第85話

 これから


 ヒャッホホォ~イ!!!!!


 「前方のテケたんに乗車しているリージァとジゼルはそのまま先行して、豚鬼(オーク)どもを追うのじゃ!! グレートヒェンとリリは脇から逃さぬように囲え!! 」


 「はい!! 」


 「了解!! 」


 マリア=テレジア・サンドリオンとジゼルのエルフコンビはテケたんのキューポラや運転席から顔を出して、前方で必死に太い足で逃げる豚鬼(オーク)の群れを追いかけた。


 その左右には軍馬に跨ったグレートヒェンとリリの東方騎馬貴族の令嬢たちが手綱から手を離して両足で馬の胴体を挟み、立ち上がって44式騎銃を撃ち、豚鬼(オーク)が散らばって逃げないように牽制した。


 「撃ちます。 」


 砲塔に入ったマリア=テレジアの抑揚の少ない声と共に九八式三十七粍戦車砲が火を吹いた。


 前方を駆ける豚鬼(オーク)の足元に着弾した砲弾は平原の土を抉り、豚鬼(オーク)をバラバラにした。


 テケたんの後方にいたチハたんの砲塔のキューポラから上体を出していたロリは拳を握りしめて腰に引いて成功を喜んだ。


 砲塔の横に立っていたユズは辺りを見回した。


 「ロリちゃん、そろそろここら辺でベースキャンプに戻ろっか。先に進みすぎると平原の復元力が出てくるよ。 」


 「うぅむ。調子に乗ってきたところじゃのに惜しいのう。ではテケたんとグレートヒェン、リリは後方を警戒しつつ、ベースキャンプまで戻るのじゃ。 」


 「はい。 」


 「りょーかい。 」


 キュラキュラと来た道を戻るとハゴたん二両とテケたん三両が周囲を警戒し、後方支援部隊のメイドたちが炊事を行い、竃から煙が立ち上る中継地点が見えてきた。


 メイドたちは主に東方騎馬貴族家のメイドたちと機を観るのには遅すぎたがロートバルトにきたサンドリオン伯爵家のメイド、そしてエミリアの奉仕種族から株分けされたメイドたちが夕食の準備をしていた。


 ロートバルトからベースキャンプまで至る道は冒険者や色々な事情から食い詰めた男たちが礫石を敷き詰め、その上から石灰などを混ぜたコンクリートで舗装工事の途上だった。


 チハたんはベースキャンプの中央で停車し、ロリ、ユズ、アストラッド、シャルロッテを下ろした。

 一緒に戻ってきたグレートヒェンとリリも馬の世話に行き、テケたんに乗車していたマリア=テレジアとジゼルはチハたんの隣に停車し、ロリたちと合流した。


 「おかえりなさいませ。」


 「うむ。シャルロッテ、出迎えご苦労なのじゃ。 」


 ロリの前で深々と銀糸のようなショートカットの首を下げたシャルロッテは眉間に皺を寄せた。


 ロリやユズたち前線に出ていた令嬢たちは皆ロートバルト平原の赤い土埃にまみれていた。


 無言のシャルロッテの意図を察したメイド達はユズ達を有無を言わせずに簡易の洗い場に連れて行き、シャワーで彼女らの身を清めた。


 「姫さまはお湯を沸かしておりますので、お風呂まで少々お待ちください。」


 「妾もシャワーで良いのじゃ。それよりもお腹が減ったのじゃ。今日の晩御飯はなんじゃろな? 」


 「補給まであと二日先っすからいつものように豆と干し肉のスープに固いビスケットすよ。あとはなんか、よくわからないけど、鑑定持ちが食べて大丈夫だと判断した野草の何かっす。 」


