一時の謎と永遠の思い出を、君たちへ。

神田 るふ

一時の謎と永遠の思い出を、君たちへ。

 みなさん。おはようございます。

 ようやく、僕の所に作文の読み上げの番がまわってきました。

 みなさんもご存じの通り、これは僕が先生に頼んでいたことです。

 卒業式という大事な日に、僕のわがままを聞いてくれた先生とクラスのお友達。

本当にありがとう。

 みんなの気持ちを、僕は決して忘れません。

 今日、僕がお話しするのはこのクラスで起きていた出来事の謎解きです。

 僕が学校の隣にある病院に入院している間、帰校途中にお見舞いに来てくれていた友だちから、クラスで不思議なことが起こっているという話をよく聞きました。

 僕たちのクラスは毎月、第二金曜日の朝礼の時に自由課題として作文の読み上げをしていますね。

 その当番のクラスのお友だちの机の上に、誰かが花を置いているというのです。

 五月は藤。

 六月は紫陽花。

 七月は朝顔。

 八月は向日葵。

 九月は萩。

 朝いちばんでクラスに入ると、季節ごとのきれいな花が置かれている。

 きっと誰かが夜の間にクラスに忍び込み、花を置いているに違いない。

 でも、クラスの扉は鍵当番をつとめる日直の子がしっかりしめてから帰ります。

 念のため、先生も鍵を確認してから帰りますし、学校が閉まった後は警備員も見回りにやってきます。

 クラスは、ミステリー小説のように密室状態になるのです。

 その密室のクラスに、誰が、何時、何処から、どのようにして、何のために花を置いていくのでしょうか。

 まさにミステリーのお約束のような展開です。

 入院中、お見舞いに来てくれたクラスのみんなは、僕にいろんな推理を聞かせてくれました。

 病院に夏休みの課題を届けに来てくれた友だちの一人は「むかし、戦争で死んだ子供の幽霊が起こしている心霊現象じゃないかな」と恐る恐る話をしていました。

 しかし、この学校が建てられたのは戦後のことですし、僕が調べたところ、地方都市のこの町が戦禍に見舞われたという事実もありません。そもそも、実体のない幽霊が花を手折ることなんて、できるわけないですよね?人を驚かせたり怖がらせる幽霊が季節の花を愛する風流な心を持っているとしたら、それはそれで興味深いことですが。

 運動会の案内状を持ってきてくれた友だちの一人は「夜の間に出入りできるのは警備員の前田さんだけだ。前田さんがいたずらでやっているんだよ」と自分の推理を自慢げに話していました。

 ですが、前田さんが犯人だとすると、何故、前田さんは僕たちのクラスだけにそんないたずらをするのでしょう。それに、どうやって前田さんは作文を担当する順番を知ることができたのでしょうか。皆さんも知っている通り、読み上げの順番は始業式の日にくじで決めました。この順番を知っているのは先生とクラスのみんなだけです。それに、元自衛官の前田さんはとても真面目で、規則正しい人です。そんな彼が悪さを働くことはないことは、みなさんも納得できるでしょう。

 では、まさか先生が犯人でしょうか。それも違います。お腹の調子が悪くて、先生が七月の間、お休みしていたのはクラスのみんな誰もが知っているはずです。その間も花は置かれていたので、先生は犯人ではありません。

 それでは、クラスの誰かが?

 果たして、小学生が夜中に家族の誰にも気づかれずに家を出て、学校の周囲や関係者の目にも止まることなく学校に、そしてクラスに忍び込むことができるでしょうか。しかも、何か月間もの間、ずっと。

 ひょっとしたら、学校とは全く関係ない、第三者による愉快犯でしょうか。

 そうなると、先ほどの前田さんの問題をまるで解決できていないことになります。

 クラスの関係者でなければ、作文の順番はわからないのです。それに、愉快犯ならもっと目立つことをするでしょう。特定のクラスの特定の人物だけに花を置いても世間の人をたいして驚かないし、目にとめることすらありません。

