第9話 翻訳機手に入れた

 エルのマンションにやってきた俺は、言葉を失うくらい圧倒される。

 エントランスには、俺が両手を広げたぐらいの直径があるシャンデリアがぶら下がっていて、床は鏡のようにピカピカに磨かれた大理石に裸足で歩きたくなるくらいふかふかのレッドカーペットが敷かれている。入り口と対面する形でコンシェルジュが控えていて、それはそれは豪華だった。


「すっげー……」

「そう? これくらい大したことないよ」


 語彙力を失った俺に、エルが得意げにふふん鼻を鳴らした。

 エルはマンションを購入済みらしく、幸いなことに家賃の心配はしなくて済みそうだ。これで住だけは安定したも同然。しかも豪華。


「正直あまり期待してなかったぞ」

「ええ!?」


 段ボールを抱えたエルが受付を通ると、コンシェルジュの二人が揃って宇宙語で何かを言って頭を下げた。おそらく挨拶だろう。すぐに男のコンシェルジュが段ボールを持とうとしていたが、エルは断ったようだった。

 今のは仕草だけでわかったけど、これからは俺にも翻訳機がないと不便だろうな。


「なあ、自動翻訳機ってどうやったら手に入るんだ?」

「普通はPCに内蔵されてるよ。電気屋とか行けば……あ、ここだよ」


 そうは言っても、エルがパソコンを持ち歩いている気配はない。聞こうとしたが、エルの部屋の前に着いたので、聞きそびれてしまった。


 部屋に入ると、二度目の溜息が漏れた。

 十二畳はある居間にはシステムキッチンがついている。その他に部屋が三つもあり、一人暮らしには贅沢すぎる間取りだ。


「お前って本当に金持ちだったんだな」

「何だよ、疑ってたわけ?」


 そりゃそうだろ、という言葉は〝住〟の為に飲み込んだ。

 居間のソファで寛いでいると、奥の部屋でガサゴソやっていたエルが戻ってきて、俺の目の前に掌を差し出してきた。

 手の上には、俺がよく知っているパソコンとは似ても似つかない、青色の小さな吸盤のようなものがある。


「そういえば僕のお古のPCがあるからあげるよ。使って」

「何それ?」

「PCだってば。ちゃんと自動翻訳機も内蔵してるから、これでこっちの生活で不便しないでしょ?」

「どうやって使うの?」

「首の後ろに着けるんだよ。装着者の脳を電気信号で読み取って、眼球に反映させるんだ。着けたげる」


 エルが俺の首の後ろに手を回してくる。

 バカでも見てくれだけは良い。無駄に整った顔が急接近して少し緊張したが、立派な喉仏があるのを見てしまった。

 虚しい気持ちになっていると、首の後ろに柔らかい感触が当たった。

 装着感は無に等しく、肌にくっついてるなんて気にならないくらい自然だ。


「これでよし。起動できる?」


 離れたエルが尋ねてくる。


「起動? どうやって__」


 突然、視界に異変が起きた。目の前に、見たことのない文字のようなものが浮かんでいる。


「何だこれ!? なんか書いてある!」

「言語設定だよ。地球、日本語って言ってみて」


 言われた通りに「地球、日本語」と繰り返すと、今度は【設定完了】という文字が浮かんだ。

 こっちにきてから初めて目にした日本語だった。

 文字が消えると、視界は元に戻った。


「これで翻訳されるの? ちょっと宇宙語で喋ってみてくれ!」

「借金まみれニートってどんな気持ち?」

「お前が言うか」

「問題ないね。カケルの日本語もこっちの言語に自動翻訳されるから伝わってるよ」

「そんなことより感動を返せ」


 萎えさせやがって。

 ふと、左下の隅に小さくウィンドウのマークがあるのに気が付いた。手で触れてみると、視界一杯にメニュー画面が広がった。


「おおおおおお!!!!!!」


 下がっていた気分が再び急上昇する。

 アニメや漫画でみるような、とにかくめちゃくちゃ未来っぽい。


「脳の信号を読みとってるから手を動かす必要もないよ。僕はあえて手動にしてるけど」


 得意気な顔のエルに言われた通り、画面を操作してみる。

 アイコンをじーっと見つめるか、二回瞬きをするとクリックできるようだ。


「面白い!!」

「僕お風呂入るけど、そればっかやってないで、歯磨きしちゃいなよ」


 すっかりパソコンに夢中になっていると、お母さんみたいなことを言って部屋を出て行った。

 だが、こんな楽しいものを中断できるはずもない。


「地球、戻り方」


 宇宙旅行の情報しかヒットしなかったが、検索結果に出てきた動画を見てみることにした。

 それは宇宙旅行会社の宣伝だった。自動翻訳のおかげで、動画を見るにも本人の声で日本語に変えてくれるので全く違和感がない。



『スターライト社の限定旅行プランなら業界最安値! 地球への旅費が片道何と二〇カテス!! 通常料金の八〇%オフのお値段でご提供いたします。なおこれは三十名限定で__』


 

「これだーーーー!!!!」


 二〇カテス……つまり日本円にして二〇〇万。当初聞かされていた値段に比べればうんと安い。

__希望が見えてきたぞ!!

 すっかりテンションが爆上がりした俺は、夢中で未来のパソコンを操作した。

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