エピローグ

エピローグ



「ごめん。ずっと来れなくて。みんな、久しぶり……」


 朝の日差しに当てられながら、手に持っていた五本の花を、全て添えていく。


 ここは、学園内にある慰霊碑。あの日殺されたみんなのために作られた場所だ。


 みんなはこことは別の場所で眠っているけれど、僕達全寮制の生徒は気軽に敷地外に出られない。だからこうして、いつでも手を合わせられるようにと。学園長が事件後作ってくれたものらしい。


 昔はここに来るのが怖かった。来る資格なんて無いって、一度も手を合わせることすらしなかった。


 でも、これからは違う。毎日、というわけにはいかないと思うけれど。出来る限り朝はここに立ち寄って、手を合わせたい。


「僕、二年生になったよ。今日から新しい教室で、新しい生活が始まる。みんなの分も、精一杯楽しむよ」


 みんなは、あの世で怒っているだろうか。それとも心の底から祝福してくれているだろうか。


 そんなのは、誰にも分からない。だからきっとこうして手を合わせに来るのも、僕の自己満足だ。


 でも、もう下は向かない。今みんなの分を生きている僕に出来ることは、精一杯生き続けること。もしそれに納得がいかないって思われてたら、死んだから償おう。


 手を合わせ、目を閉じる。そして心の中で、呟いた。


「行ってきます」


◇◆◇◆


 学園の中に入ると、中はガヤガヤと騒がしかった。


 今日は新しいクラス発表の日。学年ごとに集まる時間が違っていて、今は新二年生の時間。だけど……なんだろう。


 なんだか、人数が少ない。


「あっ、レグルス!」


「ん? なんだ、テメェか……」


「ねぇ、なんでこんなに人数が少ないの? 見渡す限り、四十人くらいしかいないけど……」


「俺も変だとは感じてる。それに、従来なら集合時間にはもうとっくにクラス配分の書かれた紙が貼り出されてるって話だ。……まあ、大方何が起こってるのか想像はつくけどな」


「? それって一体────」


「生徒諸君、静粛に!」


 レグルスに問いただそうとしたその時、階段の上の踊り場から一喝。声の主は、学園長その人だった。


「よく集まってくれた。ウルヴォグ騎士学園、新二年生。計、四十二人の生徒達よ」


「はっ!?」


 四十二人、だって?


 おかしい。この学年の生徒は確か二百人前後いたはずだ。なのに、この場にいるのが四十二人って……


「合格者は君達で全てだ。そして悪いが、君達の学び舎はこれからここではなくなる。諸君、付いてきたまえ」


 ザワザワと周りが話し声に包まれる中を、学園長は一人突っ切って先陣を切る。僕達は黙って、その背中を追いかけるしかなかった。


 一体これから何が始まるのだろう。期待というよりは不満が心の中を支配していて、隣にレグルスがいることだけが唯一の救いだ。


 ウルヴォグ騎士学園の校舎を出て、広い庭や広場を通過していく。もう何が何だか分からなかったけれど、ようやく目的地へとたどり着いたようで。およそ体感で五分ほど歩いた先にあったのは、これまでいた校舎のおよそ半分ほどの大きさの建物の前。


 そしてその場所は、ウルヴォグ騎士学園とベルナード魔術学園のちょうど中間。ここ最近、工事でここに大きな布が被せられていたのは知っていたけれど。いつの間に、加えて何のために建てたのか。


「君達新二年生は、その八割が脱落した。これは学園としての体制を一新しようと試験の難易度を大幅に上げてしまった結果だ。今、ベルナード魔術学園でも同じようなことが当然起こっている」


 だが、と付け加えて学園長は続けた。


「近年、主に魔術を悪用せんとする賊による障害、窃盗事件は増加の一途を辿っている。加えて、良くない組織の噂も……な。君達自身の護身のため、ひいては将来、騎士として民を守ろうとするならば。その質の向上は今現在における一番の課題だという結論が出た。その結果、革新的なシステムの導入を君達の代からスタートさせるという流れに至った」


 付いてきなさい、と僕達に背を向け、再び歩き出す。


 学園長は、今ここにいる試験を乗り越えた精鋭、四十二人を新二年生とし、カリキュラムの一新を宣言。そしてクラスは僅か二つで編成されるという新情報と共に、階段を二階に上がる。


 そこには、「2ー1」、「2ー2」の立て看板のついた二つの教室。そこでようやくクラス分けの書かれた紙が手渡された。


「ここからは、担任に任せるとしよう。皆の者、振り分けられた教室に入ってくれ」


「レグルス、クラス一緒だね。これから一年、よろしく」


「あぁ……」


 相変わらず無愛想なレグルスと、一番に。教室の後ろの扉を、開く。


 すると、そこには────


「あっ! ユウナー!!」


「ユウナ君!! レグルス君もいる!!!」


「へっ……?」


「オイ、どうなってやがんだ。こりゃぁ……」


 二年一組の教室の中にある、四十ほどの机と椅子。そのうちの半分に既に着席していたのは、試験を共に戦った二人、ユイさんとアリシア。加えてその他大勢の、女子生徒達。


「席、自由らしいわよ! とりあえず私とユイの後ろの二席、取ってあるから! 座りなさいよ!!」


「う、うん? まあ、じゃあ……」


「なんで俺までなんだよ。別の席行くぞ、俺は」


「えぇ〜、レグルス君も一緒に座りましょうよ! せっかく四人一緒のクラスになれたんですよ!? これからも仲良くしましょう!!」


 意外にも、グイッとレグルスの腕を引っ張ったのはユイさんだった。最初は離せと抵抗していた彼も、すぐに根負けして。僕の隣兼ユイさんの後ろの席に、嫌々そうにしながらも着席する。


