2-5 会議は踊る  ……ヴィヴィカ

 煌々と明かりが灯る宮殿の中、会議という名のパーティは連日連夜続いていた。


 帝国軍による教皇府の包囲網が形成されつつある中、その後方では会議が行われていた。会議には主催者であるクリスティーナを筆頭に、宰相オクセンシェルナら〈帝国〉の首脳陣、各軍団の将軍たち、恭順したカール・ヴァイヒェルトの一門などそうそうたる顔触れが列席していた。その他には〈教会〉の外交使節や〈旅団〉の有力者たち、周辺都市の行政長官や各種業者、宗教関係者なども入れ替わり立ち代わり参加していた。

 会議では様々な議題が話し合われた。教皇府包囲戦、戦後処理、戦後体制、復興事業、領土問題、〈教会〉の政治体制、ユーロニモス三世の処断など議題は尽きなかった。しかし現状、会議で決定したことは何一つなかった。

 ヴィヴィカはクリスティーナの護衛として会議の隅にいた。クリスティーナの挨拶のもと、多くの参加者たちは豪華な食事を囲みながら歌と踊りを楽しんでいた。ヴィヴィカから見ればそれは会議というよりはパーティだった。


 何度目か、いつもと同じようにパーティが開かれた。今夜は今後の作戦方針の検討と、帝国軍の主力五軍団の慰労を兼ねた会議だった。

 第一軍団のトルステンソン将軍を先頭に、五軍団の諸将が拍手で迎え入れられた。剣こそ外してはいるが、将軍たちは軍装のまま参加していた。ほとんどが戦後に目を向けている中でも、実際に戦場に立つ彼らに気の緩みは見られなかった。

 ただ、黒い軍装の第三軍団だけは明らかに周りから浮いていた。軍装のままとはいえ、小ぎれいに着飾った他の将たちと違い、彼らはつい先ほどまで戦っていたかのように汚れていた。鎧は傷だらけで、服には血と泥が染みついていた。女王の御前だというのに髪すら整えていなかった。場違いな恰好を憚ることもないその様子にはさすがに身内でも眉を顰める者が多かった。あえて外してきたのだろうが、ヴィヴィカもかつての仲間たちの空気の読めなさには呆れる他なかった。

 第三軍団を見てカール・ヴァイヒェルトは露骨に嘲笑していた。彼は普段から誰に対しても紳士的かつ不遜な態度であり、クリスティーナはもちろんあらゆる方面から怒りを買っていたが、しかし超大富豪かつ〈帝国〉の遠征を支える重要人物でもあるだけに見過ごされていた。ただし、今日は違った。

 カール・ヴァイヒェルトと向かい合う黒い軍団は威嚇もなしに殴りかかっていた。先頭には第三軍団の軍団長であるマクシミリアン・ストロムブラードがいた。

 突然の乱闘に慌てるオクセンシェルナと文官の身なりをした国家憲兵隊と思わしき者たちが仲裁に入ってもしばらく場はざわついていた。カール・ヴァイヒェルトが相手の非礼を声高に主張する一方、ストロムブラード将軍と第三軍団はチンピラ同然の態度で話にならなかった。

「ちょっと行きましょう」

 クリスティーナが椅子から立ち上がると、ホルン兵長が近衛兵の配置を指示した。ヴィヴィカはクリスティーナのあとに続いた。

「相変わらず血の気が多いわね。我が黒騎士よ」

「これは女王陛下。お見苦しい姿を晒してしまいましたな」

「常在戦場の覚悟は素晴らしいけど、見境なく噛みつくのも困りものよ。もういい歳なんだから、子供みたいなことは止めなさい」

「全くその通りです。年甲斐もない無礼、申し訳ございません」

 クリスティーナが咎めるとストロムブラード将軍は頭を下げた。ただ、悪びれる様子はなかった。

 次に、クリスティーナはカール・ヴァイヒェルトに頭を下げた。こちらはこちらで悪びれていなかった。普段、協力者という立場で煮え湯を飲まされているだけに、今回のことはたぶん本気で謝ってはいないのだろう。

 カール・ヴァイヒェルトは一旦怒りを収めたが、さすがに今回の乱闘には気を悪くしたようで、さっさと退席した。カール・ヴァイヒェルトが去ると、クリスティーナはストロムブラード将軍に耳打ちした。

「ストロムブラード、誰か一人貸して。空気が悪くなっちゃったから、剣舞でもして仕切り直しましょう」

「わかりました。ちなみに相手は?」 

「ヴィヴィカ。あなた踊れる?」

「はい?」

 突然の言葉にヴィヴィカは回答に困った。

「では、こちらからは黒騎兵オールブラックスの隊長、黒き吹雪のペトリを出しましょう」

 ヴィヴィカが答える前に、ストロムブラード将軍は兄のペトリを指名した。軍団の隅の方にいた兄は兄で困った顔をしていた。

「お集まりの皆様、聞いてください!」

 クリスティーナの一声に、会場の視線が集まる。

「今日は我が軍の勇者たちが集まっていることもあって、皆様も普段とは違う激しいものをご所望かと思います。そこで、それに相応しい催しを披露いたしましょう!」

 そして、女王の指先が二人を指し示す。

「ちょうど、東の覇王プレスター・ジョンの血を引く騎馬民の戦士たちがここにいます。我が青骸布せいがいふの近衛兵、北風の騎士ヴィヴィカ! そして黒騎兵オールブラックスの隊長、黒き吹雪のペトリよ! こちらに!」

