第10話 メロンのメロン

 ドタバタと騒がしい足音で目を覚ました。

 ネットサーフィンしているうちに、いつの間にかソファで眠ってしまっていたらしい。カーテンの窓の隙間から朝日が差し込んでいる。そんなに長い時間寝ていたのかと自分でも驚いたが、昨日は色々あったから、それだけ疲れが溜まっていてもおかしくはない。

 ぼーっとする頭で、部屋を見回していると、突然、黒服の男達が居間になだれ込んできた。


「やめてやめて!! これ全部僕のものなんだから!! ちょ、やめてったら! ……うあああん、カケルなんとかしてよぉおお!!」


 男達を止めようと抵抗するエルだったが、その波に押されて床にすっ転び、俺に泣きついてきた。


「な、なんだなんだ?」

 状況が飲み込めずに仰天していると、男達の後に続いて、肩までの髪をゆるふわパーマにした女の子が入ってきた。胸の大きさを強調したようなジャケットに、フワッと広がったミニスカートから伸びる白い脚。小柄ながらも出るべきところはしっかり出ている。しかも顔がアイドル並みに可愛い。

 見惚れているとこちらに近づいてきたので、俺は慌てて手櫛で寝癖を直したが、残念なことに女の子の目が捉えていたのはエルの方だった。


「ハァーイ、エル先輩。あ、もう先輩じゃなかったですね!」

「メロン」


 エルが呟いた。メロンちゃんという名前らしい。

 どうりで……。

 つい、メロンの胸に実った大きなメロン‘sに目が釘付けになった。


「先輩がクビになっちゃったからぁ、メロンが後任を任されたんですぅ。というわけでー、早速この部屋から出て行ってくださぁーい!」

「はーい……なんて言うわけないだろ! ここは僕の家なんだけど!!」

「忘れちゃったんですかぁ? このマンション、購入額の半分は会社が負担してましたよね? し・か・も、エル先輩は自己負担分以上の賠償金を会社側に支払わなきゃいけないんですよぉ? 家具を全部会社が買い取ったとしてぇー……賠償額はぁ……」


 メロンはディスプレイ上で計算し、数字を提示した。


「じゃじゃん! 全部でぇー、三千万カテスでぇーす!」


 うわー、悲惨だな。

 他人事のように思っていると、俺とエルを交互に指差した。


「あ、二人分、合わせてですよー」

「俺も!?」


 絶句した俺を見て、クスクス笑う。

 昨日見えた希望の光は、いともあっさり消え失せてしまった。

 今度はメロンが俺に向き直ったので、思わず「ひっ」と悲鳴を漏らした。

 ところが、エルに対する態度とは打って変わって、俺には愛くるしい笑みを浮かべ、片手を差し出してきた。


「ホシノカケルさんですねぇ? 新しい担当監査官に任命された、メロン二九二九ですぅ。気軽に、メ・ロ・ンって呼んでくださぁい。よろしくお願いしまぁす」

「ええ、是非!」


 俺は背筋を伸ばし、その手を握った。

 きめ細かい肌は少し冷たくて柔らかい。母親以外の異性にまともに触れたのは初めてだ。

 俺は初めて感じる幸せをじっくり堪能していると。


「あのぉ……そろそろ離してくれませぇん?」

「ん? ああ、すみません、条件反射というやつで」

「はあ……?」


 死ぬほど名残惜しいがメロンの手を離した。この右手はもう一生洗わないと心に誓って。

 存在をスルーされているエルが「あんた、めちゃくちゃキモいわ」と野次っていたが、聞かなかったことにした。


 メロンは軽く咳払いをすると、本題に入った。


「じ・つ・は、カケルさんの極秘任務の契約は切れてないんですぅ。もちろん、要望の……モテ薬ぃ? それも約束しますよー。損害賠償のこともあるしぃ、仕事は必須でしょぉ?」

