしい体でもなく、細身であった。彼女はきっと20歳になるまでには長身になる事だろう、実際彼女の両親は彼女の身長についてはさほど心配していなかった。彼女の父は20歳を過ぎて巨人と呼ばれて憚られない程の長身になった。彼女の母は彼女の夫と同様の待遇を得るようになったのは19歳からであった。多分自分たちの娘も身長については晩熟だろうと彼らは思っていた。綾乃は猛禽を思わせるルックスをしていたので周囲からは「猛禽ちゃん」だとか「ふくろう」だとか言われていた。彼女は猛禽を好んでいたのでこう言われる時には上機嫌になる事が常であった。
彼女は他人の感情の機微を察する事に長けており、人との会話の際には全員が良い思いを出来るようによく斟酌していた。彼女が参加する会話は一度の例外なく、皆平和的な状態であった。それ故彼女は平和の女神とも称される事も多かった。
彼女は性的な事柄について寸毫も関心を見せず、その愛らしいルックスから男子生徒の妄想の対象となる事も多かったが、彼女はそのような男子たちを非常に毛嫌いするようになった。
中学校ではよく彼女の書いた文章が掲載されていた。見る者の感性を引き立たせるような文章で、彼女の文体や独特の哲学は校内生徒全員の模範であった。彼女は自然科学の本も14歳の頃から読むようになった。よく校内ではダーウィンの『進化論』やニュートンの『プリンキピア』を読んでいた。また微積分も中学在学中に彼女は身に着けていたらしい。彼女は科学史にも魅了された。自分の研究に没入し、現実世界では無能だった科学者の伝記を見て、圧倒的な才能の前ではずぼらな行動も許容される、と彼女は考えるようになった。またアイザックニュートンの肖像画を見て、綾乃はニュートンに一目ぼれをした。ニュートンはイギリスではイケメン扱いされているのか、もしかしたら自分は下手物ではないか、と彼女は思ったりもしたがやはり綾乃がニュートンの事を好きなのは間違いがなかった。真実を見通すかのような強靭な意志の宿ったニュートンの目、そして古典力学ないしはニュートン力学の一大理論を築き上げた彼の業績。綾乃はニュートンの事を思い、周囲の有象無象の男子たちとは次元の違う印象を彼に持っていた。無論ニュートンは故人であるから叶わない恋ではある。そう思いながらも彼女は中学在学中に大量の本を読んだ。年間500冊は誇張抜きで読んだのである。
彼女は中学校で一目置いている生徒がいる。彼の名は宮島祐樹という。彼は何か光るものを持っていた。ユニークな性格で、加えて部分的だがずば抜けた学問における才能を彼は遺憾なく発揮していた。彼は周囲の生徒が理解できないような数学の証明をやって見せた。教師連中は彼の証明を見て非常に驚嘆したと言う。また彼は授業で取り扱った裁判についての推理ビデオで犯行全てを解き明かし、その後の裁判の結末までをも予知した。彼の抜群の論理的思考能力、記憶力などは周囲の大人たちの舌を巻くほどの代物であったのだ。綾乃はそんな祐樹に無意識的に注目するようになり、その思いが次第に恋心に変わっていった。
しかし祐樹も性的な事に関しては無関心で仄聞するところによると彼は14歳までにマスターベーションを一度もしたことがないという。男は狼ばかりだと思っていた綾乃はこの事に非常に衝撃を受けた。そして彼の存在は綾乃の希望を涵養させるものにもなった。まだまだ世界には驚きが満ちている、綾乃は彼との邂逅の後に、そう思うようになった。
彼女は県内一の進学校に進学した。図らずも祐樹も彼女と同じ学校に進学した。綾乃は勉強の得意科目もどこか祐樹と似通っており、成績も優秀だった。その学校で、彼女はよく哲学書を読むようになった。哲学は万学の祖であり、哲学を極めればすべての学問を熟知し、支配できるようになると彼女は思っていた。彼女のお気に入りはイギリス分析哲学のヴィトゲンシュタインや功利主義のJ.S.ミルであった。勿論彼女は古代、中世の哲学も勉強した。思えば教えてもらう人もいないのに、よく大量の哲学的知識を身に着ける事が出来たものだ、と思える程彼女は哲学について博識になっていた。
