第6球 ᚢ

第5球目はこちらです。

「第5球 それで」

https://kakuyomu.jp/works/16817139555266066744/episodes/16817139556442277835




「――ってなことが、あったんですよ」

 ……うーん。何でこんなこと、言っちゃったんだろ。英単語の小テストで、思ったよりもいい点が取れたからかも。

「へぇ……。フレイヤが、ねぇ……」

 駅前のビル群の一角にある、とある予備校の自習室。名前を聞けば、「ああ、あそこね」って、誰でも分かるようなところ。私は国語の問題を解くフリをして、木本さんとお喋り……いや、気分転換をしていた。だって、疲れちゃったんだもん。英語の小テスト・過去問演習・長文読解のトリプルコンボで。

「やっ、やっぱり、ヘンですよね! あははぁ、私、寝ぼけてたのかなぁー、なんて……」

 あーあ、私のバカ! 木本さん、ちょっとポカンとしてるじゃない! そりゃあ、そうだよね! だって、いきなり女神が家にやって来たなんて、異世界ナントカものでしかあり得ないもん!

 ――正直に言うと、私自身、夢でも見てたんじゃないかなぁって思う。白い猫が二匹来て、「フレイや」……じゃなくて、「フレイヤ」が偉そうにアレコレ言っていたことは覚えているのだけれど、そのあとのことが、何故かとても曖昧で……。気がついたら、テレビのCMが流れていて、お母さんが「なに、みどり。ぼけっとしちゃって、どうしたの?」って言っていた。

 信じられない。全部、ウソみたいだった。

「そうかな。僕は別に、ヘンじゃないと思うよ」

 恥ずかしがっている私を見て、木本さんはにっこりと笑ってくれた。やっぱり、木本さんは優しい。

「それよりも、いいなぁって思うよ、本当に。フレイヤに会えたんだろ? 羨ましいなぁ」

 木本さんは、いわゆる神話や伝説の「オタク」って言うのかな、そういうことをよく知っている。ちょっとボサついた髪型で、某メーカーのジャージを着ていて、いつもにこにこと笑っている。毎日ズボン姿だし、声も低めだから男の人だと思っているけれど、もしかしたらハスキーボイスの女の人かもしれない。……つまり、よく分からない。本人は浪人中だって言っているから、少なくとも私よりは年上なんだろうけど。――まさか、多浪じゃないよね?

「いやぁ、でも、びっくりしましたよ。しかも、記憶もちょっと、曖昧ですし」

「無理もないよ。神を目の前にしたら、誰だってそうなるさ」

 ……何だか、びっくりしたと言うか、こんなにすんなりと信じてくれるとは思わなかった。私の奇想天外な話を前に、うんうんと頷いてくれるなんて。

「……あのぉ、おかしいとか、ウソだとか、そういう風には思わないんですか?」

「え? 何で?」

「あ、えっと、その……。私だったら、信じないかなぁって、思ったんで……」

 木本さんは、至って冷静な様子だった。逆に、私の方がおかしいんじゃないかって、そう思ってしまうぐらいに。

「もちろん、信じるよ」

 春風に溶ける桜の花びらみたいに、木本さんは言った。

「だって、全部、本当のことだからね」


 ――ああ、まただ。また、この感じだ。

 私たち以外の全てが、止まったような感覚。


 自習室に入って来る人。真剣な顔でページを捲る人。人目を盗んで飲食をする人。皆が皆、微動だにしない。

 木本さんは、笑っていた。だけど、私の知る、木本さんではなかった。




第7球目はこちらです。

「第7球 そして」

https://kakuyomu.jp/works/16817139555266066744/episodes/16817139557479110993

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