第84話
もう少し続くんじゃよ。 後日談的な何か
謁見室の椅子にこしかけたロリは深いため息をついた。
ロリのいすはいつもは謁見室の扉下の一番奥に段を作りその上に置かれているのだが、今日はそこには舞台の緞帳のような深い緑色のカーテンがかけられて、段が隠されていた。
そして、部屋の真ん中には横に長いテーブルが置かれ、それを挟んで向かい合わせに椅子が三脚づつ置かれている。
その片側の真ん中にロリが腰掛け、両脇にはブリュンヒルデとエミリアが腰を下ろし、うしろにはシャルロッテ、ヴィルヘルミーナ、ユズ、アストラッドが立っていた。
相対する側の椅子には、ロリによく似た少し年上の少女が微笑んで座っていた。彼女の豪奢な金色の髪にはささやかなシルバーに淡い水色に近い緑色の燐葉石の大きな石がつけられたティアラが輝いていた。
彼女の右には礼服がいつ弾け飛んでもおかしくない筋肉の塊のような貴族が座り、反対には気弱そうなメガネをかけた貴族の令嬢が腰をかけていた。そして彼らの後ろ側には騎士、官僚、そして侍女と思われる厳格な表情をした淑女が立っている。
ロリは一同が座ったところで、深いため息をついた。
「まずはディートフリートを呼ぶのじゃ。あぁ、黙ってじゃぞ。また窓から空を飛ぼうとされると困るのじゃ。あとは、謁見室から場所を変えるのじゃ。もう少し『あっとほぅむ』な出会いの場にしたいのじゃ。
で、姉上と呼べばよいのじゃろうか?
それとも姉姫じゃろうかな?
すまんが、名前も顔も一向に思い出せんのじゃ。
悪く思うななのじゃ。」
ロリの無愛想な対応にロリが姉と呼んだ少女は微笑みを深くした。
「ロリータに会う前にブリュンヒルデやリニュリョールの使者から聞いているから知っているから気にすることはないわ。
妾はエセルドレーダ第二王女、ロリータのすぐ上の姉にあたるものじゃ。気楽にオードリー、もしくはオーディと呼ぶがよいのじゃ。ただ、後で調べさせてもらうわよ。」
時折「のじゃ」を混ぜながらも、大人びた言葉で彼女は自己紹介をした。
エセルドレーダはロリよりも指三本分ほど背が大きく、発育も若干、よい見た目にロリよりやや濃い金髪に彼女よりも薄い碧眼の美少女だった。
「のじゃ語はやっぱり王族訛りなんっすね。」
「どういうことじゃい。あと、妾の愛称はロリータって、そのままじゃろがい。
ブリュンヒルデよ、アニカに預けておった妾の服を持ってきて、オーディに見せるのじゃ。」
「はい。」
「では案内をするのじゃ。」
謁見室からロリの居室に移った彼女らは『フェリ・フルール・ドゥ・リス』のメイドたちが用意した円卓についた。
メイドたちが深煎りのコーヒーとさつまいもによく似たロートバルトの芋をふかして裏漉して、ミルクと香り付けの蒸留酒を練り合わせてキャラメリゼしたお菓子を出した。
貴族の男性は後ろから騎士の一人が毒味をし、コーヒーを口に含んだ。
しかしエセルドレーダは毒味をせずにコーヒーを飲み、お菓子に頬を緩めた。
となりに座るメガネの令嬢が咎めるように見つめたが、エセルドレーダは意に介さずにまたコーヒーを飲んだ。
「妾のかわいいロリータが毒を盛るはずはないわじゃ。これはなかなか美味しいのう。後でレシピをもらいたいのじゃ。」
「よいのじゃ。メイドたちはいつも新作を作ってくれるのじゃ。たくさん持ってゆき、ロートバルトとの交易を促進するのじゃ。」
真面目な表情でコーヒーカップを傾けるロリにエセルドレーダはくすくすと笑った。
「ディードフリートさまがいらっしゃいました。」
