第8球 ᚣ

第7球目はこちらです。

「第7球 そして」

https://kakuyomu.jp/works/16817139555266066744/episodes/16817139557479110993




「ふざけるな!!」

 拳でテーブルを殴りつけると、思った以上に音がした。しかし、聖オーラブ王の感情は、一向に収まる気配がない。

「全て――、全て、幻だ!! このような幻想で、私を騙せると思うな!!」

 食事用の長テーブルに、純白を装ったテーブルクロス。滑らかな布の表面が、一瞬の内にしわになる。波打った不規則な模様が、彼の怒りを表していた。

「何をそんなに、怒っている」

 彼の向かい合った先には、例の異教の神がいた。枯れたように、白い髪。魔術師のように、長いローブ。片方の眼球はどこかへ失せて、黒い闇のみが広がっている。

「お前が昨夜、ベッドの上で視た夢は、遥か遠い未来の出来事。……そこにフレイヤや私がいたのなら、それが紛れもない『事実』だ」

「黙れ!! 貴様が何か、魔術の類でも掛けたのだろう!!」

 何でもないテーブルの距離が、何故が妙に遠く感じる。その摩訶不思議な感覚が、余計に王を苛立たせた。

「ほぉ? 私から、魔術の気配を感じると? ……くくく! さすがは、妖精の血を引く、人の子だ!」

「何が『妖精の子』だ!! いつも、いつも、わけの分からぬことばかり……!!」

 偉大なる聖王は、神の言葉を否定する。……確かに、彼は歳老いた乳母から、「妖精のフレイ、その尊い子孫」と言って聞かされ、以前はそれを信じていた。だが、少しばかり頭を働かせれば、全くの偽りであると分かるだろう。このような言い伝えは、王が自らの権利を主張するための、ただのでっち上げに過ぎない。

「兎にも角にも!! この国の民を騙せたとて、この私だけは、騙し切れると思うなよ――!!」

 熱の入った聖王は、テーブルの上を何度も叩いた。神は相変わらず、余裕のある笑みを浮かべている。

「まぁまぁ、少し頭を冷やせ。お前のために、未来から土産を持って来たぞ」

 彼はパチンと指を鳴らし、次いで王の器を指した。いつの間にか、謎の固形物がのっている。表面は茶色く滑らかで、その上ほとんどにおいがない。

「ちょこれいと、と言うらしい。思った以上に甘ったるいが、食べてみてはいかがかな」

「なっ……何だ、これは……!」

 王は小さく顔をしかめた。体のありとあらゆる部分が、拒否反応を示している。

「こんなもの……! 食べられるわけが、ないだろう……!」

「そうか、それは残念だ。まぁ良い。ならば、私がいただこう……」

 神は再び指を鳴らし、自ら固形物を口にした。「甘ったるい」と言いながら、意外にも、それを気に入った様子だった。

「……だが、これでよく分かっただろう。我々は決して消えることはない。例え、お前の信じる神が、どれほど偉大であってもな」


 ――つまり、お前のやること成すこと、全ては全くの無駄なのだよ。


 神はまるで、そう言いたげな様子だった。王のおこなうキリスト教化など、何の意味もないのだと、そう言わんばかりに。

「異教の神、オーディン……!!」

 王は歯を食いしばった。――ここで屈したら、己の負けだ。異教の神に、異教の概念に、決して跪いてはいけない。全ては国のために。……そして、神のために!

「貴様が何をしようと、私の信じる神は変わらん!! そして、それは間違いなく、貴様ではない!!」

 王の言葉に、神は嘲笑を浮かべた。冷たく澄んだ眼差しと、凍りついた言葉をもって。

「……ならば、抗え。私の視せる、『未来』からな」

 ぱちん。

 神は再び、指を鳴らした。




第9球目はこちらです。

『第9球 すると』

https://kakuyomu.jp/works/16817139555266066744/episodes/16817139557855398137

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