エピローグ 変化の代償



深川鍋島の屋敷にて顛末を語り、直之は須古の館へと向かいました。


今や人の物となった館。

その縁側で目的の人物は日向ぼっこをしていました。


その様を見て、思わず直之は眼を見開きます。


ほんの一、二週間で老け込んだ…というより、毒気を全て抜かれたようで。

声をかけるのを躊躇っている内に、大隈老の方から声をかけられました。


「いつまでそんなとこにおるのだ。はいらんか」

「お、おお」

頭をふり、庭に入りますと、包みに入った例の刀を大隈老の隣に置きました。

「ほお、三つ葉葵とはな。まあ、中身は大したもんでもなさそうだが」

ゆったりとした動作で中身を改めると、大隈老はつまらなそうにそう言いました。

「深川のも不憫だな。こんな代物が自分の庭にあったとなっては」

しみじみとした様子の育て親を見て、直之は妙な違和感を感じていました。


騒ぎが起こればゼニが動く。


あの武器弾薬にこの爺様が一口噛んでいるのは間違いない。だがー。

「あれはウチの仕事じゃあねぇよ」

疑問の色を察したのか、問われる前に大隈老は言いました。

「流石に歳を食いすぎた。今更、大仕事をする気力もなけりゃ、理由もない」


嘘…ではなさそうだ。

だが、事実でもない。


「てめぇの仕事じゃないのなら、何でテメェの配下が動いている?」

付き合いの長い直之だからこそ、そう感じ取れたのでしょう。

ですが、大隈老は曖昧に笑い、そして眼を伏せました。

「儂がやめても、周りまではそうならんよ」


思わず、直之は片手で顔を覆いました。

そして、絞り出すように言葉を紡ぎます。


「猫も…アンタの手の外か。図面を引いたのは誰だよ?」

直之の問いに、さてなぁ、と呟き、大隈老は三つ葉葵に目を向けました。

「あそこの残党ではなかろう」

「だったら、内輪の話かよ」

「さてな。国取りの後は、権力争いというのは歴史の常だ」


大隈老の言葉に、舌打ちを一つ。


「アンタ、何時からそんなに諦めが良くなった。泥水と一緒に人の生き血を啜る因業爺が、一端のご隠居気取りかよ」

「そう言うお前は世直し気取りかい」

ギロリと、以前の視線を大隈老は直之に向けました。

「てめぇの分は弁えろよ」


昔、同じ眼を向けられた事がありました。

あれは、直之が維新側に加担することを決めたとき。


返す言葉が見つからず、直之は無意識に小手を撫でていました。

「てめぇがその小手を取った時、こうなるんじゃねぇかとは思っちゃいたんだがな。行っちまえ。もうお前の家はここじゃねぇんだ。此処は儂が貰っちまった」

ああ、と辛うじて言葉を返し、直之は大隈公に背を向けました。

「わりぃな。息子になれなくてよ」

「ふん、なまいってんじゃねぇや」

因業爺こと大隈門左衛門のリタイアと、銀狐こと江藤直之の旅立ち。


これを持って幕で御座います。

九州に漂う不穏な空気。

これから日の本を揺るがす大事件が引き起こされ、その影で直之達の暗躍が繰り広げられるのですが、それはまた別のお話。


                 End

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銀狐~幻想明治開幕譚~ ネイさん @Neisan-naisan

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