第73話 〜ローディアとユグリッド〜
◆◆◆◆◆
ーー辺境都市「ルフ」 ???
「…………」
ガクガクガクガクッ……
目を覚ましたユグリッドは無言でただただ身体を震わせる事しかできなかった。
「主」であるローディアの『私室』。
領主邸とは別に用意している、誰も知らない“主だけ”の空間でユグリッドは目を覚ました。
(……す、『全て』……。見られてたんだ……)
ユグリッドは心の中で呟き、もう生きてはいけないと悟る。
自分の失態はすでに「主」に伝わっていた。ミスを挽回しようと勝手な行動をとり、返り討ちにされて「主」の手を煩(わずら)わせてしまった。
自分はもう用済み。
こんな失態を犯してしまった自分は死をもって償う事しかできない。
(……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……)
やっと動き始めた歯車。
その最重要のピースを失ってしまった損失はあまりに重く、罪深い。
ユグリッドは心の中で謝罪しながらボロボロと涙を流す。
“回収”されたのは、自らの手で終えさせないと気が済まないと言った「主」の考えによるものだと判断し、ただただ死への恐怖と罪悪感に身体を震わせる事しかできずにいた。
トプトプトプッ……
ワインをグラスに注ぐ「主」を直視することもできずに、ユグリッドは地面に溜まる涙を見つめていた。
コツコツコツッ……
足音が響き、綺麗な靴が視界に入ると、更に涙腺を刺激される。
「ご、ごめんなさ、」
「間に合ってよかったよ、ユグリッド」
ポツリと呟かれた言葉に、ユグリッドはグチャグチャの顔を上げた。そこにはいつも通り、ニコニコと笑顔を浮かべ、グラスを差し出してくるローディアの姿があった。
「…………えっ?」
「よく頑張ったね。あの九羅魔(クラマ)をあそこまで追い詰めるなんて、さすが“私の子”だよ」
「……父、ロ、“ローディア様”」
「フフッ……。“父様”で構わないさ。本当に誰にでもできることじゃない」
「……うっうぅ……」
ユグリッドは泣き崩れた。
あり得ない失態を犯したはずの自分にかけられる言葉じゃない。『敗北』は許されるべきことではなかった。
「空蝉のローブ」の存在も……、「05」の言葉が真実であるという確証も……。
“相手”に……。「主」がひた隠しにしてきた数々の情報を、自分は“アード・グレイスロッド”に与えてしまった。
ルフの街にも違和感は残っただろう。
「勇者パーティー襲撃事件」。
取り残してきた眷属の5人と“05”。
グチャグチャに壊した勇者パーティー行きつけの酒場。住人の中には不審に思う者も多いはずだ。
勇者パーティーが「この街には吸血鬼が蔓延っている」という、信じられないような言葉に信憑性を与えるような行動をとってしまった。
命こそあれど、完璧なる敗北。
これまで「主」が積み上げてきたものを自分は無に帰してしまったのだ。
ユグリッドの罪悪感は最高潮となる。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。父様……、ローディア様……!! 僕の……僕のせいで!! うぅ……、僕が勝手に動いたから、ローディア様に嫌われる事を恐れて、」
ギュッ……
ローディアはユグリッドを抱きしめた。
「私がユグリッドを嫌うはずがないんだけどな……」
「うっ……うぅ……ローディア様ぁあ……」
「いいんだ。わかっている……」
「ごめんなさい! ごめんなさい……僕、僕ぅ……うぅうっ!!」
「本当によく頑張った。私は君を誇りに思うよ?」
「ぼ、僕……。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!! うぅ……うわぁあん……」
ユグリッドはローディアに抱きしめられながら号泣した。背中を撫でてくれる温かい手に涙腺が壊れてしまった。
もう……2度と。
もう2度と“この方”を悩ましてはならない。
もう2度とこの方を悲しませてはならない。
もう2度と失態を犯してはならない。
もう2度と間違えてはならない。
ユグリッドは自らの全細胞に深く深く刻み込んでいく。
「うぐっ……うぅっ、うううう!」
見た目通り子供のように泣きじゃくり、必死でローディアにしがみつくユグリッドの背中をローディアは優しくさすり続けた。
「よしよし。怖かったね……」
「ローディア様……ローディア様!! 父様!! 僕はあなた様と一生を共に……!! もう2度とこのような事は……!!」
「ああ。もちろん、これからも期待しているよ」
「うぅ……うっ……!!」
「君なら大丈夫。きっと私と共に“理想郷”を実現できると信じているよ?」
「……は、はぃっ! もう2度と!! ローディア様が“最終決戦(ラグナロク)”で、」
「『そのためには』……、あっ、すまない。……今はゆっくりと休むといい。ユグリッドも疲れているだろう……」
ローディアはフワリとユグリッドを離すと、「ふっ」と困ったような笑みを浮かべて、ポンッとユグリッドの頭を撫でた。
「…………は、ぃ……」
ユグリッドの涙は止まっていた。
“そのためには”……?