「えっと……アリシア? これってどういう?」


「んー? なんかねぇ、私も詳しくは説明されてないけど、新二年生は人数少なすぎるうえにせっかくの新制度導入学年だからってことで、試験的に共学にするみたい。特に不都合が起こらなければ、これから卒業まで」


「そ、そうなんだ。まあ……二人とまた会えたのは、嬉しいけど」


「ふふんっ、私もよ。ただ、会いたくなかった奴もいるけどね……」


 あぁ、と僕は知らないふりをして適当に流した。


 間違いなく、レグルスのことだろう。相変わらずこの二人の仲だけは変わらなくて、ずっと目を合わせればケンカばかりの、所謂犬猿の仲というやつだ。


「そろそろレグルスと仲良くしたら? 二人とも自己主張が強いタイプだし、ぶつかり合うのは分からないでもないけどさ……」


「? なんであの馬鹿の話が出てくるのよ?」


「えっ? だって会いたくなかった奴って、レグルスのことなんじゃ────」


「おっ、やあやあやあ仲良しさん達。二週間ぶりだね」


「っ!?」


 とんっ、と急に肩を叩かれ、驚きながら振り向く。


「来やがったわね……がるるるるっ」


 強く威嚇するアリシアが僕の背に隠れると、彼女は「あはは」と頬を掻きながら笑う。


 その声の主は他でもない。試験で僕達を幾度となく苦しめた重宝人。────ミリアさんだ。


「なん、で……あなたが?」


「なんでって、そりゃあ合格点を超えてたから。いや、正確には……後から点を獲得したから、かな?」


 ふふんっ、と自慢するように言いながら、ミリアさんは僕に一枚の紙を手渡す。


 それはあの日、成績発表の日にもらった成績表と同じもの。ただその内容に、僕は驚愕してしまった。


戦闘力 10

協調力 7

発想力 8

応用力 8

敗者復活加点 10


「敗者、復活点……?」


「そ。さながら私はワイルドカードってわけ」


 ミリアさん曰く。試験に負けたチームの中から採点によって上位五十人に選ばれた生徒の中で、敗者復活戦というものがあったらしい。


 内容は至ってシンプル。試合を続け、上位三位に入った者に加点を一位からそれぞれ十点、七点、五点与えるというもの。元々それ抜きでも二十五点という試験の合格ラインを超えていた彼女であったが、そこで手を抜かないのは性格というべきか。全員を蹴散らし、一位を取ったことによって総合得点では二位のレグルスと同じ、四十三点にまで登り詰めている。


「というわけで、これからよろしくねっ。ユウナ君♪」


「ユウナ、コイツに近づいちゃダメよ! 腹パンされる!!」


「あはは、しないよぉ。ねっ、狂犬君……いや、レグルス君も仲良くしようね? 同じ得点の者同士、さ」


「うっせ。死ね」


「ひっどぉい……」


 どこか作られたような軽い笑いを見せながら自己アピールをしてくるミリアさんと、合わせて四人でそれなりなグループを形成しながら会話をしていると。前の扉が開き、一人の女性が教壇に立つ。


 その顔は、知っている。僕のことを一番気にかけてくれた、怖いけど優しい人だ。


「お前達、喋るのをやめて着席してくれ。これから卒業までの三年間、担任を務めさせてもらう。ギュルグという者だ」


 名乗られずとも、全員が彼女の名前も顔も知っていた。ピシッと黒スーツに身を包み、長い黒髪を後ろで一つに結んでポニーテールにしている大人の女性。怖いけれどその容姿の良さから、裏では一部から人気がある先生だ。


 そんなギュルグ先生からクラス総勢三十五人の出席確認が成され、これからの事について口を開く。


「先程軽く説明を受けたとは思うが。君達にはこれから、卒業まで共学として学園生活を送ってもらう。寮はこれまで通りの場所で、男女別だ」


 男女別、という言葉を聞いて一部の男子が一瞬残念そうにざわつくが、それを人睨みで声に出さず一喝。しんとした教室内に、彼女の説明が反響する。


「男女で学ぶことは違うし、不安に思う者もいるだろう。だが安心して欲しい。午前の座学授業内容は男女どちらにも繋がる話に絞られ、午後の実習でのみ単元によって課題を変えながらカリキュラムに取り組んでいってもらう。詳しいことは個別質問を後で受け付けよう。ひとまず大まかな説明はここまでにして、早速だが。一学期の学業目標を発表する」


 バンッ、と黒板に貼り付けられた紙は、その四方をマグネットで止められて大きく広げられる。


 そこに書かれていた文字は────


「女子は魔石生成の基礎。そして男子は、魔剣を使用した剣術訓練だ。二年生からは、将来の道に繋がる学業を多く取り入れる。心して、取り掛かるように」


「魔剣……やっと、アンジェさんの魔石を……」


「へっ、来やがったな。やっとだクソが」


「魔石? 私にそんなの、作れるかな……」


「大丈夫よユイ! 隣には天才の私がいるもの! 分からないことがあったらなんでも教えてあげるから!!」


「ふぅん。私には魔石なんていらないけど……なんだか、楽しそう」


 新しい仲間、新しい環境。ここで僕は、最高の騎士になるために。そして……アンジェさんの封印を解く方法を、探すために。


 かくして、学園生活は続いていく。




 これは僕が、最愛の人に見合う最高の剣士になるまでの物語だ。



──────完──────

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その剣士、最強魔女の弟子につき。 結城彩咲 @yuki10271227

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