失われたとされる記憶
結騎 了
#365日ショートショート 181
「ここはどこだ。私はいったい……」
ゆっくりと周囲を見渡した。白い壁。白い天井。白い寝具。息をひそめ、ぱちぱちと瞬く。この独白は誰かに聞こえているだろうか。
「病院だ。しかしなんでこんなところに寝ているんだ。いや、それより……。私は誰だ。いかん、思い出せない」
狼狽し掌を頭に沿わせる。
がちゃ、と扉が開いた。駆け込んできたのは、派手な身なりの若い男女だ。
「兄さん!」
「お兄さん、ああ、よくご無事で……」
今にも泣きそうな表情のふたりは、ベッドにしがみついた。反射的に上半身を起こす。
「これはどういうことだ。君たちは何者だ」
「兄さん、やはり医者が言う通り、記憶に障害が出ているんだね」。軽い剃り込みが印象的なその男は、安堵と不安が入り混じった表情を見せた。「親父の葬式のあと、兄さんはぶらっと散歩に出かけて、そこから行方が分からなくなったんだ。翌朝、近くの川に浮いているのが発見されてこの病院へ。なにより命に別状がなくて良かった。まずは養生してくれ。親父の会社のことは、兄さんに代わって俺がなんとかするから」
男の妻らしい女は、光沢のあるマニキュアが印象的な指をぎゅっと握っていた。
「この人、すごく張り切ってるの。大変だろうけど、きっと大丈夫よ。会社のことは任せて。お義父様が一代で大きくされた大切な会社だもの。……だからお兄さんは、ゆっくり体を休めてください」
どう言ったものだろう。なにから聞くべきか。
「私の身になにが起こったんだ。川に浮いていたということは、転落したのか。それは事故か、それとも……」
問われた男はこちらの両肩を掴み、寝るように促した。
「まあ、そこは警察に任せよう。兄さんが考えても仕方がないよ」
「そうよ。入院費のことも心配しないで。私たちが面倒を見るから」
ひとしきり労りの言葉を発した後、彼らは病室を去っていった。
大きな溜息と共にこぼす。
「やっぱりあいつらか」
失われたとされる記憶 結騎 了 @slinky_dog_s11
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