彼女の友達はよく彼女が豊富な知識をひけらかしていたので彼女の事を博識だと思っていた。県内随一の進学校であるからその学校の生徒もレベルが高い筈である、しかしながらそんな生徒を持ってしても綾乃の才能は一際目立つものであった。彼女は高校在学中にある数学の大理論をつくった。それは後の世界において科学や数学の基礎とされる大理論であった。彼女もその事を分かっており、その理論の応用可能性を元の理論自体と合わせて論文にまとめた。その論文は誰にも理解されなかった。反駁も反駁になっていなかったので誰も彼女の理論を理解していないのは明白だった。彼女は説明を非常に煩わしく感じており、自分の理論を理解できない連中に頑張って説明するのは時間の無駄だと考えていた。天才特有の孤高性である。
彼女は異様な天才的な彼女の経歴とは対照をなすように非常に明るく、友達の多い人間であった。彼女は高校在学中に6人ほどの男と付き合った事がある。しかし彼女は彼らの通俗性や愚鈍さに辟易とし、彼らをリスペクト出来なくなり、結果として破局するというケースがもはや数か月に一回、恒例のように行われていた。
彼女の大きな目はどこか見る者に恐ろしさを感じさせる。しかも彼女の場合、それは見掛け倒しの恐ろしさではなく有り余る彼女の才能を知る者はその内面にも恐ろしさを感じていた。彼女の恐ろしさ故、ちょっとした彼女へのいじめや迫害もなされたりしていた。しかし彼女はそういった取るに足らない事をする有象無象達を内心見下しつつ、相手にもしなかった。
高校時代の彼女の教師と彼女の母親と彼女との鼎談、進路に関する鼎談の記録が彼女の出身校には残されている。その一部を我々は公開する。
「出口さんは進学するの?就職するの?」彼女の担任の若い男性教師はそう言った。「私はどちらでも構わないですよ。好き勝手に研究して、社会貢献できれば、特に肩書にはこだわりません。今までも私は様々な論文を書いてきてその応用性は無尽蔵なものです」「娘さんは家ではどうしていますか?」「綾乃は学校の勉強や友達とのおしゃべり、そして何やら難しそうな数学、自然科学、哲学の研究をして論文を書いています」彼女の母親はそう答えた。「私の論文は今はまだ誰の理解も得られていませんが、世界や人間の思考体系を180度変えてしまうものです。有体に言えばコペルニクス的転回と言ったところでしょうか」「出口さんは数学教師の山田先生から君の才能を褒められているらしいね。職員室でも山田先生、出口さんの事を褒めているよ。君の良き理解者と言ったところかな?」「私は好きな科目ばかりに熱中しています、先生も知っていると思いますけど。数学、英語、科学のみです。国語の成績なんかは頗る悪いです。文学はよく息抜きに耽読しますが、読解力がないみたいで、非常に困ってます」「確かに君の数学と英語と科学の成績は全校生徒の中でもナンバーワンだね。天才というものは全てを満遍なく出来る人間ではない。能力に著しい偏りがあるのが天才の常だから、君はきっとこれから開花すると思うよ」「ありがとうございます」
記録によると綾乃の大きな猛禽のような目はこれから自分が起こす革命を夢想してか非常にギラギラしていたという。
量子の刃
23世紀、人類文明は世界大戦で多くの損害を受けた。もはや各国の首都はほとんど機能しなくなり、暴力団の亜種のような連中がそこら中を縦横に駆け回り、強奪や悪逆の限りを尽くすようになった。日本ではそういった連中を取り締まるべく、特殊部隊が設立された。戦闘の特殊部隊である。彼らは銃などの近代装備を使っていたが、量子剣という剣も世界随一の研究者たちによって製造されていた。彼ら特殊部隊は今日も日本中を駆け回っている。この部隊は公安直属の舞台であり、善良な市民の血税が利用されている。
