第5話「キミを愛している」

 人を好きになるってどんなだっただろう。

 協会の鐘が祝福の音を奏でる。定期的に行われるゼーレでの結婚式だ。


「綺麗だな」

「うん。そうだね」


 執務室から見下ろす結婚式の様子は離れた場所からでも分かるくらい華やかで、リンとクリアは先程から夢中になって見つめている。

 やらなければいけない執務を放り出してかれこれ三十分が経ち思い出したかのように綺麗だの羨ましいだのと言葉を零し本当に会話をしているのかと疑わしい会話を繰り返している。その様子を黙って見つめる人物が肩を落とす。

 ルーナは窓際に陣取る二人の肩を掴む。


「それで、その脳死会話はいつまで続いて、執務は何時になったら終わるんだ?イーグル部隊隊長、シュバルツ部隊副隊長…?」

「すまない!つい夢中になってしまって…」

「いまからやります!」

「そうしてくれ…いつまでたっても終わらないぞ。この山今日中に終わると本気で思っているなら別だがな」


 まるで漫画の世界のように積み上げられた紙の束はタワーのようになっている。それが大小様々で鎮座している様には目を瞑りたいくらいだ。

 クリアは悪態をつきそうになる気持ちを堪え、椅子に座る。データ化すれば管理は楽なのだろうけれど機密事項は漏れを防ぐために紙媒体で行われている。

 機密事項は基本隊長格の者が目を通し頭に記憶しその紙は焼き払われる。

 それの仕分けまでが長い道のりになるのだが…クリアは軽く背伸びをして机の上にある資料を片っ端から読み込んでいった。

 気付いた時にはどっぷりと日は沈み、夕焼けになる時刻だ。

 机に突っ伏しているクリアにリンが飲み物を渡してくれた、冷えたグラスの中には炭酸飲料が入っておりキラキラとしたゼリーのような果実が入っている。


「食堂の方に頂いたんだ」

「美味しい…」

「下でやっている結婚式での飲食を少しだけ出しているようだ。幸せのお裾分けってことだな」

「優しいな」

「本当に。そういう者達は幸せになるべきだ」


 窓際から外を覗けば本日三組目の結婚式を始める瞬間だったようだ。


「なぁクリア、少し下に降りてみないか?」

「いいけど。邪魔になるんじゃ…」

「邪魔にならない場所にいればいいさ」


 そう言うと、リンは嬉しそうにクリアの手を引いて下の階へと向かう。

 一階のロビーは扉が開け放たれており、外の空気が中へ入ってきていた。廊下には風に吹かれ入ってきたのだろう花弁や紙吹雪が落ちてまるで花道のようになっていた。


 会場から少し離れたロビーのソファで二人は腰掛ける。

 祝福の声が聞こえてきて、当事者ではないけれど少し心が弾む気がした。

 この協会での結婚式が人気な理由は、術者が気まぐれに祝福をしてくれるからだ花火を上げてくれたり空から花の花弁を振らせてくれる。


「特別な結婚式…か」

「クリアには結婚したいと思う人はいたのか?」

「どうだろう。元の世界でも好きな人は居たと思うけど俺の我儘で振り回したり、彼女の言っている事が理解できなくて困らせて泣かせちゃったりしたんじゃないかな」

「そうか。そう思えるということはいいことだ。クリアは優しいと思うよ」

「そうかな…。そういうリンは?」

「私か?私は…本当に幸せになってほしい人が結婚をするという時、それを見れなかったんだ…」

「…ごめん。辛いこと思い出せて…」

「いや、いいんだ。本当に大好きだったんだ、私は彼女を愛していたから彼女が幸せになることが私の幸せだった。なのに、見届けられなかった。守れなかったそれが唯一の後悔で、知らない人だけれどこうやって結婚式を見れて幸せを分けてもらえていることが幸せなんだ。この瞬間を私は守りたいって思うんだ」


