鏡は冷たく六花を誘う(自主企画用作品)

中田もな

第2球 ᚠ


第1球目はこちらです。

「第1球 始まり」

https://kakuyomu.jp/works/16817139555266066744/episodes/16817139555527798261




「くだらん」

 聖オーラブ王は、飾られた玉座で背を反らし、目の前の青年を睨み付けた。彼の落ち着いた様子を見ると、どうにもこうにも、腹が立って仕方がない。

「『黒い鏡で、未来を視た』。……お前は確かに、そう言ったな?」

 ノルウェーの冬は寒い。侍女や召使いの慌ただしさと相反して、王の広間は実に冷えびえとしていた。

「ええ。私はこの目で、確かに異界の地を視ました」

 フード目深に被った青年は、白い髪を垂らしながら、銀色の鏡を取り出した。その鏡面は黒く塗りつぶされ、いかにも禍々しい風を装っていた。

「そこには、癖毛の少女がいました。彼女は鏡を見つめながら、白銀と呼ぶに相応しい、凍りついた雪景色を思い出しました。……そう、まるで、私たちの知る、寒い冬のようでした」

 その後も、青年は細かく「未来」を語ったが、それは王にとって、どうでも良いことだった。第一、魔術の真似事をしている時点で、怪しいことは目に見えていた。

「馬鹿ばかしい。口から出まかせを言いよって」

 王は鼻で笑い飛ばした。が、青年は全く動じることなく、むしろ哀れんだような瞳を携えて、王の顔を見た。

「この地を守る神々は、卑しい身分の私に、素晴らしい力を授けてくださったのです。……それこそ、陛下の神様とは大違いですよ」


 ――次の瞬間、王の疑念は確信に変わった。そして、一気に肩を怒らせると、感情的に怒鳴り散らした。


「黙れ!!」

 大声が響くや否や、王は手元の聖書を振り上げ、青年の頭に殴りかかった。もう少しだけ、王の動きが早かったなら、青年は鮮血を流して倒れていただろう。

「即刻消え去れ!! 異教の神、オーディンめ!!」

 最早、青年は身分を偽ることを止めた。憤怒にまみれた王の前に、彼は主神となって立ち現れた。

「……妖精の血を引く、人の子よ。いくら我らを否定しようと、この地から我らを消し去ることは、未来永劫、できはしない」

 神は聖書を一瞥し、そして光となって消えた。あとに残されたのは、妙に深く懐かしい、謎の言葉だけだった。

「今宵、お前は夢を視る。それは私が垣間見た、遥か遠い未来の続きだ」




「……くだらん」

 王は寝室に引き上げた後も、あの異教の神のことを忘れることができなかった。……いや、忘れられるはずなどない。王がキリスト教と共に生き、キリスト教化を押し進めてから、神はことあるごとに、王の前に現れたのだから。

「異教は否定されるべきだ。……そうだ。私は、間違っていない」

 かつて、北欧の王たちは、オーディンに縋ることを良しとした。北欧の神々を崇め、自身の正当性を主張することで、長らく国を治めてきた。そして人々も、同じ神を祀り、安寧と豊穣を祈った。

「私の信じる神は、ただひとり。いくら邪魔をされようと、私は決して、折れはしない」

 雪の降りしきる宮廷で、王は聖書の背を撫でて、そして深い眠りについた。それは夢と現の間の、遠いとおい旅路だった。





第3球目はこちらです。

「第3球 次いで」

https://kakuyomu.jp/works/16817139555266066744/episodes/16817139556152309523

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