とある日本本州にて。「おらおら、命が惜しけりゃ金を出せ。女も出せ。俺らの種を振りまいてやるからよ。ぎゃははは」「ひいっ、お助け―」暴力集団はここ本州でも悪事を働いていた。彼らにとって悪事を行うのに朝も昼も夜も関係がない。彼らは恣意のままに暴力を行っているのである。「そこまでだ!」「誰だ」何やら現代アートらしい剣を持った人物が彼らの前に現れた。「我々は公安直属特殊部隊ZEENだ。悪事は絶対に許さない」特殊部隊の一人は暴力集団にきりかかった。暴力集団の装備はなすすべなく破壊された。彼らは銃を剣の男に向けて撃ちまくったが、この特殊な剣はなぜだか残像のような光をあちらこちらに放出し、銃弾全て男に当たらなかった。「なんなんだよ、その剣は。畜生」「これは量子剣だ。お前らのゾウリムシ程度の頭脳では分かるまいが万能の剣であり、ZEENの特殊装備だ」「畜生っ」暴力集団の一人が男を殴りかかった。しかし次の瞬間殴りかかった男は次元の歪みのようなものを伴ってどこかに消えていった。「なんだあれは。たまったもんじゃない。正攻法じゃあいつに勝てない。ここは退散だ。野郎ども行くぞ」しかしそんな暴力集団をZEENの男は許さない。「待て。俺はお前らを殺しに来た。逃がすわけには行かないな」ZEENの男は邪悪な微笑を浮かべ、舌なめずりをした。もはやどっちが悪か判然としない。ZEENの男は暴力集団をまるでゴキブリでも駆除するかのようになぎ倒していった。そして全員の鮮血などが周囲に残るのを憚って、彼は暴力集団の亡骸をどこかに飛ばした。先ほどの消えた男と同じように暴力集団の亡骸は消えていったのである。
「ありがとうございます」虐げられていた国民はZEENの男に感謝した。「いえいえ、普通の事ですから。これが仕事ですから」「それでも助かりました。私たちはああいった連中にほとほと困っていたんですよ。今でも全国の至るところにああいった連中がいて、本当に善良な市民は困惑して、疲弊しきっているんです」「ご安心を。我々は全国各地で暴力集団の駆除にいそしんでいるので。最近では1000万人ものZEEN部隊が全国で働いています。ほら、こんな感じです」ZEENの男は携帯を市民たちに見せた。そこにはZEENの存在によって全国的に暴力集団が減少傾向にある、と海底あった。それも60パーセント減らしい。市民はその記事を見て大変吃驚仰天した。「これは凄い。我々は情弱だから、こんな情報知らなかった。日本政府はこういった活動にも精を出しているのか、知らなかった。数世紀前までは少子化や災害や政治家の無能ぶりや、集団主義や同調圧力で苦しんで、何も出来なかった日本政府が今、人類の危機に相対してここまでの有能ぶりが発揮されているとは」「このデータは改竄や捏造の類ではありませんよ」ZEENの男はそう言った。「分かってますよ、場の雰囲気的にそんなものではないでしょう」
ZEENの男は市民からの厚意によって恒例開催のお茶会に呼ばれた。彼は最近非常に暇であったので呼ばれる事にした。何やら荘厳な装飾を施した中規模施設のようなところでお茶会は行われた。「いやいや、今日は私をお呼びくださってありがとうございます」「とんでもない。英雄を持て囃さない人間がどこにいますか。我々は本当にZEENの皆さんに感謝しているんですよ」「そうだ」ZEENの男はそう言って、携帯端末を持ち出した。「私たち市民の携帯電話が機能しなくなってもう50年以上経ちますねえ。ZEENの皆さんの携帯はちゃんと機能するんですか?」「もちろんです」「今から出すのはZEENの広報担当の人です」