 リンが見つめる先に見える景色にはきっと、その彼女の幸せな結婚式が重なって見えているのだろうかと思うと少し胸が苦しくなる。

 もう会えない人を思う気持ちが痛いほどに分かるから、と思ったクリアは違和感に気付く。


「それで、いまはいないのか?」

「え、何が?」

「好きな人だ」

「す、好きな…人…?」

「あぁ。もうここでの生活も長いだろう。気になる人の一人や二人居てもおかしくないのではないだろうか」


 クリアは悟る。完全にリンの恋愛話のスイッチが入ってしまったことに。

 確かにこの世界での暮らしは長い。出会った女性もそれなりに多い。

 所属する部隊にだって女性隊員もいるのだからそういう感情を抱いてもおかしくはない。そこでクリアは考える。ふと思い出した。顔は思い出せないが大切だと思う存在に。


「クリア?」

「あ、えっと…」

「もしかしているのか!だ、誰だ?!私の知っている人か?!」

「どうだろう…俺も顔が思い出せなくて…でも、ずっと一緒にいた気がするんだ、喋り方も声も思い出せないけど…でもすごく大切な―」


 紅い月を思い起こさせるような色なのに恐ろしくない髪色に、笑顔が優しくて触れる手も優しくてずっと傍に居てくれた。


「あ、れ…」

「クリア、大丈夫か?」

「俺、なんで泣いているんだろ…」


 頬を伝う涙が止まらない。

 なのに、彼を思い出すことが出来ない。それが苦しくて辛いなんて思うことが先程感じていた違和感だとクリアは気付かなかった。


「落ち着いたか?」

「ごめん…」

「リンはそろそろ落ち着いたらどうだ」

「私のせいで…クリア、すまない…」

「リンのせいじゃないって。ルーナもごめん、ありがとう」

「全く祝福のムードの中で泣く奴があるか。せめて嬉し泣きにしろ」


 そういうルーナに頭を軽く叩かれる。少し呆れているような顔でそのまま頭をくしゃくしゃに撫でられる。

 その時、警報がゼーレ内でけたたましく鳴り響いた。三人とも表情が切り替わりイヤホンを付けると地下にある通信部に連絡を取る。


「オペレーター、状況を報告をしてくれ」

『報告します。城壁に何者かによる攻撃を確認。魔力の残滓を確認魔力の数値は不明ですが、相当の力を持つ者である者であると想定できます』

「そんな者がどこから…」

「三部隊で出る!各隊員に通達を頼む!」

『了解』


 シャイン部隊、イーグル部隊、シュバルツ部隊三部隊がゼーレから出撃を開始。

 現場に到着すると数分で攻撃が開始された。

 敵の部隊は仮面を付けた黒服の集団だ。まるで操られてでもいるような人形にも似た動き、その手応えのなさに戸惑う隊員が続出し、気力を削られていく。

 時間と体力ばかりが減っていく中、待ってましたと言わんばかりに魔獣がどこからともなく現れると人々を喰らう。


「このままじゃ、まずいな」

「何がまずいんだい?」

「なッ?!」

「久しぶりだねぇ。ルーナ」

「お前は、アーツ?!」

「覚えていてくれて嬉しいよ。けど、目的はキミじゃあないんだよね」

「目的はなんだ」

「この世界の終幕と、クリアだけ」

「……クリアがほしいのか」

「そう。オレはクリアを救いたいんだ間違えただけ彼は生者だからね」

「なに…」

「キミも知っているだろう?ここには死者しか来られない。だから彼の存在はイレギュラーだ。理から外れた者はこの世界から排除される。その為にこの世界は彼に牙を向くだろう。そうすれば魂事破壊される可能性がある…だからその前に彼を殺さないといけないんだ」

「……は?」

「オレの手で彼を殺す。そうすれば彼はここで生きていられる。たったそれだけの事なのにノワールは拒絶している。自分が創造した者に裏切られることが怖いのかな…それともこれが彼女の望んだ物語だとしたら。キミはどうする?」

「僕は…いや、私はそれが与えられた役目だというのならこの役を全うする。所詮一度終わった人生だならば、この物語の中で、私はルーナとして生きるよ」

「…そっか。そうだよねー…じゃあ大人しく次の物語のページが刻まれるその瞬間まで眠っていてくれないかな」

「…はい。そうですか、といけば無駄なページを紡ぐ必要もないのだろうが、私は言ったはずだ最後まで全うするよ。ルーナとしてシャイン部隊隊長としてゼーレをこの国をそして仲間を守る!!」

