第8話 初仕事

【増えたアナノコを採取せよ】


 海岸に大量のアナノコが不法投棄されているらしい。

 採取したアナノコは、ギルドが一キロ十カテスで買い取ってくれる。

 エルが言うには、地球の空き缶集めみたいなものらしい。



 海岸にやってくると、話に聞いていた通り、砂浜はあちらこちら穴だらけだった。

 綺麗な海なのに、俺たち以外に人はいない。

 俺はズボンの裾を捲り上げ、背負ってきた籠を下ろすと、左手に軍手をはめた。

 スーパーで買った塩の袋を開けると、右手で鷲掴み。


 サラサラサラー……。


 穴に塩を流すと、硬くなったアナノコがぴょこっと顔を出した。

 それを掴んで籠に放り投げた。まだ三分の一にも満たない。


「……地味!!」

「自分で決めたんじゃないか」


 たまらず叫んだ俺に、エルが呆れたように言った。


「そうだけど! そうなんだけどさぁ……」


 確かに安全面を考慮して初心者用の仕事を選んだが、思っていた以上に地味だしつまらない。

 まさか惑星にまできて潮干りすることになるなんて。

 せめて採るのが貝ならいいが、誰のものかもわからないアナノコ__いわばチ○コを集めるなんて苦行以外のなんでもない。

 気持ちの問題でなかなか作業が進まない俺とは対照的に、エルは呑気に鼻歌を歌いながら手際よく収穫し、早くも一つ目の籠は一杯になっていた。

 しかも、俺は手袋を履いていても触りたくないのに、こいつは平気で素手で掴んでいる。


「おい……」


 俺は憎々しげに話しかけると、手元から目を離さずに「んー?」と返事が返ってた。


「生き物じゃないって言ってなかったか?」

「言ったね」

「見ろよ、これ。生きてんだろ。どう見たって」


 俺は引っ掴んだアナノコをエルに突きつけるようにして見せた。


「はあ……カケル君、動いてるからって生きてるとは言えないのだよ。神経が通っていて、細胞に残っている糖をエネルギーに変えているのさ。例えばトカゲの尻尾がそうだろう?」