ZEENの男は携帯を使って、ZEENの広報担当へとつなげた。すると陽気な男の声が形態のスピーカーから聞こえてきた。「皆さん、皆さん。今日は下鴨をお茶会にお呼びくださってどうもありがとうございます。これは全国的に言っている事なのですが、下鴨のいる地区の皆様はその設備の不全により、情報に疎いらしいので少し我々の事についてお教えします」そして広報担当の人は何やら難解な語彙を挟みながら自分たちの紹介をしていった。そしてZEENの犯罪保険などという、犯罪が起こった時にZEENの連中が駆けつける機能を市民に紹介した。公安の部隊だと言うのに、商業と密接にかかわっているらしい。日本政府は公共事業と平和活動、社会活動を兼ねてこのような事を行っているらしかった。広報担当の男の声は高く、そして流暢で、饒舌であった。彼の話がうまいのでそこにいる全員はまるで催眠術にかかっているかのようなトランス状態に至っていた。
広報担当の男の話が終わった。彼らは「あの人の話良かったなあ」「いや、なんだか話がうますぎる気がする。詐欺の一種ではないか」などと言った。確かにこの流れを見ると、ZEENの出現も唐突ならその他すべての事がとんとん拍子に進んでいた。この事について若干の違和感を感じていた者もいた。ZEENの男はお茶会を享楽していた。本当はアルコールが好きらしいが今回はお茶やコーヒーで我慢するらしい。それでも上質な素材を使ったお茶やコーヒーは非常においしかった。それはZEENの男の愚鈍な舌にも明らかであった。
ZEENの男はお茶会を終え、その場の一堂に礼を言って足早に帰って行った。するとお茶会でずっと静かだった長身の賢そうな顔をした男がこう言った。「ZEENなんて組織、信用出来るのか?さっきも言っていた奴がいたが、何だかうますぎるぞ、展開も、話も、なんだか違和感を感じる」「まあ確かにこんな事、滅多にあることじゃないよな。大体、我々の情報欠如がここまで続いていたのも政府の陰謀かも知れない」「いやいや、世界大戦で各国は壊滅的な被害を被ったんだぞ。陰謀なんて出来る余力が日本政府にあるか?」「むしろ破壊後の無法地帯だからこそ、陰謀は生起するんじゃないか。大体、日本政府じゃなくともどこかの企業が陰謀の首謀者なのかも知れない」「陰謀なんて馬鹿馬鹿しい。あなたたちそんな陰隠滅滅な顔してムードを下げるような事言わないでよ。鴨川さんは良い人で、ZEENも良い人たち、これは一目瞭然な事実でしょ。あなたたち、統合失調症か何か?」確かに陰謀論を持ち上げる連中は皆向精神薬の服用者であり、昔は度々問題行動を起こしていたらしい。
ビーム課
霧中の23世紀、ZEENという暴力集団撲滅組織の台頭で日本の治安は劇的に良くなった。ZEENの主な使用装備は量子剣であった。この剣は日本の天才技術者と天才学者が協力の末、完成させた装備であるらしい。その製造マニュアルは国家機密であり、ZEENの職員もそれを好んで使わなかった。したがって市民の間では量子剣の事を伝説上のものだとか、噂に尾ひれがついたものだとか思っていた。ZEENの実態は一般市民にとって非常に模糊としていた。そしてZEENによって近頃新たな組織が結成された。その名は「ZEENビーム課」である。この組織は関東地区にしか存在しない。この組織あ普段何を行っているかというとビームを遠隔操作で発生させ、重大犯罪を犯したり、長年の指名手配犯を殺害すべく、動く特殊暗殺組織である。もはやZEENにとって日本の全住民の動向を探る事はお手の物である。ビーム課にはZEENの生活課によって不審な行動を取ったり、各区域に異常が起こった際に伝達するAIを使い、重大犯罪にそれらがつながり次第、ZEENビーム課に連絡されるという。この生活課は重大犯罪を未然に防ぐべく、病的とも言える神経質さで書く仕事にあたっていた。この影響というか、オタク気質がZEENの特筆すべき傾向であった。しかしオタク気質とは言え、外見がオタクチックな人間は少数である。皆、他人に与える印象だけは良いものにすべく孤軍奮闘していたのである。
