第8話

捕まえたティーを引きずりながら、ロリポットの後を追った。錆びた廃材の山を登り、ロリポットたちのたどり着いた先は、廃工場の跡地にめり込むように停泊する、巨大な輸送船だった。トリポッドはこの船を工廠艦と呼んでいるらしい。こんな船があったなんて、俺は今の今まで知らなかった。

 カムフラージュの網に隠されている船体は、意外にも整備が行き届いているように見えた。工廠艦から吊るされた縄梯子を上るよう催促され、工廠艦のブリッジまで俺たちは案内された。

 ついていなや、「食料を持ってくる」といって、ロリポットは廃工場の方へ戻ってしまった。そのまま、俺と火伏は待ちぼうけを食らう。輸送船の船長席に座った火伏は、まんざらでもなさそうにくつろいでいた。

「お腹すいたねー」

「そんなことより、レンジャーの巡視艇が来るかもしれん」

 俺は貧乏ゆすりしながら言った。こうでもしないと落ち着かない。

 その時懐中時計が、独り言をつぶやいた。

「どうしよ」

 ゼットは変身を解いた時から、ずっとこんな感じで打ちひしがれている。

「頼りねえなオイ。お前神さまなんだろ?」

「ティーはまだ眠ったままで、起動していない。生贄だけでは役に立たんよ。私と融合することも、ディクタトルを屠ることもできない」

「お前、失敗した時のこと考えてなかったのか? 」

 ゼットが思い描いていた戦略は、ティーが居なけりゃ成り立たない。じゃあこれからどうするか。それは俺が考えなきゃいけないらしい。火伏にいい考えがある気はしないし。

 ディクタトル本体は、監政島に設置されている。だが、監政島は数百のレンジャーと、一万人の突撃隊で防御されている。テンペストでも、それを相手にするのは不可能だろう。そんな重防御の監政島に乗り込むにはどうすりゃいいか。大兵力が必要だ。そのための重装備と兵隊が要る。けれど、反乱を起こす兵士が居ない。

 これから作るにしても遅すぎるし、この世界の人間は、反乱なんかに興味は無いだろう。他人の心に期待するくらいなら、首を吊った方がマシな死に方が出来る。

 火伏はいつからか、俺の顔をぼっーと見つめていた。

「楽しそうだね」

 と火伏。

「なにがだよ」

「考え事。いい考え思いついた?」

「思いついたなら、こんな不機嫌な顔をしていない」

 俺が鼻を鳴らした時だった。ロリポットの集団が、ブリッジ内にどおっと流れ込んできた。

「オマタセ、マッタ?」

 どいつも、両腕に缶づめを抱えていた。

「缶詰?」

「難破していた船から、三日前拾っタ。我々には不要、お前たちは必要」

 ロリポットはその缶をぞんざいに、作業台の上に放り投げてくる。こいつら、ホントにメイドロボなのか?

 ラベルを見てみる。乾パン、クローンチキンのソテー、牛乳とマメの煮物、クロレラのペースト、ユービック万能薬、倍々マンジュウ、チーズマカロニ。煙草。缶は茹でられていて暖かい。が、どれも突撃隊の補給用品でめずらしくもなかった。しかも煙草の箱とユービック瓶まで茹でてあった。アホか。