 「ぶべ〜っ ……壊血症のことはわかるのじゃが、あれを飲み込むのは苦行でしかないのじゃ。 」


 「まあ、奴隷時代のなんかわからないけど味がするかもしれない水よりマシっす。 」


 「スープですらないのか? 」


 「それで生き残った奴隷は頑丈な品物としてふるいわけてるんじゃないっすかね? 」


 「開拓は楽しいのじゃが、食の改善は急務じゃのう。 」


 「なかなか贅沢なことを言ってるじゃない? 」


 「ミルシェか、どうしたのじゃ? とうとう店が破綻したのか? 」


 突然現れて声をかけてきたミルシェにロリは驚いて振り返りざま、罵った。


 「順調ですぅ〜!! お針子も店を任せる人間も育って、いまは平原開拓に力を入れようとお父様とお話ししてきたんですぅ〜!! 」


 ミルシェはロングブーツにショートパンツとシャツに日除の薄いマントを羽織り、ロリが持ってきた旧軍の帽子をかぶってロートバルト平原の強い日差しに肌を焼かないようにしていた。


 「ともかく、補給の食料も持ってきましたから、今日は美味しいものを食べれますわよ。」


 「すまぬな。妾もをお風呂を終えたら行くのじゃ。たまには一緒に入ろうなのじゃ。」


 「一度も一緒にお風呂に入ったことはありませんですわよ!! 」


 どっかーーーーーーーん!!!!


  ミルシェの叫び声に地響きが重なった。


 「何事じゃ!? 」


 「姫さま!! 土の下から巨大な一つ目の角鬼が出現しました!! 」

 「魔除けの防護陣を手にした棍棒で殴っています!! いまは大丈夫ですが、耐え切れるか!? 」


 「なんじゃと〜!? やっちまったなぁ〜!? 」


 ロリたちが振り向くと岩のように灰色の固い毛皮に覆われた山羊の足をした下半身に筋肉の塊の上体、そして牙を剥き出しにした顎に一つ目、禿頭に太い一つの角が生えた二階建ての建物くらいの大きさの角鬼が棍棒を持ち、魔除けの防護陣の透明なバリアに叩きつけていた。


 まだ生まれたてなのか、ギクシャクとした動きで握りしめた棍棒を全身で振って防護陣を壊そうとしていた。


 主に後方支援のメイドたちが悲鳴を上げる中、侍女やロートバルトの戦闘メイド隊が彼女らを後方に下げさせて、半円に陣を組み、38式歩兵銃を構えていた。


 「ユズよ! この防護陣はどのくらい持ちそうじゃ? 」


 まだ泡が残っている髪にタオルを巻いてユズがロリのもとにかけてきた。


 「えぇ〜? これほど大きな魔物を想定していないから、すぐに壊れてもおかしくないよ。 」


 「ぐぬぬ… よし、チハたん、ハゴたん、出るのじゃ!! 」


 ロリは先行部隊として一緒に出ていたチハたんに乗車した。


 陣地防衛のためのハゴたんにはジゼルがキューポラに入り、上体を出した。


 そして頭にサクラヘルメットを被り、耳には無線のヘッドセットを装着した。


 先行したチハたんは後方から防護陣を出て、右斜め前側方から97式車載式重機関銃で大型の角鬼の腹部を狙った。


 数発が当たったが、胴体を貫通せずに機銃弾は腹部にめり込み、血が流れ出た。


 痛みに激怒した角鬼は防護陣から離れてチハたんに向き直った。


 怒りに任せて手にした棍棒を何度も振り下ろし、地面に当たった棍棒は礫をチハたんに飛ばした。


 チハたんはその装甲で石礫を顧みず、前後や向きを変えては重機関銃を打ち続けた。


 ロリはすぐにキューポラの中に引っ込んで、ハッチを閉めた。


 「ザザザ… ロリちゃん、角鬼の後ろ側についたよ。 」


 「よしジゼル、ハゴたんの主砲を奴の腹に打ち込むのじゃ!! 」


 「りょーかい。 」


 ハゴたんは気づかれないように主砲角を微調整し、98式37粍戦車砲を打ち込んだ。


 ヅゥゴーーン!!


 ハゴたんの主砲が轟き、角鬼の左腹を半分以上削り取った。


 ドォッゴーン!!


