第4球 ᚡ

第3球目はこちらです。

「第3球 次いで」

https://kakuyomu.jp/works/16817139555266066744/episodes/16817139556152309523




「みどり、ご飯できたわよ」

 英単語でも暗記しようと思った矢先、お母さんに声を掛けられた。勉学に注がれるはずのやる気ってのは、いつだってすぐに削がれてしまう。

「あれ、勉強中だった? もう少し、後にしようか?」

「ううん、いいの! お腹空いたから!」

 ご飯は冷めると不味くなる。だから、何よりも優先しないとね。適当な言い訳を並べつつ、私はお決まりの席に座った。

「この焼き鳥、結構おいしいわね。売れ残りだったから、期待してなかったけど」

「お母さんが作ったんでしょ? 余計においしく感じるよ」

「作ったって言っても、肉を串に通しただけ」

 クーラーの効いたリビングで、焼き鳥を片手にジュースを飲む。こんなささやかすぎる「幸せ」が、受験生の私には何よりも楽しかった。

「そう言えば、みどり。受験科目は決まったの?」

「あぁ、うん……」

 ……言えない。未だに社会科目で悩んでるなんて、言えるわけないよ。

 私のお母さんは、何でもかんでもズバッと決める。「決まってない」なんて言ったら、きっと怒られるに違いない。だから私は適当に、「とりあえず、世界史でもやろうかなぁ」と返しておいた。理由は単純。つけっぱなしのテレビ番組が、北方戦争の話題だったからだ。

「へぇ、世界史ねぇ……。お母さん、全然分からないわ」

「勉強してみると、結構楽しいよ。ほら、ああいうことをやるの」

 テレビに映ったスウェーデン軍を指差すと、お母さんは「ふぅん」と言って、ぐいっとビールを飲み干した。特段、興味もない。そんな感じだった。

「まぁ、決まったなら、別にいいわ。ほら、もっと食べなさい」

「うん、ありがと」

 お皿の上にのった、タレと塩の焼き鳥。私は塩が好きだ。何となく、甘辛い味つけより、シンプルな方がいい……。


“Miau”

 ……そのとき、テレビの近くの大窓から、猫の鳴き声がした。丁寧なナレーションに従うように、小さく「ミャァウ」と鳴いている。

“Miau”

 雪のように真っ白な、はちみつ色の目をした猫。私はすぐに分かった。……あの子、帰り道に転げ落ちた、塀の上にいた猫だ。

「何で、ここに……」

 もしかして、私の後を、ついてきたの? そう思ったのも束の間、また一匹、真っ白な猫が増えていた。琥珀色の目を見開きながら、同じく「ミャァウ」と鳴いている。


「全く、気の利かぬやつだな」

 ――驚きすぎて、声も出なかった。お母さんの席の上で、見知らぬ誰かがふんぞり返っていたのだ。

「貴様はいつまで、主と猫を引き離すつもりだ? さっさと戸を開け、そして歓待せよ」

 そこにいたのは、女の人だった。繊細な布地でできたドレスに、細かい刺繍の入ったローブ。流れるような金髪は、心なしか、赤みがかっているように見える。

 ……お母さんは、どこに行ったの? 何で私は、知らない女の人と、たった二人きりになっちゃったの?

“Miau, Miau”

 リビングに通された猫たちは、女性の周りで戯れ始めた。私は頭が追いつかない内に、ボウルにミルクを注いでいた。……だって、「歓待しろ」って言われたから。

「ど、どうぞ……」

 猫はぴちゃぴちゃとミルクを舐め、「ミャァ」と一つ、あくびをした。一方、偉そうな態度の女の人は、勝手に焼き鳥に手を伸ばし、「味が濃いな」と言っていた。

「あ、あのっ……!!」

 いつの間にか、テレビの音は消えていた。電源が落ちたんじゃない。スウェーデン軍が「氷上侵攻」をしている映像で、ずっと止まっている。

「あなたは一体、誰なんですかっ……!?」


 ――その瞬間、二匹の猫は私を睨んだ。遠くの空では、烏が一匹、鳴いたような気がした。

「……貴様は」

 女の人は、串を置いた。黄金の瞳は鋭く、そして冷たかった。

「貴様は、神に名を尋ねるのか? それとも、無知を恥じる心がないのか?」

 ……彼女の言わんとしていることが、私には分からなかった。ただ、その場の雰囲気に、気おされていただけだった。

「い、いや……。えっと、その……」

 しばしの間、沈黙が流れた。猫たちは「ミャァウ」と戯れて、廊下の方へと駆けていった。壁に掛かった鏡の前で、毛づくろいでもするかのように。

「フレイヤ」

 女神はようやく、答えを返した。その言葉は、グラスの中の氷のように、凛として響いた。

「よく、覚えておけ」




第5球目はこちらです。

「第5球 それで」

https://kakuyomu.jp/works/16817139555266066744/episodes/16817139556442277835

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