 俺はベルトに吊るしたダイバーナイフを取り出して、缶のフタをこじ開けた。それを、ティーの生贄に差し出してみる。

「食えよ」

「い、いらない」

 哀しげな瞳の女は、ぷい、と、膝小僧に顔をうずめた。そして、泣く。泣くのが好きだな。俺は泣くのは好きじゃない。疲れるから。

「じゃあ貰うぜ」

 俺はばっさばさのクローンチキンステーキを食いちぎる。 

「それわたし苦手ー。きもちわるい」

 火伏が渋い顔で舌を出して言った。

「八本足で羽六枚のニワトリの肉だからな」

「ほかなにあるかな」

「こんなかで一番マトモなのは、チーズマカロニだ」

「じゃあそれ開けてよ」

「嫌だと言ったらどうする?」

「泣く」

「お前まで泣くな。開ければいいんだろ開ければ」

 マカロニの缶を火伏に渡した頃。ソラリスがつかつか歩いてきた。

 ソラリスは、火伏へ恭しくオジキをした。その仕草だけを見ると、侍女そのものだ。

「あなたのおかげで、我々は十分な電力を補給できた。感謝します火伏閣下」

「よしなにー」

 お偉いさん認定されたからか、火伏の態度にすこしばかり余裕がある。

「ところで閣下。あなたとその従者に見せたいものがありまス。よろしいカ?」

 従者って、俺か? 火伏と俺で扱いが違いすぎるだろ。

「いいよ。なぁに?」

「ようし。われらのクロガネを起動させヨ」

 ソラリスが片手で何らかのハンドサインを示すと、ロリポットたちはばっと散らばっていく。やつらは色々な機械を手当たり次第に動かし始めた。

「クロガネ? なんだろう。すえひろは知ってる?」

「知らねえよ。別に俺は、こいつらの専門家でもねえぞ」

 顔を見合わせて、首をかしげた時。

 突然、轟音と共に目の前の甲板が動き、真四角な穴がぽっかりと空く。

「ぎゃあっ!」

「あの。おびえた時、わたしに抱きつくのやめてくれる?」

「う、うるさいっ! 抱き付きたくて抱いてる訳じゃ……」

 ロリポットたちが合唱を始める。ブリッジから見える前部船室から、白い炭酸ガスが吹き出した。電子音の合唱が響く中、巨人が船室から立ち上がってきた。

 太い手足と細い胴体を持つ鋼鉄の巨人だった。巨人の大きさは、三十メートルを優に超えていた。全身は刺々しい装甲板で保護されている。

 よくは見えないが、背中には無数の発射口が見えるミサイルコンテナを二つ背負っている。顔は鋭角で形作られたマスクとヘルメットに覆われ、一つ目がその奥に嵌っていた。

 見た目は強そうだった。だが、あらゆる装甲が赤く錆び果てており、両足に至ってはツタが絡みついている。そして、痙攣する薬中のように、四肢が細かく震えていた。

「あの。なにこれ」

 火伏はぽやんと『それ』を見つめて言った。

「彼こそが、我々の切り札、クロガネでありまス。先ほどの過充電のおかげで、彼を呼び覚ますことができるかもしれなイ。我々ロリポッド隊は、彼を護衛するための補助戦力でしかありませン。彼は火星で永遠に、地球圏の守護者として君臨する予定でしタ」

 ソラリスが滔々と説明する間中、クロガネの巨体は振動していた。振動はとうとう船を揺さぶり始め、関節の隙間から黒煙が立ち込める。

「火伏、俺の後ろに回れ」

「え? なんでえ」

「いいから」

「はぁい」

 火伏が首をかしげながら、俺の背中に手を置いた時だった。 

 ぼごぉん!

 クロガネの胸部装甲が木っ端みじんに吹き飛んだ。飛び散った大きな破片が、ブリッジにいるロリポット数体に直撃する。背中の後ろにいる火伏が言う。

「今回は、びびらなかったじゃん。えらいえらい」

「予想付いたからな。それでロリポット共。こりゃなんの騒ぎだ」

「おかしい。こんなはずでは。また起動に失敗した。クロガネが勝手に壊れるなんて」

 さっきの爆発で頭の吹き飛んだロリポットが、無い頭を抱える仕草をして言った。

「壊れたんじゃなくて壊したんじゃねのか。にしても頑丈だなお前ら」

「我々は、戦闘用のロリポット機種なのヨ。メイド用のロリポットにはない、兵器操作OSを持っているワ」

 ソラリスが、転倒した仲間を抱え起こしながら言う。

「兵士? お前たちは何のために作られたんだ」

「我々は、火星総督府の政府要人を警備するための戦力だっタ。この島で製造されて以来、その任をひたすら待っていル。しかし、クロガネはその任に堪えられるかどうか、わからなイ。また起動に失敗してしまったワ」

 クロガネの関節から、火の柱が立った。ロリポット数体がどこからかホースを持ってきて、海水をぶっかけ始めた。その動きは明らかに手馴れている。ああ、クロガネが錆び切っているのは海水を浴びせられ続けてきたせいだな、と俺は理解した。

 頑丈で、数を揃えることができて、戦闘仕様。 それがロリポット。そして、切り札である巨大ロボット。ふむ。

「お前ら。そんなにこのデカブツを動かしたいのか?」

 俺は、腕を組んで、やつらに聞いてみた。

「もちろン。我々は彼の護衛のための構成要素。クロガネが万全になれば、我々は従前の力を発揮できル」

「ほー。なら、俺がクロガネの復帰を手伝ってやるぜ」

 俺が提案すると、虹の瞳は紅く光った。だが、ロリポットたちは目配せしあってから、残念そうに言う。

「充電出来ても、修理材料が全然足りなイ。鉄、チタン、ケイ素は工場から調達できル。けれど、電子部品に必要なレアメタルが足りないのダ」

 俺は、ほがらかな笑顔を作って、奴らを説得しにかかる。俺の表情を見て、火伏はぎょっとしていた。

「おいおい、俺の力を見ただろ? このデカブツの修理の為に、俺がレアメタルを持ってきてやるよ。その見返りに、俺の仕事を手伝ってもらいたい。なあに、俺の頼んだように、騒ぎを起こすだけでいいんだ。ロリポットによる、反乱だ」