「いや、でもあんな汚れ仕事するくらいなら地道にバイトでもした方がいいなって思ってます」


 というのは建前で、本当のところは旅費が溜まったらトンズラしようという目論みだ。

 後ろ向きな返事をする俺の手を、メロンが両手で包み込んだ。


「メロン達もぉ、種族存命の為にカケルさんが必要なんですぅ。お願い聞いてくれません?」


 上目遣いに頼むメロンの大きな瞳に、俺だけが映っている。

 可愛い。

 心臓が激しく跳ねた。

 そこで、俺を現実に戻そうとするエルの横槍が入った。


「カケル、騙されるな! そいつも元は下に付いてたんだぞ!!」

「今は付いてないんだろ? それに出るとこ出てればアリなんだよ! アリよりの大アリだね!!」

「このバカー!! あんたの為に言ってるのに!!」

「バカはお前だ。誰のせいでこんなことになってんだ、この大バカ」

「またバカって言ったー!! 地球人のくせにぃいいいい!!!!」


 ちっとも耳を貸す気のない俺に、エルが頭を掻きむしりながら悔しがった。

 それを見ていたメロンの眼には、どことなく優越感が滲み出ている。


「ええ、僕もあなたが必要です」


 俺はメロンの手を取ると、快諾した。

 隣からエルがため息を吐くのが聞こえる。


「あーよかったぁ。これで契約成立ですねぇ。じゃあこの契約書に捺印お願いしまぁす。ここに指を置けば指紋が登録されまーす」


 差し出された端末には、細かい文字で契約内容が書かれている。俺はそれらを読み飛ばして、捺印欄に指を置いた。

 メロンは安心したような笑みを浮かべると、ポケットから小瓶を取り出して、突然、それを俺に向かって吹きかけた。


「な、なんですかね? これは……」

「フェロモン剤ですよぉ」

「フェロモン剤!?」


 つまりそれは……モテ薬ということじゃないか。


「これは我々の種族を対象に作られたフェロモンだが、任務が完遂したら地球人用のものを提供する」

「マジで!? っしゃぁあああああ!!」


 ちゃんとあるんじゃないか、モテ薬が。


「効き目はぁ、一ヶ月くらいですぅ」


 メロンはそう告げると、小瓶を俺に差し出した。

 俺は震える手で小瓶を受け取ると、愛おしさのあまり頬擦りした。


 これがある限り、この惑星でハーレムが作れるじゃないか!!

 そうなれば借金なんかどうでもいい。家族に会えないのは寂しいが、夢も希望もなかった地球での生活よりも、借金はあってもモテモテな人生を歩んだ方が楽しいに決まってる!

 いつかは金も貯まって、地球へ行き来できるようになるんだ。そうだ、今だけ長期留学してると思えばいい。


「報酬はぁ、監視ドローンで確認がとれ次第、振り込みますねぇ。契約書と振込口座の諸手続きは全部メロンがやっておくからぁ、PCあるならアドレスを交換しましょー?」

「よろこんで」


 目の前に〝登録しますか?〟の文字と共に、メロンの名前とアドレスが現れた。

 俺は迷わず〝イエス〟を選ぶ。

 アドレスの交換が完了したメロンは満足気な顔をすると、優しげな態度を急変させた。


「わかってるとは思いますけどぉ、逃げようとしたって無駄ですからね? あらゆる手を使って、銀河の果てまで追って捕まえますからぁ」


 俺はごくりと生唾を飲み込んだ。

 反論してはならない、と本能が告げている。


「__では、さっさと出てってくださーい!」


 その号令を待っていたかのように、男達は俺とエルを乱暴に担ぐと、マンションの外へ放り出した。

 抵抗も虚しく、身ひとつで無理矢理追い出された俺たちに向かって、メロンが退去令状と請求書を投げつけた。

 書類はひらひらと宙を舞い、放心状態のままへたり込んでいる俺たちの頭の上に、一枚ずつ乗っかった。

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少子化惑星で無双す……る? 真義える @magieru

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