ZEENビーム課は仕事であれば殺人すらも是認するサイコパス集団であった。ビームは新たに発見された物理学的現象と量子テレポーテーションの渾然一体たる活用により成り立っている。少なくともSFでよく見るようなビームというよりはその出現位置は神出鬼没なのでSFの安直なビームよりさらに厄介であり、使い方次第では大量殺害にも加担しかねない事実である。実際ビーム課の技術を世界征服をたくらむ連中によって強奪されかかる事件が起こったがZEENの天才たちによってそれは未然に防がれた。ZEENには天才が多くいる。またZEENも高知能の職員に対して過保護的とも言える寵愛を与えていた。この事によって国内外からZEENの就職依頼が殺到している。またZEEN自体もこれからの世界の安寧の為に人手と規模が必要であった。それ故、ZEENは多くの国内外からのZEEN就職希望者を受け入れ、彼らの訓練を果敢に行っているらしい。とはいえ、それは自衛隊のような厳しいものではなかった。ただ自衛隊とは別ベクトルの訓練が求められるようになっていた。
ビーム課によって現在重大犯罪犯はその9割が殺害された。しかしおかしな話だ。いくら重大犯罪とは言え、殺してしまって良いのか、両親の呵責をいささかも感じないのか、などの声もビーム課には寄せられていた。しかしそれはビーム課のみならずZEENすべての舞台に言える事である。国民はその影響力の大きさや問題解決能力からZEENの極端さには目をつぶっていた。中にはZEENの倫理観、道徳観に問題意識を向ける者もいたし、彼らはファシズムである、とZEENを非難する声もあった。しかしそういった連中は年々減少していった。今ではZEEN肯定派が日本国のみならず世界でも一般的なものになっていた。世界のZEEN組織もかなり犯罪抑制に対して有能な働きぶりを見せているらしい。ZEENのトップには誰がいるのか知らないが、その統率能力には目をみはるものがある。23世紀後期、世界中の犯罪数は圧倒的に減少していった。そして犯罪対策のみならず、食糧問題にも人類はフォーカスし始めた。犯罪抑制によって国民の不安はなくなり、弛緩する者も国民の中には少なくなかった。しかし弛緩する者はいても腐敗する者はいなかった。そんなことをすればZEENによって消されてしまう。
人間というものは弱みを持つ生き物だ。心の歪さや弱さが犯罪へと駆り立てるという思想が殊に日本では当然の如く支配意的な立場を保持していた。日本人たちはZEENに盲目的に隷属する事を望んだ。日本人は元来、強い者には服従したがる人間である。自分たちが責任を負う事を避け、また重要な事を考えずに済むため、強いものを偶像崇拝しているのが彼らの常であった。
次はある場面である。「あー、最高だぜ。人殺しが漫然と出来た上、詐欺師のパートーナーを見つけてここまで大儲け出来るとはな。こんな富裕な生活を出来ているのはあんたのおかげだよ。なあ佐久間さん」「俺はあんたに賛同したんだ。犯罪こそが人間の野生の現れである。カオスの中にこそ、真の恍惚がある。俺は少年時代によくスナッフフィルムを見て興奮していたが、それが内心いけないことだとも思っていた。そして自分のそういった部分に蓋をして学歴を積んで、資格も取得した。社会経験を何年か積んで、同年代の連中とは一線を画す存在になった。そこで少年時代のあの灼熱のような情熱を思い出したんだ。そうだ俺は犯罪をしたいんだって思ったよ。そこで西郷さんに出会ったのは運命的だった。あの時西郷さん、あんたは確か刑務所を脱獄していたよね。よく脱獄したのにあそこまで超然と生活が出来るもんだと俺は感心したぜ」「そうだ、犯罪が良いんだ。犯罪にこそ真の自由がある」西郷と佐久間はある部屋の一室でそう喋っていた。すると突如、紫色のビームのようなものが虚空から出現し、西郷の耳を焼き切った。彼らは慄然とした。「なんだなんだ、一体どうした!これは何だ。このビームはなんだ!」西郷は怒りをあらわにしながらそう感情的に咆哮した。「もしかして、これが都市伝説のように扱われてきたZEENのビーム課の策略か?話には聞いていたが、俺たちの存在や居住地区、生活習慣を徹頭徹尾調べ上げて、俺たちを殺しに来たのか?」佐久間は驚愕しながらそう言った。