 二人はクリスティーナの前に呼び出されると、言われるがまま剣を持たされ、王侯貴族たちの輪の中に進まされた。


 意見する間もなく、まるで最初から示し合わせていたかのように、ヴィヴィカと兄のペトリはパーティ会場で剣舞を披露することとなった。


 剣舞といっても二人とも上流階級向けの上品なものなどできないので、自然と子供のころからよくやっている実戦形式の打ち合いとなった。兄からは動きそうにないので、とりあえずヴィヴィカが一歩を踏み出し仕掛けた。何年ぶりかに剣を打ち合った。何が凄いのか、剣が触れ合うたびに周囲からは歓声があがった。

「よぉヴィヴィカ。久しぶり」

「久しぶり」

「そっちはどう?」

「どうって、別に……」

 何年ぶりかの兄妹の会話は弾まなかった。お互い喋る方ではないし、剣舞をしながら会話ができるほど器用ではない。何より、ヴィヴィカは周囲の視線が気になってそれどころではなかった。

「なぁヴィヴィカ。陛下とはよく話すのか?」

「まぁそれなりには……。どうしたの?」

「その……、陛下に進言してほしいことがあるんだ」

 攻守が逆転する。言葉とともに、ペトリが踏み込む。

「〈旅団〉との協力を止めてほしい。最低でも、前線から連中を遠ざけてほしいんだ」

「本気で言ってるの? 近衛とはいえ私はただの兵士よ。国家戦略に口を出せるわけないじゃない」

「こうしてお偉方がパーティしてる横で、前線では戦いが続いている。しかも〈旅団〉の連中は破壊と殺戮を目的に来てる。奴らは平和どころか戦後すらマトモに考えてない。今はまだ均衡が保たれているが、この状況が続けばいつか酷いことが起こる」

「……まずあの人に言ったら?」

 そう言うと、ヴィヴィカはクリスティーナの横にいるストロムブラード将軍に目をやった。

「言ったよ。でもあの人は〈旅団〉に露骨に肩入れし始めてる。うちのとこに来た傭兵隊長も東の覇王プレスター・ジョンを崇拝する異常者なんだけど、あの人は止めるどころかもっとやれって煽ってる」

「だろうね」

 兄は上官の反応に頭を悩ませていたが、ヴィヴィカとしては予想の範疇だったので驚きはなかった。ストロムブラード将軍は根っからの戦争好きである。恐らくは〈旅団〉の連中以上に破壊と殺戮を、この戦争を楽しんでいる。

「あの人を辞めさせるように言う?」

「そういうわけじゃ……」

 ストロムブラード将軍に対して、ヴィヴィカは辞任させるべきだと思っていたが、兄は煮え切らなかった。彼は確かに兄やヴィヴィカの後見人であり面倒を見てくれたのは事実だが、ヴィヴィカ自身は親近感を抱いたことは全くなかった。対して、意志の強くない兄は上官であるストロムブラード将軍に昔から頭が上がらなかった。

 煮え切らない兄にヴィヴィカは詰め寄った。形としては鍔迫り合いになった。触れ合う刃は軋み、耳障りな音を立てた。

「じゃあ〈旅団〉の連中については?」

「そっちは頼むよ」

「機会があれば進言してみる。でも期待はしないで」

 いくらヴィヴィカとクリスティーナが愛人関係にあるとはいえ、国家については話したことがなかった。進言したところで何が変わるわけでもないと思ったが、兄の意見を無下にするのも気が引けたので一旦は了承した。ただ、そこまで真剣に受け止めてもいなかった。

 一瞬の沈黙のあと、静まり返った場に女王の声が響いた。

 終わりの合図と同時に、ヴィヴィカは鍔迫り合いの状態から離れ、構えを解き、クリスティーナに向かい一礼した。周りから拍手が起き、ようやく二人はパーティの中心から離れることができた。


 そしてまたパーティが始まった。

 ヴィヴィカが戻ると、ホルン兵長や近衛兵の同僚たちは労いの言葉をかけてくれた。クリスティーナはワイングラスを手に乾杯を促した。

「ご苦労様。素晴らしい打ち合いだったわ」

「ありがとうございます」

 一杯飲み干すと、ヴィヴィカはいつものようにクリスティーナの横からパーティを眺めた。薄汚い第三軍団は相変わらず悪目立ちしていたが、兄の姿は群衆に隠れもう見えなくなっていた。

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愚か者たちの戦場 ~狂悪なる黒竜の女王と、皆殺しの聖女~ 寸陳ハウスのオカア・ハン @User_Number_556

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