第83話

「それから もしくは人生はこの先も続き、血統は耐えることないのじゃ。」





 「敵の遺体がないじゃと? 」


 「はい。それとともにチハたん以下の戦車隊の砲撃の後もすべて元通りになっています。 」


 結果攻め込まれることがなかったロートバルト男爵領の奥にある無傷の『フェリ・ドゥ・フルール・リス』の本部でもあるロートバルト男爵別邸に戻ったロリにブリュンヒルデが報告した。


 大きなマホガニー製の執務机の前にはブリュンヒルデ、シャルロッテ、ヴェルヘルミーナ、アニカ、グレートヒェンが報告にならび、奥のソファにはユズ、アストラッド、エミリアが座り、エミリアのメイドたちが茶やお菓子をサーブしていた。


 「負傷者たちはどうなったのじゃ? 」


 「すべて回収ののちに現在、治療中です。意識が戻らないものに対しては国軍や公爵軍の連れてきた軍医たちが協議をしています。」


 「まあ、仕方がないの。消えたものたちの痕跡はあるのか? 」


 「はい。 甲冑や槍などの武具、身につけていたものは残っていたので、敵軍で記録を残し、残存兵と数の照合しています。」


 「敵の損害については了解したのじゃ。我が方はどうなのじゃ? 」


 「損害はありません。軍馬などが負傷したのみで、メイドから令嬢や貴婦人に至るまで誰も大きな怪我はしていません。」


 「ハァ〜 まるで奇跡よのう。 よくチハたんたちも守ってくれたものじゃ。じゃが、遺体が消えたのは謎じゃのう? 」


 「そうでもなかろう。 」


 カップから口を離したエミリアは隠すことなくなったダイヤモンド色の眼差しをロリに向けて、口を開いた。


 「エミリ…… リニュリョールか? 」


 「ああ、よくわかるのぅ。


 種明かしは単純だ。ロートバルト平野はある意味、ダンジョンだ。ダンジョンはその地下や壁内にダンジョンメイカーを飼って、修復させるのだ。まあ自己復元能力だな。通常はダンジョン内の魔力でダンジョンメイカーが修復するのだが、あまりに大きな被害に対しては何かの代償を必要とするのだ。」


 純朴なエミリアがあざとい笑みを浮かべて問いを口にした。

 やや考えてユズが答えを口にした。


 「えぇっと、たとえば、魔物が怪我をした時に一時的に凶暴になって獲物をたくさん食べてから安全なところで眠るような…… 」


 「さすが、賢者と呼ばれる少女だな。その通りだ。今回の戦でチハたん?、ハゴたん?まあ、そなたらが使役した鉄の獣らが平野の地形を変形させただろ? それを復元するためにダンジョンは血肉を求めたんだ。」


 「ダンジョンも生きるためには栄養を欲するのじゃな。 」


 「その通りだ。まさしくそうだな。」


 「だとすると、今までダンジョンが人の手により変形するのはどうしてじゃ? 」


 「単純なことだ。ダンジョンのその体を自身のものと認識させなくすればよい。たとえば、道を作り、石やアスファルト、火山灰などを用いたコンクリート舗装を上に被せることで、ダンジョンはそこが自らの領地ではないと勘違いしてしまうのだ。農地や開拓に関しては、絶え間なく人の手が入ることで土地の記憶を失わせてしまう。後者は時間がかかるのが難点だな。」


 「いま、恐ろしい知識を得てしまった気がします。」


 ヴィルヘルミーナが片眼鏡を直して、ため息をついた。


 しかしリニュリョールは唇を歪めた。


 「ダンジョンすべてを開拓しようと思うなよ。ダンジョンが放出する魔力は小鬼やその他の魔物として形となり、互いに食べあったり、殺されることで魔力が放出されてダンジョンに戻ることで無害化されるが、ダンジョンがなくなることで魔力の循環と吸収先がなくなってしまう。そうなるとどうなると思う? 」


 ロリ以下、全員が想像の埒外の質問に言葉をなくしていたがユズは顔を青褪めた。


 「魔王という存在が西側の古文書にあったんだけど…… 」


 「魔王で済めば良いな。北方の記録にはこの星を照らし、支配する恒星の枠外から名もなき神が来たという。だが、天文博士たちによれば、それは本来存在しなかったのだ。

 行きどころの失くした魔力が一人の天才魔導士の妄想により、体系付けられたこの世界の在り方、世界ごと改変してしまったのだ。」


 「それって、元の世界のアレが現実になったみたいっすね。 」


 「……元の世界じゃ、TRPGやお遊びやからかいのネタじゃったがのう。 」


 「それはわたしは知らぬ。が、それで一次文明は消失し、二次文明もその影響ですぐに終えてしまった。現在でもその影響は奉仕種族などで残っておるが、ほぼ無害化することができた。