「そうだ」人のいない場所から声が聞こえた。彼らは周章狼狽した、もしかすると自分たちは覚せい剤の幻覚を見て、幻聴を聴いているのかも知れないと思った。声はこう続けた。
「我々はお前たちを殺しに来た。お前らは警報990条に基づいて重大犯罪者に登録され、その遠隔の性格鑑定、パーソナリティ鑑定により更生の見込みなしと判断された。したがって今日がお前たちの命日だ。議論の余地はない」野太い男の声はそう言った。
そして西郷は頭部をビームで撃たれた。そして彼の四肢も同じくビームによって撃たれた。どういう原理化は知らないが血は蒸発していた。佐久間は逃げ惑った。外に出て、走り回った。しかしその行動は空しく、佐久間はビームによって殺害された。ビームによる殺害の後は日本各地2万か所に常駐している清掃職員によっての損害補償が行われている。そしてその様は各地の新聞によって盛んに報道されたりした。殺害の際に、血も残らないのはこのビーム課の仕事の特徴である。ビーム課の活躍はこのようであった。彼らは冷酷無比にも彼らの始末する予定の犯罪者に関しては徹底して無慈悲な行いをしていた。そんな彼らに日本人は畏怖の念を抱いていたが、同時にそれはやむをえない事で、経済的損失や社会活動の妨害、その他あらゆる国家の活動を合わせて考えてみれば再三再四、記述するがそれは認めるべきだと彼らは判断していたのである。犯罪倫理学や、犯罪道徳学などのようなものの発達によって現代社会では多くの犯罪の旧来からの在り方が一見、逆説的にも思えるような形態に変化していたのである。
守護霊アンタッチャブル
21世紀末の話である。とある武田という男が突如として超能力に目覚めた。その超能力とは自分が意のままに操れる守護霊を使えるようになった事である。その守護霊の解説は何故か彼の頭に焼き付いている。1、この守護霊は触れたものを自分の思った場所に飛ばすことが出来る。2、この守護霊はエネルギーを消失させ、守護霊内の小宇宙に貯めたエネルギーを出現させる事が出来る。このような感じでいつでもテキストや映像としてこの事を武田は確認できるようになっていた。彼は好き放題に金を集めだし、短期間で大富豪になった。そして地球に去来した隕石も彼の活躍により撃退させた。同じような能力を持つ連中はいなかった。この相次ぐ武田の所業は多くのマスコミによって珍事件と称され取り沙汰されるようになった。その守護霊はアンタッチャブルと武田は名付けた。どこから歳なのだが依然として童貞であった。この事実は超能力がどれだけ社会的に有用であっても全てが超能力者の思い通りにいく訳ではないことを示す事であった。
宇宙髭
ある時から人間は宇宙での移住を開始した。宇宙で極端に人間の体は変化する事はないとの国家の見解に反して人間の男たちには変化が生じた。それは髭に特殊能力が出現するという事である。人間の髭は人間に新たな知覚を授けるものであった。それは宇宙髭と多くの有識者達によって名付けられた。普通地球上の人間や他の動物の知覚は視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚などであり、それ以外の感覚は存在しなかった。しかし宇宙は人間の感覚をこの宇宙髭によって新たに授けられた。この宇宙髭はテレパシーとテレポーテーションを持っていた。しかもそれは髭単体ではなく、その髭を生やしている人間に与えられた能力として確認された。