「お前らのチ○コどうなってんだよ」

「チ○コじゃなくてアナノコ! 普段穴の中にいないと、いざという時に戦えないんだ。チ○コと違って繊細なんだからね!」

「いや、何言ってんの?」


 質問したのに不可解が増したんだが。

 手に持っているアナノコを籠に放り投げる。籠の中のアナノコはくたっとしていて元気がない。


「ほら、手を動かして! 綺麗にしてあげないと。この海岸、不法投棄が増える前はデートスポットだったんだから」

「よし帰るぞ。別の仕事を探そう」


 俺は籠を背負い、封の空いた塩を持った。

 そそくさと帰り支度を始める俺に、エルが掴みかかってきた。


「まだ始めたばかりじゃないか!」

「他人のデートの手伝いなんて冗談じゃねぇよ!」

「ビガミじゃん! 仕事なんだから割り切れよ!!」

「そんなの耐えられない! 死んだ方がマシだ!」

「我儘言うなよ。今帰ったら、報酬は全部僕が貰うから!」

「はああ? ふざけんなよ!」


 俺の首を絞めながら激しく揺らしてくるので、対抗しようとエルの首を絞めようとした時だ。

 その拍子で、塩の袋を投げてしまった。塩は空中で中身が飛び出て、俺たちの足元の広範囲に散らばった。

 足元の穴に巻かれた塩で、アナノコが一斉に卑猥な頭を出したのだ。


「ひぃやぁああああああああああ!!!!!!!!」


 その光景は気持ち悪いという感情を通り越し、数少ないトラウマの一つとして俺の身に刻み込まれた。



***



「お疲れ様でした。全部で十三キロあったので、報酬は一三〇カテスです。お受け取りください」


 二人合わせて今晩の食費にしかならないなんて割に合わない。


 俺は差し出された現金を受け取った。

 報酬の受け取り方法は、振り込みと現金で選べるのだが、自分の口座がないから現金で管理するしかない。

 エルの方が沢山採っていたので、報酬のほとんどをエルに渡し、俺は三カテスにも満たない小銭を虚しい気持ちでポケットに入れた。


「明日頑張るから奢ってください」

「もー、しょうがないなあ」

「ははー」


 テーブルに額をつけて、深々と頭を下げた。

 こうして飯にありつけるのは、エルが一面に飛び出たアナノコに微塵も動揺せずに、手際よく収穫したおかげだ。それがなければ水代くらいにしかならなかっただろう。


「すみませーん! 唐揚げ大盛りとビール二つ!!」


 宇宙でもその二つは黄金コンビなんだな。

 ほどなくして唐揚げとビールがきた。見た目は普通の唐揚げだ。


「美味い!!」


 コリコリとした軟骨のような食感と、トロッとした脂が舌にのるが、味がタンパクなのでしつこくない。

 もう一つ食べた俺を、エルは満足そうに頷いた。


「なかなかイケるでしょ? 自分で採ったとなると、なおさらだね」


 え……?

 なんだって?


「……この鶏お前が捕ったの?」

「鶏? 違うよ。さっき採ったアナノコじゃん」

「ブーーーーーーーーー!!!!!!」


 思わず口の中のものを、エルの顔に向かって吹き出した。


「き、汚っ!! 何すんのさ!!」

「なんつーもん食わすんだよ!!」

「美味いって言ったくせに……」


 エルは理解できないようで、顔を拭きながら文句を言っている。

 もう、本当に嫌だこの惑星!!

 俺はメニューを眺め、安全そうな卵かけご飯を注文した。


 運ばれてきた卵かけご飯を食べながら、今後のことを考える。

 これじゃあ日銭を稼ぐので精一杯で、地球に帰る為の費用どころか、借金も返せない。

 それに今日の仕事は二度とやりたくない。


「このままじゃダメだ!!」


 テーブルを叩く俺に構わず、エルはビールのおかわりを注文した。


「俺は潮干狩りするためにギルドに来たんじゃない! もっとこう、冒険とか、戦いとか……そういうの!!」

「そんなこと言ったって、僕はそういうの向いてないからね」

「仲間を募集しよう。前衛で戦える仲間を!」

「そういうのは得意な人に任せて、僕たちには僕たちにできることやった方がいいんじゃないかなあ」


 こいつ時々正論言うよな。


「でもさ、ゲームだって少しずつレベルを上げてくもんだろ?」

「まあ、僕は新しい就職先見つけたらギルドは辞めるし、募集するなら早い方がいいかもね。僕の経歴なら、企業から引っ張りだこだろうし! さっき何社か履歴書送ったから、明日には返事がくるはず!」


 確かにこいつは経歴だけ見ればいい人材だ。

 エルの言うとおりなら、早く新しい仲間を見つけなきゃならない。


「じゃあ俺、募集の依頼出してくるわ」

「いてらー」


 受付へ行って人材募集の依頼をした。

 渡された端末に詳細を入力をしている間、電子掲示板に人集りができているのが気になった。

 しかし、地球人の俺には掲示板の文字は読めない。


「で目撃されたって。結構近いぞ」

「まだこの辺にいるんじゃないか?」

「近々嵐の予感だな……」


 深刻そうに話している。

 まるで魔王でも現れたみたいな反応だな。


「ま、俺には関係ないけど」


 自分のことでも精一杯なのに、魔王なんてムリムリ。

 俺は再び端末に視線を戻し、空欄を埋めると受付に持っていく。


「はい、ではすぐにリクルートページに載せますね」

「お願いします」


 ギルドのスタッフは仕事が早い。

 さっきの端末だって、こっちが言う前から日本語に設定されていたし、求人広告も出したそばからもう載せてくれるなんて、つくづく感心させられる。

 美人で仕事ができるって、良いなぁ……。


「そろそろ帰ろう。どうせお金もアテもないんだから、今日はうちに泊めたげる」

「マジ? よかったー! 助かるよ」


 テーブルに戻ると、エルが山盛りだった唐揚げを平らげていた。

 あれ全部食ったのかよ。

 どんなに見てくれが良くても、こいつに関しては女として見れないな、と思ったことは言わないでおこう。

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