 さて。

 それではいったい、だれが犯人なのでしょうか。

 僕は知っています。

 今からその謎を解いて、犯人を皆さんに教えましょう。

 夜の間にクラスに入り込み、花を置いていた人物。

 それは、僕です。

 意外に思われるかもしれませんね。

 何故って、僕はずっと隣の病院に入院していたはずですから。

 心霊現象だと怖がっていた友だち、そして、疑われた前田さんや先生、クラスの誰かには心からお詫びしなければなりません。とりあえず、関係ない第三者にも。

 では、どうやって僕は病院を抜け出して学校に行き、鍵の閉まっているクラスに入ることができたのでしょうか。

 僕のトリックを可能にしたのは、観察です。

 僕のまわりに起きる出来事を注意深く観察することで、不思議な出来事を可能にできたのです。

 まず、僕が入院している病院ですが消灯後に抜け出ることは特に問題ありませんでした。看護師さんたちの巡回のコースと時間は入院してから一か月で把握できました。巡回に出くわさなければ、裏口からそっと抜け出し、隣の学校に入ることは造作もないことでした

 次にクラスの鍵のことですが、こちらも簡単な観察によるトリックでした。

 前田さんは学校の校舎を順番に見て回ります。僕たちの学校は北校舎と南校舎の二つの校舎がありますが、前田さんは北校舎、次に南校舎の順番で巡回をします。北校舎を見回ると、一旦、宿直室に戻り、巡回した時間をノートに記入してから南校舎へと向かうのですが、その時、北校舎の鍵は宿直室に置いていきます。

 もう、おわかりですね?

 僕は前田さんが宿直室から出た後、北校舎にある僕たちのクラスの鍵を開け、そこに花を置き、前田さんが南校舎から戻るまでに鍵を返していたのです。入院前、僕は前田さんから巡回のコースや鍵のことを聞いていました。前田さんが几帳面な人であることは疑いようもありません。一部屋ずつ見て回る時間を計算すれば、クラスに入り込む時間は十分確保できました。宿直室に鍵を戻した後、僕は看護師さんが巡回に回ってくるまでの間に病室に戻り、何食わぬ顔でベッドに潜りこんでいたわけです。

 花はお見舞いにもらった花束から選んで持っていきました。もし、クラスの皆さんの中で僕のように観察が得意な人がいたら、八月の向日葵はクラスのみんなからのお見舞いの花だったことに気づいたでしょう。

 以上が、僕のトリックの全てです。

 ここまでミステリーの解答、すなわち、誰が、何時、何処から、どのようにして、という問いへの種明かしをしました。

 それでは最後に、僕がなぜこんなことをしたのかを皆さんにお伝えします。

 僕はみなさんに観察することの大切さと、時の流れの大切さを知ってほしくて花を届け続けました。

 説明したとおり、僕が組み立てたトリックは観察に基づいたものでした。世の中というものは複雑なようで、その構造とパターンはいたってシンプルです。身の回りをよく観察すれば、絶対に不可能に見える問題でもきっと解決することができます。卒業後、皆さんが新たな世界に旅立った後に多くの課題や困難が訪れると思いますが、解決できない問題はありません。どうか、決して目をそらさず、目を閉じず、目の前をしっかり見続けながら進み続けてください。

 そして、僕の身体がどういう状態で、僕にとって時間というものがどれだけ大切だったか、それはクラスの皆さんがいちばんよく知っているはずです。時間というものは意識しなければ決して認識できません。時計を見なければ時が進んでいることすら僕たちはわからないのです。

 ですが、終わりの時が決まっているのなら話は別です。

 残された時間を自覚した者は、一分でも一秒でも大切に生きようとします。

 自分にできることをもう一度見つめ直し、残りの時間で自分は何をできるのか、自分がこの世に何を残せるのかを問い直します。

 だから、僕は皆さんに花をお届けしました。

 季節ごとに咲く花々を謎と一緒に届けることで、僕のメッセージと生きた証を、皆さんの心に残そうと思ったのです。

 今日、僕のこの作文が読まれているということは、残念ながら、僕自身が最後まで花を届け続けることができなかったということでしょう。

 この手紙を書いているのは九月の第二金曜日の朝。

 僕の命が続いていたとしたら十月の花を届けに行くはずですが、おそらく、来月以降の花は届いていないはずです。

 もう、この謎の犯人はこの世にはいないのですから。

 僕の代わりにこの手紙を代読してくれたお友だち、本当にありがとう。

 そして、僕の最期の願いを聞いてください。

 作文を読み終えたら、僕に代わってクラスの窓を大きく開いてください。

 桜の花が見えますか?

 これが、僕が手紙と共に皆さんに届ける、最期の花です。

 みなさん、卒業おめでとう。

 そして、さようなら。


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一時の謎と永遠の思い出を、君たちへ。 神田 るふ @nekonoturugi

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