「どうやって準備するの?」

 火伏が口をはさんでくる。

「レンジャーの基地から盗めばいい。奴らは東京内海中に、資源貯蔵倉庫の島を持ってる。その一つを襲撃するんだよ。ショートカットは基本だぜ」

 と、俺が言うと、火伏は驚きで固まった。どうも火伏の頭の中には、盗むという選択肢は、初めからなかったらしい。ロリポットたちもおずおずとこう言う。

「お前は、アクトウか」

「そうさ。俺はヴィランだ。善悪なんて所詮、屁理屈さ。お前らの取り分は、きちっと分けてやる。俺はフェアプレイを心掛けてるんだ。その点は保障する。俺はこの力を使って、奪う側に立ってやる。お前らはどうだ? この廃工場で錆びきって死にたいか? それとも力を存分に奮い、腐った世界を変えるか。二つに一つ。さあ、お前らはどっちを選ぶ」

 俺の魂の高ぶりに呼応して、紅いつむじ風が俺の身体を包む。

 ロリポットたちの虹目が、様々な色合いで輝く。グリーン、バイオレッド、パープル、ベージュ、ホワイト。

 最後に、その瞳は全てライトグリーンの光を灯し、答えを出した。

 オールグリーン。答えはイエス。俺とロリポットは同盟関係になった。

 

 俺と火伏のしばらくの住処は、この工廠艦に決めた。

 どうせ行くアテもねえし、廃墟に偽装されたこの船なら、レンジャーの巡回にも引っかからず、悪事に邁進できるだろう。

 とはいえ問題はある。たとえば、人間の寝られる場所がブリッジ奥の船長室くらいしかないことだった。隙間風が入らない、まともなベッドが整備されているのは、船長室だけだった。

 俺はバイクに積んであった寝袋を広げて、床で寝ることにする。

「ロリポットに何をやらせるの?」

 当然のごとく、ベットを占領した火伏が聞いてきた。

「ロリポットの反乱で、レンジャー軍の戦力を分断する。ロリポットとレンジャーが交戦している間に、クロガネを従えてテンペストが監政島へ殴り込む。ディクタトルを直接殺すには、それしかない。そのタイマンに勝つしかねえよ」

「……それで、ロリポットはどうなるの」

「さあな。ロリポット軍は時間稼ぎに使えても、レンジャー軍には勝てねえ。テンペストが監政島に突っ込むための、囮だ」

「じゃあ……末広は、ロリポットたちを捨て駒にする気なの」

「そうさ」

「それは、正しいことじゃないね」

「だがフェアだ。俺は悪のヴィランだぜ。美徳も悪徳も、方便さ。それしか方法が無いことは、分かってくれると思うがね」

 澄んだ紫の瞳が、俺を射抜く。対する俺の瞳は、濁っているに違いない。

 火伏は火伏なりに、世界の破滅を回避するつもりでいる。ただ、俺はこの混乱を踏み台に、のし上がりたいだけだった。

 火伏と俺。一方は理想を抱くヒーローで、もう一方は私欲に突き動かされるヴィラン。

 もし、テンペストが居なければ、俺たち二人は協力することも無かっただろう。

 やがて睨み合いに飽きたように、火伏は首を横に振った。

「わかった。末広はヴィランだもんね」

「俺との同盟は破棄するかい? 火伏閣下?」

「ううん末広。アタシには、君しかいないもん」

 年上のヒーローは、目を伏せて、自分の身体を抱きかいた。そのしぐさに、俺はすこしばかり、胸騒ぎを覚えた。ゼットのクスクス笑いが、懐中時計の蓋の隙間から聞こえた。

「でさ。これからそのために、どうするつもり」

 火伏は火伏なりに真剣な顔つきで聞いてきた。

「俺はクロガネを修復する材料を集めてくる。その間、火伏にいくつか仕事をやってもらうぜ。東京内海の地図が必要になる。火伏、お前の権限で盗めないか?」

「図書島の閉架に潜り込めば、できなくはないよ」 

「よし。それと、監政島の弱点を調べてくれ。多分、それは地図じゃ分からない。火伏なりに、あのハリネズミを研究するんだ。あとは必要な物資の横流し……うっへ!?」

 バァン!と唐突に船長室のドアが開き、俺は部屋の隅に飛びのいた。

 眼帯をつけたロリポット――ソラリスが、ドアの前に立っていた。

「ヴィランの末広。話がある」

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終末世界のヴィラン・ラプソディ 大守アロイ @Super_Alloy

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