「そうか。エミリアのメイドたちはドアの両脇に隠れるのじゃ。入ると同時に捕まえるのじゃ。」
「カロリーヌ殿下、そこまでしなくても…… 」
「まあ、見てるのじゃ。」
「どうぞ。」
扉が開かれ、レース飾りとフリルのついたシャツに軽い生地で作られた赤いジャケットとそろいの半ズボンを履いた少年が入ろうとした瞬間、エセルドレーダのとなりにいた貴族の男性から殺気が湧き立つように放たれた。
瞬間、ディードフリートが逃げようとしたが、するりと両脇をメイドたちに抱えられ、円卓へと連れてこられた。
「これ、ノイエハイデンブルグ辺境伯よ。そのように怒るのではない。ロリータが怯えたらどうするのじゃ。」
「ノイエハイデンブルグ辺境伯よ、妾はディードフリートに特に何も思っておらぬ。ただの変態に攫われた不憫な男の子じゃ。ディードフリートもこちらで座るがよい。辺境伯家のことは後ほどにして、今は妾とオーディの話をするのじゃ。」
「申し訳ありませんでした。息子の顔を見たら、抑えきれませんでした。」
辺境伯は深々と頭を下げ、ディードフリートは怯えながら、ロリとブリュンヒルデの間に置かれた椅子に恐る恐ると腰を下ろした。
「そうね。じゃあ、まずは証拠を見せて貰うのじゃ。」
「はい。こちらになります。」
エセルドレーダの前に出された箱の寄木細工の仕掛け蓋をブリュンヒルデが開き、中から変色した血がついた破れたドレスを取り出した。
エセルドレーダの隣にいたメガネ令嬢が受け取り、メガネの位置を指で直して、ドレスの観察をはじめた。
「まず、このドレスはローゼンシュバルツ王国のクラシス公爵領から取れる絹を王家の服飾工房で縫製されたものです。貝ボタンの横側には殿下のお名前であるカロリーネ・アウグステ・プリンツェシン・クラシス・フォン・ローゼンシュバルツの頭文字が彫られています。これは王家、さらにはカロリーネ殿下しかお召しになることができないものです。
さらにはこの血の汚れを鑑定いたしましたが、カロリーネ殿下のものでございます。傷のあとから致命傷だったかと。
あとはカロリーヌ殿下、あなたが本物の殿下かどうかだけでございます。」
「じゃとすると、妾の出番じゃな。」
エセルドレーダが椅子から立ち上がり、腕まくりをしつつ、ロリのとなりに移り、彼女の右肩に手を乗せた。
「ロリータよ。」
「なんじゃ? 」
「びっくりするなじゃ。」
いきなりエセルドレーダは腕まくりした右手を手刀の形にしてロリの胸に突っ込んだ。
ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
ロリの叫び声が響く中、エセルドレーダの右手はロリの胸の中でぐりぐりと動き回り、何かを探っていた。
「ここら辺にあると思ったのじゃがなぁ? 」
「あれ? 痛くないのじゃ。ただ異物感がすごい。気持ち悪いのじゃぁ。」
「あっ、あったのじゃ!! 」
エセルドレーダは大きな声をあげて、ロリの胸の中から何かを引き抜いた。
「これじゃ。 ロリータのティアラじゃ。」
「なんでそんなものが胸の中からって、ロリちゃん? ロリちゃん? ……息をしてない…? 」
訝しげにティアラを見つめたユズはすぐに血の気を失い、白目をむいたロリに驚いて声をかけ続けた。
「この蓮色のサファイアがついたティアラには魔法がかけられておってのう。持ち主が死んだら、体内に入り、蘇生させるというものじゃ。
グッサリと心臓を刺されていたから、心臓の代わりになっておったのじゃろう。」
「えっ!? じゃあ、いま、カロリーヌ殿下は死んでいるのですか? 」
