第11球 またね
(https://kakuyomu.jp/works/16817139556144557017/episodes/16817139558207598214)
「そうでなくちゃ、面白くない」
彼がパチンと指を鳴らすと、周囲の空気がパッと変わる。あぁ、また世界が止まった。
「世界が止まった?違うよ。よく見て」
そう言われて、辺りを見渡し、ハッと息を飲む。
さっきまで、鮮やかな魚たちが泳ぎ回っていた青い水槽。私たちがうっすら映ったガラスの先は、いつの間にか一面の雪景色。まるでいつか夢に見たような白銀の世界。
冷たい空気を吸いながら、恐る恐るガラスに手を伸ばす。ぼんやり映った私の姿が私の息に白く曇る。後ろで微笑む木本さん。ほんのちょっぴりハッキリ映る。
「おや、今度は目を覚まさないか。まぁ、いい」
コツコツと、彼の歩く音がそこに響いた。
「『決めつけ』ね。たしかに君の言うとおりだよ。でも、」
雪景色をじっと見つめる彼の姿は何だか少し寂しそうにも見えた。
「その幸せが君たちのただの『思い込み』かもしれないことは変わらない」
「そんなの……」
「そう、これはただの屁理屈だ。でも、しょうがないだろう?
君たちは水槽の中しか知らない哀れな魚で、檻の中の愚かな鼠だ。世界のほんの一部しか見えていない。そんな君たちに真実の理解は難しい。それに、」
彼はすーっとガラスに片手を突っ込んだ。水に沈むように通り抜ける。太く歪んだ手の先を確かめるようにぐりぐり回す。
「君たちは世界を正しく認知できない。信じる『真』はいわば醜く歪んだ鏡像だ。積み重なった『思い込み』が光を曲げて、反射する。まさに、このガラスのように」
彼はガラスの奥で、ぎゅっと手を握りしめた。水槽のガラスはパリンと弾けるように砕け散り、雨のように床へと落ちた。流れ込んだ冷たい空気が足元を通り抜ける。
「じゃあ、……。それじゃあ、どうすればいいんですか?」
「ははは、そうだな。どうすればいいんだろうね。『知恵の鮭』でも食べてみるかい」
彼が笑って指を鳴らすと、大きな鮭が宙を泳いで私の前に現れた。
「焼き鮭にするといいよ。ちゃんと全部食べるんだよ」
ほんのり光る鮭が私のことをじっと見つめた。その瞳は普通の鮭と違うような気がしたけれど、何を考えているのかは分からない。何かを喋っているように、小さな口がパクパク動いた。
「……願い事には代償がいるんですよね?」
口の中が乾いてベタベタしていた。
「そうだね」
身体が酷く冷えてきて、頭の奥がぼーっとする。だけど、なぜか胸の奥に燃え盛るような熱を感じた。
「じゃあ、願い事はしません」
驚いた顔をする木本さん。でも、真っ暗な眼窩が一瞬、嬉しそうに細まった気がする。
「私は自分で願いを叶えます。別に、願い事なんて今はないですけど。私のことは私が決めます」
「そっかー。残念だなー」
くるっと背を向けると、わざとらしく残念そうな声をあげた。
「せっかく、レーヴァテインを取り戻せると思ったのに。あーぁ、またフレイヤに怒られちゃうな」
いつの間にか、辺りは元に戻っていた。淀んだ生暖かい空気が肌を撫で、水やポンプの音が耳を満たす。
「巻き込んで悪かったね。アース神族を代表して、謝罪と感謝を。
僕たちは君たちが何を信じようとも、勝手気
パチンと指を鳴らす音が聴こえた。木本さんの姿はどこにも見えなくて、ただほんのり甘い香りだけが辺りに残っていた。
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