第28話 終章

 ネパールの山中を中古のランドクルーザーが走っていた。運転しているのはタツヤで、助手席のソフィアは亡くなったジホの息子を抱いていた。

 タツヤたちは十年ぶりに二人が育った僧院を訪れていた。

「二人とも立派になったのお」

 白髪と白い髭のアルジュンはタツヤたちが僧院に居た頃のままだった。既に年齢は百歳を超えているはずだが、かくしゃくとして衰えはない。もはや仙人の域に入っているのだろう。

 タツヤとソフィアはジホの息子を養子にしていた。

 そして、子供だった頃のタツヤたちと同じく、僧院に預けることにしたのだ。

「お前たちも養父母と同じ道を歩くのか?」

 それは、タツヤとソフィアが家庭を持ち子供を産み育てる、普通の未来を諦めるという意味だ。

 ソフィアは黙ったまま俯き、タツヤが答えた。

「それが宿命です。でも、俺たちの絆は家族より強い」

 アルジュンは何も言わず、ただ頷いた。


 ネパールから帰国したタツヤは、三か月ぶりにヘッジファンド業務に復帰し、新生北朝鮮への投資案件に携わっている。

 ウジュとの約束通り、外国に住むウジュの妻子に匿名で相当額の送金も完了した。

 ソフィアはロシアのオリガルヒに潜入する新たな任務に就くことになっている。

「タツヤ兄さん、私たちこれで良かったの?」

 モスクワに向かう前夜、ソフィアはベッドの中でそう尋ねた。

「ああ。俺たちが普通であることに価値は無い。俺とソフィア、俺たちの息子、血が繋がっていなくても、どれだけ離れていようとも、俺は強い絆を感じている。そのことが何より大事だ」

「その絆は永遠のもの?」

「そうだ。家族の絆は失われることがあるが、俺たちの絆は繋がっていく」

 核の残る不完全な世界が続く中で、タツヤたちの使命は受け継がれていく。

 そうであるならば、タツヤたちの絆が失われることは無い。

 それは、不完全な世界の中で、タツヤたちにとって唯一確実なものなのだから。

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国連暗殺機関  暗殺者の呼吸法 品川 治 @osamu_shinagawa

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