第82話

決着。じゃが大団円とはちゃうのじゃ(震え


 公爵が拘束されていた軛が外れて、獣のような雄叫びをあげて幅広の鋼鉄の塊のような剣を振り下ろした。


 それは剣術や武術などという人間の知の集積である技術ではなく、ただの暴力の嵐だった。


 しかし、エミリアはサーベルを上段の構えのまま、地を滑るように前へと飛んだ。


 「いっやぁぁぁぁぁっ!! 」


 気合一閃、エミリアの振り下ろしたサーベルは公爵の剣を叩き折り、返す刀で彼の両手首を切り落とした。


 振り上がったサーベルはさらに公爵の左肩から斜めに切り下ろし、公爵の何重にもかけられた鎧の防御魔法陣をもろともせずに、叩き割り、赤い大地に重い音をして落ちた。


 「ぬんっ!? 」


 呻いた侯爵は自分の先のない両腕と地面に落ちた先祖伝来のワイバーンの炎球も弾く鎧に驚愕した。


 一つ、瞬きをした。


 公爵の胸から腹にかけて真っ赤な血飛沫が吹き上がった。


 真っ赤な血は乾いた大地に吸い込まれた。


 公爵は膝から崩れ落ち、顔をロートバルトの乾いた大地に叩きつけて横たわった。


 




 「なぜ生きている? 」


 「初っ端からそのような質問か? お主も大概じゃの。 まあ、妾の意思と後はお主の国の王子にでも感謝するのじゃ。 」


 「このような晒し者にするような生き恥にどのような感謝をすればよいのだ。 ふざけるな。 」


 「公爵風情が尊大な貴族意識を持つとはこの国も終わりじゃのう。 」


 「公爵は風情と言われるほど安い格式を持ってません。 ともかく、シュトロホーフェン公爵、王族の前では公爵といえども跪け。不敬だぞ。 」


 まだ執事服を高級にした家令の姿をしたバイスローゼン王国の第三王子が言葉の鞭を持って公爵を嗜めたが、鎧姿から安っぽい麻の服に着替えさせられた公爵はその場で胡座を描き、傲岸不遜に王子を見上げた。


 「まあよい。負けた男が納得いかずに欠けなしのプライドを集めて睨みつけられるなど、ご褒美じゃ。 」


 「だから、蛇だの荊だのと言われるのだぞ。 ともかく公爵よ、お主に死なれると公爵領をはじめ、派閥が揺らぎ、国政にも影響が出る。そのため、生き返らせた。」


 ロートバルト王国の第三王子の言葉にまだ強い眼差しの奥に炎を燻られせながら公爵が言葉を返した。


 「叛逆するとは思わなかったのか? 」


 しかしロリからの返答は彼の想像を上回った。


 「お主はな。手もなくなり、血も足りぬために脳髄に影響が出たのじゃ。そのため、エミリアの執事やメイドたちの部品でそれを補ったのじゃ。 」


 「…… 」


 ロリの言葉が公爵に染み渡るにつれ、顔色が無くなり、そしてどす黒い顔色へと変貌した。

 エミリアの後ろに控えていた初老の家令が前に出て、返答した。


 「副作用などはありませんよ。逆にこれまでよりも調子がよろしいかと。公爵閣下はこれまでもときおり頭痛や手足の痺れ、肝の腑の重苦しさを感じていらしたかと? これがなくなりますし、いくら書類に署名されても手は痺れませんし、書類に目を通されても頭痛は感じないかと。 」


 「その代わりに不浄のものたちに監視されるわけか? 」


 エミリアの家令がタールのような眼球を公爵に向けて微笑んだ。


 「一つだけ、副作用がございます。 」


 「…… なんだ。 」


 「毎晩、夢を見られるかもしれません。 あと公爵家の森やお庭の木に夜鳴く鴉や鵺、狗の遠吠えが聞こえたとしてもお気になさらず、カーテンを閉めておられれば、大丈夫です。 」


 「…… 」


 「何があっても、公爵閣下にあらせられては、大丈夫です。公爵閣下は。 」


 「わしへの罰か? 」


 いつもは上品で控えめな家令が一瞬、すべてを貶めるような下劣な笑みを浮かべた。


 「猿人(エイブ)ごときに罰を与えるなど。公爵は茶会の席で茶菓子の皿にいた蟻にわざわざ罰を与えようとお考えですか? 」


 「…… 」


 「リニュリョール家の御慈悲です。 」


 シュトロホーフェン公爵は力尽き果てるように丸くなり、額を地面に擦り付けた。

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