そのためには? そのためには? そのためには? そのためには? そのためには?
ユグリッドの頭にはローディアが言いかけた言葉がグルグルと巡っていた。
「フフッ……。しっかりと休んでおくんだ。これが私からのお願いだ」
ローディアは苦笑しながらユグリッドに伝えると、パチンッと指を弾いた。
ポワァア……!!!!
座り込んだままのユグリッドの下には魔法陣が浮かび上がり、光に包まれていく。
ユグリッドの視界が光に包まれる瞬間。
「……ちゃんと休むんだよ、ユグリッド……」
ポツリと呟き、「ふぅ~……」とため息混じりに苦笑したローディアの困った横顔に心臓がバクンッと跳ねた。
パッ……!!
送られた場所は、研究施設(タルタロス)のユグリッドの自室だ。
「……くっ……!! どうすれば、どうすればいい!? “そのためには”、“そのためには”、“そのためには”……?! 僕は『主』のために、ローディア様のために、父様のために、何ができる!!!!」
ユグリッドは絶叫した。
“そのためには”……。
ユグリッドにはその先の言葉がわからない。
検討もつかない。至高の存在である「主」と同じ答えが見えるはずがない。
でも、見つけなければならない。
こんな自分を許すどころか、優しく抱きしめてくれた。「休め」とお願いしてくれるなんて。
ユグリッドが休めるはずなんてなかった。
「どうすれば……くっ、うぅ……くそ、クソ、クソッ!! あっ、ぁああっ、ぁああああ!! クソォオオオオ!!」
ユグリッドは髪をかき乱し、大絶叫した。
なんの答えも導き出せない。
何をどうすればいいのかわからない。
「主」の優しさに応える事もできない。
『無能な自分』に腹が立って仕方がなかった。
※※※※※
ユグリッドを見送ったローディアは無表情でワインに口をつけた。先程までの、ユグリッドに見せていた優しい表情の片鱗すらない。
ワインを舌の上で転がしてゴクリと飲む。
「……“ユグリッド以外”を集めようか」
ローディアは誰もいないはずの私室でポツリと呟いた。
「承知致しました、“ローデン様”」
深い闇の中から声が響いた。
顔は確認できないが、その執事姿の男は音もなくパッと部屋を後にした。
「さて……あと“5手”でチェックメイトだ。……本当に無限のように感じていたよ。この一年という短い時を……」
1人になった私室の中。ローディアは満面の笑みを浮かべ、またワインに口をつけた。
※※※※※【あとがき】※※※※※
コメント、誤字報告、心から感謝です!!
フォロー、☆、レビューに突き動かされ、今日も更新できました!
「更新がんばれ!」
「ローディア、ヤバいヤツやん!!」
「逆に褒めるとか鬼畜!」
と少しでも思ってくださった読者の皆様。
☆☆☆、コメントを頂けますと書けますw
頑張りまーす! 今後ともよろしくです!
追記
地道に書き溜め中です!
10万文字で2章完結したら、随時更新していきますのでフォロー、よろしくです!
また、新作を投稿してます。
『【皆無】はバカで【雑魚】は笑えない〜最強の賞金稼ぎと天才暗殺者は、別大陸に駆け落ちして、初めて冒険者を知り、『新婚無双』を繰り広げるそうです〜』
https://kakuyomu.jp/my/works/16818093089150063811
作風が似ているので、こちらも合わせてお楽しみ下されば幸いです!
「俺、パーティー抜けるわ」が口癖のスキル【縮小】のDランク冒険者、聖女と結婚して勇者パーティーに加入するハメになる 夕 @raysilve
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