 よいか、この世界では文明の発展はこの惑星のみならず、この可能性世界の存続にかかってくるのだ。


 くれぐれも気をつけるだな。


 まあ、そのために我々、北方種族連がいるのだがなぁ。 」


 リニュリョールは笑みを浮かべたが、まるで苦いものを知らずに口に運んでしまったかのような歪なもので、本来のエミリアには似合わなかった。


 ユズは後で顔が筋肉痛にならなければよいなぁと考えていた。


 「とても理解できました。 ロリちゃんはこちらでくれぐれも監視しておきます。 」


 「アストラッド!? いきなり妾を売るなじゃ!? 」


 「ロリちゃんだって、オタクならこのヤバさは理解できるでしょ!! 」


 「っすがなくなったのじゃ。マジでアストラッドがやばいのじゃ!? 」


 「なんだかわからないけど、文明の発展には気をつければいいのね。」


 「ユズ、下手に弄るな。西方へ至るロートバルト平原のルートに関しては協力してやる。その代わりにエミリアの治世についてはロリたちが手伝ってくれ。」


 「それは是非もないのじゃが、あの男がいるじゃろ? 母親的にはあれはよいのじゃろうか? 」


 「ロメオ卿か? あれならヴェルナー王子が連れて行った。なんでもシュトロホーフェン公爵を継がせるそうだ。いまいるものはほぼ全てがあの姉の息がかかったものだから、何をするかわからんと言っていたぞ。


 まあ? エミリアもまだ若いし? あの男は頭が軽そうだけど? 身体は良さげだし? 教育がまだだったら、わたしがエミリアのカラダを使っておしえてやってもよいし? 」


 「なんで、全部疑問系なのじゃ? ともかく、使えそうなものを取られたのじゃ。」


 「エミリアに聞いたが、カロリーヌ殿下の商会、『フェリ・フルール・ドゥ・リス』とやらは令嬢や貴婦人たちが貴族の令嬢のために領地運営の教育や経営の手伝い、社交の付き添いのレディス・コンパニオンとなるそうだな。


 その割には物々しいな。


 一国すらも王城の正面から行き、くれと言えば奪い取れるほどではないのか? 」


 笑うリニュリョールにアストラッドは首を振った。


 「…よく言われるっすけど、令嬢や貴婦人の騎士団やメイドさんたちも一人一人は強いっすけど、人数が足りてないっす。チハたんたちの世代の戦車だと歩兵や騎兵の支援目的の歩兵戦車と騎兵のように敵へと突っ込んでゆく巡航戦車に大きく分類することができるっすけど、どっちも見える範囲が狭いっすから、10人程度の分隊が一つの歩兵戦車に欲しいっす。


 だから、いまチハたんたちが100台を超えるっすから、随伴歩兵だけでも千人ほど欲しいっす。それに駐留して陣地を守るための歩兵部隊に千五百人が最低必要となるっす。でもこれは交代要員をほぼ無視してるっすから、ほんとはこの数倍は必要っすよ。


 そのほかに騎兵部隊と機関銃のための部隊、後方支援や司令部の人員を考えると、最低でも一万人はこの『フェリ・フルール・ドゥ・リス』の実働部隊の運用に必要っす。 」


 「ほう…… 用意できると言ったらどうする? 」


 「あとはこれだけのご令嬢や淑女、貴婦人たちのご飯とお茶会、お小遣いを用意できるだけの資本が欲しいっす。それから身の回りの世話をする方々っすね。」


 「なかなか吊り上げてくるな。カロリーヌ殿下、この娘、面白いな。」


 「じゃろ。妾の友じゃ。妾もアストラッドも国取りはしたくないのじゃ。ロートバルトで遊んでいたいのじゃ。別に近代兵器の物量チートや知識チートでお気楽無双なんか、しとうないのじゃ。」


 「何を言っているのかわからんのだが、野心や野望がないのはわかったぞ。


 なら安心だ。そのまま、エミリアを助けてくれ。 」


 「言われんでもするのじゃ。 」


 「ただ…… 」


 ヴィルヘルミーナが片眼鏡に指を添えながら口を挟んだ。


 「今回の費用及び今後の契約の報酬に関してはいかがしますか? 」


 「…… ロートバルト男爵家の出世払いということで。 」


 「いつになるかわからないじゃないですか? 」


 「わかった、わかった。


 リニュリョール家の財産で支払ってやる。ただ北方種族が山脈を越えることはできないので、誰かに依頼する。後で請求書を回しとけ。」


 「イヤフゥゥゥ!! 」


 いつも冷静なヴィルヘルミーナがまるで異教徒の踊りのように奇妙なダンスを踊った。

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