第7球 そして
(https://kakuyomu.jp/works/16817139556144557017/episodes/16817139557477154988)
「だって、全部、本当のことだからね」
私はゆっくり唾を飲み込んだ。あの夕食のときと同じだ。周りのものがピタッと止まっている。私と…木本さんを除いて。
「本当は僕も会いたいんだよ、彼女に。だけど、いや……」
ぐしゃぐしゃと頭を掻いて、小さくため息をつく。
「僕と会うより先に、みどりちゃんの家に突然現れて、そんな偉そうに振る舞うなんてね」
私に向かって甘く優しく微笑んだ。周囲の異様な空気なんて気にならないように。
言い様のない不安感。ざわざわと森の木々が囁くような。
嫌な汗がつぅーっと背筋を伝って落ちる。
「ふふ。どうしたの?そんなに目を泳がせて。
別に君は夢を見てるわけじゃないよ。
その夜、たしかに君はフレイヤと会ったし、今は僕と話をしている。どちらも紛れもなく現実だよ」
どこか知らない人みたいな木本さん。いつの間にやら、髪は白く色褪せて、片目を覆うように垂れた前髪の隙間から、空っぽの
それは真っ黒の穴。底の見えない真っ暗闇。
思わず、息を飲んで一歩下がる。すると、木本さんは私の視線に気づいて、嬉しそうにウインクした。目玉の入っている方の瞳で。
「はは、これは代償さ。少し、欲しいものがあってね。
何かを得るために、それと相応しい対価が必要なのは、昔も今も変わらないだろう?」
何でもないことのように、肩をすくめて立ち上がる。何だか、外国の人みたいだった。
そして、隣の席でこっそりチョコを食べていた人の方に手を伸ばしたかと思うと、パッと掴んで口の中へ放り込んだ。時間が止まったようなその世界で、チョコの持ち主がそのことに気づくはずはなく、木本さんは何度か頬張ったあと、茶色く汚れた口元を満足そうにぬぐった。
「あぁ。この世界は広く、果てがない。
あの頃、僕たちが思いつきもしなかった原子だとか電子だとかのことを、当然のように君たちは学んで、量子の存在すら知っている。
トールに話したら、何て言うだろうね。また、あの時みたいに口論になるかな。ふふ、彼は自分の奮う雷の仕組みすら分かっていないだろうから」
クスクス笑う木本さんは、ベトベトになった手をなすりつけるように、チョコの持ち主の頭を撫でた。
「……まぁ、そもそも私たちの存在はもう古く、必要がないのかもしれないけれど」
呟くようにそういうと、パッと振り返って、私の顔を覗き込んだ。
「さて、東の果ての地の少女よ。
神に出会えた幸運を祝して、何か願いを聴いてしんぜよう。
さぁ、君は何を望む?それとも……」
優しく微笑む木本さん。その片眼には茫然とした私が映っている。ただ、もう一方の暗い眼窩の奥からは、吹雪の吹き荒れる白い世界の気配を感じた。
(https://kakuyomu.jp/works/16817139556144557017/episodes/16817139557808951311)
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