「頭が固いなぁ!まるでオレが悪者みたいだ…」

「さて、どっちがいいかな」

「どっちも嫌だね。どっちかなんてつまらないからねぇ!」

「あぁ。私もそう思うよ」


 赤い閃光が空を舞う。鈍い音が辺りをざわつかせた。

 一歩一歩動くたび赤い雫が地面を染める。辛うじて壁として残った瓦礫を支えにして怒号と悲鳴の中を歩く。眼前に見覚えのある赤髪がチラついて歩みを止める。


「リン!」

「ルーナ!!どうしたんだ、その怪我…魔獣にやられて?」

「私が、魔獣相手にそんな遅れを取るわけがない…だろう」

「では、どうして…」

「アーツが来ている」

「………アーツが…」

「しっかりしろ。リン、クリアはどうした」

「クリアはいま上空に」

「な、なぜ…」

「魔獣たちは操られているということに気付いたクリアが上空から解除の魔法を掛けると…」

「いますぐ、やめさせろ…罠だ。アーツはクリアの魔力の量を知っている。そんなことをすれば奴の思うつぼだ」

「分かった」


 リンは魔法弾の籠った銃を空に向け放つ。

 だが、これでアーツはクリアの居場所に気付いたはずだ。だが、何もしてこないのは何故だ、本当の目的が他にあるのではないのか。回らない頭をなんとかしてルーナは考える。


「ゼーレは…魂の還る場所……」

「それって……」

「そうだ…彼はどこにいる…月の支配者だ」

「ルーナ!リン!」

「クリア、無事か」

「ルーナそれ」

「私は平気だもう傷も塞がりつつある。そんなことよりもゼーレだ、ゼーレが危ない」

『その心配は無用。ルーナ目前の戦いに集中しなさい』

「シトリン様?!」

『いまのところ奴の気配は感じられないわ。こちらもこちらで民間人のことを守る為の結界を張っているから心配はいらない、けれど問題は…アーツ』

「アーツ?アーツがここに?」


 クリアの表情が曇り始める。

 リンがクリアの手を握る。


『元はノワールによって創られた存在だ、そして所有権はその後シャドウに渡っている特殊な存在だ。今はもうその所有権も死亡扱いによって消滅し奴は自由だ。所有権さえあれば多少は抑えられるが…こうなってしまってはあれは止められんだろう』

「ガーネット様。ではアーツの好きにさせるということですか」

『そうは言っていない。だが、止める術がない』

「話し合いで決着は着かないでしょうし…どうすれば…」

「彼の目的は…」

「お前だ。クリア」

「俺…?」

『何の為に…』

「分かりません。ただ、クリアを救いたいと…」

「俺を救う?」


 クリアは困惑する。救うというのはどういうことだろうか。何から一体救われるというのか、クリアには見当がつかなかった。

 救いを求めてはいない、求める理由がない。


「俺が、アーツと話をします」

「何を言って」

「本気で言っているのか」

「はい。俺がアーツを止めます」


 皆が黙り込む。

 アーツを止める方法などない。ならば目的を果たさせることで何かが変わることもあるのだろう。それに掛けることしか出来ないでいた。


「話し合いは終わり、かな」

「アーツ!!」


 その場にいた全員が反応が遅れた、いや出来なかった。

 息が詰まる感覚と呼吸の衝撃で大きく咳き込む。瓦礫が辺りに散って先程までの喧騒もどこへやら静けさが辺りを包む。たった一人の足音を除いて。

 目の前が霞んで耳鳴りがする体を必死に起こす。体の上にあった瓦礫が落ちていく。


「おっと…キミが今度は立ち塞がるのか。流石に骨が折れそうだなぁ」

「確かにそれは同じ意見だ。だが、それが嫌なら立ち去ればいい話だ」

「それは出来ないよ」

「愛するものを傷付けてもそれは成し遂げなければいけないことなのか」

「そうだね。きっとオレを憎むだろうねぇ、それでもオレはあの子をこの理から救い出す。新たな物語を紡ぐ先で一緒に笑い合いたいだけさ」

「救われんな……」

「例えオレが救われなくてもいい。もうあの子が泣かなくていい世界にしたい。もうたくさん苦しんだんだ。来世では笑っていてほしいだけの何が悪いんだ」

「悪いさ。それではきっとあの子はまた泣いてしまう。救われない!!」


 藍色の光と紅い光がぼやけている。

 頭を振って、必死に見つめる。大切な人同士が殺し合っている。大切な人たちが怪我をして倒れこんでいる。

 こんな惨めな思いをすることになるなんて思っても居なかった。

 ずっと、昔から、無力な自分が嫌いだった。何も出来ない自分が嫌いだった。他人の言いなりになって、見栄だけは一丁前で。自分の意見も持たなくて、けれどこんなに生きることが難しいということだと知らなかった。