 「チハたん、今じゃ!!」


 「了解であります! 」


 続いてチハたんの主砲が角鬼の頭を吹き飛ばした。


 汚い血を撒き散らし、立木が斧で倒されるように上体が右に折れて地面に落ちた。


 「えぐいねぇ。」


 「相手はでかい上に再生能力が高い平原の魔物じゃ。これくらいは必要なのじゃ。」


 「ななななな…なんですのあれ? 」


 「妾も初めて見るのじゃ。角鬼と呼ばれているようじゃな。」


 震え声でロリに尋ねたミルシェにこともなげに返事をしたロリはメイドに伴われて行水をしに行った。


 水が乏しいためにロリをはじめ、再度ユズやジゼル、マリア=テレジア、ジゼルたちは一緒に水を浴びて、身を清めた。


 タンクトップやキャミソールなどロリが教えた軽い上衣にボクサーやカボチャブルマのようなショートパンツに薄い生地で作ったマントを羽織って紫外線よけをしたロリたちはレモネードを飲みながら、今日の戦果を語り合った。


 「見たことのない魔物は多いよ。今のは古文書で名前があって、エミリアさまのメイドたちが名前を知っていたんだけど、大きさは豚鬼くらいのはずなんだよね。あんなに大きな角鬼ははじめてだよ。 」


 「そんなのがたくさん出てくるのかしら? 」


 「どうだろうね。 わたしが渡ってくる時にはたくさんいたよ。そして今でもはじめて見る魔物はたくさん。これが平原を渡るってことなんだろうね。 」


 「それでもユズはやり遂げたわ。そして、ロリちゃんとその眷属が道を作ってくれているわ。

 絶対、わたしたちは平原の横断街道を作ってみせる。」


 「手足足長族…ヒト族の血が混じっている人たちって、本当に意思が強いね。どのくらいかかるかわからないんだよ。」


 「すぐよ。きっとすぐ。だって、ロリちゃんだもの。」


 「期待が重いのじゃ。 」


 「でもそうでしょ? 」


 「まあのう。妾もひとつところにいるよりもこうやって冒険しているのが楽しいのじゃ。 」


 ロリはフォークに刺した大きな肉をガブリと噛みちぎった。


 平原の魔物退治が終わり、落ち着きを取り戻した若い令嬢達のさざめきが焚き火の火の粉と共に満天の星空に吸い込まれていった。






 ハイポーラリア歴204509年


 ロートバルト平原横断路は5年の歳月をかけて完成したと言われる。

 はじめは駅馬車が一台通るのがやっとの道にその途上では野宿をするだけの広場がある簡素な交易路だったが、高位の令嬢達が操る馬のない黒鉄の武装馬車が交易路を赤土の平原の魔物達から守り、その頂点にいる『ロリ姫さま』がロートバルト男爵領と交易路の守護者として、商人や旅人、外交官の旅の安全を守っていた。


 大国の姫とも噂された彼女は可憐な従者や大賢者を引き連れ、魔物だけではなく各国の政治的な妖怪達をも実力行使で排除する苛烈な性格でロートバルト交易路の平和維持と諸国の影響を排除していたが、孫よりも若く美しいと噂されるロートバルト女男爵が爵位を子に譲り渡したのち、従者達と少数の護衛を連れて北方の帝国、そしてその奥にあると御伽噺に語られる北方種族蓮と呼ばれる不老不死の者達が作る国に旅立ったと言われる。


 その際『ロリ姫さま』や従者、大賢者、供回りのものたちもロートバルト平原に姿を現した時から見た目が変わらなかったという伝説が残っている。


 150年の繁栄を維持した交易路は帝国とその他の王国の数度にわたる戦争や南方諸王国のオアシスが砂に埋もれることにより徐々に衰退し、今となっては遺跡とおとぎ話のような伝説が残るだけとなり、ロートバルト平原の魔物達は遠い過去の栄光に興味を持つほどの知恵もなく、互いに生き残るための殺戮を繰り返している。


 この石碑は歴史学者で帝国皇帝コロナン38世が政務の合間に各地に残る先史時代からの古代の歴史を研究し記したものであるが、これすらも天変地異による大陸の分割により砂に埋もれるか、海に沈むか、神のみぞ知るものである。



おわり

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ロリちゃんとチハたん ヒグマのおやつ @berettam1938

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