髭は脳、腸に次ぐ第三の中枢機関となったが独自に思考活動を担う事はなかった。宇宙髭により人間の自由はさらに深まった。この存在が地球人に知れ渡ると地球の男たちは好奇心と冒険心から自分たち宇宙に行きたいと主張しだすようになった。宇宙へ行く宇宙船の人数は10万人未満と限られていたので相当な人数を占める宇宙髭余裕希望者の男たちは毎度部分的にこの星に送られてきた。また人類の移住先のこの星では女性の中でさえも宇宙髭を生やしたいという者も現れた。彼女達は容姿の可憐な者もいれば容姿の醜い者もいて、超能力を得る事が出来ればこの魑魅魍魎な人間社会からも脱出できるとするのが彼女の主な思想であった。
宇宙髭は今やダリ風のものや、海賊王のようなものもあった。その髭によって、その突然変異によって人類は新たな旅への希望を蓄積させるようになってきた。21世紀の日本では髭は不潔で過剰な男らしさの象徴で、それ程大切にされてはいなかったが、今や髭の存在は不潔なものではなく高貴な超能力者の象徴となり、各種メディアもこれを取り上げて、国民の購買意欲や髭への印象を変えるようになった。この目覚ましい変化はメディアによって、そして現地人によって既成概念の瓦解へと直結したのである。
集団注意散漫症
22世紀の日本人は非常に注意散漫である。小説なんかは集中して読まないし、他人の藩士も集中して聞かない。インターネットの普及によりその傾向は更に決定的なものへと変化していった。それでも何とか集中できる人間が中心となって衰退途上国である日本を運営していた。ある次は雑誌会社の会議である。「我々の記事を多くの日本人に読んでもらうためにはどうしたら良いと思う?」「文章の専門学校を出た者や大学の文学部を出た者の、目を引くような文章作成技術などが読者を獲得するためには不可欠だと思います。松平さん」「まさかこの国の文系の人々の需要がここまで高まるとはな。まあそもそも理系や文系などという括りをするのは日本位な訳だが」まあ若者の活字離れとは結構前から言われてきたが、国家の危急存亡の時を招くほど深刻なものになるとはその雑誌の職員達は思っていなかった。「なら恐怖産業で国民の不安煽ろう。来週までに我々は日本の大企業と契約をし、ネット広告を出させて、集団注意散漫症は人間を不幸にさせる印象を与えるよう大企業に協力を申し出てみる」その申し出は受理された。大企業の人間も日本人を憂慮しており、この現在の日本人の腐った性根を変えるには嘘だろうが、妄想だろうが、恐怖だろうが利用出来るものは利用していかないと日本という国家どころか会社の利益にも関わってくると危惧していた。そしてある日新たなCMが日本のネット広告に出された。「集団注意散漫症、それは人間を堕落させます。それは幸せを奪います。あなたは人間、やめますか?注意散漫傾向を辞めますか?」そのネット広告は常々不満に思っていた日本人の前途から来る不安を刺激させた。またその広告には現代の絵画の巨匠である、安倍角栄、楠義満、古守宗一郎、岡孝和などが動員された総和20分にも及ぶ芸術作品とも言える、風刺的かつ危機意識を製作の基調とした芸術作品とも言える広告であった。
そして、日本人の集団注意散漫症はその後も、具体的な啓蒙活動が繁多に行われるようになった、遂にその症状の日本人は少数派になった。
ここは精神医学会の定例会議の会場。「しかし我々が日本人を集団注意散漫症なんてカテゴライズして良かったな。ここまで日本人の悪癖が改善されるとは」「そうだな、まあこの事業には政治家たちの巨額の資金援助もあったが。我々は人類史上初めて病気を名付ける事で国民を変える一因をつくったのだろう」彼らは世界で一般的となっている精神医学の基準書の集団注意散漫症という項目を見て満足げに微笑を浮かべていたのである。
鈍足