 いま動かないと、またどうでもいい人間になる。自分の物語でも自分が脇役になるなんて御免だ。だから、守りたいものも守れないどうでもいい人間になんてなるなんて出来ない。誰かに守られているなんてもっと御免だ。


「アーツ!!!」

「アハッ!クリア・ハーツ!!」

「もうやめろ。なんでこんなことするんだ」


 そんな言葉一生の人生で使うことになるなんて思わなかった。まるでヒーロー番組のクライマックスのようだなんて思う余裕があるなんて笑ってしまう。


「オレは救いたいんだ」

「誰を」

「クリア。キミを」

「だったら、こんなことしなくたって良かっただろう」

「仕方がなかったんだ」

「たくさんの人を傷付けてる…」

「そうだねぇ」

「仲間だって、傷付いてるのにお前は何も思わないのか…」

「まだ、オレを仲間だと思ってくれているのはクリアだけかもしれないよ。所詮戻ったとしてもきっとオレは裏切り者。白い目で見られる断罪されて終わる」

「そんなことない!!そんなこと俺がさせない」

「だとしても、いまさら戻れない。どちらにせよこの物語はもう終わる」


 漆黒の中に赤い液体を零したように空が崩れ始めた。


「理に逆らって、ノワールはオレを作った。そしてそれを改造したシャドウ、そしてキミを呼んでしまった。キミは生者だというのに」

「何を…言って…」

「この世界に生者を呼ぶことは出来ない。理が壊れて物語は不幸を呼んでしまう。ハッピーエンドなんてことには絶対にならない。キミは生きているのに連れてこられた哀れな人間ということだよ。そして面白半分でここで生かされている」