「エミリア卿よ、ロリータは刺された時から死んでおるのじゃ。ただこれが命を繋いでおっただけじゃ。
ほれ、はよぅ、ロリータをベッドに連れてゆくのじゃ。このままでは可哀想じゃろ。」
血まみれの右手でティアラをクルクルと回してなんでもないように話すエセルドレーダに、恐怖の眼差しを向けるエミリアやユズ、アストラッドとカロリーヌ姫の死に泣き叫ぶブリュンヒルデ以下、『フェリ・フルール・ドゥ・リス』の淑女、令嬢、メイドたちを置き去り、エミリアのメイドたちが、ロリの遺体を居室の次の間にあるベッドへと厳かに運んでいった。
「えっ? ロリちゃんのお姉さんはロリちゃんのとどめを刺しに来たのかな? 」
「いや。 くくっ 妾のかわいい妹じゃぞ。 そんなことをするわけなかろう。
まずは確認して、それからこれを使うのじゃ。」
エセルドレーダはユズの敬意が感じられない疑問に苦笑いしながら、侍女から受け取った宝石箱を開いた。
中には卵よりも大きなティアラの宝玉と同じ蓮のつぼみ色の希少石が入っていた。
それは台座が付けられていないがカット済みで光によってオレンジに近い薄いピンクの輝きを放っていた。
「まったく、これを北方種族連に頼むのは大変じゃったぞ。たまたま、そこのエミリア卿の母上が使者を寄越してのう。ブリュンヒルデたちと立ち上げた商会への支払いで相殺してもらったのじゃ。」
「えっ!? 支払いがこれですか!? 」
「ヴィルヘルミーナは父親似じゃのう。じゃが、それだけの価値はあるじゃろう?
王国からは1サンチも出せんと兄王子たちが言うしのう。
じゃあ、王家からと言っても母と姉上たちが融通できる金額も決まっておってな。それも王国議会に許可を得よと一番上の兄がうるさい。そんな中にリニュリョールの使いが来て助かったのじゃ。
ロリータが自分で稼いだ金じゃ。誰も文句を言うことができぬ。
大手を振って交渉することができたのじゃ。」
「ならば是非もなしですわ。…ヴィルヘルミーナはしゃっきりとしなさい!! 」
「うぅ…… うれしいですが、あぁ、この感情をどこに持って行けばよいかわかりません!! 」
うずくまって両手で顔を覆ったヴィルヘルミーナにブリュンヒルデの叱責が飛んだ。
そのとなりではユズがアストラッドに呆れた声で話しかけていた。
「1サンチもって、何も買えないじゃない…… ロリちゃんのお兄さんてけちなんだね。 」
「いえ、ユズさん。そう言うことじゃないと思うっすよ。
エセルドレーダ姫殿下、ロリちゃんはこの先、お国に戻らないほうがよい気がするっす。
如何っすか? 」
「お主がロリータのお付きと聞いておったホワイト・ドワーフ族の娘じゃな。
そうじゃ。その通りじゃ。
理由を改めて知りたいか? 」
「いえ、ロリちゃんに任せるっす。」
「それでよいのじゃ。
さて、入れるとするのじゃ。 あんまり遅くなるとロリータに怒られるのじゃ。 」
軽口を言うようにエセルドレーダはロリのそばに行き、胸の中に宝玉を埋め込んだ。
ゴリゴリと音がするほど乱暴にロリの胸の中でエセルドレーダの右手が動き、アストラッドは目を背けて、ユズに尋ねた。
「あれ、ユズさんなら作れるっすか? 」
「ん〜 多分無理。やり方がわからない。わかったとしても、わたしの寿命のうちに一つできるかどうか、わからない。」
「聞いて安心したっす。
あっ、動きはじめたっすね。これで一安心っす。」
目の端でロリが釣りたての魚のように痙攣して動きはじめたのを確認したアストラッドは安堵の息を漏らした。