本田尊氏はスポーツを憎んでいる。中学校まではあまり嫌いでもなかったのだが高校になって統合失調症になってからはスポーツそのものに対して無神経な振る舞いに彼は苛立ちを募らせていた。彼は元々は俊足であったが病気とその薬による影響で鈍足になっていた。のみならず容姿もデブになっていき、周囲のクラスメートたちからはデブだとか言われていた。彼はシビアな現実を恨んでいた。そして自分病気にした運命を呪っていた。多くの事がこの病気によって不可能になった。対人関係も彼にとっては非常に疲れる事であった。彼はスポーツの匿名のアンケート用紙にスポーツを侮辱し、嘲笑する内容の文章を送る事を趣味としていた。実に悪辣な趣味であるが、本田はこの趣味によってのみ生きていると言っても過言ではない程、常に人生に対して退廃意識、虚無意識を抱くようになっていた。何がスポーツだ、あんなものは単なるゴミだ、彼は始終そのようなスポーツを捉えていた。いかにアスリートたちがメディアに出ていても彼はスポーツへの差別意識を変えなかった。差別はされる側にも原因がある、と本田は考えていた。
本田は他の場面でも鈍足であった。彼は自分が本や他人などから刺激を受けても中々行動してみる気にはなれなかった。それはもしかしたら対人恐怖が災いしたのかも知れないし、統合失調症によって認知機能が衰弱したせいでもあるのかも知れない。彼ははた目から見ても哀れな男であった。彼は醜い容貌をしており、のみならず性格も非常に内向的であったため彼女や友達などは一人も出来なかった。そして彼は今日ものろのろと生きている。しかしそののろさは神が創ったものなのだ。本田はかくして現在、過激な反宗教団体の狩猟として活動しているに至ったのである。本田は35歳となった。もはや少年ではなくなり、日に日に彼の胸中の絶望感は増していっていたのである。
虫化粧
22世紀の日本化粧業界は虫の活用により指数関数的な勃興を見せていた。虫を殺し、その体液を用いて製造した化粧水を使えば、なんとUVカットや保湿効果、そして花粉やウイルスに対する防護作用がもたらされる。そして化粧製品にもそのような素材はもはや日本においてスタンダードになっていた。
ある日街で働くOLがこう言った。「私たち女性は、可愛いものや綺麗なもの以外は大嫌い。チビなんて論外。男のチビなんて大嫌い」彼女は自分が150㎝弱の低身長の癖にそんなことを臆面もなく言っていた。彼女は虫化粧の製品を使っている事を知っている同僚の165㎝のOLは彼女にこう言った。「でもあなたが使っている化粧品、可愛さや綺麗さとは程遠い虫の体液が使われているのよ」チビのOLはショックを受け、翌日から化粧をしてこなくなった。彼女曰く「自分だけは高貴な存在でありたいの」らしい。
マイサボタージュ
柴田はさぼり癖のある人間だ。彼は学生時代からよくさぼっていた。しかし学校の成績は優秀であり、なおかつ顔が端整であったので周囲の反感を買いつつも生きてこられた。彼は社会人になっても如何にさぼるかを念頭に置き、自分の作業を勝手に進めてくれるAIをその明敏な頭脳で生み出した。彼の能力は昔から並外れていた。しかしここまで顕著に彼の才能が開花したのは社会人になり、遊びの時間を作りたいという意欲を持ったところからである。彼は優秀な人間であるが現実ではそこそこの地位に甘んじていた。地位や名声などより彼にとって平穏無事に過ごし、さぼる事が大事だった。彼はある日曲を作った、「マイサボタージュ」というタイトルの曲である。無論作詞も彼が一人でした。この曲は日本国民の心をわしづかみにして、さぼりの哲学なるものもその後の彼のメディア演出によって創始された。柴田は今や日本人の羨望と憧憬の的である。
宇宙髭 赤川凌我 @ryogam85
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