第9球 すると

前回『第8球 ᚣ』

https://kakuyomu.jp/works/16817139556144557017/episodes/16817139557808951311


「はい、あーん」


 駅前のカフェ、テラス席。

 向かいの席の木本さんがチョコレートムースケーキを一口すくって、こちらに差し出す。「恥ずかしがらないで」って彼は笑うけど、私は男の人と二人でカフェに来たことよりも、通り過ぎる人たちからの視線が気になってムズムズしていた。

 というか、木本さん何かチャラくない?あの自習室での一件以来、急に女たらしみたいになったんですけど。


「いえ、私は自分のがあるんで」

 私は冷静に断って、自分で頼んだサンドイッチを頬張る。パリッとしたキャベツに、分厚いしっとりハム。青空の下、食べるそれはいつもよりちょっぴり美味しく感じた。

 顔をあげると、ホットコーヒーをすすっていた。もちろん、ブラックだ。……中性的な整った容姿の彼はコーヒーを飲むだけでも絵になる。黙っていればだけど。

 私は小さくため息をつき、オレンジジュースのストローを口に含んだ。心地よい酸味が鼻から喉へと抜ける。


「……それで。今日はどうするんですか?」

 ケーキを頬張ろうと大口を開けた木本さんの手が止まる。

「さぁ。どうしようね」

 口元を拭り、いたずらっぽく微笑むと、メニューを手に取る。ムースケーキは2/3ほど平らげているのに、まだ何か頼むつもりなのか。

 オレンジジュースの氷が溶けて、カランとストローが傾いた。


 あぁ、せっかくの休日なのに、私は何をしてるのだろう。

 空に浮かぶ白い雲を見ながら、あの自習室でのことを思い出す……。

**************************************************


「願い……」

 口の中で繰り返すと、その言葉は何だか甘く素敵な感じがした。


「そう、願い事。何か欲しいものはあるかい?」

 優しく微笑む木本さん。白い前髪の奥の真っ暗な眼窩がしゅっと細まる。

 ……あぁ、どう考えても罠だ。だって、さっき『何か得るには代償が要る』って言ってたもん。さすがの私もそれを忘れるほどの馬鹿じゃない。でも、……。


「ふふ。じゃあ、僕が先にお願いをしよう」

 木本さんの澄んだ声が部屋に響く。


「探し物があるんだ。レーヴァテイン。

 雄鶏を殺す魔法の剣で、フレイが失くした勝利の剣。また、僕の魔法の杖でもある。どう、探してくれる?」


 雄鶏を殺す剣?魔法の杖?レーバ?テイン?わけが分からない。そんなもの、現代社会で簡単に見つかるわけがない。


「そうだろうね。だから、願い事なのさ。どう?やってくれる?

 あぁ、もちろんひとりでとは言わない。そうだな……。今週、土曜日は予定空いてるかい?……うん、大丈夫そうだね」

 いつの間にか、私の手帳を開いていた木本さんは『デート♡』と、勝手に週末の予定を書き込み、キザなウインクをしてみせた。目玉の入った方の瞳で。




**************************************************


 ――まぁ、そういうわけで、私は不本意な休日を過ごしている。

「というか、そもそもレバーテイン?って何なんですか?」

 思わず声を荒げてしまった。クラシックチョコケーキを頬張っていた木本さんは一瞬目を丸くした後、クスクス笑う。

「ふふふ。たしかに。んー、そうだね。

 レーヴァテインは――だよ」

 急に吹いた強い風が彼の言葉を搔き消した。

「まぁ、何でもいいじゃない。

 とりあえず、今日は遊ぼうよ」

 いつの間にか、ケーキを平らげていた木本さんは立ち上がって歩き出す。

「え、待って。お会計は?」

 ピタッと立ち止まると、彼はゆっくり振り向いた。そして、小さく舌を出し、苦笑いを浮かべる。

「ごめーん、お財布忘れたから、代わりに払っといてくれない?」

 太陽が雲から顔を出し、カンカンと街を照らす。私は逃げるように去っていく木本さんを睨みながら、注文票をギュっと握りしめた。

 まったく……。神様はどうしてみんなこうも身勝手なのか。


次話『第10球 ᚤ』

https://kakuyomu.jp/works/16817139556144557017/episodes/16817139558207598214

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