第9球 すると
(https://kakuyomu.jp/works/16817139556144557017/episodes/16817139557808951311)
「はい、あーん」
駅前のカフェ、テラス席。
向かいの席の木本さんがチョコレートムースケーキを一口すくって、こちらに差し出す。「恥ずかしがらないで」って彼は笑うけど、私は男の人と二人でカフェに来たことよりも、通り過ぎる人たちからの視線が気になってムズムズしていた。
というか、木本さん何かチャラくない?あの自習室での一件以来、急に女たらしみたいになったんですけど。
「いえ、私は自分のがあるんで」
私は冷静に断って、自分で頼んだサンドイッチを頬張る。パリッとしたキャベツに、分厚いしっとりハム。青空の下、食べるそれはいつもよりちょっぴり美味しく感じた。
顔をあげると、ホットコーヒーをすすっていた。もちろん、ブラックだ。……中性的な整った容姿の彼はコーヒーを飲むだけでも絵になる。黙っていればだけど。
私は小さくため息をつき、オレンジジュースのストローを口に含んだ。心地よい酸味が鼻から喉へと抜ける。
「……それで。今日はどうするんですか?」
ケーキを頬張ろうと大口を開けた木本さんの手が止まる。
「さぁ。どうしようね」
口元を拭り、いたずらっぽく微笑むと、メニューを手に取る。ムースケーキは2/3ほど平らげているのに、まだ何か頼むつもりなのか。
オレンジジュースの氷が溶けて、カランとストローが傾いた。
あぁ、せっかくの休日なのに、私は何をしてるのだろう。
空に浮かぶ白い雲を見ながら、あの自習室でのことを思い出す……。
「願い……」
口の中で繰り返すと、その言葉は何だか甘く素敵な感じがした。
「そう、願い事。何か欲しいものはあるかい?」
優しく微笑む木本さん。白い前髪の奥の真っ暗な眼窩がしゅっと細まる。
……あぁ、どう考えても罠だ。だって、さっき『何か得るには代償が要る』って言ってたもん。さすがの私もそれを忘れるほどの馬鹿じゃない。でも、……。
「ふふ。じゃあ、僕が先にお願いをしよう」
木本さんの澄んだ声が部屋に響く。
「探し物があるんだ。レーヴァテイン。
雄鶏を殺す魔法の剣で、フレイが失くした勝利の剣。また、僕の魔法の杖でもある。どう、探してくれる?」
雄鶏を殺す剣?魔法の杖?レーバ?テイン?わけが分からない。そんなもの、現代社会で簡単に見つかるわけがない。
「そうだろうね。だから、願い事なのさ。どう?やってくれる?
あぁ、もちろんひとりでとは言わない。そうだな……。今週、土曜日は予定空いてるかい?……うん、大丈夫そうだね」
いつの間にか、私の手帳を開いていた木本さんは『デート♡』と、勝手に週末の予定を書き込み、キザなウインクをしてみせた。目玉の入った方の瞳で。
――まぁ、そういうわけで、私は不本意な休日を過ごしている。
「というか、そもそもレバーテイン?って何なんですか?」
思わず声を荒げてしまった。クラシックチョコケーキを頬張っていた木本さんは一瞬目を丸くした後、クスクス笑う。
「ふふふ。たしかに。んー、そうだね。
レーヴァテインは――だよ」
急に吹いた強い風が彼の言葉を搔き消した。
「まぁ、何でもいいじゃない。
とりあえず、今日は遊ぼうよ」
いつの間にか、ケーキを平らげていた木本さんは立ち上がって歩き出す。
「え、待って。お会計は?」
ピタッと立ち止まると、彼はゆっくり振り向いた。そして、小さく舌を出し、苦笑いを浮かべる。
「ごめーん、お財布忘れたから、代わりに払っといてくれない?」
太陽が雲から顔を出し、カンカンと街を照らす。私は逃げるように去っていく木本さんを睨みながら、注文票をギュっと握りしめた。
まったく……。神様はどうしてみんなこうも身勝手なのか。
(https://kakuyomu.jp/works/16817139556144557017/episodes/16817139558207598214)
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