恐怖の(一部自粛)婚殺人事件

恐怖の(一部自粛)婚殺人事件

「あ……あんたねぇ、何（なん）を（ば）考えとっとね？ 折角、仮釈放されて娑婆に戻って来られたとに……」

　その男が性犯罪と誘拐と監禁の容疑で刑務所に入っていた間、日本は大きく変っていた。

　高度経済成長を迎え、一般家庭にはＴＶ、冷蔵庫、洗濯機が有るのが当然になり、そしてＴＶも、少し前に、カラーが白黒を抜いたらしかった。

「すんません。でも……この十年ばっかし……あのクソに仕返しを（ば）する（すっ）事（こつ）だけが楽しみやったとです」

　そして、今度は殺人の容疑者となった男は、取調べの警官に、すまなそうにそう言った。

「前の（ん）事件も大概やったとに……全く……。はい、動機は何ね？」

「はぁ……前の（ん）事件の裁判の時に……」

「やれやれ……前の（ん）事件の裁判の記録を（ば）取り寄せんといかんとね……」

　まだインターネットが存在しないどころか、ファクシミリすら、ほとんど普及していない時代であった。

「ええ……裁判の時にあいつが……」

　その男は十年ほど前に、ある女性を強姦した後、自宅に連れ帰って監禁した。

　そして、逮捕後に「手籠めにした女を嫁に出来るのは、この近隣で昔から有る風習だ」と主張したが、当然、裁判で認められる訳も無かった。

「あいつが……あんな（あぎゃん）事（こつ）さえ言（ゆ）わんかったら……お……俺（おい）は……刑務所に入らんでも済んだかも知れんかったと思うと……」

「あんねえ、あんな（あぎゃん）事（こつ）やって刑務所に行かずに済む訳、無かやろ」

「でも、あいつの証言さえ無けりゃ……」

「何を（ば）言うとっとね？」

「け……けど……」

「『けど』も何（なん）も、あんたが刑務所行かずに済む訳とか無かやろ」

「けど……俺（おい）は前科者（もん）で、あいつが嫁や子供と幸せに暮しちょるって不公平ですよ。……だって、あいつも俺（おい）と同じ事（こつ）ばした、って、正月に親類が集った時に、言（ゆ）うとったとですよ」

「はぁ？ 何を（ば）言（ゆ）うとっとね？ ともかく、あんたの従兄弟は、裁判の時に、何（なん）って言った（つ〜たと）ね？」

「はい、『手籠めにした女を（ば）嫁にしていい（よか）なんて（とか）、そんな（そぎゃん）馬鹿馬鹿しか風習が有る訳無い（あるわけなか）でしょ。俺（おい）と嫁も普通に見合いで結婚しました。まさか、あいつが、あんな（あぎゃん）馬鹿馬鹿しか冗談（ぞ〜たん）を（ば）真に受けるほどの馬鹿とは思いませんでした』って……」