「なんだよ…それ。じゃあ、皆この事を知って…?」

「皆が知っていたかはともかく、そこの元軍人の日本人であるナインは知っていたんじゃないかな。彼結構長いことこの世界で生きているから」


 クリアは後方にいるナインを振り返る。大剣の剣先を下に向けたまま。こちらを向いて黙っている。

 ナインはクリアにとって親のようで師弟関係でもあり、名付け親でもある。

 クリアは手に持っていた剣を地面に落とす。


「ナインは、俺に対して罪悪感からあんなにやさしくしてくれたの?」

「それは違う!!」

「じゃあ、黙っていた理由を教えてよ!!」

「それはっ」

「言えないんだ…知っていて、黙って親面していたんだ」

「そうじゃない。そうじゃないんだ…」

「それも…アンタの優しさ?俺は結局ただ甘やかされてただけ…?」

「クリア、待て。落ち着くんだ」

「じゃあ、俺、あの時ちゃんと死んでいたら―」

「クリア!!」


 体が突き飛ばされる感覚と同時に何かを引き裂いたような鈍い音と何かが砕けるような音が耳に届く。薔薇の匂いが包んで地面に体が叩き付けられる。


「ろ…ローズ」

「逃げて、くりあさま」

「くそ!!」


 ローズの体が砕けると同時にクリアに手を伸ばそうとしたアーツを阻むように地面から氷柱のような物が突出してくる。

 魔力の暴走だった。


「このままじゃ、クリアが!!」

「アーツ!」

「ナイン、オレを悪者にしてくれよ」

「何を言って!!」

「クリアが悪者のまま終わればもう二度とこの理に戻れなくなる!この結末のままじゃダメなんだよ!」

「どうすればいい!」

「手を貸してくれ、奴を引き摺り出す!」


 アーツが掌に魔力を込める黒い稲光が閃光を放つ。


「アンタの欲しがった魔力だ、たんと味わえよな」

「まさか!」

「そのまさかだよ!ここはいまじゃ広場になっているが、元はゼーレの跡地だ!!てことはアイツがここで眠ってるはずだそいつを呼び出せば、欲しがっているものが手に入る」

「だが、そんなことをすればクリアが」

「結構な負荷にはなるが、結末は変えられる。もうこの方法しかない!賢い坊ちゃん方のせいで予定が狂っちまったんでね!」


 地面が赤い光を放ち、崩れると同時に中から大きな手が突き出し地面を這う。


「クリア、クリア!!」

「……」

「ローズは生きてる。大丈夫ださっき壊れたものは影だ実態はない」

「…そっか…良かった」

「それよりもいまやることがあるだろう」

「え……あれって」

「暴れすぎた。ここが旧ゼーレの跡地って忘れていてね」

「絶対嘘だろ」

「いいから、行くぞ!」


 ナインの焦ったような声に二人は急いでナインの元に駆け寄る。

 クリアは前を走る二人の背中を見つめながら懐かしさを覚えた。昔はこうやって一緒に走ったりしたなと大体はナインとアーツが言い合っていることに笑っているだけだったが、こんなにも大切なものだったのだと思い知らされる。


「なーに笑ってるんだ、任務中だぞ」

「いや、嬉しいなって思って」

「あーなるほどね…ごめんね。これからはちゃんと傍にいるからさ」

「なんだ、寂しかったのかクリア」

「そんなことは言っていない!」


 ふざけたようなやり取りをしていると、目標は目の前に来ていた。

 クリアが魔導書を手に、詠唱を始める。呪文を唱えれば地面から鎖のような物が飛び出し再び現れた負の怪物の足を縛り動けなくする。


「重たい…!」

「一気に畳みかける」

「オッケー!」


 魔力を強め引っ張る力を強くする。

 その瞬間に魔力が引っ張られる感覚を感じて鎖が消える。だが、間一髪でナインとアーツの攻撃が怪物を引き裂いた。

 ナインの大きな剣は青い炎を纏い、アーツの黒い閃光が稲光のように煌いている。

 肩の荷を下ろすようにナインが肩を下げ、剣を地面に突き立て座り込む。

 アーツは頻りに腕を気にするクリアに近付く、どうしたという顔で首を傾げればクリアはなんでもないというように首を振る。


「怪我した?」

「していないよ」

「そっか。じゃあ良かった」

「うん。—!アーツ!!」

「うわっ!」


 クリアがアーツを突き飛ばした瞬間、クリアの体を赤黒い柱に貫かれ二本、三本と体を貫く、絶望的な表情のアーツの顔が目に映る。

 貫かれたと思えばそれは一瞬にしてクリアの体から引き抜かれる。

 倒れ込むクリアの体をアーツが抱き締める。クリアの頬に雫が落ちてくる。雨が降り始める。それは次第に雨足を強めて地面に当たる度に音がする。

 クリアの体は痺れてしまって上手く動かない。泣きじゃくるアーツの頬に震える手を添わせて唇を震わせる。


「な、くなよ」

「いやだ。違う。こんなっこんな結末は認めない!!」

「あーつ…アーツ」


 泣かないでほしいその一心でクリアは手を伸ばす。

 まるで、あの時のようだといまならハッキリと思い出せる。あの時もアーツは泣きそうな顔をしていた。一人にしないって言ったのに嘘を吐く方は今度は自分のほうだと笑う。


「アーツ…あの時、聞きたかったこと…あるんだけど…」

「あの時?」

「最後…なんて言った?」


 息も絶え絶えの声で、クリアは笑って見せる。

 そんな余裕ももうない癖に余裕を見せる笑顔に隠れるクリアの弱さをアーツは嫌いだった。もっと頼ってくれていいのに、もっと弱さを見せたっていいのに。その声は最期まで届かなかったみたいだった。

 アーツはクリアを抱き締めて、クリアにちゃんと聞こえるように言葉を紡ぐ。


「キミを愛しているよ」


 少し驚いた顔をしてから優しい笑顔で頬に添えられた手が落ちて、目は固く閉ざされた。動かなくなったクリアの体を抱え上げて、上空を飛び回る怪物を睨みつける。

 新たに生まれたそれは、理の番人だ。

 物語を終幕に導くそれをアーツは許しはしないだろう。

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闇夜の星願い 獅子島 @kotashishi

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