離れたところに下がったユズとアストラッドは目を開いたロリに抱きついて、歓喜の涙を流す『フェリ・フルール・ドゥ・リス』の令嬢たちを見守っていた。
血まみれのロリと右手をロリの血で汚したエセルドレーダはそれぞれの侍女によって身を清められ、またロリの居室の円卓へと戻った。
ロリの整えられた金髪にはこれまで彼女の命を支えた蓮色の宝石が中央にあるティアラがつけられていた。
「オーディからロートバルト家の支払いと実家の様子を改めて聞いたのじゃが、記憶を無くしたのもこのせいじゃろか? 」
「それはまた別だと思うのじゃ。それはロリータに付き従うあの戦車というものに関係するのではないじゃろか? 」
「やはりそうなるのじゃな。ともかく、妾はロートバルト男爵家との契約をこのまま続けるつもりじゃ。エミリアが一人前の領主となるまではここにおるのじゃ。」
「妾もそれがよいと思うのじゃ。兄上たちが何か言ってきたら、あれらで脅せばよいじゃろう。」
ロリとエセルドレーダは声をひそめて笑いあった。
ユズはため息を漏らして、となりのアストラッドにしか聞こえないように呟いた。
「のじゃのじゃとよく聞いていないとどっちが話しているか、わからなくなってくる。」
「ともかく、実家からのお墨付きはもらったのじゃ。はれて妾はここにいることができるのじゃ。『フェリ・フルール・ドゥ・リス』の活動もよいのじゃな? 」
「ロリータの商会の仕事も面白いのじゃ。貴種の娘たちの知識も技術、武力も結婚してしまえば、結婚相手の領内ですら生かすことができぬのじゃ。
ましてや、いまは貴族の男が意味のない戦争で減ってしまい、女は余っておるのじゃ。ならば自分の技量を活かす道を進むべきじゃ。」
「王子殿下たちはよい顔をされませんでした。」
「あやつらはあるものを回す程度にしか才は無いのじゃ。無いものをどうすればよいかなど知恵が働かんのじゃ。ロリータよ。運命を掴み取るのじゃ。」
「顔は覚えておらんが、オーディが妾の姉妹じゃという事は魂でわかるのじゃ。
よいのじゃ。
妾はここで好きにやらせてもらうのじゃ。」
二人は立ち上がって、互いを抱きしめた。
「また来るのじゃ。次はヴィヴィアーナ姉様かもしれんのじゃ。流石に母様は王妃の仕事があるので国を離れることができぬのじゃが、たまには手紙を書いてやるのじゃぞ。」
「わかったのじゃ。オーディも息災での。」
二人はまた抱き合い、そしてエセルドレーダは侍女とメガネの令嬢を連れて部屋から去った。
エセルドレーダと辺境伯はロリたちの館で休むことなく、国へと戻った。
一行を見送ったロリはとなりのディードフリートに声をかけた。
「ディードフリートは父と和解ができたか? 」
「姫さまから見初められるまで戻ってくるなと言われました。」
「逆じゃろが。とはいえ、お主から言われるとそうかなとも思うのじゃ。
まあよい、ここにいるとよいのじゃ。
シャルロッテは剣術を、グレートヒェンは馬を選んでやるのじゃ。そして馬術も頼むのじゃ。それからヴィルヘルミーナとアニカは文官の知識を教えてやるのじゃ。それぞれ忙しいと思うのじゃから、それぞれ方針を決めたら、他のものに託してもよいのじゃ。」
「わかりました。」
「ブリュンヒルデとエミリア、ユズ、アストラッドは妾とこれからを決めるのじゃ。忙しくなるのじゃ。」
獰猛な笑みを浮かべながら、ロリは名指しした令嬢たちを引き連れて執務室へと向かった。
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